上 下
16 / 32

17 侵食異界迷宮前編

しおりを挟む
「……ダンジョンマスターのなにが問題なのかは分かるよね?」

 狩野さんはこちらに話題をスルーパス。
 冒険者免許は一夜漬けで取ったから……と言える状況ではないのは確かだ。

 内心で冷や汗をかきながら思考を加速させる。

 なぜダンジョンを攻略しなければならないのか、なぜ冒険者が生まれたのか。
 それらをひとつひとつ紐解いていくのが先決だろう。

 まずダンジョンを放っておくとどうなるか。

 これは人が少ない山間部に実際に起きた事例が論拠になる。

 バイカー集団がツーリングに出かけた先にダンジョンがあり、そこに生息していた魔物が獲物を求めて地上を徘徊しているところに出くわしてしまったことがあった。
 地球にダンジョンが発生し始めた頃の話である。
 そこからダンジョンの魔物は外に出るということが判明したので、迷宮は見つかり次第報告、コアの破壊を義務づけられている。

 さて、ここで不思議に思うであろうことはなぜ自衛隊や警察に任せきりにしなかったのか。

 これは当時のダンジョンはちょっと動ける人間で注意力と根気があれば素人でも問題なかったためだ。冒険者という下請けが生まれたのはダンジョンの攻略が安易であったこと、またダンジョン産業が非常に儲かる仕事になると判断されたという経済的な理由もある。

 何せ魔石を使えばタービンが回るらしいのだ。
 色々問題はあるとしても燃料になるというのは社会バランスを大きく変じさせた。

 未知の元素で出来た合金、医薬品、電子部品。恩恵を受けた分野は数知れず。

 っと、思考が脱線した。

 要するに民間で対処できる大量のリソース源が見つかったことが現在までの恩恵だったわけだ。

 つまり――

「ダンジョンによる地上侵略、そしてプロの手でも解決が難しいことが問題……ですよね」
「その通りだ里見君。そして――」
「狩野さん、それ以上は」

 木下が狩野さんの発言に待ったをかける。
 どうやらこいつは俺を話に入れたくないらしいが、狩野さんは頑として制止を振り払う。

「ここに呼んだ時点でお話をしておくことが、今もっとも大事です」
「しかし彼はダンジョンの通報を怠って――」
「彼の事情は聞き取りをしています。その上で問題がないと判断されています」

 ……事情。
 一時期ダンジョン出現の届け出を出していなかったことだろう。
 そして狩野さんはこちらの事情を知った上で問題ないと考えている。

 木下は俺がダンジョンマスターになって地上に害をなさないかが気になって仕方ないのだろう。

 怪しさの塊だというのも分かる。

 不機嫌を隠そうともせずに木下は目を伏せる。
 狩野さんはゆっくりと、しかしすでに言葉を選んでいるように迷いなく告げる。

板葉いたば市東区の市営住宅のマンションで顕現ハザードが起きました。二重ダンジョンと化した住宅を中心に包囲しており、現在小康状態が保たれていますが県外からの支援は届きそうにありません」
「おそらく全国各地でも同じようなことが起きている……と思われています」

 狩野さんの言葉を補足する八坂女史。

 俺がダンジョンマスターであればあの庭のダンジョンを俺の思い通りに支配できる、それが向こうの考えだろう。

 同時多発的に起こっている顕現ハザードに対してダンジョンマスター側について欲しくないのは当然だ。

 たとえ俺がもつダンジョンが雑魚ダンジョンだったとしても、それにリソースを割かなければならないということ自体がもう人類側へのダメージになるからだ。
 将棋の駒の歩だってしかるべき位置に仕込めば恐ろしいものに化ける。

 お前は敵なのか? 味方なのか? そう問われていると考えても良い。

 俺は木下を眺め、ため息をついた。

「俺は……人類全員アンタみたいなのだったらダンジョンマスター側に迷いなくついていたかもな」

 ふ、と八坂女史が笑いを堪えた。
 ……いや、堪え切れてないな。

 木下はこちらに対して不快感を隠そうともしていない。

 おお、あの人メンチ切ってきたわ。
 こわ……。

 こほん、と狩野さんが咳払いをした。

「里見君、木下君も自分の職務を全うしているだけですよ。今は君と相容れないかもしれないが、いつか時期がくれば共闘だってするかもしれない」
「スッス。スッス、スッス」

 じゃあ今は相容れないのでこの謝り方で許してね……。

「……この人が組織でやっていけないの分かる気がする」

 八坂女史、その言葉は俺に効く。
 やめてくれ。

 木下は完全に意識をこちらに向けていない。
 困ったように狩野さんがため息をついた――と思ったら穏やかな笑みを浮かべたのだ。

「ふう……。里見君、君がダンジョンマスターとして活動する意思がないのは分かった。であれば冒険者協会K県支部長として私から命令をさせて貰います」

 ヤな予感しかしない。
 基本的に命令で動かせない冒険者を動かそうってのは完全に嫌な予感しかしないよ。

「――里見君、さきほど話した板葉大友いたばおおともダンジョンの攻略班に加わってください」

 今回、拒否権はありません。
 厳かに狩野さん――狩野支部長は告げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

