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第13話 危険人物扱いされてる?

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「よくいらしてくださいました。わたくしはロスレミリアを治めるイザベラ・フォン・ロスレミリアと申します」

 王都ベジルへ到着するなり、カケルたちは女王との面会に臨んでいた。考えてみれば、一行に王族がいるのだから当然のなりゆきだった。

 クエスファーラと城自体は大差ないが、内装は幾分か地味に映る。余計な調度品がなく、全体的にスリムというかスッキリしていた。

「お久しぶりです女王陛下。此度は急な面会に応じてくださり感謝の言葉もありません」

 リアレーヌが淀みなく挨拶する後ろで、カケルは他の面子と並んで頭を下げながら、こっそりとロスレミリアの女王を見る。

 黒髪に黒目で肌は白い。日本人形を思わせる顔立ちで、聞いた話では三十代中盤から後半とのことだったが、そう見えないほど超絶な美人だ。

 身に纏う白ドレスはまるでウエディングドレスみたいで、女王の清純さと気品を強く演出しているようだった。

「大きくなりましたね、リアレーヌ。この前会ったのは、クエスファーラでの宴席だったでしょうか。顔をもっとよく見せてください」

 旧知だったらしいリアレーヌとの挨拶を終えた女王が、

「他の皆さんも顔を上げてください」

 と、にこりと微笑んだ。

 リアレーヌがいるからかは不明だが愛想はよく、クエスファーラの宰相みたいな嫌な威圧感もない。

「あなたがカケルさんですわね。クエスファーラ王の手紙にあった特徴通りです。確か、我が国に農業革命を起こした先人の村へ行きたいのでしたね」

 目が合うなり切り出され、カケルはおおいに慌てる。

「は、はいっ。大丈夫でしょうか」

「もちろんですわ。その村はレンダッタと申しまして、今も農作業が盛んな村なのです。長旅でお疲れでしょうし、出発は明朝に致しましょう」

「え? 女王様もいらっしゃるのですか?」

 尋ねたカケルに、女王は上品な笑みを見せる。

「そうしたいのですが、政務がありますので、代わりに案内役と護衛をおつけしますわ」

 謁見を終え、案内された王都の宿は豪華で、リアレーヌ曰くもっとも高級らしかった。

 一部屋を与えられたカケルは、全員で移動する廊下を見回しながら感嘆の溜息を漏らす。

「なんだか至れり尽くせりだな。これも王女様のおかげか」

 旅の間にすっかり慣れた砕け口調で話しても、ありがたいことに叱られたり、ナイフを突きつけられたりはしなくなった。リアレーヌが構わないと言ってくれたおかげである。

「そうであるし、そうでないとも言えるな」

 謎かけのようなリアレーヌの言葉に、カケルは首を捻る。

「お主は自分で考えている以上に、注目されているということだ」

「俺が? 何で?」

「恐らくはお主の本を見たからであろうな。間者はどこの国にもおるし、身近な出来事として各国の首脳に報告がいっていてもおかしくはない」

「えっと……もしかして、俺って危険人物扱いされてる?」

 話を続けるために、一度全員でリアレーヌ用の部屋に入る。

「警戒されているのは確かだな。仮にわらわが王都へ残ると言っても、女王陛下はお主に護衛をつけたであろう。行動を監視させるためにもな」

「うわ……不安になってきた」

「案ずるな。お主と恋仲のセベカは優秀だ。万事、任せておくがよい」

 得意げな王女に対し、話題になった侍女は青天の霹靂とばかりに目を丸くした。

「カケル殿はクオリア殿にお任せし、王女殿下は変わらず自分が守るであります!」

「ふむ? カケルが心配ではないのか? 好いておるのだろう?」

「そ、それはそうでありますが、その、カケル殿も一人前の男でありますし!」

 よく意味の分からない返答に続いて、何故か腕をギュッと抱かれる。

 押しつけられた豊かなバストの感触に、おおうと頬が蕩け落ちそうになる。

「……この場で押し倒したりしないでよ」

 ジト目のアーシャに指摘されて、カケルは我に返る。

「するわけないだろ!」

「その割にはずいぶんと鼻の下が伸びておったな」

「カケル殿は男性ですから。さ、もっとこちらに!」

 何故か急に張り切りだしたセベカに、膝枕の洗礼を受ける。太腿の優しい弾力に逆らうのは不可能で、いっそこのまま眠りにつきたい気分になる。

「やれやれ、困ったものだな」

 リアレーヌを始めとした周囲が呆れ気味にもかかわらず、バカップル願望でもあるのか、やたらとセベカはカケルに密着してきた。

     ※

 翌日。大半の村人が農作業に勤しむ中、レンダッタ村に着いたカケルたちを出迎えたのは老齢の村長だった。

「本については存じませんが、その男性はユキオ様のことですな。あの方がいらしてから、村だけでなく国の農作業が格段に捗るようになったのです」

「ユキオ……それが本にあった人の名前なんですね」

 カケルが問うと、村長は顔をしわくちゃにして頷いた。

「今ではロスレミリアの主食となった米を伝え、田植えや畑の起こし方まで惜しみなく教えてくださったのです。おかげで食糧事情が急速に回復していき、生活環境も改善されたのです」

 当時の様子を説明しながら、村長が案内してくれたのは村の高台だった。

「ここは……墓地ですか?」

「ええ。お探しのユキオ様もこちらに眠っております」

 本に書かれていた内容から察してはいたが、やはり故人となっているのを知るとショックも大きい。

(会って話をしてみたかったな)

