異世界作者~ワナビがペンの力で生き抜きます!~

桐条京介

文字の大きさ
上 下
19 / 37

第19話 ほとんど気づいてたし

しおりを挟む
「目を背けたくともできぬ現実を、一時とはいえ忘れさせてくれるのが小説だった。特にお主の書く本には心が踊った。血生臭いのは好かぬが、民の暮らしを描いているところなどは、実際にその光景が浮かんでくるようであった」

「だったら一緒に民主化の話でも書くか。何でも書けるのが小説家の特権だ。リアの理想を心置きなく描いてみろよ」

 驚いたようにカケルを見上げるリア。綺麗な瞳を輝かせるように涙が浮かぶ。頬が僅かに赤らみ、唇が震える。

 何ともいえない雰囲気が流れ、無意識にカケルは喉を鳴らした。

 ドアの向こうから「あっ」とか「ちょっと」とか聞こえてきたのは、そんな時だった。

「話は聞かせてもらった!」

「待ちなさいって、ああ、遅かった」

 ノックもせずに勢いよく扉を開け放ったクオリアの腰に、暴挙を思い止まらせようとしていたらしいアーシャがしがみついていた。

 聞き耳を立てていたのかとか、貴族の息子としてこの行動はどうなのとか、ツッコミどころがたくさんありすぎて、リアともども呆然とするカケルの手が、クオリアに両手で握られた。

