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27 君がわたしを認めたからだよ
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インターフォンが鳴った。
どうやら八坂女史が新しい計器を持ってきたらしいが置き場所に困っているのだとか。
「だから、お願い! 家に入れて!」
「………………」
計測機器を両腕に抱えたまま両手を合わせる女史。出会ったころに比べると強引さは鳴りを潜めたが、段々と要求が増えている気がする。
なにが嫌かといえば八坂女史のお願いではなく、そんなことを頼まれることを喜ばしいと思ってしまっている自分自身だ。親しい友人なんてものはいなかったし、軽口をたたき合えるような付き合いに飢えていたところはある。この嫌じゃないというところが嫌なのだ。みみっちい話ではるのだが。
しばしの沈黙の後、俺は頷いた。
「……わかった」
「ありがと!」
根負け……ではない。なんだろうか。ともあれ玄関に赴き鍵を開ける。するとお邪魔しますと八坂女史は一言告げて入室した。
「わ、意外ときれい」
「……最近ようやく片付ける気になってな」
リビング周りを見てやや驚いたように彼女は言った。以前であればカーペットやカーテンなどは洗濯していなかっただろうし、もしかすると埃だらけだったかもしれない。庭ダンジョンで小戦神の首飾りやドーピングの水薬を手に入れてからちょっとずつ片付ける気力が湧いてきたのだ。
ほうほうと感心するような声を出す八坂女史になんとも言えない据わりの悪さを憶えてしまう。こんな形で友達を家に迎えるという実績を解除するなんて……!
仏間に機材を置くと、女史は椅子に座ってまったりとくつろぎ始めた。
「あの機器は?」
「ダンジョンマスターの部屋に置いて貰おうかなって。……なんでマスターが生まれるのか、ダンジョンの先はどこに繋がっているのか。それらを調べる……足がかりにね」
「ダンジョンの先? 先もなにも行き止まりじゃないのか?」
「ダンジョンは地球と物理的に繋がっているわけじゃない……みたいなんだ。じゃあどうやってダンジョン同士が食い合っているのか、どう繋がっているのか。ダンジョンはマスターの意識と無意識の集合体……だとわたしは考えているの」
「前も言っていたがひどく抽象的なんだな」
ダンジョンは無意識のうちに繋がっているのよ~! なんて近世の心理学者みたい言説はなんとなく理に反しているようで受け入れるにはざらついた部分が多い。
そのことは女史自身も理解しているらしく、
「もっと目に見えて解き明かせるものだと思ってたんだけどねー」
と苦笑をするだけである。
「もっとも、深層は繋がっていることは確定しているんだよ」
「ふうん。じゃあ俺のダンジョンもそのどこかに通じてるのか?」
「理論の上ではね。でも危険だからやらないで」
冗談を挟む余地がないほどにガチの口調である。まあなにがあるか分からないし無闇やたらに試すものではないか。
「雛月さんが『強い負の念を抱いた時にダンジョンマスターになった』って言って、ある程度の推察はできるよ。なんらかの要因で心という器にヒビが入ったとき、絶望したときに人はダンジョンマスターに選ばれる」
「……信じるのか?」
「……里見くん、彼女の言葉をもとに君の過去を上が調べたの」
そういえば俺は監視下に置かれているダンジョンマスターだもんな。俺ひとりの素性を洗って社会がどうにかなるならそうするわな。
俺は白状するように言葉を紡いでいく。
「クリスマスムードになった駅を歩いて、イヤになったんだ。世の中はつながりで溢れているのに俺は上手くやれていない。社会になじめない、人間関係に飢えているくせに潔癖で、理想じゃない自分が情けない。……周りから見ればよくある悩みなのも分かっている。けど、俺にとっては世界の存亡より深刻だったんだ」
で、ある日、庭に出てみるとダンジョンが生えていた。そこから先は八坂女史も知っての通りだ。
あのとき、俺は絶望していたのだろう。
「けどまあ、庭に出てみると……案外問題は簡単だった」
「……というと?」
まったく分からんとばかりに小首をかしげる女史。分かってやっているならとんだ腹黒だし、そうでないなら罪作りだ。
「……気が向いたら話す。いまは、気分じゃない」
「分かった。踏み込んでごめんね」
違うよ。そう言いかけて、俺はなにも言えないでいた。
◆
一休みののち、庭ダンジョンの様子を見ることになった。
計器でダンジョンに係わる数値を計測している八坂女史は満足そうに笑う。
「うん、ここまでは予想通り」
「じゃあ後は中に持っていくよ」
庭ダンジョンの中には俺以外誰も入れない。だからいままでの計測は八坂女史の指示を受けて俺が分からないなりに測ったものである。以前彼女が入ろうとした時には電流のようなものが走って拒絶されていた。
しかし彼女はこちらが機材を引き取ろうとするのをやんわりと拒否し、そのままダンジョンの中に進んでいくではないか!
