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初デートで発覚するアレコレ
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しおりを挟む脳裏に浮かぶというよりも、あの夜から辞めるまでの数か月で浴びた悪意が蘇ってくるような気がして、だから話したくない。言葉に詰まっていると、私の表情を見た彼が、笑みを消した。
「ごめん」
謝罪の言葉に、咄嗟に自分の頬に手を当てる。高輪さんが即座に謝らなくてはと思うくらいに、私は酷い顔をしているのだろうか。
「そんな顔をさせるつもりじゃなかった。知られたくない過去なんて大抵みんなあるだろうっていう一般論で」
「そんな顔」
「悪かった」
確かに一瞬狼狽えたけど、今は逆に彼の方が狼狽えて見える。
ぺたぺたと自分の頬を触っても別に涙が出ているわけでもない。彼がそこまで気にするなんて、一体どんな顔をしているのかそっちの方が気になる。
今、あの何事にも動じなさそうな高輪さんが明らかに困った顔で、言い訳を並べ立てた。それがとても意外で、彼の顔をついまじまじと見つめた。
「つまり、先ほどのは高輪さんにとって知られたくない過去だということですか?」
つまりあれは真実ということでしょうか?
私を動揺させたことに罪悪感を感じているのだろうか。さっきははぐらかしたことを、今度は困ったように眉尻を下げながらも答えてくれた。
「知られたくない、というほどではないけど。そんな風に吹聴されるくらいには、不真面目だった自覚はある」
「なんかはっきりしないですね?」
更に突っ込むと、私が別になんともないとわかってくれたのか少しほっとしたようだ。それから苦笑いを浮かべ、それはもう、正直に言いなおした。
「誰と付き合っても長続きしない。だからもう何年も女性関係断ってるよ、めんどくさくて」
ずばっと本音が来ましたよ、特にラスト。
あまりにもストレートなので、こちらがびっくりした。
「正直すぎるご回答をありがとうございます?」
他にどうとも言い様がなく、疑問形でお礼を述べる。
「言ったよ。だからあんな風に絵に描いたような笑顔で遠ざかろうとしないで、思ったことを言ってほしい」
すっかり開き直ったらしい金太郎飴が得意な彼に、言われてしまった。
だけど確かに、お互いに仮面を被るような夫婦関係は、私も嫌だった。それくらいなら、最初から割り切った感情でいた方がきっと上手くいく。
だって、たとえどうであれ、もう結婚はしなくてはいけないのだから。
……本当に、しなくちゃいけないのだろうか。
ふと、疑問に思ってしまった。もう関西を拠点とした事業が、私たちの結婚ありきで話が進んでいると聞いている。だから結婚は止められないとしても、私たちまで本当の夫婦にならなくても良いのでは?
口を噤んで悩んでいると、不意にむにっと顔周りが窮屈になる。高輪さんがいつのまにかすぐ傍まで近づいて、私の頬をわしづかみにしていた。
「ちょ、なにを、ふるんれふか」
「ひとりで考えてないでこの頭の中のことを正直に口に出してと言ってるのに」
私の抗議にも、むにむにむにと頬を揉む手が止まらない。軽く振り払うとすぐに離れたけど、距離が近いのはそのままだ。じっと見つめて待たれると、何か言わなければいけないような気にさせられる。
焦ったおかげで私まで、馬鹿正直な言葉が出た。
「もっと、ふつうのひとでよかったのに……」
ぽろっと零れると、言ってしまったという気持ちと同時に、とてつもなくすっきりした。そうなると、もうまったく止まらない。
高輪さんが訝しげに眉を寄せ首を傾げる。
「……普通だけど?」
「どこがですか? 父親が見合いって言ってきた時、もっとこう生真面目な雰囲気の! サラリーマンちっくな……もっと言うと公務員的なお堅い感じの、普通の人を想像したんです!」
「なるほど。それが普通」
「あの父が決めた縁談で、まさかこんな、顔が良くて背が高くて、モテてモテて入れ食い状態の人が来るなんて思わないじゃないですか……!」
一気に力説すると、両手で顔を覆いぼふっとソファに背中を預けた。本当、女性関係は鬼門だと、今回のことで気づかされた。思ったよりも私の中で、トラウマになっていたらしい。
「いや、ちょっと待とうか。落ち着こう。七緒さん、なんか俺が街を歩けば女が毎回現れると思ってない? そんなわけはないから」
そして、顔が良いと言われてることに謙遜もしないので、やっぱり自覚はあるんだというところが憎らしい。
「でも、初日でいきなり」
「たまたまだから。本当に」
そう言われれば確かにそうかもしれない。……が、問題はそういうことじゃないのだ。
「そういうことじゃなくて、私にはモテすぎる旦那様はキツいっていう話です」
今回のことが、夫婦になって心を許した後だったら、私はもっと取り乱していただろうし彼の言葉もすぐには信じなかったと思う。
夫の女性関係に巻き込まれるのも嫌だし、そのことで泣くのも嫌だ。本当に苦しいときの涙って、ものすごく疲れるし気持ちがとにかく病んでくる。あんな経験はもうしたくない。
実際にはさっきの女性は過去にお付き合いがあった人ではなかったし、まだ何をされたわけでもない。なのに浮気されるのが嫌だから、なんて理由で自分がどれだけ失礼なことを言っているのかもわかっていた。
恥ずかしさに天井を仰いだままいると、耳に苦笑交じりの声が届く。
「奥さんにキツいと言われるのはつらい」
「すみません。……結婚はしないとダメですよね」
「ダメだね」
にこやかに即答されてしまった。
「どうしたら、喜んで俺と結婚してくれる?」
しかも続いた言葉に驚いて、顔を隠していた手が自然と離れた。彼を見ると、背もたれに片腕を預けて私をじっと見つめていて、それだけのことで心臓がどきどきさせられてしまう。
イケメン、怖い。
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