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17 侵食異界迷宮前編
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「……ダンジョンマスターのなにが問題なのかは分かるよね?」
狩野さんはこちらに話題をスルーパス。
冒険者免許は一夜漬けで取ったから……と言える状況ではないのは確かだ。
内心で冷や汗をかきながら思考を加速させる。
なぜダンジョンを攻略しなければならないのか、なぜ冒険者が生まれたのか。
それらをひとつひとつ紐解いていくのが先決だろう。
まずダンジョンを放っておくとどうなるか。
これは人が少ない山間部に実際に起きた事例が論拠になる。
バイカー集団がツーリングに出かけた先にダンジョンがあり、そこに生息していた魔物が獲物を求めて地上を徘徊しているところに出くわしてしまったことがあった。
地球にダンジョンが発生し始めた頃の話である。
そこからダンジョンの魔物は外に出るということが判明したので、迷宮は見つかり次第報告、コアの破壊を義務づけられている。
さて、ここで不思議に思うであろうことはなぜ自衛隊や警察に任せきりにしなかったのか。
これは当時のダンジョンはちょっと動ける人間で注意力と根気があれば素人でも問題なかったためだ。冒険者という下請けが生まれたのはダンジョンの攻略が安易であったこと、またダンジョン産業が非常に儲かる仕事になると判断されたという経済的な理由もある。
何せ魔石を使えばタービンが回るらしいのだ。
色々問題はあるとしても燃料になるというのは社会バランスを大きく変じさせた。
未知の元素で出来た合金、医薬品、電子部品。恩恵を受けた分野は数知れず。
っと、思考が脱線した。
要するに民間で対処できる大量のリソース源が見つかったことが現在までの恩恵だったわけだ。
つまり――
「ダンジョンによる地上侵略、そしてプロの手でも解決が難しいことが問題……ですよね」
「その通りだ里見君。そして――」
「狩野さん、それ以上は」
木下が狩野さんの発言に待ったをかける。
どうやらこいつは俺を話に入れたくないらしいが、狩野さんは頑として制止を振り払う。
「ここに呼んだ時点でお話をしておくことが、今もっとも大事です」
「しかし彼はダンジョンの通報を怠って――」
「彼の事情は聞き取りをしています。その上で問題がないと判断されています」
……事情。
一時期ダンジョン出現の届け出を出していなかったことだろう。
そして狩野さんはこちらの事情を知った上で問題ないと考えている。
木下は俺がダンジョンマスターになって地上に害をなさないかが気になって仕方ないのだろう。
怪しさの塊だというのも分かる。
不機嫌を隠そうともせずに木下は目を伏せる。
狩野さんはゆっくりと、しかしすでに言葉を選んでいるように迷いなく告げる。
「板葉市東区の市営住宅のマンションで顕現が起きました。二重ダンジョンと化した住宅を中心に包囲しており、現在小康状態が保たれていますが県外からの支援は届きそうにありません」
「おそらく全国各地でも同じようなことが起きている……と思われています」
狩野さんの言葉を補足する八坂女史。
俺がダンジョンマスターであればあの庭のダンジョンを俺の思い通りに支配できる、それが向こうの考えだろう。
同時多発的に起こっている顕現に対してダンジョンマスター側について欲しくないのは当然だ。
たとえ俺がもつダンジョンが雑魚ダンジョンだったとしても、それにリソースを割かなければならないということ自体がもう人類側へのダメージになるからだ。
将棋の駒の歩だってしかるべき位置に仕込めば恐ろしいものに化ける。
お前は敵なのか? 味方なのか? そう問われていると考えても良い。
俺は木下を眺め、ため息をついた。
「俺は……人類全員アンタみたいなのだったらダンジョンマスター側に迷いなくついていたかもな」
ふ、と八坂女史が笑いを堪えた。
……いや、堪え切れてないな。
木下はこちらに対して不快感を隠そうともしていない。
おお、あの人メンチ切ってきたわ。
こわ……。
こほん、と狩野さんが咳払いをした。
「里見君、木下君も自分の職務を全うしているだけですよ。今は君と相容れないかもしれないが、いつか時期がくれば共闘だってするかもしれない」
「スッス。スッス、スッス」
じゃあ今は相容れないのでこの謝り方で許してね……。
「……この人が組織でやっていけないの分かる気がする」
八坂女史、その言葉は俺に効く。
やめてくれ。
木下は完全に意識をこちらに向けていない。
困ったように狩野さんがため息をついた――と思ったら穏やかな笑みを浮かべたのだ。
「ふう……。里見君、君がダンジョンマスターとして活動する意思がないのは分かった。であれば冒険者協会K県支部長として私から命令をさせて貰います」
ヤな予感しかしない。
基本的に命令で動かせない冒険者を動かそうってのは完全に嫌な予感しかしないよ。
「――里見君、さきほど話した板葉大友ダンジョンの攻略班に加わってください」
