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28 残念だよ
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八坂女史から観測器具を渡されてから一週間ほど。相変わらず意味の分からない測定を続け、片手間にダンジョンを弄っていた。
俺のアーツはダンジョンの生成魔力……ざっくり言うと思念を数値化したものを消費して発動する。アイテムの生成や品質の管理から果てはダンジョンを拡張することも可能である。庭のダンジョンが度々拡張されていたのは取得した魔力が溢れた結果……らしい。自分のことなのに分からないんだなあ。
ダンジョンマスターの部屋、管理室で次に使うアイテムを生成しているときだった。無色透明のウインドウが突如真っ赤に染まり、背筋が粟立つ。 空間が突如としてねじ曲がり、ウインドウが強制的に閉じる。歪曲した穴から現れたのは――旧知で、地上の人間に宣戦布告をした雛月その人だ。
彼女はこちらを見て少しだけ目を伏せた。しかしそれも一瞬で、どこか浮世離れした雰囲気をまとっている。
「構えなくていいの?」
雛月は「人類の敵だよ、私」とおどけてみせた。
「今は、いい」
合理的に見ればいまここで彼女を無力化してしまえばいいのだろう。だが、どうしてもいまここで戦う気にはなれなかった。
俺は管理室のソファに腰をかけて雛月を見やる。彼女の超然とした表情からはなにも読み取ることができず、重ねた年月だけの距離があった。
「どうしてここに?」
「最後だからさ、昔なじみの顔を見ておこうかなって」
最後、最後か。ダンジョンマスターが絶望から生まれるのであれば、案外世界を滅ぼしそうでもある。聞きたいのは「どうやってここに来たか」というのもあるが。
こちらを見下ろしてくる雛月。高校を卒業して以来なにがあったのか、どうして、なにに苦しんでいたのか。口から出ていきそうになる言葉はそういったものばかり。よしんば彼女の絶望を理解したところで、俺になにが出来るのか――。拳を握る力は強まっていくばかり。
部屋に沈黙が満ちたところで雛月は努めて明るく笑った。
「ねえ、こっちにつかない? つらい人たちを眠りにつかせてさ、苦しいことなんか忘れてさ」
「……理由次第」
きっぱりと断ることはできなかった。苦し紛れの返答が、いかに俺が迷っているのかを端的に示していた。
「もう立ち上がれない人のために、もう進めない人のために」
「協力すれば地上から魔物は引くのか?」
俺の問いかけに雛月は首を横に振って否定する。
「いいえ? 彼らが私たちに押しつけた冷酷さと同じだけ魔物も地上に出るよ。傷ついた分だけ血は出るでしょう?」
当然のことのように彼女は告げた。いかに眠りがダンジョンマスターたちの傷を癒やすとはいえ傷から出た血を元に戻すことはできないのだと。
本音を言えばすぐにでも手を取りたかった。彼女の手を取って理不尽な現実に抗いたかった。だけど――
目を閉じて現れるのは部屋を出て、今まで関わり合いになった人。宍戸君や草加さん、いつもなにかと心配してくれていた大家さん、それに……。
「今の俺には無理だ」
勧誘失敗を意味する言葉に雛月は眉尻を下げる。「そっか」と、つぶやきには悲しみの色が含まれていた。
「知ってた。でもね、私も本気。ようやく見つけた楽園を守るためなら、なんだってやる」
雛月の決意は固い。少なくとも俺と話し合ってもびくともしないほどには。それでもやらない理由にはならない。
「歩み寄れないのか? もっと話し合えないのか?」
都合のいい話だと自分でも思う。社会で上手くやれなくて傷ついてしまった人たちに、その原因と上手く話しをつけろというのはとても公平ではない。だから、雛月は静かに首を横に振って否定した。
「理性や合理の問題じゃないの。傷つけられた分の仕返しをしたいわけじゃない、でも、彼らが……貴方たちが来るなら容赦はしない」
どんな言葉をかければいいか分からない。もっと立場が上で、力を持っている人間であれば上手い落とし所を見つけられたかもしれない。けれどもそういった人たちの真似をするにしても、俺の人生経験というものは薄っぺらくて届かない。
久しぶりの二人の時間が終わるのが惜しくて手を伸ばそうとして……やめる。両取りできる選択肢があるかもしれない、けれどそれはいま俺が考えつき、提案できるものではない。手を取ったとしてもなにもできないのだ。
