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第33話 最高の悪役だったぜ

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 投票締切日に出されたお触れに、王都が震撼した。

 女王リアレーヌが民主化へ移行するに当たって、差別をなくすために国民全員を貴族にすると発表したのである。

 それに先駆けて、投票を果たした者を一足先に貴族と認めたとも。

 投票場となる王都の広場にテントを張り、簡易本部としたリア陣営は目前に迫りつつある勝利に早くも酔い痴れかけていた。

「旧貴族みたいに権限のない貴族がいるんだから、国民全員を貴族にしても大きな混乱は起こらない、か。よく考えつくものだわ」

「それは褒めてるのか?」

 柔らかな日差しを浴びながら立つカケルに、背後からアーシャが抱きつく。

「もちろんよ。本当に策を練るのが得意……」

「……どうした?」

「いや、これだけ用意周到ってことは、アタシもカケルを好きになるように誘導されたんじゃ……」

「そんな技術があるなら、日本で寂しく過ごしてなかったよ」

 それもそうねと返されれば悲しくもなるが、事実だけに他に言い様もない。

「お父様が他国から民を引き入れる真似をしなければ、このような手を使わずとも済んだのだがな」

 騙し討ちのようなものなので、リアはもちろんカケルもあまり乗り気ではなかった。そこで彼女が言ったような条件が満たされた場合のみ、施行しようと決めていた。

「向こうもなりふり構わず勝ちに来ている以上、仕方ないであります」

 慰めにも似たセベカの励ましに、リアはわかっていると頷く。

「兎にも角にもこれで優劣は決した。締切日当日に発表されては、さすがのお父様でもどうしようもあるまい」

「いや、そうでもないぞ」

 選挙結果をいち早く知るために、やはりゴフル陣営もテントを作って広場に待機していたが、総大将の姿は朝から見かけなかった。

 そのゴフルが昼過ぎになって姿を現した。しかも背後に大勢を引き連れて。

「浅はかよの。貴様らの策など、最初から見抜いておったわ」

「な……! で、では、後ろの者たちは……!」

 リアの声が震えた。

「決まっておるだろう、ロスレミリアの民よ。くだらぬ策を弄するから、今朝の通達にも国民と書かざるをえなくなるのだ。投票を済ませば、この者らも貴族となる。こちらにはイザベラがついておるからな。事後の処理も容易い」

 ゴフルに隠れるようにしていたロスレミリアの女王が、悠然と進み出る。白いドレス姿は、まるで勝利の女神を気取っているようでもあった。

「利害で動く貴族ならともかく、ロスレミリアの国民まで動かすのか……」

「勝負事は常に勝利から逆算して策を練るのだ。良い勉強になったであろう、我が娘よ。せいぜい余に忠義を尽くした貴族のもとで、泣き暮らすがよい」

「く……選挙はまだ終わっていない!」

「この期に及んでも強がれるのは見事だが、締切日当日、それも残り数時間ではどうにもなるまい。惨めに許しを請うてみるか? 陰でコソコソと様子を窺っている貴様の母親と一緒にな」

 ゴフルの言葉を受けて、イザベラが指を鳴らす。背後に控えていた兵士が一斉に動き出し、フードを脱がされたシャーレが連れてこられた。

「余の新しき妻となる者が愛妾を快く思わぬのでな。貴様にも娘同様に配下への褒美となってもらう」

 生家ともどもな、とも付け加えられ、シャーレが力なく項垂れる。

「最後はカケル、貴様だ。小賢しくも余に歯向かった罪は重い。そうだな、貴様と縁のある女どもを、目の前で散々な目にあわせてやるというのはどうだ」

 おもいきり絶望を与えたあとで、ゴフルは口角をにんまりと歪める。

「だが寛大な余は慈悲をくれてやろう。貴様が兵器開発に尽力する限り、そこの女商人の安全は保障しよう。なんなら我が娘とそこの侍女もくれてやるぞ。悪い話ではなかろう」

「確かにな」

 即座にカケルが反応したのを受け、女性陣から抗議の視線を注がれる。それを片手で制し、ゴフルに負けないひねくれた笑みを意識して作る。

「だが、まずは結果を見てみようじゃないか」

「何を言うかと思えば……この状況で逆転の手などあり得ぬ」

「そうとは限らない。元王様も言っただろ。勝負事は常に勝利から逆算して策を練るんだってな」

「フン。くだらぬはったりよ」

「なら大人しく待ってればいい。こっちは途中棄権など絶対にしない。そうだろ、リア」

 同意を求められたリアは、すぐさま頷いた。

「民主化の提案に乗った時から、わらわの命はカケルに預けておる。そのカケルが勝負に負けたのであれば、潔く我が身を差し出そう」

「自分も同じ覚悟であります」

「アタシのカケルを舐めないでよ。すぐに吠え面かかせてやるんだから」

「……アタシのという部分は納得できないであります」

「わらわも同意見だな」

 シリアスな雰囲気が崩れかけても、時計の針は進む。

 互いに対峙したまま締切時間が刻一刻と迫る。

「フン。やはり口ばかりであったか、失望したぞ」

「……カケル」

 ゴフルが凄み、不安になったらしいアーシャがカケルの手を握る力を強くする。

(……まだか。間に合わないのか……!)

