探偵と真夜中の太陽

桐条京介

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第10話 依頼の内容

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「依頼というのは、生前の夫が探していた宝石ですわ。遺品には手がかりを示すものはほとんど残っておりませんでした。判明しているのは淑女の涙と呼ばれているということと、血のように赤い色をしているという二点だけです」

 依頼者が情へ訴えるように、新を上目で見た。

「なんとか探せませんでしょうか。お店にあるのでしたら、知らせていただければ私が購入に伺います。報酬は前金で百万円。成功報酬として二百万円。経費は別途請求くだされば報酬に合わせてお支払いさせていただきますわ」

「それは……豪勢といいますか、太っ腹ですね」

「そこまでしても欲しいのです。私が身に着けたり観賞するのではなく、夫の墓前に捧げてあげたい。それを持って別れの……挨拶にしたいのですわ」

 美女がはらりと流れた涙を、ソファの隣に置いていたハンドバッグから取り出したハンカチで拭く。その後、失礼しましたと言って姿勢を正す。

「お引き受けいただけないでしょうか」

 新は考える。報酬は悪くない。この場に祐希子がいれば、貧乏事務所の居候らしく一も二もなく飛びついただろう。実際にそうしたい気持ちもある。

 だが金に目が眩めばろくなことにならない。もし依頼人の女性が、新の妖魔退治の噂を知っていたりすれば、何か裏があってもおかしくはないのだ。

 幸いにしてこれまでは被害にあっていないが、今回もそうなるとは限らないし、ただでさえ昨夜の迷い猫が妖魔だったという件もある。

 新は慎重になるべきだと判断した。

「宝石であれば、宝石商に依頼すべきだと思います。うちより費用も安いですし、商売ですから血眼になって探してくれるでしょう」

 依頼者は無言で、こちらの話に耳を傾ける。

 新は背中をソファの背もたれへ軽く沈ませ、声をやや低くした。

「しっかりとしたお支払いもできそうですし、故人が求めていたのであれば、そうした知り合いも多いのではないですか? だからこそ淑女の涙……でしたね。その宝石を欲していると奥様は知られたのでしょうし」

 面倒くさそうな雰囲気を放っているにもかかわらず、上品な美女は諦めるそぶりすら見せずに食い下がってくる。

「おっしゃる通りで、すでに宝石商の方にはお願い済みです。結果は、存在も含めて見つけられないとのことでした。ですので市内に探偵事務所があると聞き、こうして参った次第です」

「なるほど。よくうちのような事務所を知っていましたね。どなたから伺ったのです?」

「どなただったでしょうか。夫の知り合いか、それとも近所の方か」

 口もとにハンカチを当て、依頼者が小首を傾げる。年齢をそれなりに重ねているだろうに、少女みたいな仕草が良く似合っていた。

 その女性がやや俯いて、ポツリポツリと言葉を零す。

「市内に探偵事務所ができたとちらっと耳にした時は、依頼をするつもりもありませんでしたので、気にしておりませんでした。今回打つ手が尽きて、悲しみに暮れていたところ思い出したのです。警察で尋ねましたら、恐らくこちらであろうと事務所までの道のりを教えてもらえましたの」

 ハンカチをバッグへ戻した玲子は、すらすらと理由を並べる。予め用意しておいたような感じはないが、だからといって事実だと決めるのは安易すぎる。

「わかりました。話を戻しましょう。その淑女の涙という宝石は、実在しているのですか? 最近はインターネットを使えば簡単に調べられると思いますが」

 本当に宝石商へ頼んでいたのであれば、当然ネット関係の情報も調べていたはずだ。

「はい。最初に自分で調べ、見つからなかったので夫の遺品である携帯電話から宝石商の方の番号を探しました。ですが、その方でも探せませんでしたので、最後の手段として探偵事務所に依頼しようと考えました」

 当時を思い出したのか、少し悲しげにしたあと、玲子が顔を上げた。

「それと我が家はそこまで裕福ではありません。葬儀を終えて手つかずだった夫の生命保険の残りを、あの人が欲しがった物に使いたい。理由はそれだけなのです」

 新の目をしっかり見て他意はないと態度で示しつつ、玲子が言葉を続ける。

「最後に存在についてなのですが、申し訳ありませんがわかりません。亡き主人が使っていた愛用のメモ帳に書かれていただけで、実物を見たことがありませんので」

「そのメモ帳は今ありますか?」

「いいえ。輸入業者に勤めていた主人が長年に渡り大事にしていたものなので、遺体と一緒に棺に入れて燃やしました。申し訳ありません」

 また瞳に涙を溜めて、玲子は軽く頭を下げた。

「大切な手がかりとして、そのページだけでも保存するなりできたのではありませんか。携帯電話でもスマホでもカメラの機能は備わっていますしね」

「ごもっともですわ。どうしてそのようなことすらできなかったのか。それは主人の死後、悲しみに明け暮れながらも葬儀などに追われていたせいですわ」

 小さく息を吐き、依頼者が長いまつ毛を震わせる。

「主人の遺体に愛用のスーツを着せるために準備していた際、ジャケットの胸ポケットからメモ帳がこぼれおちたのです。軽く中身を確認した際に、初めて主人が淑女の涙なる宝石を追ってると知りました。その時は時間がなかったので頭の片隅に記憶するに留めておいたのですわ」

 専業主婦をしていた依頼者は夫の死後、時間ができた際に宝石のことを思い出した。それで生命保険の残りもあるし、探して手に入れようと思ったらしかった。

 事実は小説より奇なりという言葉がある通り、時にはできすぎとしか思えないような現実も存在する。玖珠貫玲子の説明を、他人である新が証拠も得ずに嘘だと切って捨てるような真似はできない。

「依頼をお引き受けいただけるのでしたら、前金はこの場でお支払いします。最初に頼んだ宝石商の方も、お望みであればご紹介致しますわ」

 心情的には受けたい気持ちがある。

 銃に所有者と認められたとはいえ、新も危険を承知で父親の残したジュエルガンを片手に探偵業をしていた。

 それはいつの日か、両親の死の真相を知りたいからだった。

 どのような妖魔に殺されたのか、そしてどのような事件を追っていたのか。個人を想うという点に関してだけは、新と玲子は意外に似ているのかもしれない。

「残念ながら、必ず見つけるという確約はできません」

「構いませんわ。その場合は諦めます。どうか主人に先立たれた哀れな女の依頼をお引き受けください」

 丁寧に頭を下げた玲子が、哀願するように新を見る。年齢を重ねた女性の色気が滲みだしているようで、背すじに甘美な痺れが走った。

 色香に惑わされたわけではないが、新は依頼を受けるのを決めた。

 報酬も魅力的だったが、何より故人のために何かしたいという相手の気持ちを汲んだのである。

「わかりました。お引き受けをしますので、こちらに住所や連絡先をお願いします」

 依頼書や契約書みたいなのは置いていないので、テーブルの隅にあったメモ帳に書いてもらう。
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