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男性不信に陥るきっかけなんて、実に呆気なくそしてありきたりなものだと思った。
お互い仕事に忙しくて会えなかった友人と、久々に昼から会って買い物をして夕食も楽しんだ。昼間に買ったペアのカップのことを追求され、社会人になって初めて彼氏ができたことを白状すると、からかわれつつ自分のことのように喜んでくれた。
ほんの少し、予定より早く解散になったのが良かったのか、悪かったのか。尋ねるには遅い時間ではあるけれど、浮かれた気持ちでペアカップを届けようなんて思いついてしまった。
今思い出しても、引き返せ、とその時の自分に言いたくなる。機会なら二度あった。彼のマンションの下から窓を眺めた時に、寝室の灯りがオレンジ色だったこと。常夜灯の色だとすぐわかる。彼は、行為の時は常夜灯を付けるけれど、眠る時は真っ暗にするのを好むのだ。この時、微かに違和感を覚えたからだろうか。いつもなら鳴らすインターフォンのボタンを押さずに、私は合い鍵を使って中に入った。
二度目はその時だ。玄関にパンプスが転がっていた。私の足より小さいサイズのパンプスだ。それを見た次の瞬間には、寝室からの物音に気付いて引き返す選択肢はなくなった。
ギシギシと軋む音が、押し殺したような甘えた声も混じって扉の向こうから聞こえてくる。
もうここまで状況が揃っていれば、誤解も何もしようがない。別れる選択肢しかない。別れるだけなら、なにも情事の真っ最中に乗り込む必要はなかったのに。引き返してメッセージひとつ送ってしまえばそれでいい。なのにそれすら考えられないくらい、頭が働いてなかった。
心臓の鼓動が早くて、息苦しい。なのにドアを開けようとする手は、少しも迷わなかった。がちゃりと回ったノブの音に、女性の小さな悲鳴が聞こえた。
ベッドの上で絡まるふたりの男女。今はぴたりと停止しているにも関わらず、息遣いは荒い。余程激しい情交の真っ最中だったのか。部屋の空気は、男女の情事特有の匂いに湿気まで含んで感じて、吐き気を催した。
「うっ……」
手で口を覆いながら橙色の薄暗がりの中で目を凝らす。覆いかぶさる男は私の彼氏のはずで、隠れるように寝返りを打って背中を向けた女性もよく知っている人だった。
「え……は!? 七緒!?」
「そうだけど……何やってるの」
疑問系で名前を呼ばれたので、反射で返事をする。何をやってるかなど、一目瞭然なのだけどそれ以外言葉が出てこなかった。
「お前、何勝手に入ってきてんだよ!」
目が合った一瞬は焦った表情をしていた彼は、次には彼女の背を庇うように撫でる。
その仕草と言葉で私は、これは浮気ではなく私が浮気相手なのだと悟った。少なくとも、彼の心情では私よりも彼女が優先された、ということだ。
お互い仕事に忙しくて会えなかった友人と、久々に昼から会って買い物をして夕食も楽しんだ。昼間に買ったペアのカップのことを追求され、社会人になって初めて彼氏ができたことを白状すると、からかわれつつ自分のことのように喜んでくれた。
ほんの少し、予定より早く解散になったのが良かったのか、悪かったのか。尋ねるには遅い時間ではあるけれど、浮かれた気持ちでペアカップを届けようなんて思いついてしまった。
今思い出しても、引き返せ、とその時の自分に言いたくなる。機会なら二度あった。彼のマンションの下から窓を眺めた時に、寝室の灯りがオレンジ色だったこと。常夜灯の色だとすぐわかる。彼は、行為の時は常夜灯を付けるけれど、眠る時は真っ暗にするのを好むのだ。この時、微かに違和感を覚えたからだろうか。いつもなら鳴らすインターフォンのボタンを押さずに、私は合い鍵を使って中に入った。
二度目はその時だ。玄関にパンプスが転がっていた。私の足より小さいサイズのパンプスだ。それを見た次の瞬間には、寝室からの物音に気付いて引き返す選択肢はなくなった。
ギシギシと軋む音が、押し殺したような甘えた声も混じって扉の向こうから聞こえてくる。
もうここまで状況が揃っていれば、誤解も何もしようがない。別れる選択肢しかない。別れるだけなら、なにも情事の真っ最中に乗り込む必要はなかったのに。引き返してメッセージひとつ送ってしまえばそれでいい。なのにそれすら考えられないくらい、頭が働いてなかった。
心臓の鼓動が早くて、息苦しい。なのにドアを開けようとする手は、少しも迷わなかった。がちゃりと回ったノブの音に、女性の小さな悲鳴が聞こえた。
ベッドの上で絡まるふたりの男女。今はぴたりと停止しているにも関わらず、息遣いは荒い。余程激しい情交の真っ最中だったのか。部屋の空気は、男女の情事特有の匂いに湿気まで含んで感じて、吐き気を催した。
「うっ……」
手で口を覆いながら橙色の薄暗がりの中で目を凝らす。覆いかぶさる男は私の彼氏のはずで、隠れるように寝返りを打って背中を向けた女性もよく知っている人だった。
「え……は!? 七緒!?」
「そうだけど……何やってるの」
疑問系で名前を呼ばれたので、反射で返事をする。何をやってるかなど、一目瞭然なのだけどそれ以外言葉が出てこなかった。
「お前、何勝手に入ってきてんだよ!」
目が合った一瞬は焦った表情をしていた彼は、次には彼女の背を庇うように撫でる。
その仕草と言葉で私は、これは浮気ではなく私が浮気相手なのだと悟った。少なくとも、彼の心情では私よりも彼女が優先された、ということだ。
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