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葉月の子育て編
春道と和葉の初孫
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毎年、うだるような暑さに泣きたくなる夏も、あっという間に春道の頭上を通り過ぎていた。
それだけ忙しかったのだが、原因は仕事ではない。
もっと嬉しい理由だ。
「穂月は可愛いなあ」
鏡を見なくとも、だらしのないニヤけ顔になっていると自覚できる。
隙あらば同じ称賛を繰り返している春道に、昨夜、愛娘の葉月が夫の和也とどっちが多く言ってるだろうなんて苦笑していた。
「でも、仕方ないよなあ」
可愛い寝顔を見せてくれている小さな小さな女の子は、春道の初孫なのだ。
佐々木実希子の母親みたいに号泣するほど願っていたわけではない。
それでも実際にこうして目の前に現れると、もう天使にしか見えなかった。
「本当に可愛いなあ」
ひたすらデレデレしているせいで仕事も手につかないが、これも家族の一員として貢献するため。
妻の和葉に言わせれば体のいい理由付けでしかないそうだが、実際にその通りなので言い訳のしようがなかった。
だが春道にも一応の言い分がある。
店主の葉月と親友で主力の実希子が揃って産休中のため、一時的な人手不足に陥っているムーンリーフを和葉が手伝っているのだ。
早朝から家を空けるため、家事は自宅で仕事ができる春道の担当になる。
そして穂月の母親である葉月だって、いくら産後で疲れているとはいえ、一日中家に閉じ込めておくわけにはいかない。
よって多少の遅れが出たところで、春道は仕事よりも孫の世話を優先しなければならないのである。
一人、グッと握り拳を作っていると、背後からクスクスと笑い声が聞こえた。
「葉月、戻ってたのか」
「うん。パパのおかげで買い物できたよ」
久しぶりに外出した葉月は疲労を滲ませながらも、どこかさっぱりした顔になっていた。
「やっぱりお外はいいね。早く穂月とも散歩できるといいな」
「散歩か……うん、いいな。実にいい」
「アハハ、パパってば、またメロメロになってるよ」
「可愛い娘の、そのまた可愛い娘だからな。可愛くてどうしようもない」
「だからって、甘やかしすぎちゃだめだからね」
笑顔で注意され、春道もまた笑顔で頷く。
*
仕事に戻ってもそわそわは止まらないが、あんまり頻繁に顔を出していると、さすがにウザがられる。
和葉が帰ってくるまでは我慢と言い聞かせ、昔からの取引相手と打ち合わせもするが、ついつい自慢話を織り交ぜてしまい、次女が産まれた時みたいだとからかわれてしまった。
それでもなんとか今日の分を終わらせると、そわそわのレベルが急上昇する。
すでに午前中から孫の顔を見まくっているだけに、午後は和葉が帰宅したら付き添いという名目でまたお邪魔するつもりだった。
「ただいま……って、春道さん、仕事は終わってるのよね?」
帰宅するなり愛妻が半眼になる。
犬ならば間違いなく尻尾を振りたくる勢いで頷き、手洗いうがいを終えてくるのを待つ。
現在は午後四時過ぎ。和葉が一休みしたら、すぐ買い物へ向かうのがいつもの流れだ。その前に一緒に二階へ行き、葉月と孫娘の様子を窺う。
「変わったことはない?」
春道とは違うと言わんばかりに理知的な問いかけをする愛妻。
だが春道の心の目には、彼女も子供部屋に入るなり、見えない尻尾を振っているのが見えた。
「うん。パパも気遣ってくれるし、問題ないよ」
「それは良いことだけど、手伝いすぎがそのうち問題になるんじゃないかしら」
どことなく責めるような気配が、鋭さを増した視線に込められている。
「羨ましいのはわかるけど、和葉にはムーンリーフを支える役目があるんだから仕方ないだろ」
「ごめんね、ママ……」
産休中で以前みたいに動けない葉月が、途端に申し訳なさそうにする。
これに慌てたのは、娘を責める意図などなかった和葉だ。
