僕と英雄

桐条京介

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13話 甘いのよ、アンタは

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 他の防衛要員が魔術師のドミナスと神官のミリアルルということを考えれば、誰の負担が大きくなるのかは明白だ。恐らく無事では済まないだろう。それでもダイナルは嫌な顔ひとつしなかった。

「すまないな。損な役回りをさせる」デュラゾンは言った。

「損? 得の間違いだろ。俺の頼りがいのある姿に、アニラが惚れてくれるんだからよ」

「知ってるかい、ダイナル。夢ってのはベッドの上で見るもんなんだよ。ま、アタシらが敵の砦を落とすまで生き残ってたら見直してあげるよ」

 互いにニヤリと笑い、それぞれが背を向ける。自分たちのなすべきことをするために。

 なんとか無事でいてくれと祈りながら、デュラゾンはアニラと共に走る。後ろは振り返らない。そんな暇があるなら、一分でも早く敵の砦を攻略するために全力を注ぐべきだ。

 隊列から離れたデュラゾンとアニラには目もくれず、戦士たちは剣を構えるダイナルへ突進していく。

「俺が壁になる。その隙に魔法でも矢でもガンガンぶっ放してくれ。連中に俺たちの力を見せつけてやろうぜ!」

「力を誇示するのは賛成じゃな。わらわの愛する村を滅ぼそうとする愚か者には、裁きの炎を浴びせてくれる」

 誰もが不利と悟る状況の中、援軍が到着する。

「私は隣村に住むソフィーリアです。攻められているのが見えたので、援護に参りました」

 日中と同じタイミングだった。レベッカとエレノアの聖騎士。さらには魔騎士のガルディもいる。

 ひとりまたひとりと倒れながらも戦闘を継続する。最後まで立っていたのは、敵の大砦を攻略したデュラゾンたちだった。

 砦陥落の報を聞くなり、生き残っていたノーマンやリエリたちがその場に崩れ落ちた。安堵と悲しみのせいだ。

 犠牲は少なくなかった。それでもデュラゾンたちは敵を退けた。

 ソフィーリアたちが仲間の遺体とともに帰ったあと、デュラゾンもアニラと一緒になって倒れた仲間の埋葬をした。

「俺は……何の役にも立てなかったな」

 今にも雨が降りそうな灰色の空を見上げるデュラゾンの肩に、ちょこんとアニラが自分の顔を乗せた。

「そんなことないさ。旦那がいなければ、アタシらは全滅してた。村人も救えなかった」

「……いつか。ダイナル達に会って謝るその日まで、この村を守り抜こう。それが、せめてもの供養になるかな」

「ああ。アタシも旦那の隣にいるよ。嫌だと言われてもね」

 屈託なく笑うアニラとデュラゾンは抱き合い、やがてどちらからともなく唇を重ねた。

     ※

 宙に浮いている状態で戦場での光景を見終われば、決まったように自室のベッドで目を覚ます。上半身を起こした裕介は、寝汗でパジャマが濡れていないのに安堵する。

 これまでは悪夢も同然だったが、今回はハッピーとは呼べないかもしれなくとも、一応登場人物が多少は生き残る結末となった。それだけでも満足だった。

 何故こんな夢を見るようになったかは不明だが、クリアしたようなものなのでもう見なくなるかもしれない。そうだといいなと思いながら、裕介は学校へ行くために着替える。

 朝食を終える頃には七海が迎えに来てくれて、一緒に英雄の話をしながら登校する。テレビゲームにはさほど関心を示さなかったのに、英雄に関しては違った。昨日も、七海は裕介以外とのプレイヤーともゲームをプレイしたくらいだ。

 疑問に思ったので聞いてみると、英雄が特別なのではなくテレビゲームをあまり好きでなかった理由を教えてくれた。

「だって裕介、テレビの画面を見てばかりで私と遊んでくれなかったじゃない。たまに一緒にプレイするくらいでさ。大抵はひとりでやってたしね」

 言われてみればRPG系が好きだった裕介は、ひとりで没頭できるのばかりを選んでテレビゲームをしていた。ひとりっ子なので当然といえば当然なのだが、隣で見ていた七海はあまり面白くなかっただろう。

「だったらどうして、よく僕と一緒にいたの?」

「それを聞くから、裕介は鈍感大王なのよ」

 笑顔の中に言いようのない恐怖を感じたため、それきり裕介は何も言えなくなる。とにかく今は、七海が英雄を楽しんでくれている事実に満足しておこうと決めた。

 大貴とのゲームに勝ったのを誰かから聞いたのか、教室で久しぶりにクラスメートから声をかけられた。急に以前みたいには戻れないが、徐々に会話も増えていきそうな雰囲気があった。

 その日の放課後は大貴にも絡まれず、平穏無事に帰宅できた。もっとも、教室で同じ英雄をプレイする同級生と話し込んだせいで、帰りの時間がいつもより遅くなっていた。

 夕暮れに近い時間帯となった帰宅路を歩き、途中でコンビニの駐車場に立ち寄る。テレビゲームが規制されて以降、漫画や小説以外の娯楽は対面のカードゲームがメインになったので、今日も結構な人だかりができていた。この分だと近いうちにプレイ用の卓と審判が新たに補充されそうだった。

