僕と英雄

桐条京介

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19話 やっぱり逃げるしかないんだ

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 泣き疲れて、食事もとらずにベッドで眠った裕介が見たのは夢だった。

 英雄をプレイしていないのに、パジャマ姿で空から小さな砦を見下ろす。そこでは武装した集団が、忙しそうに動き回っていた。

 またかと少しいらついていた裕介は、そこで初めて「おや?」と思った。砦の中にデュラゾンやアニラといった御馴染みのメンバーがいないのである。

 では普通の夢なのかといえば、違うと断言できる。例の夢を何度も見てきた裕介だからわかる。これはデュラゾンたちの惨劇を見せられた時のと同じだ。

 声を出しても誰にも聞きとってもらえないので、大人しく眼下の小さな砦の様子に注目する。

 頭からつま先まで覆われた白銀の全身鎧の人物が、兜を脱いだ。出てきた素顔は前回の夢でも見た。援軍に来てくれた七海の聖騎士レベッカだ。

 それならと周囲を探してみるが、他の魔騎士と聖騎士の姿はない。彼女ひとりだけが砦の上に立っている。

「ついこの間まで戦っていた勢力と同盟を組むことになるとはな。だが、正直助かる。今回はよろしく頼む」

 レベッカは背後に控えている二人の神官戦士に頭を下げた。両者ともに女性だ。

 宝石のちりばめられた胸当ては薄っすらと発光しており、魔力を帯びているのがわかる。ガントレットは右手が赤、左手が青で左右の色が違う。こちらにも同じ色の宝石が埋め込まれている。

 ズボンを中に入れたグリーブとサバトンは一体型で、一見するとロングブーツのようだ。こちらはレベッカのフルプレートアーマー同様に太陽の光を浴びて銀の輝きを放っている。

「気にしないでください。敵はあまりにも強大。我々が共に戦っても勝てるかどうか……」

「それでもガルディやエレノアがいない中、私ひとりで戦うのよりはずっとマシだ」

 軽く笑ったレベッカが再び兜を装着する。そろそろ敵がやってくるぞという言葉と共に。

 砦の正面には広大な荒野。手入れはされておらず、そのうち砂漠にでもなるのではないかという荒れ方だ。そこに土煙を上げる集団が現れる。レベッカたちが敵と言っていた者たちである。

 先頭に立つ魔騎士は禍々しい黒の鎧と同化し、まるで闇の化身だ。付き従うのは高級そうな鎧を着た魔戦士。装備や立ち振る舞いは、レベッカと一緒にいた神官戦士とよく似ている。見るからに残虐そうな点を除けば、だが。

 他にも薄ら笑みを浮かべる戦士が三人と、神秘的にも見える両手弓を肩で担ぐ弓兵が二人。装備のレベルはかなりのもので、レベッカたちにも負けていない。

 明らかに侵略者と思われる総勢七人の男たちは、前方にある砦を確認しても余裕の態度を維持している。事前に得た情報から、すぐに攻略できると判断しているのだろう。

「無駄な抵抗はやめて、大人しく投降しろ」

 馬上で悠然としている魔騎士ではなく、すぐ前にいる魔戦士が声を張り上げた。小砦からは何の反応もない。

「クックック。戦えるのはたった三人。その程度で何ができるってんだ。ま、戦いたいならしょうがねえやな。徹底的に潰して、戦利品を貰うとしよう」

 宣言するように言った魔戦士に、戦士と弓兵が揃って賛同する。全員が野武士みたいな外見で、高価な装備が似合っているとは言い難い。

 けれども漂う雰囲気は歴戦の勇士のもので、幾度もの視線を潜り抜けているのがわかる。途中途中で数えきれないほどの村や砦を襲ってきたのだろう。

「ククッ、今回の連中はどんな悲鳴を聞かせてくれるだろうな」

「この間、小さな村を滅ぼした時は傑作だったよな。ボロボロになりながら、とっくに死んだ男の名前を呼んでやがってよ」

 魔騎士も含めて男たちが笑う。揃いも揃って、ろくでもない性格をしているみたいだった。

「つい最近だから、俺も覚えてるぜ。確か……ノーマンとか言ってなかったか?」

「そうそう。身体を切り刻まれて、死ぬまでその名前を呼んでたな」

 心から愉快そうな男たちの会話が、宙に浮いている裕介の元までやってくる。聞こえる一言一言が心に突き刺さり、両目から涙がこぼれた。

 ノーマンの名を呼び続けたという犠牲者は、間違いなくリエリだ。実力差も考えず大貴に挑んでしまった結果、裕介は彼らの人生を台無しにした。

 所詮はカードゲームと割り切れれば楽なのかもしれないが、夢とはいえ笑い合う姿を何度も目にしている。単純な物として扱うのは無理だった。

「だけど、どうして僕の村の話が出てくるんだろう。記憶を持ち越してる……?」

 何度も負けてきた裕介の村の住民は、戦いの度に記憶がリセットされていた。なのに下品な男たちも、レベッカたちも今回以外の記憶を有している。ますます本物の人間みたいだと実感するほど、戦いの結末を見るのが怖くなる。

 夢なはずなのに、目にするのは妙に生々しく、映画よりもずっとリアルな殺し合いだからだ。

 願わくば、レベッカたちに勝ってほしい。しかし、戦力差はあまりにも歴然だった。

 男たちが大貴のカード通りだとするのなら、全員が最高レベルに到達している。装備に差がない点から考慮すれば、レベッカも十レベルなのだろうが、同等の実力であればやはり数がものをいう。

