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21 アタック

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 保守チームが侵入経路の保全に努めている間に俺たちはつかの間の休息を取った。
 その後に四チームがマンション三階の踊り場に置かれているダンジョンの入り口に集まった。

 俺と八坂女史、宍戸君たち、そして防人達也さきもりたつやという成人の若手での有望株のチーム、最後に企業連の会長である綱手信長率いる執事とメイドたち。

 というか――

「……企業連の会長が出てきて大丈夫なのか?」

「かなりの武闘派だからね、そこら辺の冒険者が出るより命の危険はないよ」

 八坂女史に小声で訊ねると彼女はそう返してくる。
 まあここら辺を突っ込むと命の価値の話とか人間の付加価値とかにまで波及しそうなのでノーコメントがいいか。

 ……大丈夫か?

 訝しげに綱手さんを見やったことに彼は当然気づく。
 彼は泰然自若とした姿勢を崩すことなくこちらを一瞥すると視線を余所にやった。

 俺は強い。
 そこは間違いないだろう。
 それでも誰かを守りながら戦えるほど器用ではないし、『上』の人間と接することもちょっとしたトラウマがあるのだ。

 役所勤め、つらかったわ……。

 宍戸君たちと防人さんたちは階段でなにかを話している。
 こちらの視線に気づいた二人はお辞儀や手を挙げて応えてみせた。

 この間の二重ダンジョンで苦しんだ分宍戸君たちは一回りも二回りも強くなったらしく、そろそろ前途有望だとかいう言葉だけで表せる時期を抜けそうである。
 防人さんたちはよく分からないがK県では結構有名らしい。

 青年の執事は腕時計を一瞥。
 彼の硬質な声はよく通る。

「皆さん、刻限です。準備は済みましたでしょうか」

 綱手さんたちがダンジョンの入り口……大きな姿見のようなものに入っていく。
 紫色の鏡面は、身体が触れるとたぷんと波打ち、進む冒険者たちを飲み込んでいく。

「行くよ、里見さん」

「ん、分かってる」



 石やレンガを積み上げてできた古めかしい通路や部屋。

 なにかしらのレトロさを思わせるダンジョン、その大部屋で俺たちは円になって言葉を交わしている。

 マップアプリや通信機能に異常が出ている。
 そのことに気づいた面々はスマートフォンに直接入力する方針をとったのだ。
 また通信機能とダンジョンの狭さ、罠の配置や種類からチームごとに別れて探索するべきではないかとの声も上がっている。

「戦力分散は全体の危険が増すんじゃないかな」

 そう俺が発言すると防人さんが声を上げる。

「オレ達も自分の尻が拭けないほどではないんで」

「……」

 少し突っかかるような物言いにこちらとしても押し黙るしかない。

 というか防人さんはどこか全体的にツンケンしているのだけれど……。
 男のツンデレも需要はあるが俺には必要ないものだ。

 最近のツンデレやクーデレもデレの部分を早めているし多めにすることで生存を図っているんだ、ツンデレをなめるなよ。

 しかし大人数で移動できる場所ではないというのは確かだ。

 俺は息を整えて提案をする。

「分かりました。チームごとに別れますが、通信域に入った際にお互いのマップデータを交換すればお互いの進捗やさしあたって味方が近くにいることも分かりますし、そちらでいかがでしょうか」

 どうやら綱手さんは下の人間に裁量をもたせたい人らしく、こちらの提言にすぐさま、しかし鷹揚に頷く。

 さらに付け加えて、

「今回は手書きだ。訓練はしているものの普段していないことだから、データは交換しても統合せずに参考程度にしておこう」

 その辺りはマッピング担当に任せよう、と綱手さん。

 防人さんは一切の反論をすることなくその指示に従うが、一瞬だけ細目で綱手さんを見つめていた。

 ここらへんの人間関係も掘り下げるのであれば厄ネタのひとつやふたつは出てきそうなものだ。
 心底関わりたくないんだけれどなーんか嫌な予感がするんだよなあ。



 チーム別に別れてからは八坂女史を先頭に罠の探知をしてもらいながら進んでいた。

 地上でも分かっていたことだが今回のダンジョンは不死者を得手としているようだ。
 ひょっとしてこの土地で亡くなった方の遺体を使用しているのか……? と邪推もしたがゾンビもスケルトンもモンスターの素体のものもあったので多分これ作ってるんだろうな。

