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初デートで発覚するアレコレ
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弾んだ明るい声が、耳に心地よい程度の音楽と話声だけだった店内にいやに響いた。
二十代後半くらいだろうか。高輪さんの座る椅子の側まで近づいたその女性は、さすがに目立ったことを自覚したのか軽く店内を見回して口元を押さえる。しかし、すぐにまた顔を高輪さんに向けた。向かいに座る私には、気付いていないのかまったく目が合わない。
いや、そんなわけあるか。この距離で気づかないってどれだけ近眼なの。
「ああ、久しぶり。何年ぶりかな」
「あ、うれしい。覚えていてくれて」
言葉通り、笑顔で喜びを隠さない女性に対し、高輪さんも動揺することなく微笑みを浮かべているが二度目は言葉を返さなかった。しかし会話がそこで途切れることもなかった。
「友人の結婚式に呼ばれて、ついでに観光に来たの。こんな旅先で会うなんて、すごい偶然!」
女性の目が潤んで、頬が薄らと朱に染まる。あからさまなくらいに彼女の気持ちがまるわかりだった。隠す気すらなさそうだ。
何年振りかというくらいだから、今は親しい付き合いじゃなくても、友人、もしくは昔の彼女……とか? 言葉遣いも気安さを感じるし、仕事ではなくプライベートでの付き合いだったのは間違いがなさそうだ。
突如、空間からはじき出されたような疎外感に、私はフォークを手にしたまま、固まってふたりの顔を交互に見ていた。
そもそも、彼女はひとりなのか。
高級フレンチのこの店に?
その答えは、すぐに知ることができた。
「ビジネスパートナーの結婚式だったの。今は取引先と一緒で」
そう言いながら、少し離れた位置にあるテーブルを彼女は指さす。高輪さんはそれを視線で追いながら、相変わらず表情が崩れない。得意の金太郎飴状態だ。
フォークを持つ手が疲れて、皿の横に落ち着かせる。目立たないように小さくため息をついた。
……まあ、わかってたことだよね。
絶対にモテるはず、と予め気持ちにバリケードを張っていて正解だった。そう、わかってはいたことなのに、さっきまでの高揚感が急速に冷えていく。
「化粧品事業でね。調子はよかったんだけど、誰かに相談したいと思っていたの。良かったらこの後で……」
しばらく黙って見ていようと思ったけれど、あまりのことにびっくりした。この状況で、彼女はこの後の約束を取り付けたいらしい。
ふたりの関係は、と無意識に推測する。話の感じからして、仕事絡みの知り合いか。それにしては気安い言葉遣いに聞こえる。友人で、仕事の相談にも乗っている、もしくは手助けしている……?
――どなたですか?
そう尋ねるくらいはしてもいいだろう。その質問をどちらに向けて発するか。
彼女は終始私を見ようとはしないのだから、やはりここは高輪さんか。
そう決めて口を開きかけたものの、高輪さんの声のほうが先になった。
「今はプライベートなんだ。仕事のことなら会社に頼むよ。秘書が対応してくれるから」
穏やかながら、きっぱりとした反論しづらくなる声音だ。要望を遮断され、彼女は驚いたように目を見開いた。
「もういいかな? 婚約者との大事な時間なんだ」
その時初めて女性の目が私を見る。さらに大きく見開かれていて、私は条件反射で小さく会釈した。
「え、婚約者……って」
狼狽えている女性に、私は気まずくなってテーブルにある料理へ視線を落とす。
「七緒さん」
しかし、すぐに名前を呼ばれて顔をあげることになった。
「なんでもないから心配しないで」
頷きそうになって、だけど直前に止めてしまった。まだ、彼のことがよくわからない。
彼の態度は毅然としたように見える。だけど、それを信じるには、私たちにはまだ共に過ごした時間が足りない。
返事をしない私から視線を巡らせ、彼はフロアにいた男性店員に向けて片手を上げる。店員が駆け付けてくると、ひとこと告げた。
「彼女を案内して」
もうその女性には一瞥もくれなかった。彼女の方は若干まだ何かもの言いたげだが、そんな空気ではなくなったことは読めたらしい。店員に促されてその場を離れていく。
知らず、身体に力が入っていたらしい。ため息とともに肩の力が抜ける。
「よかったんですか? お仕事の話をしたそうでしたけど」
「全員は相手できないからね。事業として価値がありそうなら、ふさわしい部署に回すこともあるけど……利益にならなそうだったら門前払いだろうな。俺のとこまで話が上がってくることもない」
そう言って、彼は料理を口に運ぶ。
そうじゃないってわかってるくせに。
本当はあの女性は仕事の話をしたかったんじゃなくて、それにかこつけて彼に近付きたかったんだ。そんなの、表情を見ればわかる。それくらいあからさまだった。
高輪さんもわかっていたから敢えて素っ気なくして、店員に任せてまで遠ざけたのだろうに。しかもその一連の流れの間、高輪さんの浮かべた微笑みが一切崩れなかったことが怖い。
女性が寄って来ても目もくれないで、はっきりと私を婚約者だと言ってくれた。態度も毅然としていた。理想的で、これで疑う方がおかしい。でも……
信じる、信頼……どうやって築くんだっけ。
