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愛すべき子供たち編

春也の誕生日と穂月の幼稚園

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「お誕生日、おめでとう!」

 驚かせて、怖がらせてもいけないので、先に祝った他の子供たち同様に、恒例の掛け声と同時に葉月は小さな拍手を愛息に贈った。

 控えめな飾りつけがされた高木家のリビングには、大好きな友人たちの姿もある。本来は日中に祝うつもりだったが、好美や柚も駆け付けたいとの希望から、夜の七時過ぎに春也のお誕生日会が開催される運びになった。

 寝て起きてミルクを繰り返す春也は丁度目を覚ましており、どこかきょとんとしている。

 瞳は大きくて愛らしい。
 顔立ちも整っていると、赤ちゃんの頃から主に葉月に評判だ。

 かなりの親ばかモードに入っているが、同時期に産んだ実希子と尚も似たようなものなので気にする必要もない。

「無事に一歳になってくれて、ママはホッとしたよー」

「おいおい、まだこれからだろ」

 大げさだと実希子は笑うが、現代でも1000人あたり0.9人の死亡率だ。
 ユニセフの調査だと最も低く、安全に赤ちゃんを産める国ということだが、母親の立場からすれば我が子がその1000人に1人にならないかと不安にもなる。

 人間とはかくもネガティブな生物なのだと、
 子を持つことによって葉月は実感した。

「まあ、確かに自分が風邪引いても気にしないけど、子供が体調悪そうにしてると、パニくりそうになるだけ心配になるよな」

 葉月の持論に、腰に手を当てた実希子が納得の姿勢を示す。

「特に子供のうちは簡単に高熱が出たりするしね」

 ついさっきまで元気に走り回っていたのに、気が付いたらグッタリしているのも然程珍しくはない。

 尚の例えは葉月だけでなく実希子も覚えがあったようで、神妙に頷いている。

「子供時代の実希子ちゃんは例外そうだけどね」

「どういう意味だ、好美」

「付き合いは葉月ちゃんより長いけど、実希子ちゃんが具合悪そうにしてるとこなんて見たことも聞いたこともないもの」

 言われて葉月も、実希子が病院に行くと言い出した日のことを思い出す。
 風邪という単語すら口にしない実希子だっただけに、とんでもなく驚いた。
 もっとも原因は風邪などではなく、妊娠だったのだが。

「なんとかは風邪引かないとか言うなよ」

 先手を打って実希子が周囲に念押しする。

「言わないわよ。いずれ覚えるかもしれないけど、すぐに真似されても困るし。特に穂月ちゃんと希ちゃんは今年から幼稚園に通うんでしょ?」

 柚が穂月と希を順番に見る。今日の主役は春也だが、周囲の視線が集まったことで、特に穂月が上機嫌になる。

「あいだほっ!」
「あいだほー」

 元気に手を上げる穂月の隣で、付き合いだから仕方ないと言わんばかりに希もやる気なく口を動かした。

「……この間から子供たち恒例の挨拶になってるみたいだけど……どうしてアイダホなの?」

「なんかアニメのCM中に覚えたみたい」

 もっともな疑問に葉月が答えると、思わず苦笑いの柚が首を傾げた。

「旅行会社のCMとかだったのかしら」

「それはわかんないけど、なんか響きが気に入ったっぽい」

「まったくもって意味不明ではあるけどな」

 会話に混ざってきた実希子に、柚が教師らしく注意する。

「子供の言葉に意味を求めたら駄目よ」

「さすが現役小学校教師。子供の情報量だけなら仲間最強だな」

「任せて。
 と言いたいところだけど、小学校に入学する頃にはある程度自我もできてるしね。それ以下の子供のこととなると、さすがにわからないことの方が多いわ」

「子供というのは可愛いけど、不思議な生物よね」

 好美の締めくくりに、独身既婚関係なく女性陣がうんうんと首を動かした。

   *

 春也が一歳になってすぐに、今度は穂月が四歳になった。
 周囲の状況もそれなりに理解できるようになった四歳児は、自ら率先して自分のお誕生日会の飾りつけを行った。

「あいだほっ」

 まだブームが去ってないらしい挨拶と共に、片手を上げてやってくる友人を迎え入れる。

「あいだほー。
 ほづきちゃん、おたんじょうびおめでとうー」

「ありがとー」

 お祝いしてくれた朱華と両手を繋ぎ、きゃっきゃっとその場で飛び跳ねる。
 愛する娘の満面の笑みを見られただけで、今日まで生きてきてよかったと強く実感する葉月。

 子供の偉大さがよくわかる瞬間でもあった。

「尚ちゃん、今日はありがとう。実希子ちゃんもいらっしゃい」

 春也の時同様に、夜から始まった誕生会にぞろぞろと人が集まる。
 もうすぐ復帰するがまだ産休中なので自宅開催になったが、もしかしたら来年以降はムーンリーフでやったりするかもしれない。