以前のようにはじき出される……かと思えば、迷宮は彼女を難なく受け入れる。
「おっ、やっぱり」
「……どういうことだ?」
このダンジョンには俺以外は誰も入ることができないから、八坂女史も協会のお偉方もノータッチでこちらに委ねていたのだ。どういう手品を使ったのだろうか。
こちらの当惑を余所に手帳を取り出してペンを走らせる女史。
「さっきも言ったけれどダンジョンってのは意識と無意識の集合体なんだ。拒絶の意思が強ければ強いほど迷宮は凶悪になるわけで、君の場合は入らせないということで他我の境界を守ろうとしていたんだと思う」
要するに、俺はいままで誰にも心を許していなかったから入らせなかったということ。普通の迷宮であれば規模との釣り合い兼ねて場所を踏破する難易度を上げるらしい。だが庭ダンジョンの規模は小さく、だから入場の拒絶という形を取れた……のだろう。
「……ってことは」
「『家に入れて貰う』のが今回のトリガーだね。もちろん置き場に困っていたのは本当だけれど」
ひひ、と舌を出す八坂女史に目眩を覚える。つまり、ダンジョンが意識と無意識の集合体ということはダンジョンマスターの心理や認知をハックすることで迷宮のありようすらも変化させることができるということか。
『家に入れる』という許可を出したことで『心の産物であるダンジョンに入れてもいい』という認知が俺の中に生まれたのだ。
八坂女史に茶化す様子はなく、実感のこもった声音で語り始める。
「……もしかしたらだけど、逆にダンジョンのほうからダンジョンマスターの心理を変えることもできるかも」
ダンジョンの中に入った八坂女史は、今では赤色の光に変わってしまったエントランスに機材を置き始める。俺はもうすっかり見慣れてしまったスライムをデコピンで倒し、宝箱の中身も漁った。
いつもの能力向上の水薬以外には、
『練習用の杖。この杖に魔力を込めることによって魔術・魔法の威力と魔力が上昇する』
『魔法銀の短剣。魔力を込めて使うことによってアーツ・〈魔法剣〉を使用できる』
と魔法や魔術を使う冒険者向けのアイテムまで発掘することができた。
俺の見間違いでなければどうやら『譲渡不可』とは書いていない。……ので、この二つを八坂女史に渡してみる。すると大家さんに渡した時と違ってアイテムの消滅とこちらに不幸が降りかかってくるということもなく。
なんだか嫌な予感がするので、おそるおそる彼女に訊ねてみる。
「……これも、認知?」
すると八坂女史はこちらの狼狽を見て両目を細めて薄く口角を上げた。その表情はどことなく嗜虐的にも見える。だがそれも一瞬で、すぐにどこか実感のこもった表情を浮かべるのだ。
「そう、認知。君がわたしを認めたからだよ」
俺が外に出ようかなって思い続けられた理由は簡単だ。繋がりを恐れていた。心の奥底では切実に欲していた。踏み出さなければと思っていた一歩を踏み出せずにいた。けれどズケズケと踏み込んできた人がいたから、その幸運を手放してはならないと思っただけなのだ。
社会は不条理だ。けれど、たまにはその不条理さが世界を切り開く時だってあるのだ。
どうやら八坂女史が新しい計器を持ってきたらしいが置き場所に困っているのだとか。
「だから、お願い! 家に入れて!」
「………………」
計測機器を両腕に抱えたまま両手を合わせる女史。出会ったころに比べると強引さは鳴りを潜めたが、段々と要求が増えている気がする。
なにが嫌かといえば八坂女史のお願いではなく、そんなことを頼まれることを喜ばしいと思ってしまっている自分自身だ。親しい友人なんてものはいなかったし、軽口をたたき合えるような付き合いに飢えていたところはある。この嫌じゃないというところが嫌なのだ。みみっちい話ではるのだが。
しばしの沈黙の後、俺は頷いた。
「……わかった」
「ありがと!」
根負け……ではない。なんだろうか。ともあれ玄関に赴き鍵を開ける。するとお邪魔しますと八坂女史は一言告げて入室した。