 ロスレミリアの王都ベジルよりも、この村はさらに六軒長屋など日本を思わせる住居が多い。もしかしなくとも、ユキオなる人物の影響だろう。

「ユキオ様は村で偉大な父と呼ばれ、何を隠そうワシはその子孫に当たるのですじゃ」

「そうなんですか!?」

「それが村長となるための習わしですからのう。就任式ではユキオ様の遺された衣服を身に纏い、墓前に報告を行うのですじゃ」

 聞くなり、カケルは飛びかからんばかりの勢いで村長の肩を掴んだ。

「その服って見せてもらえますか!?」

 村長の家の奥にあった小部屋。そこでユキオの服を見たカケルは絶句した。上手く呼吸ができず、動悸を続ける心臓のせいで頭がクラクラする。

 代わりに真っ先に言葉を発したのはアーシャだった。

「この柄のシャツって、カケルが最初に着てたのに似てるわね。なんだかごわごわと硬いズボンにも、あのジャージとかいう奴と同じのがついてるし」

 何に使うか知らないらしい女商人が上げ下げしているのは、ブルージーンズの股間のジッパーだった。

 壊されないか不安な村長が慌てて止めに入ると、すかさずアーシャは口元をにんまりと歪めた。

「村長さん、この服、アタシに売ってくれないかしら」

「村の宝を売るなどとんでもない!」

「金貨で二十――いいえ、三十は出してもいいわ」

 ねえと上目遣いで迫るアーシャに、村長は顔中に汗を浮かべてたじろいでいる。

「……やめろよ。村の恩人だって言ってる人間の遺品にまで売値をつけんのか」

「当たり前でしょ、アタシは商人なのよ。なら聞くけど、思い出だけを抱えて何になるの? 売れるなら大金を得て、村をさらに発展させた方が有意義でしょ」

「だからって!」

「いい加減にせぬか! これ以上我が国の恥を晒してくれるな!」

 リアレーヌに一喝され、取っ組み合いを始めそうになっていたカケルとアーシャは、歯軋りをしながら言葉を飲み込んだ。

「珍しい物ゆえに欲しがられるのもわかりますが、これだけは勘弁してください」

 アーシャに大人の対応をしてから、村長はカケルに向き直った。

「よければ日記も読んでみますかな?」

「あるんなら是非!」

 木材の小さな和箪笥から村長が取り出したのは、ボロボロになった羊皮紙を紐で綴じたものだった。

 カケルは震える手で受け取り、ゆっくりとページをめくる。

「やっぱり……彼は日本人だったのか……」

 いきなりこの村の前に立っていたこと。髪や肌の色も似ており、言葉も通じることから日本ではないかと考察していたこと。だが話を聞くうちに日本ではないと知ったこと。

 その時の気持ちを忘れないようにするためか、丁寧に書かれていた。

「お主の推測は当たっていたわけだな」

 興味ありそうな口ぶりだが、身長差のためか、それとも王族だからなのか、リアレーヌだけは後ろから覗き込んでこようとはしなかった。

「この国に来た経緯は俺と似たような感じだな。色々な方法を考えては試したみたいだが結局帰れず、絶望して自害しようか本気で悩んだらしい。それを救ったのは、彼を村の外で見つけた若い女性だそうだ」

「その娘の優しさに触れて、村に骨を埋める覚悟をしたのか」

 顔の前で両手を組んだ恋愛小説好きの王女が、憧れを抱くように瞳を輝かせた。

「そんな感じだな。日本では農家だったらしく、丁度、米の農作時期だったことも幸いし、村に稲作を教えたって書いてある」

「……出来すぎじゃないの?」

 不機嫌さを引き摺ったまま話すアーシャに、思案顔のリアレーヌが同意する。

「確かに都合の良すぎる話ではあるな。結果、比較的豊かなクエスファーラはともかく、北のガルブレドの食糧事情まで好転させたそうだからな」

「ガルブレド?」

 カケルは首を傾げた。

「クエスファーラ、ロスレミリアの両国と、広大なレンドルト川を挟んで存在する帝国だ。雪の降る国土でな。食糧生産能力は昔から低い。その分、軍事に力を入れていて、過去には幾度もロスレミリアや我が国に戦争を仕掛けてきた」

「それってヤバイ国なんじゃ……」

「心配せずとも交易が盛んになった今では小康を保っている。ガルブレドの鉄鋼はものがいいからな。クエスファーラとしても有用な取引相手だ」

 日本よりも血生臭そうな現状に、カケルは改めて違う世界にいるのだと実感する。

(けど、このユキオって人は、最後まで地球のどこかじゃないかって疑ってたみたいだな)

 実際にカケルも何度かそう思った。言葉が通じるのを始めとして、食物の名称もほぼ同じなのである。

 ユキオの日記は途中で唐突に終わっていた。この村で娘を妻にし、子供にも恵まれて幸せに暮らしていると書いてあるページが最後だ。

「日記の続きはないんですよね?」

 村長は沈痛な面持ちで頷き、

「ユキオ様はその後すぐに亡くなってしまわれたのです」

「病気……ですか?」

「いいえ。村の外で獣に襲われたと伝わっております」

 ある日、畑の様子を見に行くと出かけたきり、ユキオは帰ってこなかった。

 心配になった妻が村の若い衆に頼み、一緒になって探しに行くと、食い千切られてボロボロになった服の生地が落ちていた。

「遺体は見つかりませんでしたが、周囲に血痕もあり、最終的には獣から逃げるうちに崖から落ちたのではないかと言われています。恩人ゆえに何度も村を上げて捜索はしたそうなのですが……」

 哀悼するように少し無言の時を過ごしてから、カケルは村長に聞く。

「ユキオさんと似たような人は誰か知りませんか?」

「いいえ。村に来た経緯も含めて、そのすべてが異例でしたからのう。ただユキオ様の子孫でも村から出た者はおりますので、子が誕生していれば風貌は似たようになるかもしれませんなあ」

「ロスレミリアでも黒髪は珍しいんですか?」

「黒髪だけならさほどでもないですが、ユキオ様や貴方様みたいに黒い瞳まで加わると、ほとんど見ませんな」

「要するに俺やそのユキオさんは例外中の例外で、他に似たような境遇の人がいるかもしれないし、いないかもしれないと」

 カケルは村長に日記を返し、大きく息を吐いた。
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