10 / 34
第10話 依頼の内容
しおりを挟む
「依頼というのは、生前の夫が探していた宝石ですわ。遺品には手がかりを示すものはほとんど残っておりませんでした。判明しているのは淑女の涙と呼ばれているということと、血のように赤い色をしているという二点だけです」
依頼者が情へ訴えるように、新を上目で見た。
「なんとか探せませんでしょうか。お店にあるのでしたら、知らせていただければ私が購入に伺います。報酬は前金で百万円。成功報酬として二百万円。経費は別途請求くだされば報酬に合わせてお支払いさせていただきますわ」
「それは……豪勢といいますか、太っ腹ですね」
「そこまでしても欲しいのです。私が身に着けたり観賞するのではなく、夫の墓前に捧げてあげたい。それを持って別れの……挨拶にしたいのですわ」
美女がはらりと流れた涙を、ソファの隣に置いていたハンドバッグから取り出したハンカチで拭く。その後、失礼しましたと言って姿勢を正す。
「お引き受けいただけないでしょうか」
新は考える。報酬は悪くない。この場に祐希子がいれば、貧乏事務所の居候らしく一も二もなく飛びついただろう。実際にそうしたい気持ちもある。
だが金に目が眩めばろくなことにならない。もし依頼人の女性が、新の妖魔退治の噂を知っていたりすれば、何か裏があってもおかしくはないのだ。
幸いにしてこれまでは被害にあっていないが、今回もそうなるとは限らないし、ただでさえ昨夜の迷い猫が妖魔だったという件もある。
新は慎重になるべきだと判断した。
「宝石であれば、宝石商に依頼すべきだと思います。うちより費用も安いですし、商売ですから血眼になって探してくれるでしょう」
依頼者は無言で、こちらの話に耳を傾ける。
新は背中をソファの背もたれへ軽く沈ませ、声をやや低くした。
「しっかりとしたお支払いもできそうですし、故人が求めていたのであれば、そうした知り合いも多いのではないですか? だからこそ淑女の涙……でしたね。その宝石を欲していると奥様は知られたのでしょうし」
面倒くさそうな雰囲気を放っているにもかかわらず、上品な美女は諦めるそぶりすら見せずに食い下がってくる。
「おっしゃる通りで、すでに宝石商の方にはお願い済みです。結果は、存在も含めて見つけられないとのことでした。ですので市内に探偵事務所があると聞き、こうして参った次第です」
「なるほど。よくうちのような事務所を知っていましたね。どなたから伺ったのです?」
「どなただったでしょうか。夫の知り合いか、それとも近所の方か」
口もとにハンカチを当て、依頼者が小首を傾げる。年齢をそれなりに重ねているだろうに、少女みたいな仕草が良く似合っていた。
その女性がやや俯いて、ポツリポツリと言葉を零す。
「市内に探偵事務所ができたとちらっと耳にした時は、依頼をするつもりもありませんでしたので、気にしておりませんでした。今回打つ手が尽きて、悲しみに暮れていたところ思い出したのです。警察で尋ねましたら、恐らくこちらであろうと事務所までの道のりを教えてもらえましたの」
ハンカチをバッグへ戻した玲子は、すらすらと理由を並べる。予め用意しておいたような感じはないが、だからといって事実だと決めるのは安易すぎる。
「わかりました。話を戻しましょう。その淑女の涙という宝石は、実在しているのですか? 最近はインターネットを使えば簡単に調べられると思いますが」
本当に宝石商へ頼んでいたのであれば、当然ネット関係の情報も調べていたはずだ。
「はい。最初に自分で調べ、見つからなかったので夫の遺品である携帯電話から宝石商の方の番号を探しました。ですが、その方でも探せませんでしたので、最後の手段として探偵事務所に依頼しようと考えました」
当時を思い出したのか、少し悲しげにしたあと、玲子が顔を上げた。
「それと我が家はそこまで裕福ではありません。葬儀を終えて手つかずだった夫の生命保険の残りを、あの人が欲しがった物に使いたい。理由はそれだけなのです」
新の目をしっかり見て他意はないと態度で示しつつ、玲子が言葉を続ける。
「最後に存在についてなのですが、申し訳ありませんがわかりません。亡き主人が使っていた愛用のメモ帳に書かれていただけで、実物を見たことがありませんので」
「そのメモ帳は今ありますか?」
「いいえ。輸入業者に勤めていた主人が長年に渡り大事にしていたものなので、遺体と一緒に棺に入れて燃やしました。申し訳ありません」
また瞳に涙を溜めて、玲子は軽く頭を下げた。
「大切な手がかりとして、そのページだけでも保存するなりできたのではありませんか。携帯電話でもスマホでもカメラの機能は備わっていますしね」
「ごもっともですわ。どうしてそのようなことすらできなかったのか。それは主人の死後、悲しみに明け暮れながらも葬儀などに追われていたせいですわ」
小さく息を吐き、依頼者が長いまつ毛を震わせる。
「主人の遺体に愛用のスーツを着せるために準備していた際、ジャケットの胸ポケットからメモ帳がこぼれおちたのです。軽く中身を確認した際に、初めて主人が淑女の涙なる宝石を追ってると知りました。その時は時間がなかったので頭の片隅に記憶するに留めておいたのですわ」
専業主婦をしていた依頼者は夫の死後、時間ができた際に宝石のことを思い出した。それで生命保険の残りもあるし、探して手に入れようと思ったらしかった。
事実は小説より奇なりという言葉がある通り、時にはできすぎとしか思えないような現実も存在する。玖珠貫玲子の説明を、他人である新が証拠も得ずに嘘だと切って捨てるような真似はできない。
「依頼をお引き受けいただけるのでしたら、前金はこの場でお支払いします。最初に頼んだ宝石商の方も、お望みであればご紹介致しますわ」
心情的には受けたい気持ちがある。
銃に所有者と認められたとはいえ、新も危険を承知で父親の残したジュエルガンを片手に探偵業をしていた。
それはいつの日か、両親の死の真相を知りたいからだった。
どのような妖魔に殺されたのか、そしてどのような事件を追っていたのか。個人を想うという点に関してだけは、新と玲子は意外に似ているのかもしれない。
「残念ながら、必ず見つけるという確約はできません」
「構いませんわ。その場合は諦めます。どうか主人に先立たれた哀れな女の依頼をお引き受けください」
丁寧に頭を下げた玲子が、哀願するように新を見る。年齢を重ねた女性の色気が滲みだしているようで、背すじに甘美な痺れが走った。
色香に惑わされたわけではないが、新は依頼を受けるのを決めた。
報酬も魅力的だったが、何より故人のために何かしたいという相手の気持ちを汲んだのである。
「わかりました。お引き受けをしますので、こちらに住所や連絡先をお願いします」
依頼書や契約書みたいなのは置いていないので、テーブルの隅にあったメモ帳に書いてもらう。
依頼者が情へ訴えるように、新を上目で見た。
「なんとか探せませんでしょうか。お店にあるのでしたら、知らせていただければ私が購入に伺います。報酬は前金で百万円。成功報酬として二百万円。経費は別途請求くだされば報酬に合わせてお支払いさせていただきますわ」
「それは……豪勢といいますか、太っ腹ですね」
「そこまでしても欲しいのです。私が身に着けたり観賞するのではなく、夫の墓前に捧げてあげたい。それを持って別れの……挨拶にしたいのですわ」
美女がはらりと流れた涙を、ソファの隣に置いていたハンドバッグから取り出したハンカチで拭く。その後、失礼しましたと言って姿勢を正す。
「お引き受けいただけないでしょうか」
新は考える。報酬は悪くない。この場に祐希子がいれば、貧乏事務所の居候らしく一も二もなく飛びついただろう。実際にそうしたい気持ちもある。
だが金に目が眩めばろくなことにならない。もし依頼人の女性が、新の妖魔退治の噂を知っていたりすれば、何か裏があってもおかしくはないのだ。
幸いにしてこれまでは被害にあっていないが、今回もそうなるとは限らないし、ただでさえ昨夜の迷い猫が妖魔だったという件もある。
新は慎重になるべきだと判断した。
「宝石であれば、宝石商に依頼すべきだと思います。うちより費用も安いですし、商売ですから血眼になって探してくれるでしょう」
依頼者は無言で、こちらの話に耳を傾ける。
新は背中をソファの背もたれへ軽く沈ませ、声をやや低くした。
「しっかりとしたお支払いもできそうですし、故人が求めていたのであれば、そうした知り合いも多いのではないですか? だからこそ淑女の涙……でしたね。その宝石を欲していると奥様は知られたのでしょうし」
面倒くさそうな雰囲気を放っているにもかかわらず、上品な美女は諦めるそぶりすら見せずに食い下がってくる。
「おっしゃる通りで、すでに宝石商の方にはお願い済みです。結果は、存在も含めて見つけられないとのことでした。ですので市内に探偵事務所があると聞き、こうして参った次第です」
「なるほど。よくうちのような事務所を知っていましたね。どなたから伺ったのです?」
「どなただったでしょうか。夫の知り合いか、それとも近所の方か」
口もとにハンカチを当て、依頼者が小首を傾げる。年齢をそれなりに重ねているだろうに、少女みたいな仕草が良く似合っていた。
その女性がやや俯いて、ポツリポツリと言葉を零す。
「市内に探偵事務所ができたとちらっと耳にした時は、依頼をするつもりもありませんでしたので、気にしておりませんでした。今回打つ手が尽きて、悲しみに暮れていたところ思い出したのです。警察で尋ねましたら、恐らくこちらであろうと事務所までの道のりを教えてもらえましたの」
ハンカチをバッグへ戻した玲子は、すらすらと理由を並べる。予め用意しておいたような感じはないが、だからといって事実だと決めるのは安易すぎる。
「わかりました。話を戻しましょう。その淑女の涙という宝石は、実在しているのですか? 最近はインターネットを使えば簡単に調べられると思いますが」
本当に宝石商へ頼んでいたのであれば、当然ネット関係の情報も調べていたはずだ。
「はい。最初に自分で調べ、見つからなかったので夫の遺品である携帯電話から宝石商の方の番号を探しました。ですが、その方でも探せませんでしたので、最後の手段として探偵事務所に依頼しようと考えました」
当時を思い出したのか、少し悲しげにしたあと、玲子が顔を上げた。
「それと我が家はそこまで裕福ではありません。葬儀を終えて手つかずだった夫の生命保険の残りを、あの人が欲しがった物に使いたい。理由はそれだけなのです」
新の目をしっかり見て他意はないと態度で示しつつ、玲子が言葉を続ける。
「最後に存在についてなのですが、申し訳ありませんがわかりません。亡き主人が使っていた愛用のメモ帳に書かれていただけで、実物を見たことがありませんので」
「そのメモ帳は今ありますか?」
「いいえ。輸入業者に勤めていた主人が長年に渡り大事にしていたものなので、遺体と一緒に棺に入れて燃やしました。申し訳ありません」
また瞳に涙を溜めて、玲子は軽く頭を下げた。
「大切な手がかりとして、そのページだけでも保存するなりできたのではありませんか。携帯電話でもスマホでもカメラの機能は備わっていますしね」
「ごもっともですわ。どうしてそのようなことすらできなかったのか。それは主人の死後、悲しみに明け暮れながらも葬儀などに追われていたせいですわ」
小さく息を吐き、依頼者が長いまつ毛を震わせる。
「主人の遺体に愛用のスーツを着せるために準備していた際、ジャケットの胸ポケットからメモ帳がこぼれおちたのです。軽く中身を確認した際に、初めて主人が淑女の涙なる宝石を追ってると知りました。その時は時間がなかったので頭の片隅に記憶するに留めておいたのですわ」
専業主婦をしていた依頼者は夫の死後、時間ができた際に宝石のことを思い出した。それで生命保険の残りもあるし、探して手に入れようと思ったらしかった。
事実は小説より奇なりという言葉がある通り、時にはできすぎとしか思えないような現実も存在する。玖珠貫玲子の説明を、他人である新が証拠も得ずに嘘だと切って捨てるような真似はできない。
「依頼をお引き受けいただけるのでしたら、前金はこの場でお支払いします。最初に頼んだ宝石商の方も、お望みであればご紹介致しますわ」
心情的には受けたい気持ちがある。
銃に所有者と認められたとはいえ、新も危険を承知で父親の残したジュエルガンを片手に探偵業をしていた。
それはいつの日か、両親の死の真相を知りたいからだった。
どのような妖魔に殺されたのか、そしてどのような事件を追っていたのか。個人を想うという点に関してだけは、新と玲子は意外に似ているのかもしれない。
「残念ながら、必ず見つけるという確約はできません」
「構いませんわ。その場合は諦めます。どうか主人に先立たれた哀れな女の依頼をお引き受けください」
丁寧に頭を下げた玲子が、哀願するように新を見る。年齢を重ねた女性の色気が滲みだしているようで、背すじに甘美な痺れが走った。
色香に惑わされたわけではないが、新は依頼を受けるのを決めた。
報酬も魅力的だったが、何より故人のために何かしたいという相手の気持ちを汲んだのである。
「わかりました。お引き受けをしますので、こちらに住所や連絡先をお願いします」
依頼書や契約書みたいなのは置いていないので、テーブルの隅にあったメモ帳に書いてもらう。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
[完結]私を巻き込まないで下さい
シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。
魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。
でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。
その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。
ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。
え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。
平凡で普通の生活がしたいの。
私を巻き込まないで下さい!
恋愛要素は、中盤以降から出てきます
9月28日 本編完結
10月4日 番外編完結
長い間、お付き合い頂きありがとうございました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる