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孫たちの学生時代編

友人からのサプライズに感激の穂月、ついでに担任と前担任の関係が発覚しました

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 部室から出てスパイクで踏んだグラウンドの少し奥に、見慣れた女性がジャージ姿で立っていた。

「あれ、芽衣先生だー」

 真っ先に穂月が目をパチクリさせると、続いてやってきた沙耶たちも口々に疑問と驚きを口にした。

「今日まで練習に出られなくてごめんね。これからはしっかり見に来るからね」

 むんと力こぶを作る仕草に勇ましさはなく、むしろ可愛らしい。

「芽衣先生が監督ってことー?」

 入学式後に練習に参加させられて以来、まだ一度も監督を務める教師を見ていなかった。

「去年までの先生が定年退職したからね。
 ところで春日井先生、ソフトボールのご経験は?」

 穂月に頷いて見せたあとで、主将らしく朱華が尋ねた。

「それが……まったくないの。でも大丈夫よ。しっかり勉強してきたから!」

 片手に持っていた本を芽衣が高々と掲げる。文庫サイズで表紙には簡単にわかるソフトボールと大きく描かれていた。

「とんでもなく頼りないの」

 悠里の呟きで、笑顔に影を落とした芽衣がビクリと肩を揺らす。

「ご、ごめんなさいっ。でも経験のある先生はすでに他の顧問で……私しかいなかったの」

 今にも泣きそうな女教師の肩に、朱華が優しく手を置く。

「大丈夫です。一緒に成長していきましょう」

「柳井さん……ありがとう。先生、頑張るからねっ」

 練習メニュー自体は昨年と変わらず、進行役は主将の朱華が務める。穂月たち以外にも新入部員はいたが、全体の数はさほど多くない。まとまって行動しつつ、テキパキと各自の練習メニューも行う。

「ほっちゃんには小学校時代と同じでピッチャーとショートをやってもらうわ。のぞちゃんはキャッチャーね。ゆーちゃんとさっちゃんもポジションを変える必要はないだろうし……りんりんは打撃練習させておくしかないわね」

「いきなり諦めないでくださいませ! わたくしだって成長しているのです! 華麗な守備を披露してご覧にいれますわ!」

 名誉挽回とグラウンドに出た凛だったが、簡単なゴロに対するトンネル回数が2桁に達したところで、ノッカーの朱華がストップをかけた。

   *

 新顧問も参加するようになって、ますます練習にも身が入るようになった。とはいえグラウンドは交代で使用するため、校内での練習も必然的に発生する。

 そんなある日の放課後、朱華が得意顔で部員を使われていない空き教室に召集した。

「今日はほっちゃんお待ちかねの練習をするわよ」

「おーっ!」

 流れ的に小学生時代と一緒だったので、穂月は名前を出されるなりすぐに何をやるかに気付いた。

 それは友人たちも同様だが、免疫のない同じ1年生は訳がわからずにきょとんとしている。

「もしかして、去年から申請していたやつかしら」

 眼鏡の奥で目を丸くしていた芽衣が、そういえばとばかりに声を上げた。

「そうです。そちらも確か芽衣先生が担当してくださるんですよね」

 数日とはいえ一緒に練習するようになって、すっかり名前呼びが定着した女教師に朱華が確認を取る。

「ソフトボール部と兼任と言われた時はできるか不安だったけど、部員の皆でやるの?」

「どうしても嫌な部員には強制しませんが、1年生以外には去年から説明していたので全員が賛同してくれています」

 芽衣と朱華が聞こえるように打ち合わせをしているさなか、悪巧みが成功したような笑顔で陽向が穂月の首に手を回した。

「卒業式の日に言ったろ、ほっちゃんの喜ぶものを準備してあるってな」

「おー!」

 ますます興奮する穂月に、朱華が胸と一緒に声を張る。

「演劇部へようこそ!」

 さらにポカンとする一部の1年生を置き去りに、事情説明が行われる。

「ソフトボール部は練習の合間を縫って演劇部にも参加します。戸惑う人も多いだろうけど、やってみると意外に楽しく、またある意味で度胸がつくと経験者からは好意的に受け止められています」