「穂月、おめでとさん」

 唐揚げやハンバーグといった穂月の大好物が並ぶお誕生会が開催されると同時に、まずは実希子がプレゼントを贈る。

 有名アトラクションのお姫様変身セットに、穂月が両手を挙げて大喜びする。

「高かったんじゃないの?」

「そうでもないさ。それに希の時にも本をたくさん貰ったしな」

 とりわけ本に強い興味を示す希は、今日もお気に入りらしい児童用の本を大事に抱えている。

「希ちゃんはもうそれなりに漢字が読めるんだよね」

「書くのは全然だけどな」

「それでも凄いよ。まるでなっちーみたい」

 葉月がそう言うと、
 からかい半分の笑みを浮かべた尚が実希子の肩に顎を乗せた。

「将来は母親に似ずに、エリート街道まっしぐらかもね」

「それはないだろ」

 文字通り、実希子が鼻で笑う。

「なっちーどころか大概の人間と比べても超ものぐさな希だぞ? エリート街道どころか、小学校――いや、幼稚園を卒業してくれるかすら危うい」

「さすがにそこまでではないでしょ」

「果たしてそうかな?
 他の園児が勉強してる中で、我関せずと眠りこけ。飯も自分で食べようとせず、最後にはここは保育所ではありませんと幼稚園から追い出される姿が、アタシの脳裏には確かな未来予想図として描かれてるがな!」

「自信満々に断言してどうするのよ。
 大丈夫よね、希ちゃん」

 呆れ果てた視線を実希子から希に移した直後、好美は絶句する。
 自分が話題にされていたにも関わらず、当の希が大事そうに持っていた本を枕にソファですやすやと寝息を立てていたからだ。

「い、いつの間に……」

「見える! アタシには見える! ボサボサ髪にジャージ姿で部屋に引き籠っている希の姿が!」

 激しく頭を抱える実希子に、もう誰も何も言えなかった。

   *

 一人だと寂しかろうということで、穂月と希の入園日を一緒にした。

 今日は朝から仲良くバスに乗って幼稚園へ向かった。

 迎えに来た先生に預ける際、外で待っている穂月に朱華がバスの中から手を振ってくれた。

 先輩がいるのも、同年代に友人がいるのも頼もしかった。

 安心して送り出したはずだが、やはり時間が経てば不安にもなる。

「そわそわしてても仕方ないでしょ」

 仕事に復帰した葉月に代わり、朝から春也の面倒を見てくれていた和葉が昼近くになって出勤するなり、葉月を見て苦笑した。

 やはり今もムーンリーフの休憩所みたいな扱いになっている好美の部屋で、簡易ベッドに春也を寝かせる。

 近くには実希子と尚の息子が眠るベッドもある。

「ったー、また智希がグズりだしてやがる」

 やれやれと言った様子で実希子が息子をあやす。

「智希君が、前回の穂月ちゃんのポジションになるのかも」

 からかうというより、尚はどこか心配そうだ。
 同じ母親だけに、夜泣きの大変さを理解しているがゆえの反応だろう。

「んー、ちっと違う感じもするんだよな」

「というと?」

「智希の奴、希が傍にいなくなると、こうやって騒ぎ出すんだよ」

 実希子の話だと、近くで希が昼寝したりしていると、実に穏やかに過ごしてくれるらしい。

 逆に希の存在が見当たらなくなると不安になるのか、途端に泣きだすという。

「無意識にお姉ちゃんだと認識してて、近くにいると安心できるのかな」

「わかんねえけど、希も幼稚園に通いだしたし、しばらくすれば一人にも慣れてくれるだろ。そういう意味じゃ、今回は姉離れのいいきっかけになったかもな」

「凄いね、実希子ちゃんは。私は穂月が上手くやれてるか心配で仕方ないのに」

「はっはっは、ウチの希はいつでもどこでも変わらないからな。
 そう……寝てるか本読んでるだけなんだよ。幼稚園で運動してほしいけど、きっと我が道を行ってるだろうからな」

 穂月と一緒なことだけが救いだと、実希子は力なく項垂れた。

   *

 結局、一日中そわそわしながら帰宅を待ち続け、送迎バスの排気音が聞こえた瞬間、葉月は誰よりも早く店を飛び出した。

「おかえりっ、大丈夫だった?」

 幼稚園の若い女の先生が笑顔で園での様子を報告する。穂月は人見知りも場所見知りもせず、初めての子供たちとも笑顔で遊んでいたという。

「希ちゃんの方なんですが……」

「言わなくても結構っスよ。ずっと寝てたんスよね」

「いえ、機敏な動きではなかったですけど、穂月ちゃんに手を引かれて、皆の輪の中に入って遊んでましたよ」

 時が止まったように実希子が硬直した。

「う」
「う?」

「うおおお、穂月、ありがとおおお」

 男泣きならぬ女泣きだった。
 実希子に高い高いされた穂月は数秒程度きょとんとしたものの、すぐにきゃっきゃっとはしゃぎだす。

「あ、あの、ええと……お母さんが心配するようなことはなかったですから」

 年長組との交流でも、一緒に帰宅した朱華が率先して二人の面倒を見てくれたらしい。

 そもそも二年早く通いだした朱華が、あれこれと幼稚園のことを二人に前々から教えてくれていたので、一人になると知って泣いたりもしなかった。

 高木家の方針というべきか、三歳を過ぎたあたりから自分の部屋を与えたのも――与えた当初は不安だったが――功を奏したのかもしれない。

 幼稚園のバスが走り去ると、感謝しっぱなしの実希子から愛する娘を受け取る。

「幼稚園は楽しかった?」

「あいだほっ!」

「うん、あいだほっ」

 葉月も笑顔で応じ、ぷにぷにの柔らかほっぺに頬ずりをする。
 まだ厳しい残暑も何のそのと、葉月は子供特有の高い体温を堪能しては、たっぷりと癒された。
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