Another World〜自衛隊 まだ見ぬ世界へ〜

華厳 秋
ファンタジー
───2025年1月1日  この日、日本国は大きな歴史の転換点を迎えた。  札幌、渋谷、博多の3箇所に突如として『異界への門』──アナザーゲート──が出現した。  渋谷に現れた『門』から、異界の軍勢が押し寄せ、無抵抗の民間人を虐殺。緊急出動した自衛隊が到着した頃には、敵軍の姿はもうなく、スクランブル交差点は無惨に殺された民間人の亡骸と血で赤く染まっていた。  この緊急事態に、日本政府は『門』内部を調査するべく自衛隊を『異界』──アナザーワールド──へと派遣する事となった。  一方地球では、日本の急激な軍備拡大や『異界』内部の資源を巡って、極東での緊張感は日に日に増して行く。  そして、自衛隊は国や国民の安全のため『門』内外問わず奮闘するのであった。 この作品は、小説家になろう様カクヨム様にも投稿しています。 この作品はフィクションです。 実在する国、団体、人物とは関係ありません。ご注意ください。

地球にダンジョンができたと思ったら俺だけ異世界へ行けるようになった

平尾正和/ほーち
ファンタジー
地球にダンジョンができて10年。 そのせいで世界から孤立した日本だったが、ダンジョンから採れる資源や魔素の登場、魔法と科学を組み合わせた錬金術の発達により、かつての文明を取り戻した。 ダンジョンにはモンスターが存在し、通常兵器では倒せず、ダンジョン産の武器が必要となった。 そこでそういった武器や、新たに発見されたスキルオーブによって得られる〈スキル〉を駆使してモンスターと戦う冒険者が生まれた。 ダンジョン発生の混乱で家族のほとんどを失った主人公のアラタは、当時全財産をはたいて〈鑑定〉〈収納〉〈翻訳〉〈帰還〉〈健康〉というスキルを得て冒険者となった。 だが冒険者支援用の魔道具『ギア』の登場により、スキルは大きく価値を落としてしまう。 底辺冒険者として活動を続けるアラタは、雇い主であるAランク冒険者のジンに裏切られ、トワイライトホールと呼ばれる時空の切れ目に飛び込む羽目になった。 1度入れば2度と戻れないその穴の先には、異世界があった。 アラタは異世界の人たちから協力を得て、地球との行き来ができるようになる。 そしてアラタは、地球と異世界におけるさまざまなものの価値の違いを利用し、力と金を手に入れ、新たな人生を歩み始めるのだった。

異世界に転移す万国旗

あずき
ファンタジー
202X年、震度3ほどの地震と共に海底ケーブルが寸断された。 日本政府はアメリカ政府と協力し、情報収集を開始した。 ワシントンD.Cから出港した米艦隊が日本海に現れたことで、 アメリカ大陸が日本の西に移動していることが判明。 さらに横須賀から出発した護衛艦隊がグレートブリテン島を発見。 このことから、世界中の国々が位置や向きを変え、 違う惑星、もしくは世界に転移していることが判明した。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅

聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。

あいつに無理矢理連れてこられた異世界生活

mio
ファンタジー
 なんやかんや、無理矢理あいつに異世界へと連れていかれました。  こうなったら仕方ない。とにかく、平和に楽しく暮らしていこう。  なぜ、少女は異世界へと連れてこられたのか。  自分の中に眠る力とは何なのか。  その答えを知った時少女は、ある決断をする。 長い間更新をさぼってしまってすいませんでした!

私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ

Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」 結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。 「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」 とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。 リリーナは結界魔術師2級を所持している。 ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。 ……本当なら……ね。 ※完結まで執筆済み

俺を追い出した元パーティメンバーが速攻で全滅したんですけど、これは魔王の仕業ですか?

ほーとどっぐ
ファンタジー
王国最強のS級冒険者パーティに所属していたユウマ・カザキリ。しかし、弓使いの彼は他のパーティメンバーのような強力な攻撃スキルは持っていなかった。罠の解除といったアイテムで代用可能な地味スキルばかりの彼は、ついに戦力外通告を受けて追い出されてしまう。 が、彼を追い出したせいでパーティはたった1日で全滅してしまったのだった。 元とはいえパーティメンバーの強さをよく知っているユウマは、迷宮内で魔王が復活したのではと勘違いしてしまう。幸か不幸か。なんと封印された魔王も時を同じくして復活してしまい、話はどんどんと拗れていく。 「やはり、魔王の仕業だったのか!」 「いや、身に覚えがないんだが?」

処理中です...