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初デートで発覚するアレコレ
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大きな門をくぐり、広々とした敷地に入った。建物のエントランスに立っていた制服の男性に車を任せ、高輪さんが軽く私の背中に手をあてる。入口のドアをくぐり抜け、広いロビーを見てここがどこだか気が付いた。
「わ……すごい。ここ、一度来てみたかったんです」
目の前には大きなガラス窓があり、その向こうに日本庭園が広がっている。その庭を背の低い建屋がぐるりと囲う。京都の街並みを損なわないよう、計算されて建築された比較的新しいホテルだ。
暗色の木と黒のアイアンを使いながら、窓から見える日本庭園に合わせて落ち着いた雰囲気が漂っている。洋風の椅子やテーブルを配置しながら、空間はどこまでも和を感じさせた。オープン当初、このロビーが随分と話題になったのだ。
「初めてだった? それはよかった」
「建物が独創的ですよね。それでいて京都の空気に不思議と馴染んでいて」
あまりお行儀がよくないと思いつつ、空間のあちこちについ目を向けながら歩いてしまう。そんな私を誘導するように、背中にある手が軽く前へ押した。
「気になるなら、食事の後にゆっくり見て回ろう」
言われてハッと気が付く。食事の予約を入れてくれているのに、これでは私のせいで遅れてしまう。
「すみません、さくさく歩きます」
よそ見をやめて背筋を伸ばす。高輪さんが、苦笑交じりに言った。
「観察するのが好きだね」
「そうかもしれないです。興味があるものだと、どうしてもつい見入ってしまうというか」
特にこの建物はずっと来たかった場所だ。ひとりで来るには敷居が高くて諦めていたから、つい、夢中になってしまったのだと思う。
急に歩調を早めた高輪さんは笑っていたけれど、私と目が合うとその笑みがほんの少し意地悪そうに見えた。気のせいか、と思ったが不意に上半身を寄せて私に顔を近づける。
「車の中では、俺の観察に忙しそうだったし」
ちらちらと見ていたことがバレている。
ぼそりと耳元で囁かれた。ぞわっと耳から首筋へと肌が騒めいて、思わず横へとずれて距離を取る。
「別に、観察なんて」
「してなかった?」
「……してました。すみません」
白状して隣を見上げると彼は相変わらずの笑顔だ。なんとなく、それが悔しい。
「あはは。素直だ」
「ごめんなさい、つい」
「謝らなくていいよ。視線を感じるのは楽しかったし」
その返し方からして思う。すぐに動揺してしまう私と違って、彼は余裕だ。
「これから結婚しようという相手に、興味を持たれない方が問題だしね」
寧ろ、私に興味が持てるのだろうか。そこを聞いてみたい。
そう思ったけれど残念ながら、エレベーターの前に着いて会話は終わってしまった。他に人がいるエレベーター内でしたい話でもない。
三階で降りて彼に案内されたのは、フレンチレストランのお店だった。窓際の眺めの良いテーブルに案内されると、ロビーから見えていた日本庭園がまた違った角度で楽しめるようになっている。
前菜からゆっくりとした流れで運ばれてくる料理も、客の目を楽しませようと彩り豊かで綺麗だった。味はもちろん、今まで食べたことがないくらいに美味しい。ワインも良いものがそろっていると勧められたけれど、それはお断りした。好きだけれど、どうしても酔いやすい。気にせず酔っ払えるほど、まだ気安くはなれない。
そう思っていた、はずだったのだが。
お料理がひとつふたつ進んだ頃には、この時間をすっかり楽しんでいる自分がいた。
「京都で祖父母と一緒にいたから、和菓子に触れる機会も多かったです。でも、本当に大好きになったのは今のお店で働くようになってからですね」
「へえ。確かに、たかむら堂の和菓子は美味しいね」
「それに見た目が綺麗で可愛い。店頭でのポップで見せ方を変えたら、いつもより売り上げが良くなって、うれしくて。もう少し、他に売り方を考えられたらと思うんですけど……」
食事しながらの会話を、高輪さんのリードでいつのまにか楽しんでいた。話題を振るのも、話を聞きだすのも上手い。この人に、欠点などあるのだろうか。
「まあ、全部が全部数字が一番大事かというとそれも違うからね」
「そうなんです。何を大事にするか、決められるのは店主の鷹村さんだし。口出し過ぎないよう、自分のできることを探すのって難しいです。でも楽しい」
少人数の中で和気あいあいとした雰囲気も良くて、京都に戻った経緯はアレだが仕事は本当に楽しかった。職場の人間関係って大事だなと実感した一年だったと思う。
結婚したら、東京だ。仕事をするかどうかはともかく、たかむら堂は辞める他ないことだけが残念だ。
「前職は、広告デザインの仕事だったね。それが活かせてるのかな」
不意に、かつての会社のことを言われて動揺してしまい、思わず頬が強張った。高輪さんは話の流れで、何気なく言っただけなのかもしれない。だが、辞めた経緯まで調べて知っている可能性もある。
「七緒さん?」
何も答えないまま固まっていた私に、高輪さんが首を傾げた。
「あ、いえ。えっと……」
「どうかした?」
調べられているとしたら、どこまでだろう。辞めた経緯が事実の通りに伝わっていたらいいけれど、流れた噂が彼の耳に入っている可能性の方が高い。
「いえ、広告の仕事も、すきだったので。活かせてるのだったらうれしいなって」
過去の話も、いつかはするべきだろうか。辞めた場所のことを、今更言っても仕方がない、とも思うのはあの時信じてもらえなかったトラウマもあるのかもしれない。
狼狽えたことを、小さく笑ってごまかした。彼の目は、観察するように私を見ていたから、あまり上手には隠せなかったのかもしれない。
