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葉月の小学・中学校編

菜月の誕生日と闇鍋

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 年末年始のイベントも終わり、厳しかった冬が主役の座を春へ譲った。

 学年がひとつ上がり、愛娘の葉月も小学五年生になった。クラス替えで仲良し四人組が、揃って同じクラスになったと喜んでいた。

 春道は相変わらず自宅で仕事の日々を過ごし、妻の和葉は育児や家事に追われる。そんな中でも、新しい出来事というのは常にやってくる。

 ベビーベッドで寝てばかりだった菜月が、誕生日が近づくにつれて色々な反応を見せだした。よく笑顔になるし、おすわりもできる。
 葉月という娘はいるが、出会った時はすでに小学生だった。赤ちゃんの成長を、春道が目の当たりにするのは初めてになる。

 そのうちに、皆が見てる前ではいはいもし始めた。あーうーと声を発して、手足を一生懸命に動かす。とても可愛らしい姿にノックアウトされそうになる。
 それでも菜月だけを構ったりせず、春道は長女の葉月とも暇さえあれば遊んだ。
 もっとも葉月の方は学校帰りに友人らと遊んできたりするので、せいぜいが一緒に買い物へ出かける程度だった。

 それでも葉月は十分に喜んでくれて、菜月に嫉妬するような事態も減った。
 暇さえあれば、積極的に世話を手伝ってくれるほどだ。葉月自身も、妹の菜月を可愛いと思ってる証拠だった。

 過ごしてるうちは時間の流れを長く感じるが、過ぎ去ってしまえばあっという間だ。菜月の成長を家族で見守ってるうちに、気がつけば夏が近づいてきた。
 本格的に暑くなるのはまだ先だが、その前に重要なイベントがある。それは高木菜月の誕生日だった。

 六月二十五日。

 高木家の次女が一歳になる。春道の仕事に影響が出ないようにと、和葉は自分の部屋で赤ちゃんとともに生活した。
 夜泣きは少なかったと言ったが、苦労は多かったはずだ。当人はその分、幸せもひとり占めできましたと言っていたが、家事と育児の両立は大変に決まっている。
 春道や葉月も手伝ったつもりでいるが、どこまで妻の役に立てたのかはわからない。

 とにもかくにも、大きな病気もなく無事にここまで成長してくれた。親としては何よりも嬉しい。次第に動き回る範囲が広くなっていく菜月を見るたびに、とても微笑ましい気分になる。

 そんなある日の日曜日。
 夕方頃になり、春道が一階へ丁度やってきた時だった。葉月の大きな驚きの声が家中に響き渡った。
 春道はもちろん、台所で洗い物をしていた和葉も何事かと慌てた様子を見せる。

「葉月はどこにいるんだ?」

 リビングにいた春道が、和葉に尋ねた。

「私の部屋で、菜月を見てくれているはずです。何かあったのでしょうか?」

 とにかく行ってみようと、春道は和葉と一緒にリビングを出た。向かった先は、葉月と菜月の姉妹がいるという和葉の部屋だ。
 飛び込むようにして中へ入ると、すぐに葉月がこちらを振り向いた。

「パパ、ママーっ!」

 興奮気味に、言葉を発する。

「菜月が、菜月が……!」

「菜月がどうしたんだ!?」

 何かトラブルでもあったのかと、焦りと不安で激しい動機に襲われる。
 すると葉月は、いきなり笑顔になった。

「さっきね、菜月が歩いたんだよっ!」

「え?
 菜月が歩いた?
 驚かせるなよ。何かあったのかと……。
 って、歩いたのか!」

 葉月を育てた和葉ならそうした場面を見てきてるだろうが、初心者マーク付きの父親である春道は目撃した経験がなかった。
 その分だけ驚きも大きく、実際に見てみたい衝動に駆られる。

「もうすぐ一歳ですからね。はいはいも順調にしてましたし、歩き始めてもいい頃ですよ」

「そうなのー?」

 両足を開いて床に座っている葉月が、顔だけ動かして和葉を見た。

「ええ。葉月が初めて歩いたのも、大体このくらいでした。そのうちに、色々な単語を話すようにもなるでしょうね」

「楽しみだねー。菜月は最初に何て喋るんだろうねー」

 本当に楽しみだといった表情を葉月が浮かべる。
 愛娘同様に、春道もその瞬間が楽しみだった。

   *

 さらに日は進み、春道も菜月の歩く姿を無事に見られた。歩く距離も段々と伸び、元気に動き回る。
 マンションなら下の階あたりからうるさいとクレームがきそうだが、幸いにしてここは一軒家。隣人も穏やかな方々ばかりだったので、生活音などでトラブルになったりはしなかった。

 子育てが初めての春道は驚いたり戸惑ったりも多いが、妻の和葉は経験があるだけにわりと余裕があった。だからこそ大変な育児をしつつも、きちんと家事をこなせているのだろう。
 たまにいらいらしてしまうのは、人間なのだから当たり前だった。
 ぎくしゃくしたりもするが、すぐに仲直りできる。自慢になってしまうが、春道はいい家庭が築けていると思っていた。

 そこに加わった新しい娘の成長具合に目を細め、気がつけば誕生日を迎えた。
 一歳になる娘の顔はさらに女の子らしくなり、どことなく和葉の面影があった。それでいて、口元あたりは春道に似てるような気もする。
 顔を見てるだけで、心が癒されるのだから不思議だった。

「ねえ。せっかくの菜月の誕生日なんだから、皆でお祝いしようよー」

 今朝にそう提案した葉月が、学校帰りにいつもの面々を連れてきた。
 葉月の誕生日でもないのにどうして呼ばれたのかという疑問を抱きつつも、好美らは菜月の誕生日を祝ってくれる。

「まだ、何か言ったりしてないんですか?」

 実希子が、和葉に質問する。

「残念ながら、まだみたいです。葉月は、意外と話すのが早かったのですけどね」

 菜月も含めて、全員がリビングにいる。葉月たちはリビングのソファに座り、春道と和葉は食卓の方にいる。
 菜月は丁度その中間あたりで、だあだあとはいはいをしてる最中だ。

 仲良し四人組の中で、実希子が一番楽しそうに菜月と接しているのが意外だった。男っぽい性格だとばかり思っていたが、もしかすると一番母性が強かったりするのかもしれない。

「でも、プレゼントって本当にこんなものでよかったの?」

 口を開いたのは柚だ。
 話しかけられた葉月は、いつもの人懐っこい笑顔で「もちろんー」と応じる。

 春道と和葉は長女から話を聞いていないので、何のことを言ってるのかさっぱりわからない。このまま突っ走らせていいのかを確認するためにも、代表して春道が質問する。

「なあ、葉月。菜月のお祝いはいいんだが、一体何をするつもりなんだ?」

 葉月が答える前に、自分も気になってたとばかりに好美が頷く。どうやら友人たちも、今回の件に関する詳しい説明は受けてないみたいだった。

「菜月のお誕生日パーティーだよっ! メインはなんと、闇鍋ですっ!」

 胸を張る葉月以外は、揃って「はあ?」と首を傾げた。
 愛娘が闇鍋の存在を知っていたのも驚きだが、どうしてそれをお祝いの席でやろうと考えたのか理解できない。

「葉月……貴女、闇鍋がどういうものなのか、きちんと理解できているの?」

 不安げな和葉が、改めて葉月に尋ねた。

「部屋を真っ暗にしてね、皆が持ち寄った色々な食材を鍋に入れて調理するんだよ。これをやるとね、大盛り上がり間違いなしってあったのー」

 一緒に説明を聞いていた好美がため息をつく。どうやら彼女は、実希子や柚よりも闇鍋に関する知識を持っているみたいだった。

「それで私たちに、一旦自宅へ戻って、昨日の夕飯の残り物を持ってきてなんて言ったのね。でも、葉月ちゃん。大盛り上がり間違いなしって、どこにそんな情報があったの?」

「本で見たのー」

 葉月の回答に、今度は春道がため息をつく番だった。
 漫画か小説のどちらかはわからないが、余計な知識を無邪気な愛娘に与えてくれたものだ。
 軽い眩暈を覚えつつも、春道は一応どこからその本を調達したのか聞いてみた。
 すると、予想外の答えが返ってきた。

「パパの部屋だよー」

「え……俺の部屋……?」

 闇鍋を題材にした本があったかなと考える春道に、またお前かと言いたげな視線が突き刺さってくる。とりわけキツかったのは、好美と和葉のジト目だった。

   *

 勢いに乗った葉月は誰にも止められない。好美の制止をあっさりと振り切る。
 いつになくテキパキとした動きで、瞬く間に闇鍋の準備が完了する。参加を強制された面々が食卓を囲む中、ひとり不参加を許された菜月が楽しそうに床を転げまわっている。

 確か今回は菜月の誕生日だから集まったはずなのだが、どうにもおかしな展開になってしまった。
 けれど春道が指摘したところで、お前のせいだろと怒られるのがオチだ。責任を取る意味も含めて、闇鍋を誰より食べるしかなかった。

「楽しみだねー、闇鍋」

 悲壮感漂う周囲を尻目に、葉月ひとりが期待で瞳を輝かせる。春道の部屋で、一体何の本を見たのか本気で気になる。
 諦めてくれそうもないので、覚悟を決めて電気を消す。菜月は怪我をしたりしないよう、和葉がお腹の上に抱いた。

 室内が真っ暗になったところで、葉月が食材投入の合図を出す。戸惑いの空気が漂う中、好美たちが家から持ってきたという食品を鍋の中に入れる。
 春道が選んだのはハムだった。何にでもあう感じがするし、ほとんど味つけをしてない鍋の中にいれても、それなりどころか美味しく食べられるはずだと考えた。

 好美らもまともな食材を持ってきてくれてるはずなので、バラエティ番組みたいな事態になるのは避けられるはずだ。
 食材を入れてぐつぐつ煮込んだあと、いよいよ試食が開始される。
 事前に目の前へ用意してあった箸を手に取り、今度もまた葉月の号令で一斉に鍋の中へ入れる。

 部屋が暗いので何を掴んだのかは不明だが、少しだけ硬い食材だった。
 何だろうと思いつつも、恐る恐る口の中へ運ぶ。
 鍋の中で温められた食材の味は不味くなく、心当たりもあった。

「これは……じゃがいもか。うん、美味い」

 春道が声を上げると、柚と思われる少女が「それ、私のです」と言った。

「へえ、柚はじゃがいもだったのか。
 ん、アタシのはハムだ」

 どうやら春道が投入したのは、実希子の口へ最初に入ったみたいだった。
 以降も続々と、何を食べたのかの発表が続く。鍋を駄目にするようなものはひとつもなかった。
 安堵したところで、春道が席を立って電気をつけにいく。

 室内が明るくなったところで、愛娘の葉月が「ドキドキしたねー」と感想を口にした。

「ドキドキしすぎて、心臓に悪いくらいだわ……」

 好美は、誰よりも疲れ果ててる様子だった。
 春道も席に戻り、改めて鍋の中を確認する。じゃがいもやかまぼこ、それにハムなどがあった。

「これなら、普通に食べても大丈夫そうですが、せっかくなので多少の味つけをしましょう」

 和葉の提案に、菜月を除く全員が賛成する。パーティーの主役は、春道たちの様子をポカンと見つめてるだけだ。

「それにしても今回の闇鍋って、菜月ちゃんの誕生日にかこつけて、葉月がやりたかっただけだろ」

 実希子の指摘が図星だったのか、葉月が照れた様子で頭を掻きながら「えへへー」と笑う。

「まったく仕方のない奴だな。けど、無事に食えたし、よしとするか。俺はてっきり、葉月なら好物のプリンを入れるかもしれないと考えてたからな」

 場を和ませるジョークのつもりだったのが、約一名には通用しなかった。
 急にがばっと立ち上がり、冷蔵庫へ直行する。

「ママー、冷蔵庫にプリンってあったよねー」

「え? プリンならあるけど……って、まさか……やめなさい葉月っ!」

 和葉や好美が中心となって、葉月の暴挙を食い止めた。
 そのあとで春道は葉月と一緒に怒られてしまったが、何故か菜月が楽しそうに笑っていたので、まあいいかと思った。
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