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32 ダンジョンダイブ・後編
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「強化!」
「招来!」
雛月の杖から放たれる幾条もの雷光。その直前に俺は自己強化をかけ、攻撃を一身に受け止めた。
強化をかけていなければ消し炭になっていたところだ。俺はたたらを踏み、クラウソラスを鞘から抜かずに雛月に殴りかかる。だが――
「止まって」
それも読んでいるとばかりに足下の床が泥沼にかわり、踏み込みを甘くする。
「構築」
たん、と浅くジャンプ。その途中に魔力資源を使い、沼地から立方体の足場を作り上げる。さっとあたりを見回して同じように隆起したポイントをいくつも構築。すかさず雛月は魔術の弾丸を放ち、足場ごとこちらを打ち崩そうとする。
彼女の魔術はひとつひとつが練り上げられていて、地上に居るどの冒険者も彼女には敵わないと瞬時に理解させられるほど。
だが、こちらにも奥の手が存在する。
「熱っつ――」
鞘から刀身をわずかに走らせるだけで焦げ付きそうなほどの熱の奔流。沼地も干からび、足場もこれ以上は耐えられそうにないとボロボロと朽ちていく。
だが、雛月はなんなく競り合っている。厚い氷の壁は、炎に呑まれることなくじわりじわりとその厚みを増していた。彼女は幻想じみた風貌とはまるで異なる、過去から飛び立つことのできない、重みのある声でこちらに呼びかける。
「……邪魔をしないで。私の苦しみなんてわからないくせにっ」
雛月の、彼女の目尻にはわずかに涙が浮かんでいる。歯噛みをし、声を荒らげ、自分が涙を流していることにすら気づいていない。
しゃくりあげるその姿は人類の敵というにはあまりにも傷ついていた。
俺は、ゆっくりと深呼吸をして、大声を出す。
「わかんないさ! 数年ぶりに再会したと思ったら闇落ちしてて! こっちの話も聞いてくれないし自分がどんな目に遭ったか話すつもりもないし!」
でも、だけど……
「お前が俺を必要としてくれるなら、俺はどこまでだって寄り添ってやる! だから言えよ、『助けて』って!」
直後――氷と白が部屋中を覆い――俺はたまらず剣を抜く。
閃光が部屋を包み、そのまま意識を手放してしまった。
◆
『アレと比べるといささか見劣りするな』
違う。私が描いたのが先なんだ。
『まだここにいられると思ってたんだ』
私はやってない。盗作なんて、誓って。
『盗作をするやつに居場所があると思うなよ?』
お前が、お前が。お前だけは、絶対に。
◆
目を覚ますと目の前には雛月の顔があった。身体と頬の一部が焼け焦げた彼女は、どこかつきものが落ちたかのように穏やかな表情でこちらを見ていた。
「起きた?」
「そっちは?」
「悪い夢から、ようやく覚めたかな」
そうか、と呟くと彼女は自分の膝から俺の頭を落とす。
「……絵はさ、里見君が描きなよ。私はしばらく描けそうにない」
赤い燐光が雛月の身体から浮かんでは消えていく。彼女の身体は光が浮かぶたびに消えていって。
「待つさ。今度は俺が見つけて貰うまで描く。だから……見つけてくれよ、絶対に」
消えゆく彼女の手を握ろうとして、焼け焦げた杖を渡される。笑顔を浮かべたまま、彼女は光となり霧散していった。
涙はなかった。再会を約束したから。
杖は一枚の絵画となり、ことん、と地に落ちた。
荒々しく、そして冷たい黒い空。赤色の光はおどろおどろしく、これが『欲望』だというのであれば彼女に希望はなかったのだろう。
けど、
「……案外、子供っぽいな」
あの時はただただ圧倒されたが、こうして再び目にすると雛月の張りぼての虚勢のようにも見えた。
俺は丁寧に絵を拾い、ふかくため息をついた。