 唇に強く歯を立てたその時、遠くから早馬が駆けてくるのが見えた。

 掲げられた旗を見て、カケルは弾かれたように笑い出す。

「貴様……おい! 誰かあの早馬を鉄砲で撃て!」

「無駄だよ、元国王陛下。クエスファーラとロスレミリア、さらにはサグヴェンス家の旗まで掲げた者がここへ来た時点で、すべては終わってるんだ」

「何だと……戯言であればただでは済まさぬぞ!」

「もちろんただでは済まないさ。ロスレミリアでクーデターが起きたんだからな」

「なっ!?」

 顎が抜けそうなくらいゴフルが口を開き、リアやアーシャも唖然とする。

「カケル様はおられますか! クオリア様より、英雄たる僕に達成できない任務などない、という伝言と荷物を預かっております!」

「クオリア!? そういえば最近はずっと姿を見かけなかったけど……」

「てっきりサグヴェンス家の一員として父親を助けていると思っていたのだが」

 正気を取り戻したアーシャとリアだったが、兵士がカケルに手渡したものを見て改めて驚愕する。

「それって、カケルのスマホよね? どうなってんの?」

「すべては俺の筋書き通りだったってことさ。策略家の元王様であれば、こちらの責め手もルールの抜け道も、すぐに気付くのは予想できた」

 息を呑むアーシャを一瞬だけ見て、カケルは言葉を継ぐ。

「イザベラ女王と交流がある以上、動員する他国民はロスレミリアに限られる。そしてその場合に呼応するのは女王に好意的な国民ばかりだ」

「なるほど。国に残ったのが女王に懐疑的な者であれば、クーデターの煽動も成功も容易いということか」

 事態を理解したリアが補足すると、セベカとアーシャが揃って「ああ」と声を上げた。

「覚えてるだろ、アンタが俺を投獄した国家反逆罪の証拠にした本を」

「……民主化のやつか」

 ゴフルが忌々しそうに歯を鳴らした。

「民主化の種火はロスレミリアにもあった。クエスファーラで大々的に選挙が行われるとなれば、いよいよ本格的に燻る。そこへ女王が他国の王を救うために国民まで動かした。反体制の連中はついに女王を見限り、この機に我々も民主化をと叫ぶ謎の英雄に呼応したってわけだ」

 カケルがスマホを操作すると、クオリアがクーデター一派と映っている動画が流れた。

『これでいいはずだね。さて、見てるかな、カケル。英雄たる僕の素晴らしい仕事ぶりを。君から頼まれた通りに革命は成功したよ。彼らも早速民主化のための選挙準備を始めるそうだ。そしてその場合の条件は……』

「他国の選挙に投票をしていないロスレミリア国民に限る……だと!」

 ゴフルが声を荒げ、背後にぞろぞろと控えていたロスレミリアの貴族と国民が一斉にザワついた。

『なお投票しなかった者は国民とみなさず、その資産はすべて没収され、新生ロスレミリアのために使われる。きちんと選挙要綱に明文化しておいたよ。カケルの要望通りにね』

 クーデターを成功させた主導者よりも、クオリアが目立ちまくっているので若干変な空気になりつつはあるが、カケルの狙いが何なのかはこの場にいる全員が理解できたみたいだった。

「このまま締切になれば、ロスレミリアの皆さんは自国での投票権を失います。さて、どうしますか?」

 両手を広たカケルが告げると、瞬く間にロスレミリアの人間の間で阿鼻叫喚の大騒ぎとなった。

「投票を取り消させてくれ!」

「こっちもだ! 早くしてくれ!」

「だ、黙れ! 今更そんなことができるわけあるまい!」

 怒り狂うゴフルに歩み寄り、カケルは挑戦的に告げてやる。

「俺の作った選挙要綱では投票の取り消しを禁じてない。彼らの訴えは認められ、クエスファーラの選挙は、より多くの国民の支持を得られた者が勝つことになる。国民は全員、貴族のままだからな」

「き、貴様ァ! こんなのは認めん! 認めんぞ!」

 カケルに掴み掛ろうとしたゴフルを、セベカが取り押さえる。乱戦になりかけたところで、アーシャがボウガンを構える。

「銃より威力は低くても、発射までの速さと連射なら負けないわよ!」

 ゴフルの頭に矢が向けられれば、他の面々も抵抗が難しくなる。

「当初の予定通り、決着は選挙でつけようぜ」

「おのれ……おのれえぇぇぇ!」

 血の涙を流さんばかりに叫ぶゴフルを、カケルは悠然と見下ろす。

 瞼を閉じなくとも浮かんでくるのは、苦しくて辛くて怖かった牢獄生活の日々。

 今でもフラッシュバックが頻繁に起き、そのたびに動悸がする。

「……カケル、締切時間になるわ」

 同じ辛い目にあいながらも、常にカケルを想い、励ましてくれたアーシャと手を取り合い、しっかりと頷く。

「勝敗は決した。地面に這い蹲るアンタにはこの言葉をくれてやる」

 選挙管理委員が締切を宣言し、リア陣営の盛り上がりを背に、カケルは様々な感情ごと吐き捨てる。

「アンタは……最高の悪役だったぜ」

「くそがああァァァ!」

 夕暮れの空に怨嗟の声が響き渡る。

 集計が終わる前に選挙管理委員からもたらされたのは、リアレーヌ候補の当選確実の一報だった。
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