11 / 34
第11話 人形
しおりを挟む
「――ってなわけで、夢を見ない睡眠のありがたさを実感したね、俺は」
事件から数日が経過した平日の放課後、大樹は外の明るさから切り離された薄暗い店内のカウンターに肘を乗せて寄りかかり、身振り手振りで事の顛末を詳細かつ自慢げに報告した。
「そりゃ、よかったね。で、今日は何か買ってくのかい?」
「さあ? その話は清春にしてくれ」
呼んだかとばかりに、清春が奥からのっそりと顔を出す。
何でもないと告げると、すぐにまたエロゲの物色を開始する。
「けどよ、いくら十八歳だからって高校生にエロゲ売っていいのかよ」
「アンタらの学校の校則では禁止されてないし、県の条例でも特になかったからいいんじゃないの? 面倒事は嫌いだけどさ、あの男はダメと言っても買おうとするだろ」
命をかけられそうなくらいエロゲを愛する親友のことである。すでに取得したらしい車の運転免許証を有効活用し、私服姿でそこらの電気店に突撃する程度は確実にやってのける。
「それに清春なら、いちいちどこでエロゲを買ったとか俺以外には言わないしな」
大事そうに一本のソフトを抱えてきた親友に声をかけると、当たり前だとばかりに頷いた。
「餌場を荒らされる」
「……他人に迷惑をかけたくないとかって理由じゃないのか」
呆れ気味に呟いたところで、チンと開いたレジから女店主がお釣りを取り出す。
「くれぐれも、制服を着た状態で中身を見られるんじゃないよ」
先ほどの会話内容を意外と気にしているのか、満子がぎょろりと動かした黒目を清春に向けた。
「ヘマはしない」
スクールバッグで丁寧にしまうのを後目に、満子は相変わらず剥き出しの肩を竦めた。
「そりゃ、結構。買い物が済んだら、そこの冷やかしを連れて、とっとと他行きな」
「邪魔者扱いするなよ」
「金を落とさない客は邪魔者以外の何者でもないだろ」
「酷いな。俺だって昔は……昔?」
スクールバッグを背負った清春が、目でどうかしたかと尋ねてくる。首を軽く振って何でもないと否定しようとして、大樹はふと考え込む。
(何か大事なことを思い出そうと……)
目の前が急速に明るくなったような気がした。無意識に「あ――っ」と大きな声で叫び、近くにいた女店主が隕石でも直撃したかのごとき表情で耳を塞ぐ。
「いきなり何だい、アタシを暗殺しようとしたのかいっ」
「そんな得にならないことしないって。思い出したんだよ。あの人形、この店で買ったんだ」
「はあ? どんな人形だって言ってたっけ」
人形の詳細を説明すると、満子がカウンターの奥から分厚いリングファイルを持ち出してきた。大樹たちにも見えるようにカウンターの上で広げ、人形類と記された付箋の張ってあるページを中心に探し始める。
一ページの左側に縦に商品の写真、右側に説明文がある。縦に三枚ずつ収納できるようになっていて、三ページほどめくったところで、大樹は目を剥いた。
「あった、これだ!」
指差した写真を、どれどれと満子が覗き込む。
「アタシが本格的に店に出る前の商品だね。そりゃ、覚えてないわけだよ」
皆で顔を寄せ合って商品説明を見る。
「戦争で離れ離れになった恋人が、再会を約束して送り合った人形。約束を果たして人形は一つになったが、男が戦地から戻った時にはもう女には親が決めた結婚相手がいた。せめて再会を果たした人形は一緒にいさせてあげたいと、当店に寄贈された」
大樹が読み終えると、何とも言えない空気が他に客のいない店に広がった。
「……なんか見るからに大切そうな商品なんだけどさ、売りに出してもよかったのかよ」
「さあね。売ったのはアタシじゃないし、何か理由でもあったんだろ」
そっけなく答えはしたが内心は動揺しているみたいで、口に煙草を咥えた満子は両手を懸命に動かすも、今もってマッチに火をつけられないでいる。
「互いに惹かれ合う人形が、危機を知らせた。ゲームではよくあるネタ」
「そうなのかいっ!?」やはり動揺しているらしく、いつになく満子が大袈裟に驚いた。
「ゲームに毒された清春の考察を真に受けてどうするんだよ」
大樹はため息をついて額を押さえる。
フンと鼻を鳴らす満子が煙草の煙を吐き出す横で、いつになく熱い眼差しの親友が大樹の肩に手を置いた。
「現実はゲームより奇なり」
「またそれかよ」
「現実でも不思議なことは起こりうる」
腕を組み、何故かドヤ顔の親友。もしかしたらゲームみたいな現実を目の当たりにして、少しどころではなくかなり舞い上がっているのかもしれない。
「もしそうだとしても、俺のとこには男の人形しかないぞ」
写真を見ながら満子が言う。「それはおかしいね。セットで売ったって記録が残ってるよ」
「そういや、誰かにあげたような気もするな」