用は済んだと消えゆく雛月になにかを言おうとして、
「……残念だよ」
彼女が漏らした言葉に引っ込めることしかできなかった。
俺のアーツはダンジョンの生成魔力……ざっくり言うと思念を数値化したものを消費して発動する。アイテムの生成や品質の管理から果てはダンジョンを拡張することも可能である。庭のダンジョンが度々拡張されていたのは取得した魔力が溢れた結果……らしい。自分のことなのに分からないんだなあ。
ダンジョンマスターの部屋、管理室で次に使うアイテムを生成しているときだった。無色透明のウインドウが突如真っ赤に染まり、背筋が粟立つ。 空間が突如としてねじ曲がり、ウインドウが強制的に閉じる。歪曲した穴から現れたのは――旧知で、地上の人間に宣戦布告をした雛月その人だ。
彼女はこちらを見て少しだけ目を伏せた。しかしそれも一瞬で、どこか浮世離れした雰囲気をまとっている。
「構えなくていいの?」
雛月は「人類の敵だよ、私」とおどけてみせた。
「今は、いい」
合理的に見ればいまここで彼女を無力化してしまえばいいのだろう。だが、どうしてもいまここで戦う気にはなれなかった。
俺は管理室のソファに腰をかけて雛月を見やる。彼女の超然とした表情からはなにも読み取ることができず、重ねた年月だけの距離があった。
「どうしてここに?」
「最後だからさ、昔なじみの顔を見ておこうかなって」
最後、最後か。ダンジョンマスターが絶望から生まれるのであれば、案外世界を滅ぼしそうでもある。聞きたいのは「どうやってここに来たか」というのもあるが。
こちらを見下ろしてくる雛月。高校を卒業して以来なにがあったのか、どうして、なにに苦しんでいたのか。口から出ていきそうになる言葉はそういったものばかり。よしんば彼女の絶望を理解したところで、俺になにが出来るのか――。拳を握る力は強まっていくばかり。
部屋に沈黙が満ちたところで雛月は努めて明るく笑った。
「ねえ、こっちにつかない? つらい人たちを眠りにつかせてさ、苦しいことなんか忘れてさ」
「……理由次第」
きっぱりと断ることはできなかった。苦し紛れの返答が、いかに俺が迷っているのかを端的に示していた。
「もう立ち上がれない人のために、もう進めない人のために」
「協力すれば地上から魔物は引くのか?」
俺の問いかけに雛月は首を横に振って否定する。
「いいえ? 彼らが私たちに押しつけた冷酷さと同じだけ魔物も地上に出るよ。傷ついた分だけ血は出るでしょう?」
当然のことのように彼女は告げた。いかに眠りがダンジョンマスターたちの傷を癒やすとはいえ傷から出た血を元に戻すことはできないのだと。
本音を言えばすぐにでも手を取りたかった。彼女の手を取って理不尽な現実に抗いたかった。だけど――
目を閉じて現れるのは部屋を出て、今まで関わり合いになった人。宍戸君や草加さん、いつもなにかと心配してくれていた大家さん、それに……。
「今の俺には無理だ」
勧誘失敗を意味する言葉に雛月は眉尻を下げる。「そっか」と、つぶやきには悲しみの色が含まれていた。
「知ってた。でもね、私も本気。ようやく見つけた楽園を守るためなら、なんだってやる」
雛月の決意は固い。少なくとも俺と話し合ってもびくともしないほどには。それでもやらない理由にはならない。
「歩み寄れないのか? もっと話し合えないのか?」
都合のいい話だと自分でも思う。社会で上手くやれなくて傷ついてしまった人たちに、その原因と上手く話しをつけろというのはとても公平ではない。だから、雛月は静かに首を横に振って否定した。
「理性や合理の問題じゃないの。傷つけられた分の仕返しをしたいわけじゃない、でも、彼らが……貴方たちが来るなら容赦はしない」
どんな言葉をかければいいか分からない。もっと立場が上で、力を持っている人間であれば上手い落とし所を見つけられたかもしれない。けれどもそういった人たちの真似をするにしても、俺の人生経験というものは薄っぺらくて届かない。
久しぶりの二人の時間が終わるのが惜しくて手を伸ばそうとして……やめる。両取りできる選択肢があるかもしれない、けれどそれはいま俺が考えつき、提案できるものではない。手を取ったとしてもなにもできないのだ。
用は済んだと消えゆく雛月になにかを言おうとして、
「……残念だよ」
彼女が漏らした言葉に引っ込めることしかできなかった。
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