僕と英雄

桐条京介

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15話 僕にだって覚悟はある

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「年下の女相手にも二人がかりか。情けねえ男だぜ。一対一で勝負してみろや」

 勝手なこと言わないでと、七海が噛みつかんばかりに敵意を前面に押し出した。

「相手を威嚇したり追い込んでの一対一が正々堂々だと言うの!? 今まで裕介にしてきたことを棚に上げて、よくそんな台詞が言えたわね!」

「力のない奴が悪いんだろ。威嚇を跳ね返し、追い込まれる前に相手を潰せ。それができねえから、いいようにされちまうんだ」

「だったら、私も言ってあげるわ。仲間がいない人が悪いんでしょ。結局は裕介を妬んでるだけよね。くだらない」

「いい度胸だ。そこまで言うなら覚悟はできてるな。再戦だ。今度は最初から二人がかりでこい。何なら、そこに座ってる弱虫も一緒でいいぞ」

 実の兄から弱虫と呼ばれ、真雪が肩を震わせる。

「ご、ごめんなさい……」

 真雪がしょんぼりと謝るのを見て、またしても七海が声を荒げる。

「お兄さんの大貴がそうだから、真雪ちゃんまで変に育つんでしょ! もっと他人に優しくしなさいよ」

「ガキの頃の裕介みたいにか。冗談じゃねえな。周りに媚を売って、人を集めるしか能のない人間になんざなりたかねえんだよ。大体、七海も見てただろうが。仲間を奪われただけで、何もできずに引きこもったウジ虫野郎をよ!」

「この……!」

「いいよ、七海。実際にその通りなんだから」

「裕介……」

「でもさ、真雪ちゃんにまで弱虫なんて言う必要はないよね。妹をもっと大切にしてあげなよ」

 七海を背後に隠し、裕介は大貴と睨み合う。

 怖さはもちろんある。膝がガクガクしすぎて、まともに立っているのがやっとだ。それでも裕介は退かない。七海のおかげで大貴に勝利し、徐々にではあるが自信を取り戻しつつあった。

 諦めなければ誰かが手助けしてくれる。裕介の場合は七海だった。けれど真雪が助けを求めた時、誰も手を上げなかった。小さい頃に仲間外れにされたトラウマを抱える裕介には、とても辛く寂しいのが理解できる。

 他人事ではなく、自分の事のように感じた結果、せめて自分だけでも手を差し伸べたいと思った。直前まで敵として戦ってはいたが、それはあくまでもゲームの話だ。

「知らねえよ。そいつが勝手に挑んで、勝手に負けただけじゃねえか。言ったろ、弱い奴が悪いんだよ。だからこの間負けても、お前に力で復讐しなかったろ。あれは弱かった俺に全部の責任がある」

 強い口調で大きな声を出されるたび、腹の奥が冷たくなって全身に震えが走る。幼少時は確かに他の子供の先頭になって遊んだ記憶もあるが、成長過程によって性格や態度は変わる。誰もが子供のままではいられない。

 大貴はより乱暴に。そして裕介は、七海に励ましてもらわないとひとりで立ち上がれないヘタレになった。

 だけど、と裕介は両手を強く握る。きっかけは七海に貰ったかもしれないが、こうして怯えながらでも大貴と正面から向かい合えるようになった。

 過去の自分を取り戻したのではなく、進歩したのだ。どんな人間であっても、必ず心身ともに成長していける。

「弱いのは悪じゃない。弱いからこそ、他人に優しくしたりもできるんだ」

「チッ! テメエと討論するつもりなんざねえんだよ! 勝負するのかしねえのか、どっちだ!」

「いいよ、僕がやる。一対一だ」

 大貴の言う正々堂々に応じたつもりだったが、いい度胸だと言われるのではなく露骨にがっかりされた。

「テメエの頭には脳みそが入ってねえのか。ひとりで俺に勝てるわけねえだろうが!」

「やってみないとわからないよ」

 ひとりで戦おうとする裕介に、七海や真雪ではなく、周囲のプレーヤーから挑発に乗るなと注意される。

 それでも売り言葉に買い言葉ではないが、裕介は燃え上がる自分の心を止められなかった。いつぶりかはわからない高揚した気分が、なんとも心地良い。

「おめでてえ野郎だな。ま、意気込みだけは買ってやってもいいけどよ。だがわかってる勝負をするほど俺はアホじゃねえ。七海と一緒にかかってこい」

「いや。今回は僕ひとりでやる。その代わり、もし僕が勝ったら弱虫と言ったことを真雪ちゃんに謝ってよ」

「はあ!?」

 肩を落としてベンチに座っていた真雪が、電流でも浴びせられたかのように勢いよく飛び上がった。

「いきなり何言ってんの!? なんで弱介が、そんな条件出すわけ!? 超意味わかんないんだけど!」

 同情されたと勘違いして恥辱でも覚えたのか、真雪が赤面している。

「真雪ちゃんのためでもあるけど、僕のためでもあるんだ。過去のトラウマをここで払拭したい。例え負けたとしても、立ち向かった勇気は残ると思うんだ」

「……チッ。クソくだらねえ。だったら、また新しいトラウマをくれてやる。俺が負けたら真雪に謝ってやる。その代わり、テメエが負けたら二度とここでプレイすんな。わかったな!」

