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「……だからちゃんと言った方がいいって言ったのに」
裸の背中を見せたまま、彼女が忌々しげに文句を言う。
「ここまで察しが悪いとは思わなかったんだよ。雰囲気で伝わるだろ普通」
「そんなわけないって、鈍いんだから」
ぼそぼそと小声で文句を言い合うふたりは、もう私に遠慮する気もないらしい。ぐるぐると混乱する頭の中で彼との出会いから今までのことを辿らずにはいられないかった。
いつから、私は『彼女』ではなくなっていたのか。最初から、ということはないはず。ただ心のどこかで、最近の彼が素っ気なくなったと感じてはいた。
いつから?
先月末、二週間前に会った時は?
疲れてるからってどこか気乗りしない様子で、それでも会いたかったからご飯を作ろうかと言ったのだ。渋々ながら会ってくれたのは、本当に疲れているのだと思っていたのに、ああ本当に、彼女の言うとおり私は鈍いらしい。
でもね、その日、私はそのベッドの上にいたんだけどね。
なんとなくの勘だけど、このふたりは多分それより以前から始まっている。そう思うと、ますます吐き気が込み上げてきた。
「……あー……そういうわけだから。あ、それ。鍵は変えるから捨ててくれていいし」
鍵を握った手からぶら下がっていたキーホルダーを、彼が指さす。どうにか吐き気を吞み込んだところだったのに、代わりに怒りと嫌悪感があふれ出た。
「……やだ」
「は?」
「やだあ、ごめんなさい! 私、ぜんっぜん気づいてなくって!」
平気な顔して笑ってみせたが、声は震えているかもしれない。だけどここで、弱味は絶対見せたくないというくらいに頭に血が上っていた。
「は?」
知らない間に元カレになっていたらしい男が、訝しげに眉を顰める。あまりに冷たい表情と視線に、びくっと肩が跳ね上がる。そんな顔で睨まれたことは、今まで一度もなかった。
つまり、彼にはもう後悔も罪悪感さえない、ということ。
胸の奥が握りつぶされたように痛み始める。震える唇をぎゅっと噛みしめ、それから必死に笑顔を作り直した。
「本当に鈍くって、だって別れ話もせずにフェイドアウトしようなんて考えたことないし、私」
「ああ?」
嫌味に聞こえただろう私の言葉に、一気に彼の声音が不穏になる。
「二週間前に会った時だって普通だったから。その後から付き合うことになったんでしょうか? おふたりは」
「は?」
今度の声は、ぐるんっとこっちを振り向いた彼女のものだ。
「ちょっと。聞いてないけど」
「いや、だから、別れ話をしようとして」
「でも全然彼女気づいてなかったじゃない!? 本当に言おうとしたの!?」
現在彼女の金切り声が響いて咄嗟に顔をしかめる。
やっぱりだ。
あの時には既に同時進行で、彼は私とはもう会ってないと説明していたらしい。
「したって、でもさ、ほら、同じ会社だし、色々……」
「そんなん、最初からわかってたことじゃない!」
聞き苦しい言い訳が、あまりにもひどい。寧ろ彼女の方がいっそ清々しいくらいだ。シーツで下半身を隠しながら顔色を青くする男を見ていると、急激に自分の中の何かが冷めていく。ちらちらとこっちを見ながら口ごもる様子は、きっと私がいるうちは都合の良い言い訳をしても全部ひっくり返されると思っているんだろう。
なんならその日、そのベッドを使ったことも暴露してやろうかと思ったけれど、ふとそれは踏みとどまった。手の力が抜けて、握りしめていた鍵が音を立てて床に落ちる。その音でこっちに視線を向けた男に言った。
「鍵は自分で処分して。合い鍵なんて作ってないけど、信用できないだろうし」
これ以上は我慢できなくなって、背を向けて寝室から逃げ出した。
裸の背中を見せたまま、彼女が忌々しげに文句を言う。
「ここまで察しが悪いとは思わなかったんだよ。雰囲気で伝わるだろ普通」
「そんなわけないって、鈍いんだから」
ぼそぼそと小声で文句を言い合うふたりは、もう私に遠慮する気もないらしい。ぐるぐると混乱する頭の中で彼との出会いから今までのことを辿らずにはいられないかった。
いつから、私は『彼女』ではなくなっていたのか。最初から、ということはないはず。ただ心のどこかで、最近の彼が素っ気なくなったと感じてはいた。
いつから?
先月末、二週間前に会った時は?
疲れてるからってどこか気乗りしない様子で、それでも会いたかったからご飯を作ろうかと言ったのだ。渋々ながら会ってくれたのは、本当に疲れているのだと思っていたのに、ああ本当に、彼女の言うとおり私は鈍いらしい。
でもね、その日、私はそのベッドの上にいたんだけどね。
なんとなくの勘だけど、このふたりは多分それより以前から始まっている。そう思うと、ますます吐き気が込み上げてきた。
「……あー……そういうわけだから。あ、それ。鍵は変えるから捨ててくれていいし」
鍵を握った手からぶら下がっていたキーホルダーを、彼が指さす。どうにか吐き気を吞み込んだところだったのに、代わりに怒りと嫌悪感があふれ出た。
「……やだ」
「は?」
「やだあ、ごめんなさい! 私、ぜんっぜん気づいてなくって!」
平気な顔して笑ってみせたが、声は震えているかもしれない。だけどここで、弱味は絶対見せたくないというくらいに頭に血が上っていた。
「は?」
知らない間に元カレになっていたらしい男が、訝しげに眉を顰める。あまりに冷たい表情と視線に、びくっと肩が跳ね上がる。そんな顔で睨まれたことは、今まで一度もなかった。
つまり、彼にはもう後悔も罪悪感さえない、ということ。
胸の奥が握りつぶされたように痛み始める。震える唇をぎゅっと噛みしめ、それから必死に笑顔を作り直した。
「本当に鈍くって、だって別れ話もせずにフェイドアウトしようなんて考えたことないし、私」
「ああ?」
嫌味に聞こえただろう私の言葉に、一気に彼の声音が不穏になる。
「二週間前に会った時だって普通だったから。その後から付き合うことになったんでしょうか? おふたりは」
「は?」
今度の声は、ぐるんっとこっちを振り向いた彼女のものだ。
「ちょっと。聞いてないけど」
「いや、だから、別れ話をしようとして」
「でも全然彼女気づいてなかったじゃない!? 本当に言おうとしたの!?」
現在彼女の金切り声が響いて咄嗟に顔をしかめる。
やっぱりだ。
あの時には既に同時進行で、彼は私とはもう会ってないと説明していたらしい。
「したって、でもさ、ほら、同じ会社だし、色々……」
「そんなん、最初からわかってたことじゃない!」
聞き苦しい言い訳が、あまりにもひどい。寧ろ彼女の方がいっそ清々しいくらいだ。シーツで下半身を隠しながら顔色を青くする男を見ていると、急激に自分の中の何かが冷めていく。ちらちらとこっちを見ながら口ごもる様子は、きっと私がいるうちは都合の良い言い訳をしても全部ひっくり返されると思っているんだろう。
なんならその日、そのベッドを使ったことも暴露してやろうかと思ったけれど、ふとそれは踏みとどまった。手の力が抜けて、握りしめていた鍵が音を立てて床に落ちる。その音でこっちに視線を向けた男に言った。
「鍵は自分で処分して。合い鍵なんて作ってないけど、信用できないだろうし」
これ以上は我慢できなくなって、背を向けて寝室から逃げ出した。
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《エブリスタ、ムーン、ベリカフェにも投稿しています》
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