「謝らなくていいの。お店を手伝うくらいなら私にもできるけど、出産は妊娠した女性にしかできないんだから」
その出産も男性が想像するより何倍も大変で、産んだからといって、はい終わりというものでもない。
それは菜月を産んだ和葉を見てきたので、春道にもよくわかっていた。
「そうだぞ、苦労をかけられるからこそ、家族だ。さあ、穂月の世話は俺に任せて、和葉と買物でも――ふごべっ」
額を叩かれて奇妙な悲鳴を上げると、可愛い孫娘が笑うように身じろぎした。
「なんてこった。和葉のせいで、穂月は人が叩かれるのを見て喜ぶ悪女に育つかもしれない」
「わ、私のせいじゃないでしょう」
育児の経験がありながら慌てふためく和葉。
彼女に言わせると、誰一人として同じ赤ん坊などいないのだから、多少の知識はあれども計算通りにいくことなどないらしい。
「大丈夫だよ、これ、多分おむつだから」
「さすが母親だな。そんなにすぐわかるものか」
「さっきご飯にしたばかりだからね」
春道と和葉が見守る中、テキパキと葉月がおむつを交換する。
「この子はとても幸せそうな顔をするわね」
「葉月の娘だからな」
「アハハ、それならきっと楽しい人生になるよ」
和葉の感想に同意した春道の理由に、葉月がケラケラと笑った。
*
午後七時を過ぎると、ムーンリーフのために駆けずり回っている和也も帰宅する。
早朝から働きっぱなしで、中休みを取っても娘の様子を見に来るので、仮眠も取れていないのだが、当人は至って元気そうだ。
娘の顔を見るのが何よりの栄養剤だと、率先して育児も手伝っている。
葉月は自分の分も仕事をしてくれているのだからと休んでほしそうだが、当人が自分にも世話をさせてほしいと譲らないのである。
「和也君のそういうところは、春道さんに似てるわね」
皆で下げた食器を、全自動食器洗い機に託したあと、リビングで和葉が笑った。
洗濯機も新築を機に乾燥機つきの新しいのを春道が購入した。
その分、家事労働はぐっと楽になったが、和葉や葉月は「楽してるみたい」と少しだけ申し訳なさそうだった。
春道はすぐに自分のために購入したのだと説明したが。
「食器洗い機とかのこともそうだよね」
考えていたことをピンポイントで葉月に指摘され、思わず口に含んでいた紅茶を噴き出しそうになる。
「構ってほしいから、そのための時間を作るために、機械に頼って家事の負担を減らして何が悪いと言ってたわね」
その時の光景を思い出しているのか、和葉は実に楽しそうだ。
「人に優しくできるのは、お金であれ、時間であれ、体力であれ、自分に余裕があればこそだからな。俺が和葉に甘えさせてもらうためと考えれば、微塵も高くない投資だ」
堂々と胸を張り、春道は視線を和也に向ける。
「だから和也君も休息は必要だぞ。疲れが溜まってるせいで些細な言葉に苛ついて、大切な家族に攻撃的になってしまったら後で悔やむ。特に疲労を自覚できてなかったとしたら尚更だ」
「そう……ですね。もう少し考えてみます」
「深刻にならなくてもいいさ。夫婦で育児をするのは当たり前だしな。それにその分だけ葉月は和也君を見る余裕ができる。だからこそ、その葉月が少し休んだ方がいいと忠告したら、よく自分の体と相談してみてほしい。その上でまだ大丈夫と和也君が判断したなら問題ないし、葉月も尊重してあげるといい」
「うん、わかった!」
ソファで穂月を抱っこしていた葉月が、和也と顔を見合わせたあとで元気に返事をした。
*
「やっぱり春道さんは一家の大黒柱ね」
更けたというにはまだ早いが、早朝に動き出す高木家の就寝は、穂月が誕生したことでさらに早くなった。
和葉が頼もしげにすり寄ってきたのは、二人分の布団を協力して敷き終えた時だった。
春道は横座りの愛妻の肩を抱き、
「和葉が支えてくれるから、俺は偉そうなことを言えるんだよ。それこそ余裕がなければ、愛する娘にだって何もしてやれない」
「フフ、ありがとう」
はにかんだ和葉が春道の胸に顔を埋める。
「穂月はもう寝たかしら……」
「起きて、葉月にご飯をねだってる最中かもしれないな」