数秒だけ感傷に浸ったあと、ダンジョンの機能を停止させるために管理画面を開いたのであった。
「招来!」
雛月の杖から放たれる幾条もの雷光。その直前に俺は自己強化をかけ、攻撃を一身に受け止めた。
強化をかけていなければ消し炭になっていたところだ。俺はたたらを踏み、クラウソラスを鞘から抜かずに雛月に殴りかかる。だが――
「止まって」
それも読んでいるとばかりに足下の床が泥沼にかわり、踏み込みを甘くする。
「構築」
たん、と浅くジャンプ。その途中に魔力資源を使い、沼地から立方体の足場を作り上げる。さっとあたりを見回して同じように隆起したポイントをいくつも構築。すかさず雛月は魔術の弾丸を放ち、足場ごとこちらを打ち崩そうとする。
彼女の魔術はひとつひとつが練り上げられていて、地上に居るどの冒険者も彼女には敵わないと瞬時に理解させられるほど。
だが、こちらにも奥の手が存在する。
「熱っつ――」
鞘から刀身をわずかに走らせるだけで焦げ付きそうなほどの熱の奔流。沼地も干からび、足場もこれ以上は耐えられそうにないとボロボロと朽ちていく。
だが、雛月はなんなく競り合っている。厚い氷の壁は、炎に呑まれることなくじわりじわりとその厚みを増していた。彼女は幻想じみた風貌とはまるで異なる、過去から飛び立つことのできない、重みのある声でこちらに呼びかける。
「……邪魔をしないで。私の苦しみなんてわからないくせにっ」
雛月の、彼女の目尻にはわずかに涙が浮かんでいる。歯噛みをし、声を荒らげ、自分が涙を流していることにすら気づいていない。
しゃくりあげるその姿は人類の敵というにはあまりにも傷ついていた。
俺は、ゆっくりと深呼吸をして、大声を出す。
「わかんないさ! 数年ぶりに再会したと思ったら闇落ちしてて! こっちの話も聞いてくれないし自分がどんな目に遭ったか話すつもりもないし!」
でも、だけど……
「お前が俺を必要としてくれるなら、俺はどこまでだって寄り添ってやる! だから言えよ、『助けて』って!」
直後――氷と白が部屋中を覆い――俺はたまらず剣を抜く。
閃光が部屋を包み、そのまま意識を手放してしまった。
◆
『アレと比べるといささか見劣りするな』
違う。私が描いたのが先なんだ。
『まだここにいられると思ってたんだ』
私はやってない。盗作なんて、誓って。
『盗作をするやつに居場所があると思うなよ?』
お前が、お前が。お前だけは、絶対に。
◆
目を覚ますと目の前には雛月の顔があった。身体と頬の一部が焼け焦げた彼女は、どこかつきものが落ちたかのように穏やかな表情でこちらを見ていた。
「起きた?」
「そっちは?」
「悪い夢から、ようやく覚めたかな」
そうか、と呟くと彼女は自分の膝から俺の頭を落とす。
「……絵はさ、里見君が描きなよ。私はしばらく描けそうにない」
赤い燐光が雛月の身体から浮かんでは消えていく。彼女の身体は光が浮かぶたびに消えていって。
「待つさ。今度は俺が見つけて貰うまで描く。だから……見つけてくれよ、絶対に」
消えゆく彼女の手を握ろうとして、焼け焦げた杖を渡される。笑顔を浮かべたまま、彼女は光となり霧散していった。
涙はなかった。再会を約束したから。
杖は一枚の絵画となり、ことん、と地に落ちた。
荒々しく、そして冷たい黒い空。赤色の光はおどろおどろしく、これが『欲望』だというのであれば彼女に希望はなかったのだろう。
けど、
「……案外、子供っぽいな」
あの時はただただ圧倒されたが、こうして再び目にすると雛月の張りぼての虚勢のようにも見えた。
俺は丁寧に絵を拾い、ふかくため息をついた。
数秒だけ感傷に浸ったあと、ダンジョンの機能を停止させるために管理画面を開いたのであった。
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