 戦略で覆すには限界がある。それこそつい最近、裕介が大介に思い知らされたように。

「油断だけはするなよ。連中の実力は確かだ」

 指示された魔戦士が歓喜の雄叫びを上げる。

「へへへ、もちろんですよ。オラ、大将の許しが出た。連中をぶっ潰すぞ!」

 外見通りの下品さでニヤける魔戦士が、他の戦士や弓兵に向けて突撃と叫ぶ。揃って前進を開始し、最後尾を馬に乗った魔騎士がゆっくり移動する。

 迎え撃つレベッカたちは砦に誰も残さず、三人ともが外へ出てくる。横並びの陣形を選択し、ひとりが四方から囲まれないようにする。

 それしかないという戦法だが、不安な気持ちで見ている裕介には疑問も生じていた。レベッカが七海の軍だとすると、どうにも計算が合わない。

 七海はレベル三であり、配置ポイントをフルに活用できる状態であっても、三百を要する聖騎士のレベル十を置けばリミットとなる。ガルディやエレノアといった従来の仲間がいないのもそのせいだろう。

 だとするなら、どうやって二人の神官戦士――それもレベル十に達していようかという猛者を用意できたのか。

 神官戦士はレベル一で二十ポイントなので、レベル十を配置するためには二百が必要になる。レベル上げをするためのポイントも合わせれば、一日二日で七海に用意できるはずがない。

「そうか、援軍か。レベッカも同盟とか言ってたしね。でも誰と? 僕以外で仲良くプレイできる人と知り合えたのかな」

 七海という個人にとって喜ばしい出来事だとわかっていても、なんだか裕介は寂しくなる。伸ばされた手を自ら振り払ったも同然だというのにだ。ずいぶんと自分勝手な男だと、自らに苦笑する。

 その間にも戦場となった荒野で両軍がぶつかりだす。レベッカだけでなく、他の神官戦士も装備中のガードの魔法を自分に使う。

 魔力の輝きから見て、使える最高限度のレベル三に違いない。回復や攻撃よりも、守備力を高めるのを選択したのである。

 対して魔戦士が装備していた魔法は、レベル三のフレアだった。一度だけしか使用できなくとも効果は抜群。基本パラメーターに魔法防御という項目がない英雄では、通常攻撃よりも高い威力を発揮する。

 それでもさすがはレベル十の聖騎士。乗っていた馬からは落とされてしまったが、フレアを食らってもレベッカは足を止めない。先頭を走る戦士の斧の一撃を盾で受け止め、バランスを崩させたところに魔法剣でお返しする。

 盾で止めたとはいえ、腕力自慢の戦士の攻撃。無傷とはいかずレベッカは顔をしかめる。だが、防御力の乏しい相手には、受けた以上のダメージを与えた。

 斬り裂かれた腕から血飛沫を上げ、後退する戦士に代わって、違う戦士がレベッカに棍棒を振るう。ただの棍棒ではなく、釘付きバットみたいな刺々しい外見から暗黒のオーラを放っている。魔力だけでなく、呪いまでついているのではないかと思える武器だった。

 敵は執拗にレベッカを狙う。フルプレートアーマーとガードの魔法で防御力を高めているとはいえ、集中的に食らえばさすがのレベッカも持たない。

 神官戦士がフォローに入るも、相手の戦士は弓兵の援護も受けられる。加えて戦士たちの後方には魔戦士と、まだ魔法の使用を残す魔騎士がいる。攻撃系か能力上昇経過は不明だが、厄介なのは同じだ。

 レベッカたちは三人で相手をする形で、戦士のひとりを葬る。本来ならすぐに弓兵を片付けたかったが、そちらには魔戦士がいる。背後に戦士を残せば確実に挟撃される。

 魔法の支援も受けているとはいえ、最大戦力のレベッカが倒れれば勝敗は決したも同然。足に力を入れて踏ん張り続けるが、やはり多勢に無勢。徐々に押され出す。

 なんとか二人目の戦士を倒したまではよかったが、敵の武具もやはり魔力を付与されているらしく、飛んでくる矢が次々とレベッカのフルプレートアーマーに突き刺さる。

「ぐ、うう……私がいる限り……この砦を落とさせはしない!」

 三人目の戦士の腕が斬り落とされる。斧を持っていられなくなり、血走った目でレベッカを睨みつける。

「すぐにとどめを刺してやる。そうすれば残りは四人。あと一息だ」

「それはどうかな」

 肩で息をするレベッカに、馬を使って間合いを詰めた魔騎士が腕を伸ばした。

 しまったと思った時にはもう遅い。見せられたガントレット越しの手のひらから強烈な炎が放出された。避ける暇もなく全身に浴びたレベッカは仰向けに倒れ、手足を痙攣させることしかできなくなった。

 ここで魔戦士も本格的に参戦し、二人の弓兵が同時に狙った神官戦士へ刃を向ける。突進からの体当たりで吹き飛ばし、続けざまに斬撃を繰り出す。そこに片手を失った戦士も加わった。

 ズタボロになった味方を救い出すため、残ったひとりの神官戦士が荒野を駆けるが、馬に乗った魔騎士が立ち塞がる。凄まじいスピードで放たれる漆黒のランスによる突きを、神官戦士は魔法武器のメイスで受け止めた。

 だが善戦もここまで。肩口に弓兵の矢を一本二本と受け、戻ってきた魔戦士に背後から斬りかかられる。防ぐすべのない神官戦士は地面に倒された。

 夢から覚めもせず、悲惨な光景を見せられた裕介の心には絶望しかなかった。

「正面から挑んでも、こうなるだけなんだよね。やっぱり逃げるしかないんだ。戦わなければ、負けたりもしないんだから」

 片手を失った戦士が、ぐったりするレベッカにとどめを刺そうと近づく。

 もうやめてと祈るように叫んだ瞬間、ようやく裕介は夢の世界から脱出できた。
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