 集まっている観客から、悲鳴に近い声が上がる。何があったのかと思っていると、名前は知らないが顔を知っている中年男性プレイヤーと裕介の目が合った。

「あっ! 丁度良かったよ。昨日、君を助けた女性が例の女の子とゲームをしてるんだよ」

 すぐには事情を飲み込めず、裕介は首を傾げた。

「ひとりでやってきて君を待ってると言った昨日の彼女に、例のほら、君を目の敵にしている少女が勝負を申し込んだんだ。それだけならいいけど、凄い険悪な雰囲気で、虐めにならないか心配してたんだよ」

 そこまで説明してもらって、昨日の彼女というのが七海。例の少女が真雪だというのは理解できた。同時に現金だなとも思った。

 裕介の時は事なかれ主義な感じだったのに、七海が少しでも困っていたらこの慌てぶりである。見れば他の男性も、しっかりしろという応援の視線を、七海の背中に向けている。

 大貴の妹の真雪もかなりの美少女なのだが、小学生なのにギャルっぽい外見と普段の態度や言動も加わって、あまり人間的に好まれていないみたいだった。

 隙間を縫うようにして台へ近づくと、徐々に見慣れた女性二人を確認できるようになる。七海と真雪だ。

「そんな……レベル五まで上げた私のレベッカが……」

 七海が信じられないといった様子で呟く。その正面では、真雪がどうだとばかりに腰へ手を当てて勝ち誇っている。

 裕介は台上を確認する。両者ともに拠点へカードを残さず、舞台となる草原の中央で全面的に衝突していた。今回も審判は梨田さんだ。元々は人見知りな七海だけに、面識のある梨田さんが担当する台が空くのを待っていたのかもしれない。

 七海に残っているカードは聖騎士のエレノアと魔騎士のガルディだけ。村人のソフィーリアはおらず、シンボルリーダーも見当たらない。倒されたか、もしくは先ほどの台詞の通り、倒されたらしいレベル五のレベッカを新たにシンボルリーダーとしていたのか。

 一方で真雪には三枚のカードが残っている。文字通り神官と戦士の能力を持つ神官戦士が二枚。シンボルリーダーとなっている方がレベル十。もう一枚はレベル五だ。

 神官戦士は騎士同様に配置に二十ポイントかかるため、その二枚だけで三百ポイントを必要とする。さらに裕介とのゲームで使った騎士レベル五もいるので、合計で四百ポイントだ。この間得たポイントで、真雪のレベル三から四にアップしていた。

 七海もレベル三になっているのだが、昨日の時点でフルに活用するには配置ポイントが足りていなかった。そのため聖騎士レベル五と聖騎士レベル一、魔騎士レベル一で二百十ポイント。三百ポイントまでは使えるのに、持っていないせいで中途半端な編成になってしまった。

 いわばレベル四とレベル二のプレイヤーが、策もなく正面から戦ったようなもので、いかに聖騎士が強力とはいえ、それでは勝ち目が乏しくなって当然だ。

「信じられない。レベル二のガードも使って防御力も上げていたのに」

「そこが甘いのよ、アンタは」

 得意気にフフンと鼻を鳴らして、真雪は自分より身長の高い七海を見下ろすように顔を上げた。完全に調子に乗っている。

「防御力を高めても、魔法を使われれば意味がないし。隠れる場所がほとんどなく、地形効果の期待できない草原というステージでは特にね」

「で、でも、真雪ちゃんのは戦士といっても神官じゃない」

「だから何? 神官だって攻撃魔法は使えるし。英雄に登録してプレイヤーになったんなら、説明書くらい見ときなよ。さあて、そんじゃ残りをボコボコにしよっかな。全滅で勝ってあげるから、感謝しなよ。なんなら制限時間ギリギリまで生き残らせてあげよっか?」

 ニヤつく真雪の口が吐き出したのは、ただの甚振り宣言だった。虐めにとられてもおかしくない発言だが、七海が諦めていないのもあって、審判の梨田さんはあえて注意をしないでいる。

「そうそう。せっかくだから頑張ってよね。真雪もその方が楽しめるし」

 お好きにどうぞとばかりに、動かせるカードを残して真雪がターンを終了する。

 挑発に乗るのは愚かだが、互いに量より質の編成にしているので場にあるカードは少ない。一発逆転を狙って、七海は魔騎士と聖騎士でレベル十の神官戦士に突撃する。

 戦士に比べると生命力はやや低い傾向にあるが、攻撃力は引けを取らない。何より大きいのは神聖魔法を使える点だ。

 七海のレベッカを魔法とはいえ一撃で倒したみたいなので、推測だがレベル十の神官戦士がホーリーを装備していたのだろう。

 テレビゲームをやっていれば神聖魔法の中の数少ない攻撃系とわかるが、生憎と七海はそんなに熱心ではなかった。ホーリーという単語の響きだけで、聖なる加護をカードへ与えるような効果だと勘違いしたのかもしれない。

「神官戦士といっても防御力はそこそこ弱いもんね。いい子ちゃんぶる女の攻撃で半分近く生命力が減っちゃった。で・も・ね♪」

 わざとらしく、真雪は歌うようなリズムとともに伸ばした右手の人差し指を、頬の前で軽く左右に振る。

「あんま、意味なかったりしてー。レベル二のヒールで、はい全快。次はどうする? 昔みたいに真雪が仲良く遊んであげるから、もっと楽しんじゃってよ」

 七海が唇を噛む。生じた不愉快さで、特別な手入れをしていなくとも綺麗に整っている細長い眉をひそめた。
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