探偵と真夜中の太陽

桐条京介

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最終話 どこまでも騒がしい日々

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 ゼードとの一戦を終えた翌日の夕方。新は一人で墓地を訪れていた。

 祐希子を連れ帰った源三郎からの連絡はまだない。この墓地に眠っているのは玖珠貫玲子とその夫だ。

 近くに親族もおらず、マスターと千尋が彼女の遺体を夫と同じ墓に入れた。その墓前に、新は一欠片の宝石をそっと置く。

「ゼードが消滅したあと、地面に落ちてたんだ。間違いなく淑女の涙だってよ」

 ポケットから一枚の写真を取り出す。マスターが報告書と一緒に手に入れていたらしく、そこには生前の夫と玲子が仲良さげに腕を組んで写っていた。二人の左手薬指にはキラリと光るダイヤモンドの指輪がはめられている。

「いくらお守りだからって、結婚指輪のダイヤモンドを外して入れるかよ。何考えてんだ。おかげで助かったけどよ」

 玲子のダイヤモンドを使った一撃がなければ、祐希子が天石を使うまで戦闘を維持できずに新たちは全滅していた。そうなれば今よりももっと悲惨な結末が待っていた可能性が高い。

「返せなくなったダイヤモンドの代わりに、そいつを置いてくぜ。一欠片でも三桁万円を超えるらしいぞ。マスターに調べてもらったんだ。凄えだろ」

 風に乗って「いいの?」と問いかける声が聞こえたような気がした。新は軽く笑う。

「ああ。俺みたいな若造には、やっぱり淑女の涙は重すぎる」

 肩まで上げた右手を小さく左右に振り、別れの挨拶としてから墓に背を向ける。誰かに頭を下げられたような気がしたが、周囲を見渡しても初夏の爽やかな風が木々を優しく揺らしているだけだった。

     ※

 夜が近くなってきたのもあり、新はガーディアンのドアを開ける。ゼードとの戦闘に巻き込まれてあちこち補修が必要なため、臨時休業中になっていた。

 お客さん、臨時休業中なんですけど?

 そう言ってきそうなギャルでくのいちなアルバイトの声はしない。彼女も後片付けを手伝ってるはずなので不思議だったが、あまり深く考えずにいつもの席に座る。

 近しい人間に飲み物や軽食を提供するだけなら、カウンターが残っているので十分だった。ボックス席があった部分は壁が一部崩れたままで、見るも無残な有様だが。ちなみにその部分は今のところビニールシートで外からは隠されている。

「マスター、今日はブラッディメアリーでも頼む」

 勝手に灰皿を取り、カウンター席に置いて煙草へ火をつける。銘柄はいつものお気に入りのメーカーのだ。

「夜になってトマトのカクテルを飲むなんて、吸血鬼みたいだよね。新には似合ってるけど」

「放っておけ、ボケタワシ。お前こそまだお子様なんだから、トマトでも食ってさっさと――」

 煙草を咥えたままの顔を全速力で右へ向かせる。俯き加減で入ってきたので気づかなかったが、カウンターの丁度真ん中あたりに少女が座っていた。近くでは里穂がニヤニヤしている。

「おま……だって……な、何で……?」

 狼狽える新を、祐希子が――確かに死んだはずの少女が可笑しそうに指差す。

「こんな簡単な謎解きができないなんて、探偵失格だね!」

「謎!? ってことは実は吸血鬼だったとかか?」

「そんなはずないだろ! 長年天石を体内に取り込んでるうちに、力の大半がアタシの中に流れ込んでたんだって。だから今じゃ普通の人間とほとんど変わりないらしいよ」

「なるほど……って、そんな奇想天外な謎が探偵だからって簡単に解けてたまるか!」

「頼りないなぁ。仕方ないからアタシが、これまで通りに助手をして助けてあげるよ!」

 それが言いたかったのかと納得する。

「悪いがうちは超ブラック企業なんだ。死んだからといって、クビにはならねえんだよ」

「ああ、やだやだ。こんな底意地の悪い所長についていけるのは、世界広しといえどもアタシだけだよね」

 ひとしきり笑い合ったあと、新は本当に体は大丈夫なのかと尋ねる。

「うん。お祖父ちゃんも不思議がってたよ。実家についた途端、眠りから覚めるようにアタシが起きたらしいからね。火葬される前で良かったよ」

「まったくだ。でも、ちょっと待てよ。てことはほとんど抜け殻みたいな状態の天石でさえ、あれだけの力を持ってるってことか? 嘘だろ……」

 堕石と天石。

 今回の騒動では存在が確認されただけで、新たに解明された部分はないに等しいが、妖魔がこぞって狙いたがる理由がわかった。ついでに妖魔同士で勝手に人間界へ行ったりしないように、牽制しあっていることも。

