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合同披露宴
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「ちょ、ちょっと、春道さん!?」
慌てふためく愛妻を尻目に、春道はホテル内を走る。
すぐ後ろを愛娘の葉月が、一生懸命についてきている。
「お、下ろしてください」
ホテルに入っているため、当然のごとくスタッフや、通常の利用客の目に触れる。
和葉が何故、顔面を真っ赤にしてるかといえば、理由はひとつしかなかった。
ウエディングドレス姿のまま、春道にお姫様抱っこされているからである。
姿を見た利用客の誰かが口笛を吹き、合わせるように歓声が上がる。
春道は別に恥ずかしくなかったが、両手で抱きかかえられている妻は違った。
ゆでだこみたいに真っ赤な顔を、見ないでとばかりに両手で隠している。
母親の羞恥も知らず、一緒に披露宴会場へ向かっている葉月は羨ましそうに「いいなー」と口にする。
「葉月にもー」
「よし。じゃあ、あとでな」
父娘の会話をしてる春道を、恨みがましそうな目で和葉が見てくる。
「ドレスを汚さずに歩くのなら、これしかないだろ」
「そ、そうかもしれませんが……ほ、他の方法を……」
「考えていたら、披露宴に大遅刻だぞ。ただでさえ遅れ気味なんだ」
「う、うう……」
反論のしようがなくなり、和葉が悔しそうに押し黙る。
披露宴会場へ着くまで、春道にお姫様抱っこされ続けなければならないのだ。しかも恰好は、純白のウエディングドレス姿である。
否応なしに人目を集め、ホテルの従業員でさえ驚きを隠しきれていなかった。
フロントで場所を尋ねる際には、これまでで最高数の視線が注がれた。
照れまくる愛妻がなんだか可愛くて、春道は意地悪をしたくなる。
「これが俺の奥さんです。美人でしょう」
「なっ――!?」
表情を硬直させる和葉のすぐ側で、披露宴会場へ案内してくれようとしているフロントの若い女性が「とても素敵ですね」と応じてくれる。
「葉月は娘ですー」
羞恥心マックスの母親を尻目に、白色のドレスを身に纏っている葉月が自分も褒めてとばかりにそんな台詞を口にした。
勝手に巻き起こる周囲からの拍手を浴びながら、春道はどうもどうもと頭を下げて挨拶する。
もちろんその間も、和葉は春道の両腕でしっかり抱えられたままである。
「は、春道さん……あとで、覚悟しておいてくださいね……」
よくよく見れば、愛妻は恥ずかしさのあまり、瞳に涙をにじませている。
さすがにやりすぎたかと反省しつつ、春道はホテルスタッフの女性の背中を追って、披露宴会場へ向かう。
そんな折、夫婦の会話を聞いていた娘が、ナイスフォローの台詞を差し込んできた。
「ママ、嬉しくないのー?」
「え? それは……その……」
真っ赤な顔をさらに紅潮させた和葉は、何も言えずに口ごもる。
それだけでも十分だったが、後々の悲劇を回避するためにも、春道はとどめのひと言を発した。
「パパはママをお姫様抱っこできて、嬉しいんだけどな」
このような言葉を恥ずかしげもなく言っている姿を、過去の春道が見たら発狂するかもしれない。それぐらい、和葉たちと一緒に生活するようになって変わった。
気軽に冗談を言い、喧嘩をしても必ず仲直りできる。現在の夫婦関係及び家族関係は、春道に良い影響をもたらしてくれていた。
「ま、また……春道さんは……」
「ねー、ママはー?」
追い討ちをかけるかのごとく、悪戯っぽい笑みを浮かべた葉月が再度、和葉へ問いかけた。
逃げ道を塞がれたも同然と判断したのか、半ばヤケクソ気味に和葉が声を張り上げる。