「わ、意外ときれい」
「……最近ようやく片付ける気になってな」
リビング周りを見てやや驚いたように彼女は言った。以前であればカーペットやカーテンなどは洗濯していなかっただろうし、もしかすると埃だらけだったかもしれない。庭ダンジョンで小戦神の首飾りやドーピングの水薬を手に入れてからちょっとずつ片付ける気力が湧いてきたのだ。
ほうほうと感心するような声を出す八坂女史になんとも言えない据わりの悪さを憶えてしまう。こんな形で友達を家に迎えるという実績を解除するなんて……!
仏間に機材を置くと、女史は椅子に座ってまったりとくつろぎ始めた。
「あの機器は?」
「ダンジョンマスターの部屋に置いて貰おうかなって。……なんでマスターが生まれるのか、ダンジョンの先はどこに繋がっているのか。それらを調べる……足がかりにね」
「ダンジョンの先? 先もなにも行き止まりじゃないのか?」
「ダンジョンは地球と物理的に繋がっているわけじゃない……みたいなんだ。じゃあどうやってダンジョン同士が食い合っているのか、どう繋がっているのか。ダンジョンはマスターの意識と無意識の集合体……だとわたしは考えているの」
「前も言っていたがひどく抽象的なんだな」
ダンジョンは無意識のうちに繋がっているのよ~! なんて近世の心理学者みたい言説はなんとなく理に反しているようで受け入れるにはざらついた部分が多い。
そのことは女史自身も理解しているらしく、
「もっと目に見えて解き明かせるものだと思ってたんだけどねー」
と苦笑をするだけである。
「もっとも、深層は繋がっていることは確定しているんだよ」
「ふうん。じゃあ俺のダンジョンもそのどこかに通じてるのか?」
「理論の上ではね。でも危険だからやらないで」
冗談を挟む余地がないほどにガチの口調である。まあなにがあるか分からないし無闇やたらに試すものではないか。
「雛月さんが『強い負の念を抱いた時にダンジョンマスターになった』って言って、ある程度の推察はできるよ。なんらかの要因で心という器にヒビが入ったとき、絶望したときに人はダンジョンマスターに選ばれる」
「……信じるのか?」
「……里見くん、彼女の言葉をもとに君の過去を上が調べたの」
そういえば俺は監視下に置かれているダンジョンマスターだもんな。俺ひとりの素性を洗って社会がどうにかなるならそうするわな。
俺は白状するように言葉を紡いでいく。
「クリスマスムードになった駅を歩いて、イヤになったんだ。世の中はつながりで溢れているのに俺は上手くやれていない。社会になじめない、人間関係に飢えているくせに潔癖で、理想じゃない自分が情けない。……周りから見ればよくある悩みなのも分かっている。けど、俺にとっては世界の存亡より深刻だったんだ」
で、ある日、庭に出てみるとダンジョンが生えていた。そこから先は八坂女史も知っての通りだ。
あのとき、俺は絶望していたのだろう。
「けどまあ、庭に出てみると……案外問題は簡単だった」
「……というと?」
まったく分からんとばかりに小首をかしげる女史。分かってやっているならとんだ腹黒だし、そうでないなら罪作りだ。
「……気が向いたら話す。いまは、気分じゃない」
「分かった。踏み込んでごめんね」
違うよ。そう言いかけて、俺はなにも言えないでいた。
◆
一休みののち、庭ダンジョンの様子を見ることになった。
計器でダンジョンに係わる数値を計測している八坂女史は満足そうに笑う。
「うん、ここまでは予想通り」
「じゃあ後は中に持っていくよ」
庭ダンジョンの中には俺以外誰も入れない。だからいままでの計測は八坂女史の指示を受けて俺が分からないなりに測ったものである。以前彼女が入ろうとした時には電流のようなものが走って拒絶されていた。
しかし彼女はこちらが機材を引き取ろうとするのをやんわりと拒否し、そのままダンジョンの中に進んでいくではないか!