ウンウン唸ってみるものの、さすがにそこまでは思い出せそうもなかった。だが困惑する大樹とは対照的に、ゲーム一筋の親友は奥に星が見えそうなくらい瞳をキラキラさせる。
「女の人形を瑞原が持ってる」
「そんなバカな。大体、あいつは転校生だろ。ありえないって」
顔の前で手を左右に振る大樹に、満子が「それなら聞いてみな」と声をかけてきた。
厚めの指でファイルを収納すると、カウンターで頬杖をつく。高級バーで見かけそうなイイ女じみたポーズだが、モデルがモデルなので色気は微塵もない。
「聞ければ手っ取り早いけど、残念ながらちょっと微妙な感じなんでな」
「痴漢したからかい?」
「違う……って、誰から聞いた。俺はそこまで教えてないぞ」
ゆっくりと上げられる手。それは真顔の親友のものだった。
「大事な部分は言ってない。胸を揉みしだいたところだけ」
「逆に駄目だろ! 経過を知らないと、本当にただの痴漢になっちまうって」
唇を尖らせた大樹は、数日前の事件以降の愛美の様子を思い浮かべる。チョコレートパフェを奢ったまではよかったが、翌日から距離を取られるようになった。
人の顔を見ては何か言いたそうにして、結局何も言わずに背中を向ける。おかげでまともに会話もできず、どことなく気まずい雰囲気が愛美との間に漂っていた。
「何にせよ、しっかり謝んな。女ってのはね、好きな男以外には触れられたくないもんさ」
やはりイイ女ぶるように首を傾けて、頬に髪の毛を流したりしているが色気は皆無だ。
強調される胸の谷間を恐怖心から見ないようにしつつ、大樹はわかったよと返事をするのだった。
事件から数日が経過した平日の放課後、大樹は外の明るさから切り離された薄暗い店内のカウンターに肘を乗せて寄りかかり、身振り手振りで事の顛末を詳細かつ自慢げに報告した。
「そりゃ、よかったね。で、今日は何か買ってくのかい?」
「さあ? その話は清春にしてくれ」
呼んだかとばかりに、清春が奥からのっそりと顔を出す。
何でもないと告げると、すぐにまたエロゲの物色を開始する。
「けどよ、いくら十八歳だからって高校生にエロゲ売っていいのかよ」
「アンタらの学校の校則では禁止されてないし、県の条例でも特になかったからいいんじゃないの? 面倒事は嫌いだけどさ、あの男はダメと言っても買おうとするだろ」
命をかけられそうなくらいエロゲを愛する親友のことである。すでに取得したらしい車の運転免許証を有効活用し、私服姿でそこらの電気店に突撃する程度は確実にやってのける。
「それに清春なら、いちいちどこでエロゲを買ったとか俺以外には言わないしな」
大事そうに一本のソフトを抱えてきた親友に声をかけると、当たり前だとばかりに頷いた。
「餌場を荒らされる」
「……他人に迷惑をかけたくないとかって理由じゃないのか」
呆れ気味に呟いたところで、チンと開いたレジから女店主がお釣りを取り出す。
「くれぐれも、制服を着た状態で中身を見られるんじゃないよ」
先ほどの会話内容を意外と気にしているのか、満子がぎょろりと動かした黒目を清春に向けた。
「ヘマはしない」
スクールバッグで丁寧にしまうのを後目に、満子は相変わらず剥き出しの肩を竦めた。
「そりゃ、結構。買い物が済んだら、そこの冷やかしを連れて、とっとと他行きな」
「邪魔者扱いするなよ」
「金を落とさない客は邪魔者以外の何者でもないだろ」
「酷いな。俺だって昔は……昔?」
スクールバッグを背負った清春が、目でどうかしたかと尋ねてくる。首を軽く振って何でもないと否定しようとして、大樹はふと考え込む。
(何か大事なことを思い出そうと……)
目の前が急速に明るくなったような気がした。無意識に「あ――っ」と大きな声で叫び、近くにいた女店主が隕石でも直撃したかのごとき表情で耳を塞ぐ。
「いきなり何だい、アタシを暗殺しようとしたのかいっ」
「そんな得にならないことしないって。思い出したんだよ。あの人形、この店で買ったんだ」
「はあ? どんな人形だって言ってたっけ」
人形の詳細を説明すると、満子がカウンターの奥から分厚いリングファイルを持ち出してきた。大樹たちにも見えるようにカウンターの上で広げ、人形類と記された付箋の張ってあるページを中心に探し始める。
一ページの左側に縦に商品の写真、右側に説明文がある。縦に三枚ずつ収納できるようになっていて、三ページほどめくったところで、大樹は目を剥いた。
「あった、これだ!」
指差した写真を、どれどれと満子が覗き込む。
「アタシが本格的に店に出る前の商品だね。そりゃ、覚えてないわけだよ」
皆で顔を寄せ合って商品説明を見る。
「戦争で離れ離れになった恋人が、再会を約束して送り合った人形。約束を果たして人形は一つになったが、男が戦地から戻った時にはもう女には親が決めた結婚相手がいた。せめて再会を果たした人形は一緒にいさせてあげたいと、当店に寄贈された」