恋愛からしばらくは離れたいと思って、男の人と会話する機会も減っていたし付き合おうとすら考えた相手もいない一年だった。なのにすっ飛ばしての結婚相手を、どう信頼したらいいんだろう。
二十代後半くらいだろうか。高輪さんの座る椅子の側まで近づいたその女性は、さすがに目立ったことを自覚したのか軽く店内を見回して口元を押さえる。しかし、すぐにまた顔を高輪さんに向けた。向かいに座る私には、気付いていないのかまったく目が合わない。
いや、そんなわけあるか。この距離で気づかないってどれだけ近眼なの。
「ああ、久しぶり。何年ぶりかな」
「あ、うれしい。覚えていてくれて」
言葉通り、笑顔で喜びを隠さない女性に対し、高輪さんも動揺することなく微笑みを浮かべているが二度目は言葉を返さなかった。しかし会話がそこで途切れることもなかった。
「友人の結婚式に呼ばれて、ついでに観光に来たの。こんな旅先で会うなんて、すごい偶然!」
女性の目が潤んで、頬が薄らと朱に染まる。あからさまなくらいに彼女の気持ちがまるわかりだった。隠す気すらなさそうだ。
何年振りかというくらいだから、今は親しい付き合いじゃなくても、友人、もしくは昔の彼女……とか? 言葉遣いも気安さを感じるし、仕事ではなくプライベートでの付き合いだったのは間違いがなさそうだ。
突如、空間からはじき出されたような疎外感に、私はフォークを手にしたまま、固まってふたりの顔を交互に見ていた。
そもそも、彼女はひとりなのか。
高級フレンチのこの店に?
その答えは、すぐに知ることができた。
「ビジネスパートナーの結婚式だったの。今は取引先と一緒で」
そう言いながら、少し離れた位置にあるテーブルを彼女は指さす。高輪さんはそれを視線で追いながら、相変わらず表情が崩れない。得意の金太郎飴状態だ。
フォークを持つ手が疲れて、皿の横に落ち着かせる。目立たないように小さくため息をついた。
……まあ、わかってたことだよね。
絶対にモテるはず、と予め気持ちにバリケードを張っていて正解だった。そう、わかってはいたことなのに、さっきまでの高揚感が急速に冷えていく。
「化粧品事業でね。調子はよかったんだけど、誰かに相談したいと思っていたの。良かったらこの後で……」
しばらく黙って見ていようと思ったけれど、あまりのことにびっくりした。この状況で、彼女はこの後の約束を取り付けたいらしい。
ふたりの関係は、と無意識に推測する。話の感じからして、仕事絡みの知り合いか。それにしては気安い言葉遣いに聞こえる。友人で、仕事の相談にも乗っている、もしくは手助けしている……?
――どなたですか?
そう尋ねるくらいはしてもいいだろう。その質問をどちらに向けて発するか。
彼女は終始私を見ようとはしないのだから、やはりここは高輪さんか。
そう決めて口を開きかけたものの、高輪さんの声のほうが先になった。
「今はプライベートなんだ。仕事のことなら会社に頼むよ。秘書が対応してくれるから」
穏やかながら、きっぱりとした反論しづらくなる声音だ。要望を遮断され、彼女は驚いたように目を見開いた。
「もういいかな? 婚約者との大事な時間なんだ」
その時初めて女性の目が私を見る。さらに大きく見開かれていて、私は条件反射で小さく会釈した。
「え、婚約者……って」
狼狽えている女性に、私は気まずくなってテーブルにある料理へ視線を落とす。
「七緒さん」
しかし、すぐに名前を呼ばれて顔をあげることになった。
「なんでもないから心配しないで」
頷きそうになって、だけど直前に止めてしまった。まだ、彼のことがよくわからない。
彼の態度は毅然としたように見える。だけど、それを信じるには、私たちにはまだ共に過ごした時間が足りない。
返事をしない私から視線を巡らせ、彼はフロアにいた男性店員に向けて片手を上げる。店員が駆け付けてくると、ひとこと告げた。
「彼女を案内して」
もうその女性には一瞥もくれなかった。彼女の方は若干まだ何かもの言いたげだが、そんな空気ではなくなったことは読めたらしい。店員に促されてその場を離れていく。
知らず、身体に力が入っていたらしい。ため息とともに肩の力が抜ける。
「よかったんですか? お仕事の話をしたそうでしたけど」
「全員は相手できないからね。事業として価値がありそうなら、ふさわしい部署に回すこともあるけど……利益にならなそうだったら門前払いだろうな。俺のとこまで話が上がってくることもない」
そう言って、彼は料理を口に運ぶ。
そうじゃないってわかってるくせに。
本当はあの女性は仕事の話をしたかったんじゃなくて、それにかこつけて彼に近付きたかったんだ。そんなの、表情を見ればわかる。それくらいあからさまだった。
高輪さんもわかっていたから敢えて素っ気なくして、店員に任せてまで遠ざけたのだろうに。しかもその一連の流れの間、高輪さんの浮かべた微笑みが一切崩れなかったことが怖い。
女性が寄って来ても目もくれないで、はっきりと私を婚約者だと言ってくれた。態度も毅然としていた。理想的で、これで疑う方がおかしい。でも……
信じる、信頼……どうやって築くんだっけ。
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