正しい契約結婚の進め方

砂原雑音

文字の大きさ
上 下
30 / 33
幕間

高輪征一郎は、普通《初デート直後のお話》

しおりを挟む
 征一郎は、ごく普通の男である。
 七緒は普通の男と見合いがしたかったなどと打ちひしがれていたが、自分は普通だ。見た目が良くてちょっと金を持ってる男なんてそこら中にいるではないか。
 普通じゃないというのは、従兄のような男をいうのだと思う。彼はちょっと変人だ。頭はすこぶる切れるが、目つきは恐ろしいしあまり周囲に関心がない。特定の人物にだけだ。相手が従兄なら、普通が良かったと零すのも無理はないが。


「よく耐えたと思うんだよ、俺は」


 ソファで小動物のように震えていた婚約者、香月七緒を思い出す。拒絶しながらも潤んだ瞳と上気した頬が、相反する彼女の内面を表していた。
 顔合わせの時から、面白い人だとは思っていた。厳しく躾けられたのが窺える綺麗な所作と、素直に顔に出る感情が少しちぐはぐだった。何せその表情が、笑ってはいるものの父親を見るたびに刺々しい。父親主導の見合いを納得しきれないが反抗もできない、そんな少し幼い印象だった。
 彼女が育った家庭環境を考えると、当然かもしれない。


「もうちょっと押してもよかったか? でもな……」


 あの時、僅かに彼女の顔に滲んだ嫌悪感が、気にかかる。だから、追いかけるのはやめたのだ。


「なんの話だ」


 先日の初デートの彼女を思い出していると、斜め向かいのデスクに座る秘書から厳しい視線と声が飛んできた。普通ではない従兄、黒木貴仁だ。


「仕事をしろ、仕事を。彼女に会うために半日やっただろうが」
「その彼女がさ、もっと普通の男と見合いしたかったって言うんだよ」


 すると、従兄は眉根を寄せてよくわからないという顔をした。


「普通だろう? 甘ったれではあるが。良い大人のくせして跡継ぎの責任から逃れたくて遊び尽くした黒歴史持ちは嫌だってことか」
「だから今はちゃんとしてるだろ。腹括ってからは遊んでないし」


 嫌味混じりの言葉に、征一郎は肩を竦めて答える。


「第一、今時直系がどうのとか関係ないだろ。貴兄の方が向いてるのになんで俺なんだ」
「俺は向いてない。ひとりで一からやる」


 ほら、こういうのを普通じゃない、というのだ。
 従兄は周囲の意見に阿ることがないし、そのことに絶対の自信を持っているから動揺することがない。彼は既に、もうじき高輪家から抜けて個人で事業を起こす準備をしている。


「普通じゃないと言われるようなことをしたのか」
「してないけど、なんか変な女に会った。それから警戒された」


 ぎろりと睨まれる。この鋭い顔つき目つきで甘党だ。仕事の合間に甘い物を補給するのが癖で、最近は京都帰りの土産に渡した金平糖がお気に入りだ。世の中にあるギャップ萌えという言葉は、上手い表現だなと思う。自分は萌えないが、この従兄のことは昔から好きだし信頼していた。


「……身辺整理はちゃんとしろと言っただろ」
「跡を継ぐと決めた時にしたし、もう数年誰とも関係してない。だけど勝手に好意を向けられるのはどうにも対処しきれないだろ。いいよ、仕方ないことだしゆっくり警戒を解いていくから」


 ――それにしても、本当にかわいい。


 顔合わせの日から好ましく思っていたが、あの出来事の後にあんな風に言って、逆に男を煽っているとなぜ気付かないのか。

 征一郎には、嫉妬したくないからすきにならない、という彼女の必死の自己防衛に見えていた。つまりそれは、惹かれ始めているという暴露にほかならないではないか。
 契約結婚にして欲しい、などと言って思いつめた顔で言われたら、ぐっと込み上げてくるものがある。警戒して尖った神経を柔らかくしてやりたいし、過去の傷も舐めて癒してあげたいと思う。そうして自分の前でだけ拗ねたり泣いたりするようになれば、なお良い。


「まずは、このふたりは潰しておくべきかな」


 ばさっと紙の束をデスクの上に置いた。婚約するにあたり、彼女の過去は当然調べられている。前職場でのことも興信所から報告は入っていた。だが、報告書だけではわからないこともありそうだ。


「公私混同はするなよ」
「ええ……嫁のためにそれくらいの特権がないと、こんな古い企業の頭なんてやってられないって」
「情報社会なんだよ。思いもよらないところから情報が洩れて醜聞になるんだ」
「わかってるよ」


 偽装という言葉が思いつかない、素直で善良に育った彼女ひとりが馬鹿を見たのが征一郎は気に入らない。ようは、公私混同にならないように、自然に退場願えばいいのだ。
 征一郎は、微笑みながら机の上をとんとんと指で叩く。それを見た従兄は、眉間のシワを一層のこと深くする。


「……普通、ではないかもしれないな」
「何か言った?」
「いいや。とりあえずうまくやれ」


 本当はこの会社のことも征一郎のことにも大した関心のない従兄は、をしておくことにした。
 


 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜

Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。 渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!? 合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡―― だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。 「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき…… 《エブリスタ、ムーン、ベリカフェにも投稿しています》

処理中です...