大樹が読み終えると、何とも言えない空気が他に客のいない店に広がった。
「……なんか見るからに大切そうな商品なんだけどさ、売りに出してもよかったのかよ」
「さあね。売ったのはアタシじゃないし、何か理由でもあったんだろ」
そっけなく答えはしたが内心は動揺しているみたいで、口に煙草を咥えた満子は両手を懸命に動かすも、今もってマッチに火をつけられないでいる。
「互いに惹かれ合う人形が、危機を知らせた。ゲームではよくあるネタ」
「そうなのかいっ!?」やはり動揺しているらしく、いつになく満子が大袈裟に驚いた。
「ゲームに毒された清春の考察を真に受けてどうするんだよ」
大樹はため息をついて額を押さえる。
フンと鼻を鳴らす満子が煙草の煙を吐き出す横で、いつになく熱い眼差しの親友が大樹の肩に手を置いた。
「現実はゲームより奇なり」
「またそれかよ」
「現実でも不思議なことは起こりうる」
腕を組み、何故かドヤ顔の親友。もしかしたらゲームみたいな現実を目の当たりにして、少しどころではなくかなり舞い上がっているのかもしれない。
「もしそうだとしても、俺のとこには男の人形しかないぞ」
写真を見ながら満子が言う。「それはおかしいね。セットで売ったって記録が残ってるよ」
「そういや、誰かにあげたような気もするな」
ウンウン唸ってみるものの、さすがにそこまでは思い出せそうもなかった。だが困惑する大樹とは対照的に、ゲーム一筋の親友は奥に星が見えそうなくらい瞳をキラキラさせる。
「女の人形を瑞原が持ってる」
「そんなバカな。大体、あいつは転校生だろ。ありえないって」
顔の前で手を左右に振る大樹に、満子が「それなら聞いてみな」と声をかけてきた。
厚めの指でファイルを収納すると、カウンターで頬杖をつく。高級バーで見かけそうなイイ女じみたポーズだが、モデルがモデルなので色気は微塵もない。
「聞ければ手っ取り早いけど、残念ながらちょっと微妙な感じなんでな」
「痴漢したからかい?」
「違う……って、誰から聞いた。俺はそこまで教えてないぞ」
ゆっくりと上げられる手。それは真顔の親友のものだった。
「大事な部分は言ってない。胸を揉みしだいたところだけ」
「逆に駄目だろ! 経過を知らないと、本当にただの痴漢になっちまうって」
唇を尖らせた大樹は、数日前の事件以降の愛美の様子を思い浮かべる。チョコレートパフェを奢ったまではよかったが、翌日から距離を取られるようになった。
人の顔を見ては何か言いたそうにして、結局何も言わずに背中を向ける。おかげでまともに会話もできず、どことなく気まずい雰囲気が愛美との間に漂っていた。
「何にせよ、しっかり謝んな。女ってのはね、好きな男以外には触れられたくないもんさ」
やはりイイ女ぶるように首を傾けて、頬に髪の毛を流したりしているが色気は皆無だ。
強調される胸の谷間を恐怖心から見ないようにしつつ、大樹はわかったよと返事をするのだった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
ああ、高校生になった連れ子が私を惑わす・・・目のやり場に困る私はいらぬ妄想をしてしまい
マッキーの世界
大衆娯楽
連れ子のいる女性と再婚し、早10年が経った。
6歳だった子供もすでに16歳となり、高校に通う年齢となった。
中学の頃にはすでに胸も膨らみ、白いスポーツブラをするようになり、ベランダに
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
連れ子が中学生に成長して胸が膨らむ・・・1人での快感にも目覚て恥ずかしそうにベッドの上で寝る
マッキーの世界
大衆娯楽
連れ子が成長し、中学生になった。
思春期ということもあり、反抗的な態度をとられる。
だが、そんな反抗的な表情も妙に俺の心を捉えて離さない。
「ああ、抱きたい・・・」
スカートの中、…見たいの?
サドラ
大衆娯楽
どうしてこうなったのかは、説明を省かせていただきます。文脈とかも適当です。官能の表現に身を委ねました。
「僕」と「彼女」が二人っきりでいる。僕の指は彼女をなぞり始め…
大好きだ!イケメンなのに彼女がいない弟が母親を抱く姿を目撃する私に起こる身の危険
白崎アイド
大衆娯楽
1差年下の弟はイケメンなのに、彼女ができたためしがない。
まさか、男にしか興味がないのかと思ったら、実の母親を抱く姿を見てしまった。
ショックと恐ろしさで私は逃げるようにして部屋に駆け込む。
すると、部屋に弟が入ってきて・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる