探偵と真夜中の太陽

桐条京介

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第19話 急展開

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 喉元まで出かかったツッコミをなんとか飲み込む。源三郎に気を遣ったというよりは、話題が逸れるのを嫌っただけである。

「高校は中退になるじゃろうが、まあ、それも人生の選択肢の一つじゃ。その気になれば、また通い直せるしのう。その代わり、たまには顔を見せに帰ってきてくれよ。ここはお前の家なのじゃからな」

 初めて源三郎が祖父らしい顔を見せたような気がした。

「わかった。約束する」

 素直に応じた祐希子の姿に満足そうに頷いたあと、源三郎は同じような箱を再度、新に放ってきた。中には、見るからに高価そうな宝石が幾つか入っている。

「これは?」

「勘違いするなよ。それはワシの所有物としてお主に貸すだけじゃ。祐希子を守る場合にのみ使用を許可する。よいな?」

 言葉通りの意味ではない。単純にプレゼントするといっても新の性格上受け取りそうもないのを見越して、わざわざ適当な理由をつけたのだ。

「わかった。それなら預かっておくよ。爺さんの大切な孫娘と一緒にな」

「うむ。よろしく頼む」

 源三郎が頭を下げるのを待っていたかのように、この場へ一台のタクシーが到着した。

「ワシの家で一泊と言いたいところじゃが、先ほどの妖魔が援軍を連れて戻ってくるとも限らん。この近くをうろついていたということは、ワシの屋敷を狙っている可能性もあるしな。タクシーを用意したから、事務所へ戻るといい。その方が安全かもしれぬからな」

 どことなく歯切れの悪そうな台詞に違和感を覚えるも、この場で聞いても理由を教えてくれそうな雰囲気はない。一刻も早く新を――というより祐希子をこの場から遠ざけたがっているみたいだった。

 もしかしたら、彼女を襲った妖魔の正体を知っているのかもしれない。だがそれよりもまず――。

「どうして祐希子が襲われたのを知っている? 爺さんが来た時にはもう敵は退散していた。影も形も見てないはずだ」

「ん? そう怖い顔をするな。そんなの影の薄い婆さんに頼んで、こっそりと祐希子の服に盗聴器をしかけておいたからに決まっておるじゃろうが。……今でもたまに夢に見たりするんだ」

「なっ――!? ちょ、ちょっと! それ以上言ったら、張り倒すからね! それと! すぐに盗聴器を外して。一つでも残ってたら絶交だよ!」

 口にした当時はムードに引っ張られていたので素直に言えたが、いざ冷静さが戻って思い返すと羞恥に襲われる。

 夜にベッドの中で一人思い出すなら心が温かくなるかもしれないが、他人に言われると悶えたくなるだろう。今の祐希子みたいに。

 悪戯小僧然とした祖父に、祐希子が挑みかかる。じゃれ合っているように見えるが、彼女の繰り出す蹴りにはいっそ亡き者にしてやろうという意思すら込められている。

 このままだとせっかく来てくれたタクシーの運転手を待たせるだけなので、後ろから羽交い絞めにして大人しくさせる。もっと抵抗されるかとも思ったが、背後にいるのが新だとわかると途端にしおらしくなった。

