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理想の妻像
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慌てて高輪さんを押し離して、姿勢を正す。振り返ると、鋭い目をした男性が眉間に思い切り皺を寄せて高輪さんを睨んでいた。高輪さんの従兄である黒木貴仁さんだ。式典前に一通り親しい親族とは軽く挨拶を済ませていた。
「何って、婚約者と親睦を深めてる」
対する高輪さんは、不機嫌そうな従弟の様子に怯むこともなく飄々としたものだった。
「そんなもんは後でやれ。……サボるなよ」
「ええー」
え、まさか。本気でパーティをサボろうとしてた?
不服そうな高輪さんの横顔が、若干いつもよりも幼く見えた。私から見て、高輪さんはとても大人の男性に見えていたけれど、黒木さんの前では印象が違ってくる。いや、他の親族と話している時とも違った。この人をとても信頼しているのが伝わってくる。
「貴兄こそ、彼女を迎えに行ってそのままサボる気じゃないよな?」
「お前がちゃんと出席するか見ておかないといけないからな」
「彼女?」
「結婚予定の女性がいるんだよ」
ふたりの会話に私が首を傾げると、高輪さんが説明してくれた。
「それは、おめでとうございます」
「ああ、ありがとう。七緒さん、征一郎が何を言っても騙されずこの場に留めておいてほしい」
不機嫌そうに見えた表情だが、お礼を言った時だけは少し口元が緩んでいる。顔は怖いが案外そうでもないのかもしれない。
「承知しました」
高輪さんをまるで問題児扱いの黒木さんに、くすくすと笑いながら答えた。そんな風に扱われる彼を見られたことが、なんだかうれしかった。
「ひどいな。心配しただけなのに」
「嘘つけ。俺は一旦離れるが、ちゃんとやれよ」
黒木さんは高輪さんにもう一度念を押すと、やや急ぎ足で去っていく。その背中を見ながら、彼は困ったように頭を掻いた。
「未だに信用してもらえない」
「まあ、それだけの過去があるということで」
「奥さんにまでそんな風に言われると、俺はとてもつらい」
わざとらしくしょんぼりとして見せてくる。ふと右手が温かくなったかと思えば、彼に手を繋がれていた。そうしてまた身を寄せてくる。
「な……なんですか?」
あまりにも自然に繋がれたものだからすんなり受け入れてしまった大きな手。だけど、心臓はいちいち反応して鼓動が早くなる。自分の手なんかすっぽりと包まれてしまう大きさで優しい力で握られると、守られているような気にさせられて心がくすぐったくなった。
「うーん……せっかく牽制してたのに、貴兄のせいで隙ができた」
「え?」
高輪さんが見ている方向へ視線を向けると、壮年の男性とその後ろにパーティドレスを着た二十代前半くらいの女性がこちらに歩いてくるところだった。
女性の目は真っ直ぐ高輪さんを見ていて、どこかうっとりと熱が籠っているように感じる。
「ひえ……」
「だめ。こっちを見て」
離そうとした手をぎゅっと恋人繋ぎに握りしめられ、もう片方の手が私の顔を高輪さんの方へと向きを変えさせた。
「こちらから向かう必要もないし、積極的に迎えてやる必要もない相手だ」
「でも」
「声をかけてくるまで、俺を見てればいいよ」
私の顔に手を添えたまま、その親指で頬を撫でる。この状況での色っぽい仕草と表情に目を白黒させていると、耳元で小さく囁かれた。
「それじゃあ、理想の妻として最初の仕事だ」
はっ、と自分の仕事を思い出す。彼の(もうじき)妻として、仲睦まじく周囲に見せなければいけないのだ。
恥ずかしがっている場合ではない、と気合を入れるとなぜか彼が複雑な表情をする。
「真面目だね、ほんとに」
ちょっと罪悪感が……なんて言葉が聞こえたような気がしたが、今は考える余裕はなかった。
「何って、婚約者と親睦を深めてる」
対する高輪さんは、不機嫌そうな従弟の様子に怯むこともなく飄々としたものだった。
「そんなもんは後でやれ。……サボるなよ」
「ええー」
え、まさか。本気でパーティをサボろうとしてた?
不服そうな高輪さんの横顔が、若干いつもよりも幼く見えた。私から見て、高輪さんはとても大人の男性に見えていたけれど、黒木さんの前では印象が違ってくる。いや、他の親族と話している時とも違った。この人をとても信頼しているのが伝わってくる。
「貴兄こそ、彼女を迎えに行ってそのままサボる気じゃないよな?」
「お前がちゃんと出席するか見ておかないといけないからな」
「彼女?」
「結婚予定の女性がいるんだよ」
ふたりの会話に私が首を傾げると、高輪さんが説明してくれた。
「それは、おめでとうございます」
「ああ、ありがとう。七緒さん、征一郎が何を言っても騙されずこの場に留めておいてほしい」
不機嫌そうに見えた表情だが、お礼を言った時だけは少し口元が緩んでいる。顔は怖いが案外そうでもないのかもしれない。
「承知しました」
高輪さんをまるで問題児扱いの黒木さんに、くすくすと笑いながら答えた。そんな風に扱われる彼を見られたことが、なんだかうれしかった。
「ひどいな。心配しただけなのに」
「嘘つけ。俺は一旦離れるが、ちゃんとやれよ」
黒木さんは高輪さんにもう一度念を押すと、やや急ぎ足で去っていく。その背中を見ながら、彼は困ったように頭を掻いた。
「未だに信用してもらえない」
「まあ、それだけの過去があるということで」
「奥さんにまでそんな風に言われると、俺はとてもつらい」
わざとらしくしょんぼりとして見せてくる。ふと右手が温かくなったかと思えば、彼に手を繋がれていた。そうしてまた身を寄せてくる。
「な……なんですか?」
あまりにも自然に繋がれたものだからすんなり受け入れてしまった大きな手。だけど、心臓はいちいち反応して鼓動が早くなる。自分の手なんかすっぽりと包まれてしまう大きさで優しい力で握られると、守られているような気にさせられて心がくすぐったくなった。
「うーん……せっかく牽制してたのに、貴兄のせいで隙ができた」
「え?」
高輪さんが見ている方向へ視線を向けると、壮年の男性とその後ろにパーティドレスを着た二十代前半くらいの女性がこちらに歩いてくるところだった。
女性の目は真っ直ぐ高輪さんを見ていて、どこかうっとりと熱が籠っているように感じる。
「ひえ……」
「だめ。こっちを見て」
離そうとした手をぎゅっと恋人繋ぎに握りしめられ、もう片方の手が私の顔を高輪さんの方へと向きを変えさせた。
「こちらから向かう必要もないし、積極的に迎えてやる必要もない相手だ」
「でも」
「声をかけてくるまで、俺を見てればいいよ」
私の顔に手を添えたまま、その親指で頬を撫でる。この状況での色っぽい仕草と表情に目を白黒させていると、耳元で小さく囁かれた。
「それじゃあ、理想の妻として最初の仕事だ」
はっ、と自分の仕事を思い出す。彼の(もうじき)妻として、仲睦まじく周囲に見せなければいけないのだ。
恥ずかしがっている場合ではない、と気合を入れるとなぜか彼が複雑な表情をする。
「真面目だね、ほんとに」
ちょっと罪悪感が……なんて言葉が聞こえたような気がしたが、今は考える余裕はなかった。
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