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第29話 世界を支配したがってるのかもしれない

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「よく来てくれたな」

 すっかり玉座に座り慣れたリアが、疲れ切っていながらも笑顔で、謁見の間に現れたカケルとアーシャを歓迎してくれた。

「王妃――いや、シャーレ様もご一緒で?」

 リアが即位して以降、部屋に籠っている機会が多かっただけに珍しい。

「わらわが呼んだのだ。お父様とイザベラ女王の件でな」

 玉座の隣に用意された椅子の上で、元王妃が敏感に反応した。

「何かわかったのですか」

「過去に王宮勤めをしていた侍女の話によれば、イザベラ女王は当時の両親に厳しい折檻を受けていたみたいでな。それを守っていたのが、当時、ロスレミリアに留学していた若かりし頃のお父様だったそうだ」

「ではその時の恩義により、今回も助力したのですね」

 声を弾ませるシャーレに、リアは辛そうに告げる。

「……両国を巻き込むので秘密にされていたが、昔から恋仲であったそうだ。しかしお父様は国を継がねばならず、クエスファーラにてお母様と結婚した。けれどイザベラ女王はいまだ独身。その元侍女の話では、今もお父様に操を捧げているのではないかと」

 言い終わると同時に、頬杖をついたリアはふうと息を吐いた。

「……嘘です! 私は信じません!」

 声を張り上げたシャーレの前に、カケルは一歩だけ進み出る。

「本当に愛してるんなら、他の男に自分の妻を近付けますか?」

「愛ゆえにです。貴方にはわからないでしょうが、試練はつきものなのです」

「では何故、独身のイザベラ女王にシュバイン皇帝との縁談を提案しなかったんですかね。その方が平和裏に事を進められたでしょうに」

 一度、言葉を切って、カケルは結論を告げる。

「答えは、イザベラ女王に裏切られたら困るからですよ。でも、王妃様は違う。何せ宰相と結託して王を追い出したことになってますからね。最悪の場合はすべての責任を押しつけて、討伐してしまえばいい」