以前のようにはじき出される……かと思えば、迷宮は彼女を難なく受け入れる。
「おっ、やっぱり」
「……どういうことだ?」
このダンジョンには俺以外は誰も入ることができないから、八坂女史も協会のお偉方もノータッチでこちらに委ねていたのだ。どういう手品を使ったのだろうか。
こちらの当惑を余所に手帳を取り出してペンを走らせる女史。
「さっきも言ったけれどダンジョンってのは意識と無意識の集合体なんだ。拒絶の意思が強ければ強いほど迷宮は凶悪になるわけで、君の場合は入らせないということで他我の境界を守ろうとしていたんだと思う」
要するに、俺はいままで誰にも心を許していなかったから入らせなかったということ。普通の迷宮であれば規模との釣り合い兼ねて場所を踏破する難易度を上げるらしい。だが庭ダンジョンの規模は小さく、だから入場の拒絶という形を取れた……のだろう。
「……ってことは」
「『家に入れて貰う』のが今回のトリガーだね。もちろん置き場に困っていたのは本当だけれど」
ひひ、と舌を出す八坂女史に目眩を覚える。つまり、ダンジョンが意識と無意識の集合体ということはダンジョンマスターの心理や認知をハックすることで迷宮のありようすらも変化させることができるということか。
『家に入れる』という許可を出したことで『心の産物であるダンジョンに入れてもいい』という認知が俺の中に生まれたのだ。
八坂女史に茶化す様子はなく、実感のこもった声音で語り始める。
「……もしかしたらだけど、逆にダンジョンのほうからダンジョンマスターの心理を変えることもできるかも」
ダンジョンの中に入った八坂女史は、今では赤色の光に変わってしまったエントランスに機材を置き始める。俺はもうすっかり見慣れてしまったスライムをデコピンで倒し、宝箱の中身も漁った。
いつもの能力向上の水薬以外には、
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『魔法銀の短剣。魔力を込めて使うことによってアーツ・〈魔法剣〉を使用できる』
と魔法や魔術を使う冒険者向けのアイテムまで発掘することができた。
俺の見間違いでなければどうやら『譲渡不可』とは書いていない。……ので、この二つを八坂女史に渡してみる。すると大家さんに渡した時と違ってアイテムの消滅とこちらに不幸が降りかかってくるということもなく。
なんだか嫌な予感がするので、おそるおそる彼女に訊ねてみる。
「……これも、認知?」
すると八坂女史はこちらの狼狽を見て両目を細めて薄く口角を上げた。その表情はどことなく嗜虐的にも見える。だがそれも一瞬で、すぐにどこか実感のこもった表情を浮かべるのだ。
「そう、認知。君がわたしを認めたからだよ」
俺が外に出ようかなって思い続けられた理由は簡単だ。繋がりを恐れていた。心の奥底では切実に欲していた。踏み出さなければと思っていた一歩を踏み出せずにいた。けれどズケズケと踏み込んできた人がいたから、その幸運を手放してはならないと思っただけなのだ。
社会は不条理だ。けれど、たまにはその不条理さが世界を切り開く時だってあるのだ。
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