何かを高輪さんが言いかけたけれど、不意に彼の名を呼ぶ女性の声がそれを遮った。
「高輪さんじゃないですか? どうして京都に?」
「わ……すごい。ここ、一度来てみたかったんです」
目の前には大きなガラス窓があり、その向こうに日本庭園が広がっている。その庭を背の低い建屋がぐるりと囲う。京都の街並みを損なわないよう、計算されて建築された比較的新しいホテルだ。
暗色の木と黒のアイアンを使いながら、窓から見える日本庭園に合わせて落ち着いた雰囲気が漂っている。洋風の椅子やテーブルを配置しながら、空間はどこまでも和を感じさせた。オープン当初、このロビーが随分と話題になったのだ。
「初めてだった? それはよかった」
「建物が独創的ですよね。それでいて京都の空気に不思議と馴染んでいて」
あまりお行儀がよくないと思いつつ、空間のあちこちについ目を向けながら歩いてしまう。そんな私を誘導するように、背中にある手が軽く前へ押した。
「気になるなら、食事の後にゆっくり見て回ろう」
言われてハッと気が付く。食事の予約を入れてくれているのに、これでは私のせいで遅れてしまう。
「すみません、さくさく歩きます」
よそ見をやめて背筋を伸ばす。高輪さんが、苦笑交じりに言った。
「観察するのが好きだね」
「そうかもしれないです。興味があるものだと、どうしてもつい見入ってしまうというか」
特にこの建物はずっと来たかった場所だ。ひとりで来るには敷居が高くて諦めていたから、つい、夢中になってしまったのだと思う。
急に歩調を早めた高輪さんは笑っていたけれど、私と目が合うとその笑みがほんの少し意地悪そうに見えた。気のせいか、と思ったが不意に上半身を寄せて私に顔を近づける。
「車の中では、俺の観察に忙しそうだったし」
ちらちらと見ていたことがバレている。
ぼそりと耳元で囁かれた。ぞわっと耳から首筋へと肌が騒めいて、思わず横へとずれて距離を取る。
「別に、観察なんて」
「してなかった?」
「……してました。すみません」
白状して隣を見上げると彼は相変わらずの笑顔だ。なんとなく、それが悔しい。
「あはは。素直だ」
「ごめんなさい、つい」
「謝らなくていいよ。視線を感じるのは楽しかったし」
その返し方からして思う。すぐに動揺してしまう私と違って、彼は余裕だ。
「これから結婚しようという相手に、興味を持たれない方が問題だしね」
寧ろ、私に興味が持てるのだろうか。そこを聞いてみたい。
そう思ったけれど残念ながら、エレベーターの前に着いて会話は終わってしまった。他に人がいるエレベーター内でしたい話でもない。
三階で降りて彼に案内されたのは、フレンチレストランのお店だった。窓際の眺めの良いテーブルに案内されると、ロビーから見えていた日本庭園がまた違った角度で楽しめるようになっている。
前菜からゆっくりとした流れで運ばれてくる料理も、客の目を楽しませようと彩り豊かで綺麗だった。味はもちろん、今まで食べたことがないくらいに美味しい。ワインも良いものがそろっていると勧められたけれど、それはお断りした。好きだけれど、どうしても酔いやすい。気にせず酔っ払えるほど、まだ気安くはなれない。
そう思っていた、はずだったのだが。
お料理がひとつふたつ進んだ頃には、この時間をすっかり楽しんでいる自分がいた。
「京都で祖父母と一緒にいたから、和菓子に触れる機会も多かったです。でも、本当に大好きになったのは今のお店で働くようになってからですね」
「へえ。確かに、たかむら堂の和菓子は美味しいね」
「それに見た目が綺麗で可愛い。店頭でのポップで見せ方を変えたら、いつもより売り上げが良くなって、うれしくて。もう少し、他に売り方を考えられたらと思うんですけど……」
食事しながらの会話を、高輪さんのリードでいつのまにか楽しんでいた。話題を振るのも、話を聞きだすのも上手い。この人に、欠点などあるのだろうか。
「まあ、全部が全部数字が一番大事かというとそれも違うからね」
「そうなんです。何を大事にするか、決められるのは店主の鷹村さんだし。口出し過ぎないよう、自分のできることを探すのって難しいです。でも楽しい」
少人数の中で和気あいあいとした雰囲気も良くて、京都に戻った経緯はアレだが仕事は本当に楽しかった。職場の人間関係って大事だなと実感した一年だったと思う。
結婚したら、東京だ。仕事をするかどうかはともかく、たかむら堂は辞める他ないことだけが残念だ。
「前職は、広告デザインの仕事だったね。それが活かせてるのかな」
不意に、かつての会社のことを言われて動揺してしまい、思わず頬が強張った。高輪さんは話の流れで、何気なく言っただけなのかもしれない。だが、辞めた経緯まで調べて知っている可能性もある。
「七緒さん?」
何も答えないまま固まっていた私に、高輪さんが首を傾げた。
「あ、いえ。えっと……」
「どうかした?」
調べられているとしたら、どこまでだろう。辞めた経緯が事実の通りに伝わっていたらいいけれど、流れた噂が彼の耳に入っている可能性の方が高い。
「いえ、広告の仕事も、すきだったので。活かせてるのだったらうれしいなって」
過去の話も、いつかはするべきだろうか。辞めた場所のことを、今更言っても仕方がない、とも思うのはあの時信じてもらえなかったトラウマもあるのかもしれない。
狼狽えたことを、小さく笑ってごまかした。彼の目は、観察するように私を見ていたから、あまり上手には隠せなかったのかもしれない。
何かを高輪さんが言いかけたけれど、不意に彼の名を呼ぶ女性の声がそれを遮った。
「高輪さんじゃないですか? どうして京都に?」
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