「たまには夜も面倒を見てあげた方がいいと思う?」
「俺としては賛成だが、葉月がどう思うかだな。気遣いするから、それなら自分がムーンリーフに出勤するとか言い出しそうだし」
「それは困るわね」
ふうとため息をつく愛妻の前髪を、軽く左右に分ける。
「穂月と一緒に寝たいんだろ」
「もちろんよ」
冗談っぽく言った春道に、満面の笑みを和葉が見せた。
「あの愛らしさが傍にあるだけで癒されるもの」
「和也君みたいなことを言い出したな」
「それに!」
春道の苦笑を遮り、和葉は爛々と瞳を輝かせる。
「笑った時なんて私にそっくりなの!」
葉月にではなく、自分にと言い出した鼻息の荒い愛妻。
笑みから苦味が消えた春道は、たまらずお腹を抱えてしまう。
「なっ――そこは笑うところじゃないわよ!」
日頃の運動のおかげか、あまり衰えていない胸板をポカポカと叩かれる。
せっかくのロマンチックなムードは吹き飛んでしまったが、じゃれ合っているうちに、どちらからともなく布団に倒れ込んだ。
「夫婦っていいよな」
「どうしたの、突然」
「葉月と和也君を見てて、そう思ったんだ」
ずっと独身だろうと思っていた春道が、奇跡じみたきっかけで結婚し、娘だけでなく孫まで生まれた。
「なら、それも春道さんのおかげだわ」
「ハハ、さすがに無理があるだろ」
「ないわ。だって葉月は春道さんの背中を見て、きっと和也君との素敵な関係を築いたんだもの」
「……だったら和葉のおかげでもあるな」
額を軽くぶつけあい、クスクスと笑う。
四十代も後半だというのに、まるで中学生みたいだと春道は思った。
こうして振舞えるのも、妻がいてくれるからだとも。
「和葉の言う通りだといいな。そうしたら、俺たちはしっかりと親の役目を果たせたことになる」
「きっとそうよ。私は今でも――いいえ、今だからこそ、世界で一番素敵な旦那様だと、どんな人にも春道さんを紹介できるもの」
「……ありがとう。俺にとっても、和葉は世界で一番素敵な奥様だよ」
目を閉じれば、二人の間だけ時間が戻ったように感じられる。
きっと明日も幸せな一日になるだろう。
春道はそう確信していた。
それだけ忙しかったのだが、原因は仕事ではない。
もっと嬉しい理由だ。
「穂月は可愛いなあ」
鏡を見なくとも、だらしのないニヤけ顔になっていると自覚できる。
隙あらば同じ称賛を繰り返している春道に、昨夜、愛娘の葉月が夫の和也とどっちが多く言ってるだろうなんて苦笑していた。
「でも、仕方ないよなあ」
可愛い寝顔を見せてくれている小さな小さな女の子は、春道の初孫なのだ。
佐々木実希子の母親みたいに号泣するほど願っていたわけではない。
それでも実際にこうして目の前に現れると、もう天使にしか見えなかった。
「本当に可愛いなあ」
ひたすらデレデレしているせいで仕事も手につかないが、これも家族の一員として貢献するため。
妻の和葉に言わせれば体のいい理由付けでしかないそうだが、実際にその通りなので言い訳のしようがなかった。
だが春道にも一応の言い分がある。
店主の葉月と親友で主力の実希子が揃って産休中のため、一時的な人手不足に陥っているムーンリーフを和葉が手伝っているのだ。
早朝から家を空けるため、家事は自宅で仕事ができる春道の担当になる。
そして穂月の母親である葉月だって、いくら産後で疲れているとはいえ、一日中家に閉じ込めておくわけにはいかない。
よって多少の遅れが出たところで、春道は仕事よりも孫の世話を優先しなければならないのである。
一人、グッと握り拳を作っていると、背後からクスクスと笑い声が聞こえた。
「葉月、戻ってたのか」
「うん。パパのおかげで買い物できたよ」
久しぶりに外出した葉月は疲労を滲ませながらも、どこかさっぱりした顔になっていた。
「やっぱりお外はいいね。早く穂月とも散歩できるといいな」
「散歩か……うん、いいな。実にいい」
「アハハ、パパってば、またメロメロになってるよ」
「可愛い娘の、そのまた可愛い娘だからな。可愛くてどうしようもない」
「だからって、甘やかしすぎちゃだめだからね」
笑顔で注意され、春道もまた笑顔で頷く。
*
仕事に戻ってもそわそわは止まらないが、あんまり頻繁に顔を出していると、さすがにウザがられる。
和葉が帰ってくるまでは我慢と言い聞かせ、昔からの取引相手と打ち合わせもするが、ついつい自慢話を織り交ぜてしまい、次女が産まれた時みたいだとからかわれてしまった。
それでもなんとか今日の分を終わらせると、そわそわのレベルが急上昇する。
すでに午前中から孫の顔を見まくっているだけに、午後は和葉が帰宅したら付き添いという名目でまたお邪魔するつもりだった。
「ただいま……って、春道さん、仕事は終わってるのよね?」
帰宅するなり愛妻が半眼になる。
犬ならば間違いなく尻尾を振りたくる勢いで頷き、手洗いうがいを終えてくるのを待つ。
現在は午後四時過ぎ。和葉が一休みしたら、すぐ買い物へ向かうのがいつもの流れだ。その前に一緒に二階へ行き、葉月と孫娘の様子を窺う。
「変わったことはない?」
春道とは違うと言わんばかりに理知的な問いかけをする愛妻。
だが春道の心の目には、彼女も子供部屋に入るなり、見えない尻尾を振っているのが見えた。
「うん。パパも気遣ってくれるし、問題ないよ」
「それは良いことだけど、手伝いすぎがそのうち問題になるんじゃないかしら」
どことなく責めるような気配が、鋭さを増した視線に込められている。
「羨ましいのはわかるけど、和葉にはムーンリーフを支える役目があるんだから仕方ないだろ」
「ごめんね、ママ……」
産休中で以前みたいに動けない葉月が、途端に申し訳なさそうにする。
これに慌てたのは、娘を責める意図などなかった和葉だ。
「謝らなくていいの。お店を手伝うくらいなら私にもできるけど、出産は妊娠した女性にしかできないんだから」
その出産も男性が想像するより何倍も大変で、産んだからといって、はい終わりというものでもない。
それは菜月を産んだ和葉を見てきたので、春道にもよくわかっていた。
「そうだぞ、苦労をかけられるからこそ、家族だ。さあ、穂月の世話は俺に任せて、和葉と買物でも――ふごべっ」
額を叩かれて奇妙な悲鳴を上げると、可愛い孫娘が笑うように身じろぎした。
「なんてこった。和葉のせいで、穂月は人が叩かれるのを見て喜ぶ悪女に育つかもしれない」
「わ、私のせいじゃないでしょう」
育児の経験がありながら慌てふためく和葉。
彼女に言わせると、誰一人として同じ赤ん坊などいないのだから、多少の知識はあれども計算通りにいくことなどないらしい。
「大丈夫だよ、これ、多分おむつだから」
「さすが母親だな。そんなにすぐわかるものか」
「さっきご飯にしたばかりだからね」
春道と和葉が見守る中、テキパキと葉月がおむつを交換する。
「この子はとても幸せそうな顔をするわね」
「葉月の娘だからな」
「アハハ、それならきっと楽しい人生になるよ」
和葉の感想に同意した春道の理由に、葉月がケラケラと笑った。
*
午後七時を過ぎると、ムーンリーフのために駆けずり回っている和也も帰宅する。
早朝から働きっぱなしで、中休みを取っても娘の様子を見に来るので、仮眠も取れていないのだが、当人は至って元気そうだ。
娘の顔を見るのが何よりの栄養剤だと、率先して育児も手伝っている。
葉月は自分の分も仕事をしてくれているのだからと休んでほしそうだが、当人が自分にも世話をさせてほしいと譲らないのである。
「和也君のそういうところは、春道さんに似てるわね」
皆で下げた食器を、全自動食器洗い機に託したあと、リビングで和葉が笑った。
洗濯機も新築を機に乾燥機つきの新しいのを春道が購入した。
その分、家事労働はぐっと楽になったが、和葉や葉月は「楽してるみたい」と少しだけ申し訳なさそうだった。
春道はすぐに自分のために購入したのだと説明したが。
「食器洗い機とかのこともそうだよね」
考えていたことをピンポイントで葉月に指摘され、思わず口に含んでいた紅茶を噴き出しそうになる。