「そ、それは……」

 英雄を公式でプレイするには審判の立ち合いが必要不可欠で、近所で場を提供しているコンビニはここしかない。

 他となれば自転車で三十分はかかる。縄張りに近い感覚もあり、違うプレイ場所に行ったところですぐにゲームができるとは限らない。

 虐めは禁じられているので審判が空いた台につかせてくれるかもしれないが、大貴と似たタイプの人間がいたら、結局は同じ結末になってしまうのではないか。

 考えれば考えるほど、ネガティブな想像が裕介を支配する。取り戻した自信が揺らぎ、逃げたくなる。実際に裕介ひとりなら、そうしていたかもしれない。

 けれど、ここで大貴に背を向ければ、今度は彼に弱虫と罵られた真雪がひとりぼっちになるかもしれない。兄と一緒に行動してきた彼女は、他に仲間と呼べる人間がいないのだ。

 一度だけチラリと真雪を見て、裕介は覚悟を決めて頷いた。状況は厳しいかもしれないが、諦めなければなんとかなると信じて。

「いい度胸だって言いてえところだが、自殺行為も同然なんだよ。俺は本気でやる。だからテメエもそうしろ。これが最後のチャンスだ。七海だけじゃねえ、真雪とも協力しろよ。そうじゃなきゃ、俺には勝てねえぞ。絶対な」

 そうした方がいいと周囲の人間は忠告し、何なら自分たちも手伝うと言ってくれる。しかし、裕介はあくまでも自分ひとりで戦うのを選択した。

「強い気持ちと自信があれば、きっと過去のトラウマは壊せる。僕にだって覚悟はあるんだ!」

「そうかよ。だったら勝手にしな」

 周囲の同意も得て、裕介は先ほどに続いてプレイをする。審判は梨田さんで、対戦相手は大貴だ。戦場となるのは森。隠れ場所が多く、地形効果が期待できるステージだ。

 森に隠れながらレイマッドの弓で威嚇しつつ、やはりどこかでアニラを戦線離脱させて拠点を叩く。これしかないと作戦を決めた直後、観客となっているプレイヤーたちから驚愕の声が上がった。

 台上でカードを並べる大貴の手元を見て、裕介も目を丸くする。ありえないものを見てしまったように唇が震え、言葉が出てこない。

「俺は何度も忠告したぜ。テメエはアホだ。昔からそうやってひとりでいい気になって、周りを見やがらねえ。調子に乗りやすいのはあの時のままだぜ」

 細長さを増す大貴の目の中で、憎悪の炎が轟々と燃える。強く押すように拠点として設置されたのは大城。レベル十でなければ使用できない最高ランクの本拠地だった。

 この間の大砦とは桁が違う。時間をかければ攻略できるのは同じだが、目的を達するまでに要する時間は比べものにならない。

 その大城を使える大貴のレベルは十。持ってさえいれば千もの配置ポイントを活用できる。

 拠点の上にシンボルリーダーとして配置したのは魔騎士レベル十。それだけで三百ポイントは要する大物だ。

 続いて前線近くに魔法を使う魔戦士のレベル十が置かれ、レベル十の戦士三枚に取り巻きよろしく護衛させる。少し後方に弓兵のレベル十を二枚使い、大貴の布陣は完成した。

「どうした。俺は一度も自分がレベル五だと言った覚えはねえぞ。テメエと遊んでやるために、わざわざ弱くなってやってただけだ。所持ポイント以内なら、余らせるのも自由だからな」

 猛禽類が獲物を見つけた時のような笑みを、大貴が見せる。慈悲の欠片も期待できない残虐さが満ち溢れ、開いた口に唾液の糸が引く。

 裕介がなんとかなるかもしれないと考えたのは、大貴が前回同様の手札と作戦で来た場合の話だ。七海という援軍はあったが、嬲っていた裕介に反撃されてプライドが傷つけられた。

 だからこそ、まったく変わらないやり方で完膚なきまでに叩きのめす。大貴の性格上、そうするとばかり思っていた。確信していたといってもいい。

 大きな前提が覆された今、裕介の勝ち目は絶望的なほど減少した。震える手でカードを並べ、ゲームが開始される。それはもはやただの殺戮だった。

 先手となった大貴はレベル十の魔戦士に装備させていたレベル一のパワーを使い、弓兵を強化する。攻撃力の増した弓兵が裕介のアニラに大きなダメージを与え、もう一枚の弓兵であっさりとどめを刺す。

 前回の戦士よりも攻撃力が高いのを使用しており、一撃でダイナルとギーロスが戦闘不能にされる。残った一枚が壁を失ったドナミスに迫り、命を奪う。

 瞬く間に裕介の戦力の大半が失われた。レイマッドで戦士にダメージを与えたところで焼け石に水。ほぼ一撃で片をつけられるため、ミリアルルのヒールも役に立たない。

 次のターンでも魔戦士はパワーを使い、もう一枚の弓兵の攻撃力も上昇させる。

 レイマッドとミリアルルが無残に撃ち抜かれ、三枚の戦士に裕介のシンボルリーダーのデュラゾンが囲まれる。

 レベル十でも村人のデュラゾンに、何とかする力はない。三人がかりどころか、最初の一撃で絶命する。そしてゲームは、裕介の全滅という結果で終わった。

 呆然と台を見下ろすしかできない裕介に、無慈悲な宣告が放たれる。

「約束を忘れるなよ。もっとも英雄で虐めは禁止だから、この場に来れば審判様がゲームはさせてくれるだろうがな。その時は勝手にしろよ」

 つまらなさそうに言うと、大貴は背を向けて場を離れた。真雪はしばらくどうしようか迷っていたみたいだが、やがて申し訳なさそうに兄を追いかけていった。

 近くに立った七海が裕介の肩を揺さぶって何かを言っているみたいだが、まるで聞き取れない。

 膨大な後悔を処理しきれないまま、裕介は夢遊病者のようにふらふらと歩き出す。七海以外に声をかけてくる者はいなかった。
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