「ところでお前、ジュエルガンのカートリッジにああやってチャージできるのを知ってたのか?」

 思い出されるのはゼードとの戦いの最後の瞬間である。祐希子は迷わずに自身の中にある天石の位置にカートリッジを当てていた。

「え? 新が持ってる時にああすれば勝手にチャージされるんじゃないの?」

 とぼけているわけではなく、本気で祐希子は不思議がっていた。

「単なる偶然か。次は――といっても、もう天石はないんだったな」

 祐希子自身が天石になったとかではない限り、もうジュエルガンに彼女の命をチャージするのは不可能だろう。

「それにしても、この世界に下位妖魔が多い理由って、もしかして上位妖魔の代理戦争みたいにして使われてるからじゃねえだろうな」

「超ありそう。つーか、それしか考えられないって感じ?」

「チッ。この分じゃ、妖魔絡みの仕事はなくなりそうにねえな」

 うんざりしていると、マスターが注文したブラッディメアリーを出してくれた。彼の素性を知っても新は付き合い方を何一つ変えていない。

 ついでに軽食を頼もうとしたところで、千尋もやってくる。ゼード事件の後処理に追われて昨夜は県警へ籠りっぱなしだったらしい。姿を見せたということは、それなりに処理できたのだろう。

「チッピーも来たし、お祝いの酒盛りでもしちゃう感じ? レイッチも明るく送ってやらなきゃだしィ」

「レイッチ? まさか玖珠貫玲子のことか。死者にまで奇妙なあだ名をつけるのは感心しないな」

 祐希子の隣に座り、ウーロン茶を注文する。喉を潤したあと、祐希子を近くからまじまじと見て頭を撫でる。

「新への未練で化けて出たのか。しかし、体温はあるし生きている人間と変わらないな。霊体は冷たいというのは誤った情報だったか」

 冷静沈着そのものである。そういえばと新は思い出す。幼少時に参加した肝試しで千尋とペアになった際、彼女はまったく驚かずにお化け役が出てくる地点をすべて言い当てた。

 ライトなど荷物になるから不要と言い放ち、暗い夜道を一人でズンズン進んでいったのである。そのあとを新が半泣きでついていったのは、今となっては良い思い出だ。

「ごめん、千尋さん。アタシ生きてるんだ」

 改めて祐希子の説明を聞いた千尋は「そうか」とだけ言った。口調こそぶっきらぼうだったが、どことなく嬉しそうなのは店内にいる誰もが気づいていた。

「さ、さ、飲も飲も」

 ブランデーやらワインやらを手に持った里穂を、慌てて新は制止する。

「待ってくれ! 姉貴に飲ませるのは駄目だ。グデングデンに酔ったら大変だぞ!」

「大丈夫っしょ。また新が送っていけばいいんだしィ」

「それが嫌だと言ってんだ。姉貴、飲むなら飲まれるなだぞ。警察官だろ」

「うむ。この前のような失態はしないと誓う。ところで、戦闘後に拾った淑女の涙はどうしたんだ?」

 聞かれた新は素直に玲子の墓に備えてきたと教える。

「それがいいかもしれないな」

「ああ、きっとな――って、うぐおォ!?」

 急に両肩が重くなる。経験のない出来事に新が混乱していると、店のドアを開けて若いカップルが中に入ろうとしてきた。

「あ、店が壊れちゃったんでぇ、臨時休業中ゥ。また今度ね」

 追い払い方もギャルだが、そんなのを気にしている余裕はない。新の肩への謎の重量感は増すばかりなのだ。

 不意にカップルの会話が耳に入る。

「げっ! 前に来た時、雰囲気いいから気に入ってたのにな。ま、臨時休業中なら仕方ないか」

「あれ。ケンちゃん、今日はやけに優しいじゃん。私に奢るって言ってくれたし、どうしたの? パチンコで大勝ちした?」

 女の質問に、男は恰好をつけて立てた人差し指を右へ左へと動かす。

「臨時収入が入ったんだよ。今日、祖母ちゃんのお参りに行ったら、他の墓の上に宝石が落ちててよ。ピンときて質屋に持ってったら百五十万にもなりやがんの。だから今夜はたっぷり精のつくものを食おうぜ。酒も飲んで、夜は寝かせねえぞ」

「もう、ケンちゃんったら! でも、そんなとこがす・て・き!」

 抱きつく女に頬へキスをされ、ケンちゃんと呼ばれていた男はデレデレしながら去っていく。

「墓の宝石ってまさか……」

「おい、新」

「何だよ!」

 考え事の最中に話しかけてきた千尋へ乱暴に言葉を返す。

「些細な事なんだが、お前の肩の上で玖珠貫玲子が泣いてるぞ」

「嘘だろっ!? っていうか、とりつくなら俺じゃなくてさっきのケンちゃんだろ、普通! ぎゃああ! 肩が余計に重くなるうぅぅぅ!」

「う、うわっ! 新が白目剥きそうなんだけど! マスター! 市内の質屋に心当たりない!?」

「すぐに調べます!」

 騒がしさを増すバーの窓の外。夕日に代わって姿を現した月が、にこやかに笑っていた。

     ※

 そして後日、錦鯉探偵事務所の名声は特に上がらなかったが、淑女の涙を買い戻した金額と事務所の修繕費がキツキツの財務状況の中で計上された。
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