「構ってほしいから、そのための時間を作るために、機械に頼って家事の負担を減らして何が悪いと言ってたわね」
その時の光景を思い出しているのか、和葉は実に楽しそうだ。
「人に優しくできるのは、お金であれ、時間であれ、体力であれ、自分に余裕があればこそだからな。俺が和葉に甘えさせてもらうためと考えれば、微塵も高くない投資だ」
堂々と胸を張り、春道は視線を和也に向ける。
「だから和也君も休息は必要だぞ。疲れが溜まってるせいで些細な言葉に苛ついて、大切な家族に攻撃的になってしまったら後で悔やむ。特に疲労を自覚できてなかったとしたら尚更だ」
「そう……ですね。もう少し考えてみます」
「深刻にならなくてもいいさ。夫婦で育児をするのは当たり前だしな。それにその分だけ葉月は和也君を見る余裕ができる。だからこそ、その葉月が少し休んだ方がいいと忠告したら、よく自分の体と相談してみてほしい。その上でまだ大丈夫と和也君が判断したなら問題ないし、葉月も尊重してあげるといい」
「うん、わかった!」
ソファで穂月を抱っこしていた葉月が、和也と顔を見合わせたあとで元気に返事をした。
*
「やっぱり春道さんは一家の大黒柱ね」
更けたというにはまだ早いが、早朝に動き出す高木家の就寝は、穂月が誕生したことでさらに早くなった。
和葉が頼もしげにすり寄ってきたのは、二人分の布団を協力して敷き終えた時だった。
春道は横座りの愛妻の肩を抱き、
「和葉が支えてくれるから、俺は偉そうなことを言えるんだよ。それこそ余裕がなければ、愛する娘にだって何もしてやれない」
「フフ、ありがとう」
はにかんだ和葉が春道の胸に顔を埋める。
「穂月はもう寝たかしら……」
「起きて、葉月にご飯をねだってる最中かもしれないな」
「たまには夜も面倒を見てあげた方がいいと思う?」
「俺としては賛成だが、葉月がどう思うかだな。気遣いするから、それなら自分がムーンリーフに出勤するとか言い出しそうだし」
「それは困るわね」
ふうとため息をつく愛妻の前髪を、軽く左右に分ける。
「穂月と一緒に寝たいんだろ」
「もちろんよ」
冗談っぽく言った春道に、満面の笑みを和葉が見せた。
「あの愛らしさが傍にあるだけで癒されるもの」
「和也君みたいなことを言い出したな」
「それに!」
春道の苦笑を遮り、和葉は爛々と瞳を輝かせる。
「笑った時なんて私にそっくりなの!」
葉月にではなく、自分にと言い出した鼻息の荒い愛妻。
笑みから苦味が消えた春道は、たまらずお腹を抱えてしまう。
「なっ――そこは笑うところじゃないわよ!」
日頃の運動のおかげか、あまり衰えていない胸板をポカポカと叩かれる。
せっかくのロマンチックなムードは吹き飛んでしまったが、じゃれ合っているうちに、どちらからともなく布団に倒れ込んだ。
「夫婦っていいよな」
「どうしたの、突然」
「葉月と和也君を見てて、そう思ったんだ」
ずっと独身だろうと思っていた春道が、奇跡じみたきっかけで結婚し、娘だけでなく孫まで生まれた。
「なら、それも春道さんのおかげだわ」
「ハハ、さすがに無理があるだろ」
「ないわ。だって葉月は春道さんの背中を見て、きっと和也君との素敵な関係を築いたんだもの」
「……だったら和葉のおかげでもあるな」
額を軽くぶつけあい、クスクスと笑う。
四十代も後半だというのに、まるで中学生みたいだと春道は思った。
こうして振舞えるのも、妻がいてくれるからだとも。
「和葉の言う通りだといいな。そうしたら、俺たちはしっかりと親の役目を果たせたことになる」
「きっとそうよ。私は今でも――いいえ、今だからこそ、世界で一番素敵な旦那様だと、どんな人にも春道さんを紹介できるもの」
「……ありがとう。俺にとっても、和葉は世界で一番素敵な奥様だよ」
目を閉じれば、二人の間だけ時間が戻ったように感じられる。
きっと明日も幸せな一日になるだろう。
春道はそう確信していた。
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