「う、嬉しい……です。春道さんの両腕は温かいですし……
って、どうして、こんなことを言う必要があるんですか」
「ハハハ。まあ、そう怒るなよ。
けど、このまま披露宴会場へ乱入しても構わないよな?」
ここまできたら、さすがの和葉も、もう拒絶はしなかった。
「好きにして結構ですから、早く連れて行ってください」
諦めたように力を抜き、全身を預けてきた妻を、春道はこれまで以上の力で強く抱きしめた。
*
「遅くなりました」
披露宴の出席者が出入りする扉をバンと開ける。
ホテルの女性スタッフが本来の入口へ案内してくれようとしたが、すでに披露宴は開始されている。
そこへ華やかな音楽とともに登場しても、今さら感が強すぎる。
春道は一般出入口への突撃を決め、葉月と一緒にドアを開いた。
突然の乱入者の襲撃に、賑やかだった披露宴会場が一瞬にしてシンとする。
「だ、だから言ったでしょう。今さらでも、普通にやるべきだったのです……!」
春道の腕の中で抗議してくる和葉は気を遣って小声だったのだが、それでも会場内へ響き渡った。
確かにこれは失敗したかもしれない。
春道もそう思っていると、すでに自分の席へついている戸高家の現当主が大きな声で笑い出した。
「さすがは春道君だね。まさか、こんな登場をするとは、思ってもいなかったよ」
「本当ですね。美味しいところを持っていかれました。和葉さんも、意外に欲しがりだったんですね」
婚姻届の提出も済ませ、正式に戸高泰宏の妻となった戸高祐子がクスリとする。
その様子を見ていた和葉がすかさず反論しようとした矢先、愛娘が「そうなんですー」と豪快に言い放った。
「えぇ!?
ちょっ……葉月!?」
夫の腕の中で慌てふためくウエディングドレス姿の母親と、高級そうな白い洋服を身に着けながら何故か胸を張っている娘。あまりにも奇妙すぎる光景に、自然と会場内からも笑い声が聞こえ始めた。
拍手に口笛、赤面するくらいのお祝い野次。
様々なものが、春道たちへ降り注いでくる。
会場内が歓喜に溢れて初めて、所在なさげにしていた高木家の面々が頬を緩ませていた。
真っ先に着物姿の春道の母親が駆け寄ってきて「もう、あまり心配させないでちょうだい」と、春道の肩を一度だけ叩いた。
そのあとでお姫様抱っこされている和葉へ視線を移し、いつもの調子で含み笑いをする。
「羨ましいわ、和葉さん。私なんか、お父さんに一度もそういう――」
「――とにかく席へ座りなさい。主役がいないと、どうにもならないだろう」
母親の暴走を途中で食い止めた父親が、春道たちが座るべき場所まで案内してくれる。
そこにはきちんと葉月の席もあり、家族三人が並んで座れるようになっていた。
もちろん真ん中は葉月の特等席であり、椅子に座るなり用意されていたオレンジジュースを飲んでいいか母親に尋ねる。
「ええ、もちろんよ。でも、飲み過ぎないようにね」
ようやく春道の腕から下ろされた和葉が、微笑みながら愛娘に許可を出した。
春道が瓶からコップに注いでやると、お礼を言いながら葉月はオレンジジュースを飲み始めた。
ここまで走ってきたのもあり、よほど喉が渇いていたのだろう。春道も落ち着こうと席へつくが、ひとりだけまだゆっくりできない人物がいた。
「まー、綺麗ね。とっても似合ってるわよ」
「ありがとうございます、お義母様。気を利かせて、春道さんが買ってくださったのです」
戸高家の来賓に比べれば数はずっと少ないが、高木家にも招待客はいる。
ましてや和葉は泰宏の妹。向こうの来賓も、半分はこちらに関係性が出てくる。
和葉の父親の知り合いだったという人物も次々と挨拶に訪れ、あっという間に慌しくなる。