「これも愛する男のなせる業か……お祖父ちゃん寂しい」

「うるさいよ! もう! 早く行こう」

 プンスカと怒っていたが、それでもタクシーへ乗り込む前、祐希子は祖父を見て微笑んだ。

「お祖父ちゃん、ありがとう。また帰ってくるね」

「うむ。待っておるぞ。錦鯉君、孫娘を頼む」

 源三郎とその妻、メイドに見送られ、新たちの乗ったタクシーが走りだす。

 深夜が近づいてきているのもあり、周囲は暗い。ヘッドライトだけを頼りに道路を進む。

 タクシーの運転手は人の良さそうな中年男性だった。似合わない執事服などは着ていない。

「いやあ、久しぶりに長距離を走りますよ。新婚旅行か何かですか?」

 問いかけられた祐希子が、両手を頬に当てて「わかります?」なんて上半身をもじもじさせる。

 好きなようにさせていると、祐希子は唐突に新の手を握ってきた。

「ねえ、新。アタシ、帰ったら正式な助手でいいんだよね?」

「そうだな。保護者のお許しも出ちまったし、仕方ない。ただ高校だけは卒業させてやりたいな。帰ったら姉貴や爺さんに相談するとしよう」

 嫌がるかと思ったが、正式な助手に認められるのがよほど嬉しいのか、祐希子は新に任せると言った。

「明日から……ううん、今日からかな。楽しみだな。改めてよろしくね、新」

「ああ」

 そう言った直後だった。

 乗っていたタクシーがいきなり爆発した。

 バラバラに分解されるタクシー。意味もわからないまま、新は放り出されるように宙を舞った。

 硬いアスファルトに全身を叩きつけられ、激痛で意識が薄れていく。

「……祐希……子……?」

 必死の抵抗も空しく、強制的に瞼が閉じる。

 最後に新が見たのは、黒い影が残っていたタクシーの後部座席から少女を運び出す姿だった。

     ※

 暗く狭い場所で少女が泣いている。新を責めるように泣いている。

 どうして助けてくれなかったんだよ。守ってくれるって言っただろ。

 吐き出される言葉が次々と胸に刺さる。

 何かを言おうとして、声を出せないことに気づく。体も、指一本ですら満足に動かせない。今の新はただ立っているだけの置物も同然だった。

 違う、違うんだ。俺は本当に――。

 少女の姿が闇に溶けるように消えていく。

 まるで新へお別れを告げるように。

 待ってくれ、祐希子。

「――待ってくれ!」

 突如として出せた声に驚き、急に視界を照らした光に耐えきれず目を閉じる。

 何も感じなかった先ほどまでとは違い、体の下には柔らかい感触がある。

「え? あ……あ?」

「起きたか。ずいぶんとうなされていたぞ」

 すぐ横から声をかけられて、薄っすらと目を開ける。こちらを覗き込むように見ていたのは、新の姉である千尋だった。いつものスーツ姿で、丸椅子に座っている。

 祐希子が消えた闇の世界ではない。白を基調とした空間には見覚えがある。

 新は現状を確かめるために、側にいる千尋にここがどこなのかを尋ねる。

「祐希子の地元の病院だよ。源三郎氏にお前が入院したと聞いた時は驚いたぞ。ゆっくり休ませてやりたいところだが、そういうわけにもいかない。一体何があった?」

 刑事の顔になった千尋の問いかけにより、新は頭の中に残っているはずの記憶を引っ張りだす。

 どうやら今まで気を失っていたらしい。病室の窓から差し込む太陽の光は、だいぶ暑さを含んでいる。時計を確認すればすでに昼近くになっていた。

「俺は……乗っていたタクシーがいきなり爆発して……それで……そうだ! 祐希子は? あいつはどうなった!?」

 ほんの少し思案する様子を見せたが、隠しておく方がよくないと判断したらしい千尋は現在の状況を教えてくれる。

「爆発音がしたと通報を受けて駆け付けた署員によれば、燃え上がるタクシーの側にはお前と運転手が倒れていたそうだ。運転手もお前も命に別状はない。車体がバラバラになるような爆発にしては、怪我の程度が軽すぎる。火傷もしていないようだしな。どうやら単純な爆破事件とは違うようだ」

 その言葉で、彼女がどういうふうに考えているのかを理解する。

「妖魔の仕業ってことになると、アイツ以外にいないか。そうだよ。祐希子は攫われたんだ。気絶する前、確かに見た。黒い影に抱えられていくのを」

「確かか?」真剣さが千尋の目の鋭さに表れる。

「間違いない。どこに行ったかはわからないが……」

「そうか。祐希子の行方はすでに市警が追っている。源三郎氏が口を利いてくれたおかげでな。妖魔の関与が高まっている以上、特務課も動く。だがお前は事務所に戻れ。冷静さを欠いて妖魔と対峙すれば、祐希子と再会する前にお前が死体になるぞ。彼女も悲しむ。帰宅には私が同行する。異論はないな」

 問いかけではなく、強制だった。一刻も早く退院して祐希子の探索をしたがると見抜き、千尋は新を監視するつもりなのだ。決して意地悪ではなく、弟である新の身を案じての決断だ。しかし、気持ちはわかるが素直には従えない。

「俺は爺さんに誓った。祐希子を守るってな。なのにみすみす……! 黙って事務所で待ってるなんてできるかよ!」

「であれば、気絶させてでも連れて帰る。よもや私に勝てるとは思ってないな」

「……本気か?」

「恨みたければ幾らでも恨んでくれ。だが、私も刑事である前に人間。弱った弟が死地へ赴くのを黙って見送るなど不可能だ。お前の遺体と対面させられるくらいなら、憎悪の対象になろうとも生きている方を選択する」

 昔から千尋はあまり冗談を言わない。

 痛む体でやりあっても負けるだけで、それなら大人しく事務所へ戻るべきだろう。距離は離れるかもしれないが、祐希子に執着していた情報屋のワンに行方を調べさせることもできる。

 急がば回れという言葉を思い出し、焦る気持ちを強引に抑え込んで新は千尋に従う意思を示した。

「感謝する。その代わりというわけではないが、祐希子は必ず我々が救ってみせる。お前は無理をするな。骨折などはなかったといえ、全身打撲でまともに歩くのも辛いはずだ」

「ああ。だが退院はすぐにする。今度は俺の要求を聞いてもらうぞ」

「……了解した。では車を手配しよう」

 携帯電話で誰かと連絡を取る千尋を横目に、新は一人で起き上がる。リハビリがてらというわけではないが、どのくらい体が動くのかを確かめておきたかった。

 口から軽く苦悶の声が漏れるくらい、全身が軋むような痛みを放つ。どこが痛んでるのかわからないくらいだ。
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