「悲しむ姫君に手を差し伸べるのは、実に英雄たる僕に相応しい。機会を与えてくれた我が友に感謝しよう!」

 油の切れた機械みたいに頭を動かしたカケルは、どうしてこうなったと言わんばかりの目で女商人を見る。

「た、たまたま廊下に出たらクオリアと遭遇して、ついうっかり事情を知られちゃって……」

 要するに聞き耳を立てるのに集中していて、クオリアの接近に気がつかず、不意に声をかけられて反射的に事態を教えてしまったらしい。

「商人らしくない失態だな」

「う……! そ、そうかもしれないけど、結局は皆の問題でしょ。リアは王女様としてじゃなく、仲間らしく接して欲しがってるんだから!」

「苦しい言い訳だな」

「細かい男は嫌われるわよ! ほら、本を書くならアタシも手伝うわ。もう知ってると思うけど、意外に絵心があるんだから!」

 リアが理想を語り、クオリアが書き、アーシャが挿絵を描く。

 ワイワイと楽しげな空気が流れる室内を羨ましそうに一瞥したあと、寂しげに人影がそっと離れた。

     ※

「一緒に遊ばないのか?」

 城から出たばかりの背中に、カケルは声をかけた。

「自分がいても邪魔になるであります」

「リアはきっと待ってるそ」

 城門を出るとあとは一本道だ。帝都全体が壁に囲まれており、敵が攻め込んできた際は王城も含めて強固な防衛装置に早変わりするのだろう。

 帝都の門まで続く舗装された長い石道の両脇には、来る時に馬車の窓から見た通りに店が並んでいた。

「どこまでついてくるつもりでありますか」

「町を見学したいだけだ。繁華街っていうほど賑わってないけどな」

 もうすぐ夕方へ差し掛かろうというのに、行き交う人々の数は増える気配を見せない。

 見回りにしては物々しい装備の兵士が油断なく周囲に視線を走らせ、お約束のように売値が高いと各店に文句を言っている。

「あれは……」

 ふとセベカが足を止めた。ロックオンされたみたいに、視線が路地裏へ続く入口から動かない。

 カケルも目を凝らすと、派手めの女性が羽振りの良さそうな商人の腕に、露わにした胸元を押しつけていた。

「客引きか」

「男に媚びを売り、尻を振り、餌を貰う卑しい牝犬。見てるだけで反吐が出そうであります」

 何もそこまでと言おうとして、慌ててやめる。女性同士でしかわからない嫌悪みたいな感情があるのかもしれない。

 カケルの視線に気づいたセベカが、力なく息を吐いた。

「取り乱したであります。ああいう場面に遭遇すると、どうにも我慢できないであります。自分の母親を見てるみたいで」

 男と女が連れ立って消えた路地裏を睨んだまま、セベカは言葉を続ける。

「物心ついた時には父はいなかったであります。浮気が別離の原因らしいのに、自分を連れた母が選んだのは、笑えることに男に抱かれて金を稼ぐ道だったのであります」

 何て言ったらいいかわからず、カケルは黙って彼女の話を聞く。

「そんな大嫌いな母とは違い、王女殿下は聡明で純真で……初めてお会いした時に、自分の理想そのものだと思ったのであります」

 崇拝するアイドルを語るように、両手を組んでセベカは空を見上げる。

「だから生涯をかけて支えのであります。それだけが自分の望みなのであります!」

「……俺なんかに言われたくないかもしれないけどさ、お母さんだって好きでその仕事を選んだわけじゃ……」

「そんなのはわかってるであります! だから……大嫌いなのであります……」

 侍女の頬を透明な滴が伝った。

「嫌ってた母のおかげで自分は教育を受けられたであります。侍女に取り立てられ、王女殿下と知り合えたのもそうであります」

 セベカ自身、決して努力を怠ってはいないだろうが、他の裕福な家庭に混ざって高等な教育を受けていなければ、今の道に進めていた可能性は低い。

「母は旧貴族だった父に嫁いだ平民であります。最初は他の貴族に援助を願い出たみたいですが、弄ばれて終わっただけだと後で知ったであります」

 不愉快そうに顔をしかめたカケルに、セベカは旧貴族の扱いなんてそんなものでありますと零した。

「そんな境遇だったので、娼婦に身を堕とすしかなかったのも理解してるであります。ですが周りの貴族から指を差され、雇った講師に侮られ、母ともども襲われそうになったことは一度や二度ではなかったであります」

 周囲から蔑まれる辛さはカケルもよく知っている。それだけに過去のセベカの境遇が身に染みて、気がつけば涙を流していた。

 その様子を見たセベカはギョッとして、すぐに相好を崩した。

「自分のために泣いてくれるなんて、本当にカケル殿は変な人でありますね」

 布製のハンカチをカケルに手渡し、セベカは唇を引き結ぶ。

「ですが……自分にそんな資格はないのであります。何故なら、大嫌いだと公言する母に、そんな真似をさせてきたのは他ならぬ自分なのであります!」

「セベカ……」

 涙を止められなくなったセベカが、カケルの肩を掴んだ。

「カケル殿に夜這いをかけたあの日、自分も女だと思い知ったのであります! なのに母を嫌って……考えた末にさっきの結論に辿り着いて……もう何がなんだか……!」

 頭突きするようにカケルの胸に顔を埋めたセベカが、人目も構わずに嗚咽を漏らす。

 通り過ぎる兵士が怪訝そうに見るだけで、住人は気にも止めない。ドライさに戸惑うものの、今は都合が良かった。

「王女殿下を好きで……カケル殿に奪われたくなくて、男の汚い一面を知れば嫌ってもらえると、あんな真似をしたであります。軽蔑したでありますよね……」

「いや、そもそもリアはほとんど気づいてたし」

「――ッ!? そ、それは本当でありますか!?」

 よほど衝撃的だったのか、セベカの涙が一時的に止まった。

「いっそ、自分を曝け出してリアにぶつかってみろよ。きっと彼女もそれを望んでる」

「……どうしてそう思うのでありますか?」

 一歩離れたセベカが、首を傾げた。

「俺が小説でリアを主役にすれば、何より友達を求めるだろうから」

「……プッ。カケル殿は本当に小説のことしか頭にないのでありますね。さすがにアーシャ殿が不憫に思えてきたであります」

「何でアーシャの名前が出るんだ?」

「秘密であります」

 スキップするようにセベカが歩き出す。追いかけるカケルを振り返った彼女は、とても生き生きとした悪戯っぽい笑顔を浮かべていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

生まれる世界を間違えた俺は女神様に異世界召喚されました【リメイク版】

雪乃カナ
ファンタジー
世界が退屈でしかなかった1人の少年〝稗月倖真〟──彼は生まれつきチート級の身体能力と力を持っていた。だが同時に生まれた現代世界ではその力を持て余す退屈な日々を送っていた。  そんなある日いつものように孤児院の自室で起床し「退屈だな」と、呟いたその瞬間、突如現れた〝光の渦〟に吸い込まれてしまう!  気づくと辺りは白く光る見た事の無い部屋に!?  するとそこに女神アルテナが現れて「取り敢えず異世界で魔王を倒してきてもらえませんか♪」と頼まれる。  だが、異世界に着くと前途多難なことばかり、思わず「おい、アルテナ、聞いてないぞ!」と、叫びたくなるような事態も発覚したり──  でも、何はともあれ、女神様に異世界召喚されることになり、生まれた世界では持て余したチート級の力を使い、異世界へと魔王を倒しに行く主人公の、異世界ファンタジー物語!!

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~

深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公 じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい …この世界でも生きていける術は用意している 責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう という訳で異世界暮らし始めちゃいます? ※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです ※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

世界中にダンジョンが出来た。何故か俺の部屋にも出来た。

阿吽
ファンタジー
 クリスマスの夜……それは突然出現した。世界中あらゆる観光地に『扉』が現れる。それは荘厳で魅惑的で威圧的で……様々な恩恵を齎したそれは、かのファンタジー要素に欠かせない【ダンジョン】であった! ※カクヨムにて先行投稿中

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

処理中です...