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第3話 友人

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「そう言うなって。俺はともかく、清春は常連だろ」

 フンとつまらなさそうにしつつ、カーディガンの下は光沢のある赤いキャミソールという扇情的というかある種の拷問的な服装の満子は、カウンターの上に肘をついて、メンソールの煙草へ太く短い指に持った百円ライターで火をつけた。

「おいおい、客がいるのに煙草を吸うのかよ」

「ここはアタシの店だ。どう過ごそうと勝手だろ」

 苦笑いを浮かべる大樹と満子のやり取りなど気にも留めず、ここに寄りたいと誘ってきた親友はズカズカと奥へ入っていく。

 万峰骨董店は手前に成人男性の腰程度のガラスケースが中央に縦並びで置かれ、時計や古めかしい高額な硬貨などが陳列されている。

 入口から見て右側には八段あるガラス棚があり、アンティーク製の人形が飾られている。値札はなく、客に尋ねられた満子が逐一答えるという適当感満載な価格設定だ。

 とはいえ傾向はあり、すべてに鍵がついているガラスケース内の商品は高く、誰でも手に取れるようになっているものほど安くなりがちだった。

 奥に行けば、古本と清春お目当ての中古ゲームコーナーがある。本数こそ多くないが店主の満子はゲームなどに疎いため、プレミア価格つきのものでも適当に値をつける。そのため知る人ぞ知る穴場の中古店として認識されているのである。

「これ、いくら?」

 さほど広くないゲームコーナーの奥には成人向けスペースもあり、そこにはエロゲーやらも積み置かれている。戻ってきた清春が持っていたのはそのうちの一本だ。

「そうさね、千円でいいよ。ウチでそんなの買うの、アンタくらいのもんだしね」

 あまり表へ出さないだけで、感情はある。素早く肯定する親友には歓喜の色が見えた。

「値打ちものだったのか?」

 なんとなしに聞いた直後、失敗したと大樹は痛感するはめになる。

「これは十年以上前に発売された傑作中の傑作で、特にヒロインのピンクちゃんが素晴らしいんだ。ミドリちゃんの原形だけあって笑顔が愛らしく、おうとつのあるボディラインは極上だ。何より当時にしては珍しく、イベントがフルボイスなんだ。素晴らしい。ああ……素晴らしい! 大樹もそう思うだろ? 思うよな? なっ? なっ?」

 もはや手が付けられない。どう返そうか悩む大樹を尻目に、代金を支払った親友は袋から出したエロゲーのパッケージを食い入るように眺めている。

「よくもまあ、ゲームの女に夢中になれるもんだよ」

 短くなった煙草の火をカウンターに置いてある灰皿で消しながら、満子は肺に残っていた白い煙をふーっと吐き出す。

 一方で目をギラリと輝かせた漢が、呆れ中の女店主へ詰め寄る。

「ミドリちゃんは俺の嫁だ。そしてピンクちゃんはいわばミドリちゃんの姉。義姉に礼を尽くすのは当然でしょう!」

「わ、わかったよ。アタシに構わず、ミドリちゃんとでもピンクちゃんとでも、よろしくやっとくれな」

 頭痛がするとばかりにこめかみを人差し指で押さえ、満子が新たな煙草に火をつける。

「で、アンタは何か買わないのかい?」

「俺は単なる付き添いだ。こんな店で何を買えってんだよ」

「ご挨拶だねぇ。アンタだって小さい頃は、爺さんに連れられて楽しそうにウチへ通ってたじゃないか。高校生ともなると、子供の頃の純真さを忘れちまうんだね。お姉さんは悲しいよ」

 万峰骨董店は、大樹の家から歩いておよそ十分程度の距離にある。当時は大型スーパーなども近所にできておらず、地元の小さな玩具屋がどこより楽しい場所だった。数は多くないが玩具類もあるので、骨董好きな祖父によく連れてきてもらっていた。

 長年の付き合いもあるからこそ気安い態度を取れるが、逆に言うと黒歴史ではないが気恥ずかしい思い出話をされる危険性も高い。

「おい、清春。買うもの買ったなら、何か食って行こうぜ」

「そうしな。アタシも厄介払いができてせいせいするよ」

 辛辣な台詞を言いながらも、その表情は楽しげだ。お姉さんと呼べる年代の頃から満子はそういうところがあった。小さい頃はよく懐いていた自覚があるので、さらに余計な発言をされる前に、大樹は親友の肩を押して店を後にする。