その中には、戸髙の実家へ行った際に出会った、病院の元院長もいた。
「和葉さんたちの幸せそうな姿を見ていると、貴女のお父さんの悪巧みに加担してよかったと思えるよ」
「はい……その節は大変お世話になりました」
元院長と和葉が握手をしてる間に、春道のもとへは母親がやってきていた。
「家族写真でも撮ってきたの? どうせウエディングドレス姿をお披露目するのなら、式も挙げたらよかったじゃない」
母親の言葉に罰が悪くなる。けれど嘘をついてもいずれは露見するので、バレる前にバラしておくことにする。
「挙げてきたぞ、結婚式」
さらりと言った春道の台詞に、再び会場内がシンとする。
母親もあんぐりと口を開けており、何がなんだかわからないと言いたげだった。
「格安で済ませるために、家族だけで教会で午前中にやってきた。ほら、写真」
教会のスタッフが気を利かせて、ポラロイドのカメラで写真を撮ってくれていた。
和葉と葉月が一緒に入場してるシーンや、春道たちが家族全員で誓いを立てている場面がばっちり撮影されている。
費用を払おうとした春道に、スタッフは笑いながら「サービスです」と言って写真をくれた。
相手の好意に甘え、こうして今現在、大事な記念写真は春道の手元にある。
それら一枚一枚を手に取って見ては、母親が悔しそうな顔をする。
「アンタねー、家族ぐらいは呼びなさいよ」
「だから呼んだだろ。披露宴に」
「……はぁ……結婚しても、アンタはアンタね……」
呆れたように呟きながらも、あくまで春道の意思を尊重してくれる。
春道自身、両親を式に呼ばなくても、こうなると半ば確信していた。
「記念写真なら、披露宴でも撮れるだろ。全員、式と同じ恰好なんだから」
「まあ、そうね。そういえば、登場の時の和葉さんは――」
「……お義母様。その話はご勘弁していただけないでしょうか」
元院長の相手を終えたばかりの和葉が、申し訳なさそうに会話へ割り込んだ。
「あら、そう? でも、もう写真に撮っちゃったわよ」
「――え?」
ほら、と手にしているデジタルカメラで、撮影したばかりの写真を見せる。
そこには、確かに春道にお姫様抱っこされている和葉の姿が映っていた。
一同揃って唖然としてるかと思いきや、春道の母親だけはデジタルカメラで決定的瞬間を捉えていたのである。
「あとで焼き増しして、送るわね」
「是非、頼む」
「う、うう……」
後々までからかわれそうになる写真など、本当はいらないのだろうが、義理の母親が相手ではいつもの調子で却下もできなかった。
春道たちが到着したことで、ようやく高木家の招待客も安堵した様子で食事を取り始める。
遅れてきた春道たちをネタに、戸高家や小石川家との間でも会話が成立するようになっていた。
会場内はより和やかな雰囲気に包まれており、春道の両親が孤立化することもなかった。
もっともあの母親の性格であれば、どのような事態へ陥っても楽しみそうな気がする。
ともかく、たいした問題もないままで、合同の披露宴が進行していく。お決まりの出し物や、奇想天外なイベントまで様々である。
当初は兄の泰宏に迷惑をかけたのではないかと気にしていた和葉も、春道が事前に計画を説明して了承を得ていたと教えると、素直に披露宴を楽しむようになっていた。
普段はほとんど飲まないお酒も、この時ばかりは飲んで頬をほんのりと朱に染めている。
艶っぽい横顔を見ても、邪な気分を抱かずに済んだのは、隣に座っている愛娘のおかげかもしれない。
「お料理、美味しいねー」
春道が見てるのに気づくと、フォークを片手に、にぱっと笑う。口周りにクリームみたいなのがついていたので、持っていたハンカチで拭いてやる。
するといつの間にか近くへきていた母親が、目を細めて呟いた。