 芽衣にも説明した通り、強制参加ではない旨も改めて告げられる。小学校時代もそうだったので、穂月にも反論はない。

「演劇部としての目的は、文化祭での発表です。そして部長はほっちゃんにお願いします。補佐はさっちゃんね」

「おー!」

「全力でほっちゃんを支える所存です」

 朱華から事前に聞かされていた上級生は意外とノリノリで、最初は呆然としていた友人以外の1年生たちも最終的にはお芝居に参加してくれた。

   *

「じゃあ本当に演劇部が発足したんだ」

 部活終わりに小腹を満たすために立ち寄ったムーンリーフで、穂月が1日の報告をすると母親が顔を綻ばせた。

「念願が叶って良かったね」

「うんっ、これもあーちゃんのおかげだよ。ありがとう」

 穂月がお礼を言うと、年上の幼馴染は笑顔で「どういたしまして」と返してくれた。

「まあ、穂月にソフトボールをやらせるにはそれしかないもんな」

 外が薄暗くなる頃には清掃などの作業も一段落しているため、好美の部屋には制服姿の希の母親もいた。

「演劇部を作るために奔走するのは目に見えてたし、そっちにばかり注力されるよりは小学校の時みたいにソフトボール部全体を巻き込んだ方がいいと思ったの」

 他人にはあまり反応を示さない希はもちろん、悠里に沙耶も穂月がソフトボールをやらなければ演劇部だけに入る可能性が高い。

「りんりん1人だとさすがに全国は厳しいからな」

 ハムチーズパンを美味しそうに頬張る陽向は嬉しそうでもある。実際に早く穂月たちとまた練習したかったとも言ってくれた。

「打力は最強でも守備力は最弱だから使い方に困るの」

「うう……はっきり言わないでいただきたいですわ」

 凛自体は守備に就いて、穂月たちと共にグラウンドで戦いたいらしいのだが、生憎とグラブ捌きは欠片も上達していない。たまに時間がある時に実希子が熱心に教えていたが、それでも上手くできないのである。

「人には得意不得意があるからね。その分だけ凛ちゃんは打力で貢献してるんだから、もっと胸を張っていいんだよ」

 穂月の母親に慰められ、生来の素直さですぐに元気を取り戻し、豪快にメロンパンにかぶりつく。

「ほっちゃんさんママのパンはいつ食べても最高ですわ」

「ありがとう。
 あっ、柚ちゃん、いらっしゃい」

「こんばんわ。きっと皆ならここにいると思ってたわ」

 店でカウンターに立つ尚から通されたらしく、顔を出した柚が穂月たちを見て頬を緩めた。

「柚先生だー」

 穂月が抱き着くと、沙耶や悠里も少し前まで担任をしてくれていた恩師に甘え始める。

「中学校でも元気にやっているみたいで安心したわ」

「あーちゃんたちが演劇部を作ってくれてたの! それでね、今日はお芝居もしたんだけど、芽衣先生も一緒にやってくれたんだよ」

「その先生がソフトボール部の顧問なの?」

「うんっ、あと担任でもあるんだよ。春日井芽衣先生」

「へえ~。
 ……ん? 春日井芽衣?」

 急に難しい顔になった柚を前に、穂月は目を瞬かせる。

「どうかしたのー?」

「きっと同姓同名よね……いえ、でも……」

 改めて穂月がどうかしたのか尋ねると、ようやく気付いたように柚が微笑んだ。

「ごめんね、昔の教え子と名前が同じだったものだから驚いちゃったの」

「そういえば、芽衣先生は地元出身のはずです」

 沙耶がいつの間にか本人から情報を得ていたらしい。

「前に教師になりたいと言ってたけど、夢を叶えたのね」

 ますます驚きを露わにしたあとで、柚は誰よりも嬉しそうにした。

   *

「そっかー、皆も柚先生の教え子だったんだね」

 翌日の放課後に穂月が柚のことを伝えると、芽衣はとても懐かしそうに笑う。

「すごくいい先生です」

 自慢するように言った沙耶の髪を、知ってると言わんばかりに女教師が優しく撫でる。

「先生もお世話になったからね。迷惑もかけちゃったけど、とても頼りになって凛々しくて……今でも憧れなんだ。もうしばらく会ってないけどね」

「ママのお店によく来るよー」

「ムーンリーフね。先生もよく通った――え? ママ?」

「うん、ママは店長さん」

「じゃあ葉月さんの娘さん!? そっかあ、フフ、前にお店で会ったことあるんだよ。すごく小さかったから覚えてないだろうけど」

 より一層にこにこする芽衣に、朱華が首を傾げる。

「でもほっちゃんママを知ってたなら、入学式の時に気付いてたんじゃないんですか?」

 入学式後には保護者も教室に入り、担任である芽衣から色々と話を聞いていたはずなのだ。

「それが、その……緊張してて、お母さん方の顔がよくわからない有様で……あは、あはは……」

 後頭部に手を当てて、申し訳なさそうに笑う女教師に、傍で話を聞いていた悠里が細めた目を向ける。

「なんだかやっぱり頼りないの」

「待って、悠里ちゃん。先生、頑張るから、まだ見捨てないで!」

「仕方ないの。これから精進するの」

 冗談めいたやり取りに、部員たちから笑いが起こる。

 若いのもあって教師というより友人に近い芽衣は明るくも優しく、ドジな面もあるが早くも生徒の人気者になりつつあった。

「さあ、今日も練習を始めるわよ! 春の大会が近いんだから頑張ってね」

「おー! 目指せ、全国だね」

 穂月が目を輝かせると、朱華が表情を曇らせる。

「春は東北大会までで全国ないのよ。中学生の場合はメンバーが選抜されて、都道府県対抗で戦うの」

「ちなみに俺と朱華は選ばれたぞ」

 陽向があまりに自慢げなので、穂月は当たり前に質問する。

「結果はどうだったのー?」

「さあ、練習するぞ練習!」

「おー?」

 答えがなかった時点で他の友人は察したらしく、なんとも言えないような顔をしていた。
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