 リアが感情に任せて立ち上がり、数秒後に玉座へ座り直した。

「……わらわも信じたくはない。だが、荒唐無稽な話とも言い切れんのが辛いところだ」

「リアレーヌ!」

 娘の名前を呼んだ母親の声は、隠しようのない不安と悲しみに満ちていた。

「激しく取り乱さないのは、シャーレ様自身も心のどこかでそうかもしれないと思ってるからですよね」

 口を噤んだシャーレが目を伏せる。態度が彼女の内心を明確に語っていた。

「シュバイン皇帝もイザベラ女王から話を受けて、今回の計画に乗ったと言ってました。クエスファーラのみならず、ガルブレドも内部に反乱分子を抱えてたからです」

 共同の目的があると認識させておき、人死にが出ないのを条件に鉱山への攻撃も承諾。現状に不満を抱く騎士団長にあえて反乱を起こさせ、鎮圧する。

「ですがその計画は失敗に終わった。騎士団長に呼応する者が予想以上に多く、動きも迅速すぎたせいです。誰が援助してたのかは、考えるまでもないでしょう」

「わ、私にはアズバルを抑える役目があったのです!」

 祈るように腕を組み、軽く身を乗り出すシャーレ。事ここに至っても、まだゴフルを慕っていた。

「はっきり言ってしまえば、ロスレミリアに亡命できた時点で、アズバルに関してはほぼどうでもよくなってたんです」

「……ロスレミリアにもっとも強力な兵器があったからな」

 苦虫を潰したような顔をするリアの言葉に、カケルは頷く。

「その兵器を使えば、ロスレミリアは三国を支配することもできた。リスクがあるのに武器を開発させてたのは、イザベラ女王が自分に矛を向けないという確信があったから」

「推測にすぎません!」

 感情を露わにしたシャーレが、謁見の間の大気を震わせた。

「……以前にも同じ質問をしましたが、では何故、ゴフル王は戻ってこないんです?」

「リア様が王位を明け渡さないかもしれないからでありますね」

「正解だ、セベカ」

 強引に王位を取り戻せば、国の大事に亡命していた王が、苦労した王女から手柄だけを奪ったみたいな印象になりかねない。

 サグヴェンス家のように王女側へつく貴族も増えれば国が割れる。それくらいなら様子見をしようと考えるのは当然だった。

「リスクを冒すほど、クエスファーラに価値を感じてないんですよ。あの人は恐らく三国……いや、もしかすると世界を支配したがってるのかもしれない」

「野心を隠して牙を研いでたわけね。なんだか寒気がするわ」

 げんなりしながら、アーシャが腕を摩る。

「俺の小説が引き金になったのは遺憾だが、機は熟したと見て行動を開始したんだろうな。リアを国外に出したのも、きっとそのためだ」

「どういうことだ?」リアが聞いた。

「聡明なリアに計画を勘付かれるのを恐れたんだよ。アズバルのクーデターを未然に防がれたら困るだろ」

「なるほど。そう考えると、あのたらい回しも納得がいくな」

 カケルに同行させ、ロスレミリアに滞在させたと思ったら、帰国しようとするなりガルブレドとの縁談騒ぎだ。ただの偶然で片付けるには無理がある。

「ゴフル王のシャーレ様への愛は役立つ道具に向けるものと同じなんです」

 改めてカケルは、黙って話を聞いていたシャーレに向き直る。

「ですが、リアは違う。人として、母親として、シャーレ様を愛し、必要としてる」

「……少し、考えさせてください」

「もちろんです、お母様!」

 これまでとシャーレの雰囲気が変わったのもあり、リアは喜色満面に頷いた。

 まだどちらに転ぶかはわからないが、希望が見えたのは大きな前進だった。

「あとはゴフル王ね。カケルが作者なら、次の一手はどうするの?」

 アーシャの目に悪戯っ子のような輝きが宿る。

「また、それか。けど、そうだな。俺なら……」

 話をしようとした矢先、けたたましい勢いで謁見の間の大扉が開かれた。

「た、大変ですっ! ゴフル元国王が、選挙に立候補いたしました!」

「……こうする」

「納得したわ」

 アーシャが降参のポーズを取る。

「で、これからどうするの?」

「まだ貴族に強い影響力を持ってるからな。このままじゃ勝ち目は薄い。そこで選挙の目的を少しばかり変えてやるのさ」

     ※

 各地区の代表を決め、さらに議会全体の代表者を決めるという流れから、カケルは最初に大統領を選出する国民投票に切り替えた。

 これならばいきなりの変革よりも受け入れやすく、また、民が国のトップを選べるということで、好意的に受け止められた。

「凄い盛り上がりね」

 王都の広場で、リアレーヌ陣営の選挙本部を管理するノアラが、押し寄せる大衆を眺めながら、どこか引き気味に感想を述べた。

「政治に参加できるなんて夢みたいなことだろうし、それにノアラさんに頼んで出版していた民主化のススメが功を奏したな」

「……カケルさんがロスレミリアで投獄されたって聞いた時は肝が冷えたわよ」
 当時を思い出したらしく、ノアラが顔を青褪めさせた。

「あれはゴフル王が俺を手駒にするための策だ。もっともクエスファーラに戻れば、強引に従わせるためにノアラさんを人質にする可能性もあったろうけど」

「うわあ、完全に巻き込まれてるじゃない」

「頼りにしてるわよ」

 アーシャが肩を叩くと、ノアラは首を竦めた。

「ところで、大体の予想はできてるか?」

 カケルが尋ねると、ノアラの表情が真剣さを増した。

「はっきり言うわよ。リア様が不利だわ」

「だろうな」

 この状況をカケルが予想していたと知り、ノアラの声に厳しさが帯びる。

「どうして貴族とそれ以外で票の価値に差をつけたのよ」

「そうしなきゃ、貴族が選挙に同意しなかったからだ」

 貴族は一人につき、十票を持つ。当初は民主化に難色を示していた貴族連中も、この案を提示されて渋々納得した。

「結託して、自分たちに都合の良い操り人形を当選させれば、これまでと何ら変わらないもんね。おかげで同じ舞台に立たせることができたわ」

 アーシャがカケルの言いたいことを補足してくれたが、ノアラはまだ納得していないみたいだった。

「王都近辺以外では積極的に変革を望む者はさほど多くないわ。選挙自体に参加してもらえなかったら、貴族に強いゴフル様が優勢よ。残り六日でひっくり返せるの?」

 選挙戦は合計七日。その間の得票数により、大統領が決まる。票をバラけさせては勝てないので、大統領選は立候補したリアとゴフルの一騎打ちになっていた。

「手はあるわ」そう言ったのはアーシャだった。「カケル、ちょっと付き合って」

 馬を飛ばしてアーシャがカケルを連れて行ったのは、王都からほど近い小さな村だった。

「ここは?」

「ついてくればわかるわ」

 農作業をしていた村人たちが、アーシャを見つけるなり歓声を上げた。

「まるでアイドルみたいだな」

「アイドルって何?」

「平たく言えば人気者ってことだ」

「まあ……この村で過ごしてたからね」

 村の奥を目指して歩いていると、やたらとにこにこしている中年男性が歩み寄ってきた。
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