「春道も、もう立派なお父さんね」
「うん。パパはね、葉月のパパなんだよ」
照れ臭くなって苦笑する春道に代わり、満面の笑みで葉月がそう言ってくれたのだった。
慌てふためく愛妻を尻目に、春道はホテル内を走る。
すぐ後ろを愛娘の葉月が、一生懸命についてきている。
「お、下ろしてください」
ホテルに入っているため、当然のごとくスタッフや、通常の利用客の目に触れる。
和葉が何故、顔面を真っ赤にしてるかといえば、理由はひとつしかなかった。
ウエディングドレス姿のまま、春道にお姫様抱っこされているからである。
姿を見た利用客の誰かが口笛を吹き、合わせるように歓声が上がる。
春道は別に恥ずかしくなかったが、両手で抱きかかえられている妻は違った。
ゆでだこみたいに真っ赤な顔を、見ないでとばかりに両手で隠している。
母親の羞恥も知らず、一緒に披露宴会場へ向かっている葉月は羨ましそうに「いいなー」と口にする。
「葉月にもー」
「よし。じゃあ、あとでな」
父娘の会話をしてる春道を、恨みがましそうな目で和葉が見てくる。
「ドレスを汚さずに歩くのなら、これしかないだろ」
「そ、そうかもしれませんが……ほ、他の方法を……」
「考えていたら、披露宴に大遅刻だぞ。ただでさえ遅れ気味なんだ」
「う、うう……」
反論のしようがなくなり、和葉が悔しそうに押し黙る。
披露宴会場へ着くまで、春道にお姫様抱っこされ続けなければならないのだ。しかも恰好は、純白のウエディングドレス姿である。
否応なしに人目を集め、ホテルの従業員でさえ驚きを隠しきれていなかった。
フロントで場所を尋ねる際には、これまでで最高数の視線が注がれた。
照れまくる愛妻がなんだか可愛くて、春道は意地悪をしたくなる。
「これが俺の奥さんです。美人でしょう」
「なっ――!?」
表情を硬直させる和葉のすぐ側で、披露宴会場へ案内してくれようとしているフロントの若い女性が「とても素敵ですね」と応じてくれる。
「葉月は娘ですー」
羞恥心マックスの母親を尻目に、白色のドレスを身に纏っている葉月が自分も褒めてとばかりにそんな台詞を口にした。
勝手に巻き起こる周囲からの拍手を浴びながら、春道はどうもどうもと頭を下げて挨拶する。
もちろんその間も、和葉は春道の両腕でしっかり抱えられたままである。
「は、春道さん……あとで、覚悟しておいてくださいね……」
よくよく見れば、愛妻は恥ずかしさのあまり、瞳に涙をにじませている。
さすがにやりすぎたかと反省しつつ、春道はホテルスタッフの女性の背中を追って、披露宴会場へ向かう。
そんな折、夫婦の会話を聞いていた娘が、ナイスフォローの台詞を差し込んできた。
「ママ、嬉しくないのー?」
「え? それは……その……」
真っ赤な顔をさらに紅潮させた和葉は、何も言えずに口ごもる。
それだけでも十分だったが、後々の悲劇を回避するためにも、春道はとどめのひと言を発した。
「パパはママをお姫様抱っこできて、嬉しいんだけどな」
このような言葉を恥ずかしげもなく言っている姿を、過去の春道が見たら発狂するかもしれない。それぐらい、和葉たちと一緒に生活するようになって変わった。
気軽に冗談を言い、喧嘩をしても必ず仲直りできる。現在の夫婦関係及び家族関係は、春道に良い影響をもたらしてくれていた。
「ま、また……春道さんは……」
「ねー、ママはー?」
追い討ちをかけるかのごとく、悪戯っぽい笑みを浮かべた葉月が再度、和葉へ問いかけた。
逃げ道を塞がれたも同然と判断したのか、半ばヤケクソ気味に和葉が声を張り上げる。
「う、嬉しい……です。春道さんの両腕は温かいですし……
って、どうして、こんなことを言う必要があるんですか」