今回、拒否権はありません。
厳かに狩野さん――狩野支部長は告げた。
狩野さんはこちらに話題をスルーパス。
冒険者免許は一夜漬けで取ったから……と言える状況ではないのは確かだ。
内心で冷や汗をかきながら思考を加速させる。
なぜダンジョンを攻略しなければならないのか、なぜ冒険者が生まれたのか。
それらをひとつひとつ紐解いていくのが先決だろう。
まずダンジョンを放っておくとどうなるか。
これは人が少ない山間部に実際に起きた事例が論拠になる。
バイカー集団がツーリングに出かけた先にダンジョンがあり、そこに生息していた魔物が獲物を求めて地上を徘徊しているところに出くわしてしまったことがあった。
地球にダンジョンが発生し始めた頃の話である。
そこからダンジョンの魔物は外に出るということが判明したので、迷宮は見つかり次第報告、コアの破壊を義務づけられている。
さて、ここで不思議に思うであろうことはなぜ自衛隊や警察に任せきりにしなかったのか。
これは当時のダンジョンはちょっと動ける人間で注意力と根気があれば素人でも問題なかったためだ。冒険者という下請けが生まれたのはダンジョンの攻略が安易であったこと、またダンジョン産業が非常に儲かる仕事になると判断されたという経済的な理由もある。
何せ魔石を使えばタービンが回るらしいのだ。
色々問題はあるとしても燃料になるというのは社会バランスを大きく変じさせた。
未知の元素で出来た合金、医薬品、電子部品。恩恵を受けた分野は数知れず。
っと、思考が脱線した。
要するに民間で対処できる大量のリソース源が見つかったことが現在までの恩恵だったわけだ。
つまり――
「ダンジョンによる地上侵略、そしてプロの手でも解決が難しいことが問題……ですよね」
「その通りだ里見君。そして――」
「狩野さん、それ以上は」
木下が狩野さんの発言に待ったをかける。
どうやらこいつは俺を話に入れたくないらしいが、狩野さんは頑として制止を振り払う。
「ここに呼んだ時点でお話をしておくことが、今もっとも大事です」
「しかし彼はダンジョンの通報を怠って――」
「彼の事情は聞き取りをしています。その上で問題がないと判断されています」
……事情。
一時期ダンジョン出現の届け出を出していなかったことだろう。
そして狩野さんはこちらの事情を知った上で問題ないと考えている。
木下は俺がダンジョンマスターになって地上に害をなさないかが気になって仕方ないのだろう。
怪しさの塊だというのも分かる。
不機嫌を隠そうともせずに木下は目を伏せる。
狩野さんはゆっくりと、しかしすでに言葉を選んでいるように迷いなく告げる。
「板葉市東区の市営住宅のマンションで顕現が起きました。二重ダンジョンと化した住宅を中心に包囲しており、現在小康状態が保たれていますが県外からの支援は届きそうにありません」
「おそらく全国各地でも同じようなことが起きている……と思われています」
狩野さんの言葉を補足する八坂女史。
俺がダンジョンマスターであればあの庭のダンジョンを俺の思い通りに支配できる、それが向こうの考えだろう。
同時多発的に起こっている顕現に対してダンジョンマスター側について欲しくないのは当然だ。
たとえ俺がもつダンジョンが雑魚ダンジョンだったとしても、それにリソースを割かなければならないということ自体がもう人類側へのダメージになるからだ。
将棋の駒の歩だってしかるべき位置に仕込めば恐ろしいものに化ける。
お前は敵なのか? 味方なのか? そう問われていると考えても良い。
俺は木下を眺め、ため息をついた。
「俺は……人類全員アンタみたいなのだったらダンジョンマスター側に迷いなくついていたかもな」
ふ、と八坂女史が笑いを堪えた。
……いや、堪え切れてないな。
木下はこちらに対して不快感を隠そうともしていない。
おお、あの人メンチ切ってきたわ。
こわ……。
こほん、と狩野さんが咳払いをした。
「里見君、木下君も自分の職務を全うしているだけですよ。今は君と相容れないかもしれないが、いつか時期がくれば共闘だってするかもしれない」
「スッス。スッス、スッス」
じゃあ今は相容れないのでこの謝り方で許してね……。
「……この人が組織でやっていけないの分かる気がする」
八坂女史、その言葉は俺に効く。
やめてくれ。
木下は完全に意識をこちらに向けていない。
困ったように狩野さんがため息をついた――と思ったら穏やかな笑みを浮かべたのだ。
「ふう……。里見君、君がダンジョンマスターとして活動する意思がないのは分かった。であれば冒険者協会K県支部長として私から命令をさせて貰います」
ヤな予感しかしない。
基本的に命令で動かせない冒険者を動かそうってのは完全に嫌な予感しかしないよ。
「――里見君、さきほど話した板葉大友ダンジョンの攻略班に加わってください」
今回、拒否権はありません。
厳かに狩野さん――狩野支部長は告げた。
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