正しい契約結婚の進め方

砂原雑音

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理想の妻像

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 式典出席者は創業一族とその傍系縁者、関係者だと聞いていたが思っていたよりも大人数だった。さすが高輪家、と思いつつもさほど驚きがなかったのは、香月家もやたら遠い親戚なんかがいてそういう環境に慣れていたからだろう。香月家では、本家の法事には何十人という親戚が集まっていた。既に隠居の身だった祖父もそういった儀式的な行事には出席したので私も倣い、それが当たり前の認識だった。

 あまり一般的な感覚ではない、と気が付いたのは高校生くらいの友達との会話でだった。付き合いのある親戚といえば祖父祖母叔父叔母、従兄妹くらいまでだと驚かれた。裕福さでは比べるべくもないけれど、そういった部分では似通ったところがある。旧家あるあるというやつだ。

 式典の間は、特に何事もなかった。もちろん、御曹司の隣に立って注目を浴びないわけはないので、冷や汗を掻くくらいに緊張はしたけれどそれだけだ。
 式典が終わると、記念パーティへ移行するのだが三十分ほどの空白の時間がある。各自、それぞれの都合で自由に行動しはじめるのだが、その中で私は高輪さんにがっちりと腰を抱かれながら固まっていた。着物なので帯に阻まれて直接その手を感じることがないのが、不幸中の幸いだ。しかしぴったりと張り付くような距離感であることは変わらない。


「七緒は和服がよく似合うね」
「そ、そうで……そうかな」
「この会場の誰より綺麗だ」


 ひぃ。と心の中で悲鳴を上げる私をねじ伏せ、どうにか笑顔を保っているけれど、頬がぴくぴく引き攣ってしまう。


「いえいえ、そんなわけない……」
「作務衣姿を見た時からずっと想像してたんだけど……やっぱり結婚式は和装がいいかな。どう思う?」
「それは、ちょっと気が早すぎるのでは、ないですか……」


 ちらちらと周囲を見れば、たくさんの人々と目が合う。もちろん私を見ているのではない。高輪家の次期当主、現社長に話しかけようと隙を窺っているのだ。なのに当の本人は真っ直ぐ一点、私だけを見つめていてとても横入りできる雰囲気ではない。
 私は、この近距離とやたら甘い雰囲気のせいで、とても彼と目を合わせることはできずずっと視線を彷徨わせていたのだけど……不意に、顎に触れた手がひょいと私の顔の向きを変えた。


「ひっ……」


 高輪さんのご尊顔が、すぐ目の前にある。目を細めて微笑んではいるものの、周囲には聞こえない小さな声でダメだしされた。


「敬語禁止、それから固い」
「そう思うなら、ちょっとこの距離をなんとかしてください。こんな近かったら真面に喋れません……っ」


 同じく小声で言い返したら、まるで拗ねたような口調で更に言い返された。


「親密さを見せつける約束なのに」


 いやっ、あれっ? そんな約束だったかな?
 高輪家の嫁として相応しい理想の妻を演じるのでは? 確かに、円満な関係だと周囲に思わせる約束はしたけども。
 これではただのバカップルでは!?

 疑問符が次々並ぶものの、恥ずかしさが勝って上手く頭が回らない。そんな私に彼は、心配そうに眉尻を下げた。


「七緒? もしかして疲れてしまった?」
「えっ? いえ、そういうわけでは」
「もう式典は終わったし、ふたりで部屋に戻る?」


 違った。心配ではなく演技続行中だった。こんな雰囲気でふたりで部屋に行ったりしたら、それこそ何を想像されるかわからない。


「大丈夫! 緊張してるだけだから!」
「だめだよ無理をしたら」
「無理ではないです!」


 絶対わかってて言ってる高輪さんの笑顔が、ものすごく腹立たしい! 記念パーティを前に退場なんて、高輪さんが許されるわけがないのに!

 その時、ひどく呆れたような低音ボイスが私たちの背後から聞こえた。


「……お前は何をやってる」
 

 
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