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第24話 思い違いをしてたのかもしれない

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「いい気味よ。亡命させられたけど、最終的に陛下も佞臣が排除された玉座に戻れるし」

「役得というか運がいいと……え?」

 電流でも走ったかのように、頭が痺れる。

「俺たちはとんでもない思い違いをしてたのかもしれない」

 緊迫した雰囲気を感じ取ったのか、アーシャが真剣な顔つきで耳を傾ける。

「本当にゴフル王は被害者なのか?」

「え? だって玉座を追われてるじゃない」

「すべて計算ずくだった。そう考えると、王妃の不自然な態度も納得がいく」

「待ってよ! それじゃ陛下の命令で王妃様は宰相に近づいて、その陛下をないがしろにしてたの? 何のために……って、まさか佞臣を焙りだすため!?」

 先ほどの自分の台詞を思い出したのか、結論に辿り着いたアーシャが信じられないと被りを振る。

「だったらどうして普通に反逆罪で討たないのよ。強硬策が無理なほど宰相が中枢に入り込んでいたから? 宰相がどこぞの有力貴族の差し金だと考えた?」

 目で問いかけられ、カケルは考え込む。

「俺が敵役なら、国内のゴタゴタを解決するためだけに、こんな大がかりな手は使わない。狙うのは大陸の覇権。そのために軍事強国のガルブレドは最大の障害になる。となると、欲しいのは信頼できる仲間と強力な武器か。本当の狙いを読まれるのもまずい」

 妙に空気が重苦しい。アーシャも緊張して瞬きを忘れている。

「いつでも逆臣が反旗を翻せるようにしておき、なおかつ大事に至らないように鈴をつけておく。その上でロスレミリアに話を通し、新型武器の開発と事前の打ち合わせの徹底」

「あとは慎重に機会を窺うだけって? や、やめてよ」

「そう考えると筋が通るんだよ。そして最後の引き金が俺だ。あれこれと新型武器の開発を試しているところに、銃なんてものが登場する小説を発表した。道理で王も俺に好意的だったわけだ」

 反射的に舌打ちをしてしまう。考えすぎと言われる可能性もあるが、宰相や王妃が黒幕と考えるよりも、ずっとしっくりくる。

「ガルブレドの政権を崩壊させて、ロスレミリアと共に占領する。ゴフル王が黒幕だとして、残る疑問はどうしてイザベラ女王が応じたかだな」

「両方とも三国統一を目論んでいて、残り二国になったところでゆっくり戦争するとか」

「それはない」

 断言したカケルに、アーシャが少しばかりムキになる。

「どうしてよ。現実味はあるでしょ」

「理由は両国が開発した銃だ。二国揃って同じような開発段階にあったんだとしたら、兵器の情報も交換していた可能性が高い。これから戦争をするつもりなら、手の内を晒すような真似はしないだろ」

「さらに大きな隠し玉を持ってるとか」

「……あり得るな。じゃあイザベラ女王の狙いもゴフル王と同じ? だったら何で亡命を受け入れた。攻め込む大義名分を欲したのか? そうすると今度は同盟の理由か。素早く宰相を排除すれば、もっと楽だったんじゃ……ああ、わかんねえ!」