 庭ダンジョンもだが、よくこんなものが出てくるなと感心するばかりだ。
 どうやって作っているのかがまるで分からない。

「ん……?」

 ごうん、となにかが動く音。

 直後――天井が落ちてくるではないか!

 背筋をピンと張って硬直してしまった俺に、八坂女史は構うことなく吊り天井を睨む。

「このっ」

 彼女の金の瞳が淡く光ったような……。
 すると天井は時間が止まったかのように動きを止めた。

 険しい顔をしている八坂女史はこちらを見ることなく告げる。

「長くは保たないから早く。誰かが罠の機構を動かしたみたい」

「……大丈夫か?」

 こちらが八坂女史を抱いてすぐさま罠の範囲から脱出するなかで、彼女は鼻から血液を流していた。
 こちらの腕をタップして下ろせの要求に応えると彼女はすぐに鼻血を拭ってバッグからポーションを取り出して飲み干した。

「……なに?」

 なんでそんなにツンケンするんだよ。ここらへんではツンデレが流行なのか?
 どこか据わりが悪そうに八坂女史は口をとがらせる。

 彼女の流血が魔眼とやらの使用の反動であることは想像に難くない。

 ありがとうというべきか……。
 なんとなくその言葉を今の彼女が素直に受け取らないことは予想できたのでそれに代わるものを探す。

 しかし気の利いた言葉は一向に出てこずに、むしろこちらを心配そうに覗かれる始末である。

「……このままだと罠にかかってやられる人が多そうです。手伝ってください」

「……分かった」

 了承すると八坂女史は早足で罠の発生源を探し始めるのでそれについて行く。
 逆に気を遣われてるじゃんか……。

 人の励まし方、対立した時の気の持ち方、姿勢。
 そういったコミュニケーションというものは苦手だし、そういうので心身を壊した身としては向き合いたくないものだ。

 しかし、逃げ続けていていざ困難にまみえたとき、自分の薄っぺらさが嫌になることだってある。

 俺も大概不器用だ。
 人間関係からいつだって逃げたいくせにそれなしでは生きられない。
 割り切りやグレーに生きるしたたかさというのは彼女ほどではないが欠けていた。

 思い出すのは画塾で出会った絵の天才のこと。

 もしあそこで諦めなければ自分はどこまで行けたのだろうか。
 そして彼女はいまどこでなにをしているのか。

 俺の知らないところで大成しているかもしれないし、案外生きづらさに耐えかねて俺と同じように心を壊しているかもしれない。

「里見さん、ここ壊せる?」

 しばらくの後、迷宮の壁を八坂女史は指さす。
 たしかにその壁の先からは異音が発生していた。

 コンコンと拳で対象の堅さを測る。結構厳しいがイケる。

「スゥー……ハッ!」

 壁を殴打。
 一発、二発、三発。一撃ごとに壁は剥がれていき、一分ほど殴り続けてようやく壁を破壊することができた。

 通路に露出した部分からは歯車仕掛けの大がかりな装置がつつがなく運行されていた。

 これどうやって作ったんだろうな……。

 俺自身の血にまみれた拳、それを八坂さんはハンカチで拭う。

「ありがとうございます。これで皆もかなり楽に出来るはずです」

 きゅっと口を結んだ使命感に満ちた面持ち。
 それは今まで見た彼女のどんな表情よりも活き活きとして魅力的で――
 ……普通にやってる分には美人なんだよな。
 
 俺の困惑を余所に、女史は言うやいなや運行中の機械を弄り始めるのだった。
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