     ※

 自宅近くの三階建ての大型スーパーで時間を潰し、夕闇が迫る頃に大樹は親友と別れた。

 沈みゆく日を悲しむかのように風に冷たさが混じりだし、思わず開けていた制服のジャケットのボタンを閉じる。

 同じような団地の並ぶ地帯を過ぎ、差し掛かる古びた銭湯を左折すると、両親の努力の結晶でもあるマイホームが見えてくる。そこで大樹は両親と三人で暮らしていた。

 先を急ごうとして、銭湯の一つ前になる交差点。郵便局がある大通りへ出る右へ曲がる道、個人で経営している理容店の前で見慣れた制服を見つけた。

「あ、あの……その……わ、私、急いでて……」

 芸術品みたいに精緻な顔立ちに怯えの色を走らせた女生徒――小山内楓が低めの身長をさらに丸め、スクールバッグを胸の前で掻き抱くように立っていた。

 周りには他校の制服を来た男子が三人ほど群がっている。誰が見ても美人としか評しようのない楓を、ナンパしようとしているのだろう。

 立ち止まってそちらを見ていると、ふいに楓と目が合った。安堵の涙を目尻に浮かべたクラスメートを放ってはおけず、腕っぷしには自信がないが意を決する。

「おさ――楓じゃないか。待ち合わせ場所にいないから、どこに行ったかと思ったよ」

 声が震えないように祈りながら、咄嗟に彼女と親しい関係なのを右手を上げてアピールする。一瞬だけ戸惑いを見せたが、成績優秀な楓はすぐにこちらの意図を察してくれた。

「ご、ごめんなさい。すぐに行きます」

 おどおどしていたら相手に付け込む隙を与える。こういうケースではむしろ堂々としている方がいい。自分自身に言い聞かせ、そばへ来ようとする楓の方へと笑顔で歩み寄る。

 三人に囲まれたら逃げるしかない。多数対一で勝てるなんてのは漫画だけの話で、現実はそう甘くないのだ。頼むから穏便に済んでくれと祈れるものすべてに必死で祈る。

「チッ、男連れかよ」

 三人組の一人がそう毒づくと、面白くなさそうに大樹を見たものの、喧嘩を売ってこようとはせずに大型スーパーの方へと連れ立って歩いていった。

 男たちの姿が見えなくなると、楓は膝から力が抜けたように、大樹の両腕にしがみついた。

「こ、怖かった……土屋君、ありがとう」

 春を思わせるような香りが、ふわっと風に乗って鼻先をくすぐる。もう少し嗅ぎたいと顔を彼女の髪へ近づけようとして、こんな時に失礼だと慌てて我に返る。

「き、気にするなよ。それにしても、相変わらず人見知りなんだな」

 楓は特に男性に対してかなりの人見知りをする。小学校で同じ学級になった頃からで、大樹も初対面時に仲良くなろうと頑張って声をかけて、不審さを多分に含んだ目で見られた。

「土屋君みたいに慣れると平気なのだけれど、初めての人はどうしても……」

 乱れた心を落ち着かせるべく、彼女は窄めた唇から長めの息を吐いた。

「土屋君がいてくれて良かったわ。それで、その……」どこか気恥ずかしそうに楓が頬を赤らめる。「さっき、私のことを楓って……」

「れ、連中を諦めさせるために、仲良さそうな感じを出そうかなって……迷惑だった、よな」

 頬を掻く大樹の目を見ないように視線を斜め下へ突撃させながらも、夕陽の最後の輝きに横顔を照らされる少女はかぶりを振る。

「そんなことないわ。よければ今後も名前で呼んでくれると嬉しいかな」

「え? そ、それって……」

「親しい友人みたいな感じがするでしょう? 私も大樹君って呼ぶわね」

 何の意図も悪気も感じさせない笑顔に、嬉しさと残念さを味わいながらも、彼女の申し出を二つ返事で了承する。名前で呼べるようになるのは大きな一歩であり、しかも公認だ。

 生徒会の仕事終わりで近くの郵便局に寄った帰りだという楓を途中まで送りつつ、今日の夜は良い夢が見られそうだと、大樹は内心でニヤニヤしっぱなしだった。
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