 こんがらがった思考を解くように、カケルは髪を掻き毟る。

「謎が多すぎる。リアたちが帰ってきたら、改めて話をしようぜ」

「そうね。ゴフル王の情報も手に入るでしょうし」

 言っている間に、部屋へと複数の足音が近づいてくる。

「噂をすれば何とやらだな」

「ちょっと待って。何か変よ」

 出迎えようとしたカケルを、アーシャが背後から引き留める。

「変って……」

「足音に混じって鎧の音もする。カケル、この場は一旦――」

 アーシャが言い終わるよりも早く、叩きつけるようにドアが開いた。

 ドアを蹴破った全身鎧の兵士たちが、有無を言わせずにカケルを取り囲む。

「貴様がカケルで間違いないな。我らはロスレミリアの騎士だ。国家反逆罪で逮捕させてもらう。おとなしくしろ!」

「いきなり何なのよ、横暴すぎるでしょ!」

「邪魔をするな!」

「キャア!」

 兵士に食ってかかったアーシャが、力任せに吹き飛ばされる。背中から壁に叩きつけられた女商人は、苦痛に呻きながらずるずると床に尻をつく。

「何しやがる!」

「無駄な抵抗はよせと言っている!」

 ハンマーみたいに固めた拳を後頭部に振り下ろされた。

 脳みそを揺さぶられるような衝撃と激痛に、カケルはなすすべなく意識を手放した。

     ※

 投獄されて、どのくらいの時間が経過したのか。粗末な布が置かれただけの牢の中は寒く、何よりも心細かった。

「いつまでこうしてればいいんだよ……」

 抱えた膝に額を埋める。他にすることがなく、眠る以外は何もできない。僅かな気休めは遠くに見える小さな蝋の明かりだけだ。

 ガチャガチャと金属音が聞こえ、カケルは頭を上げる。

 油皿を片手に持った兵士に連れられて、牢の前までやってきたのはロスレミリアの女王イザベラだった。

「ご気分はいかがですか?」

「……最悪だよ」

 乱雑な言葉遣いに兵士が憤るも、イザベラが片手を上げて宥める。

「仲間に売られたのですから、そうでしょうね」

「売られた? どういうことだ」

 小さな火が照らす女王の美貌が、意味ありげに歪んだ。

「そのままの意味です。兵士たちの突入は実に絶妙だったでしょう?」

「……リアたちが城にいるのを知ってれば、難しいことじゃないだろ」

「来城を知れば応対しなければなりません。事を起こすには事前に知っていなければ難しいと思いませんか?」

 牢獄生活で心身が摩耗していたカケルは苛つきを抑えられず、噛みつくように「何が言いたい」と女王を問い詰めた。

「貴方がクエスファーラに着いて以降、基本的に側を離れなかった者がいますよね。そうせざるをえない場合は、誰かに託したりなどして」

 真っ先に思い浮かんだのは、口では金のことばかり言いながらも、あれこれと世話を焼いてくれる女商人の顔だった。

「アーシャが俺を嵌めたってのかよ。理由も必要もないだろ!」

「考えればすぐにわかるでしょう。彼女は監視役だったのですよ」

「監視役……だって……」

 内部から突き破らんばかりに心臓が身体を叩く。嫌な汗が止まらない。繰り返し否定の言葉を並べているのに、不吉な予感ばかりがこみ上げる。

「貴方を預けた村とクエスファーラの王都を小まめに往復したのは報告のため。小説を書かせたのはあまりにも異質な国から来た貴方の情報を得るため。狙いは的中し、わたくしたちは強力な力の入手に成功しました」

「嘘だ……アーシャがそんな……嘘だ!」

 炎に反射して妖しげに艶めく女の唇が、聞きたくもない言葉を紡ぐ。

「信じたくないのですね。ですが紛れもない事実なのです。かわいそうなカケル……貴方はひとりぼっちなのです」

「や、やめろ……そんな目で見るな!」

「嫌わないでください。わたくしは貴方を助けてあげたいのです」

 牢の隙間から伸ばされた手が、カケルの頬を撫でる。久しぶりに触れた人の温もりに、涙腺が崩壊しそうになる。

「カケル、わたくしのために小説を書いてください。そうすれば牢から出すと約束しましょう。それに暖かな食事と部屋も。悪い話ではないでしょう」

 優しい声が耳孔を撫でる。一瞬だけグラリとした心を叱咤すべく、カケルは下唇を噛む。

「あんたのためじゃなく、ゴフル王のために、だろ?」

 せめてもの抵抗と言葉を叩きつけた直後、目を丸くしたイザベラを通り越して、野太い笑い声が牢の中までやってきた。

「やっぱり……あんたが作者だったのか」

 姿を見せたのは予想通りの人物。しかしクエスファーラの城で見かけた時とは、顔つきも全身に宿る活力もまったく違っていた。

「作者とは面白い例え方をする」

 言葉遣いにまで野心を滲ませたゴフルが牢の前でしゃがみ、勝者の笑みをカケルに見せつける。

「すべては思惑通りよ。イザベラもシャーレも余の命で動いていたのだ。貴様ほどの知恵もない愚かな宰相は、真実を知るなり泣き崩れておったがな」

 酷く楽しそうにゴフルが声を弾ませる。

「忌々しいガルブレドも早々に降伏しおったわ。ククク。貴様の知識がもたらした新兵器は実に役立ってくれた」

「……」

「嬉しくて声も出ぬか? ならばもっと小説を書け、軍事ものをな。新たな技術を余にもたらすのだ」

「……もうないと言ったら?」

 目を細めたゴフルからの圧迫感で、胃が重苦しくなる。逃げ出したい衝動に駆られ、目尻に涙が溜まる。

 殺気だと気付いた時には、カケルは危うく失禁しそうになっていた。

「始末する……と言いたいところだが」

 ニッと音が聞こえそうなくらいに、ゴフルが表情を変える。同時に場を支配していた嫌な重圧も、幻だったかのように消失した。

「それならそれで構わぬ。小説というのは市勢にも影響を与えるとわかったからな。王族を称える本を書かせればよいのだ」

 平然と言い放つゴフルに、カケルは強い拒絶感を覚える。

 恐怖はもちろんあるし、一刻も早く牢からも出たいが、せっかく小説家になれたのに、その本を政治のために使われるのが耐えられなかった。
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