「ハハハ。まあ、そう怒るなよ。
けど、このまま披露宴会場へ乱入しても構わないよな?」
ここまできたら、さすがの和葉も、もう拒絶はしなかった。
「好きにして結構ですから、早く連れて行ってください」
諦めたように力を抜き、全身を預けてきた妻を、春道はこれまで以上の力で強く抱きしめた。
*
「遅くなりました」
披露宴の出席者が出入りする扉をバンと開ける。
ホテルの女性スタッフが本来の入口へ案内してくれようとしたが、すでに披露宴は開始されている。
そこへ華やかな音楽とともに登場しても、今さら感が強すぎる。
春道は一般出入口への突撃を決め、葉月と一緒にドアを開いた。
突然の乱入者の襲撃に、賑やかだった披露宴会場が一瞬にしてシンとする。
「だ、だから言ったでしょう。今さらでも、普通にやるべきだったのです……!」
春道の腕の中で抗議してくる和葉は気を遣って小声だったのだが、それでも会場内へ響き渡った。
確かにこれは失敗したかもしれない。
春道もそう思っていると、すでに自分の席へついている戸高家の現当主が大きな声で笑い出した。
「さすがは春道君だね。まさか、こんな登場をするとは、思ってもいなかったよ」
「本当ですね。美味しいところを持っていかれました。和葉さんも、意外に欲しがりだったんですね」
婚姻届の提出も済ませ、正式に戸高泰宏の妻となった戸高祐子がクスリとする。
その様子を見ていた和葉がすかさず反論しようとした矢先、愛娘が「そうなんですー」と豪快に言い放った。
「えぇ!?
ちょっ……葉月!?」
夫の腕の中で慌てふためくウエディングドレス姿の母親と、高級そうな白い洋服を身に着けながら何故か胸を張っている娘。あまりにも奇妙すぎる光景に、自然と会場内からも笑い声が聞こえ始めた。
拍手に口笛、赤面するくらいのお祝い野次。
様々なものが、春道たちへ降り注いでくる。
会場内が歓喜に溢れて初めて、所在なさげにしていた高木家の面々が頬を緩ませていた。
真っ先に着物姿の春道の母親が駆け寄ってきて「もう、あまり心配させないでちょうだい」と、春道の肩を一度だけ叩いた。
そのあとでお姫様抱っこされている和葉へ視線を移し、いつもの調子で含み笑いをする。
「羨ましいわ、和葉さん。私なんか、お父さんに一度もそういう――」
「――とにかく席へ座りなさい。主役がいないと、どうにもならないだろう」
母親の暴走を途中で食い止めた父親が、春道たちが座るべき場所まで案内してくれる。
そこにはきちんと葉月の席もあり、家族三人が並んで座れるようになっていた。
もちろん真ん中は葉月の特等席であり、椅子に座るなり用意されていたオレンジジュースを飲んでいいか母親に尋ねる。
「ええ、もちろんよ。でも、飲み過ぎないようにね」
ようやく春道の腕から下ろされた和葉が、微笑みながら愛娘に許可を出した。
春道が瓶からコップに注いでやると、お礼を言いながら葉月はオレンジジュースを飲み始めた。
ここまで走ってきたのもあり、よほど喉が渇いていたのだろう。春道も落ち着こうと席へつくが、ひとりだけまだゆっくりできない人物がいた。
「まー、綺麗ね。とっても似合ってるわよ」
「ありがとうございます、お義母様。気を利かせて、春道さんが買ってくださったのです」
戸高家の来賓に比べれば数はずっと少ないが、高木家にも招待客はいる。
ましてや和葉は泰宏の妹。向こうの来賓も、半分はこちらに関係性が出てくる。
和葉の父親の知り合いだったという人物も次々と挨拶に訪れ、あっという間に慌しくなる。
その中には、戸髙の実家へ行った際に出会った、病院の元院長もいた。
「和葉さんたちの幸せそうな姿を見ていると、貴女のお父さんの悪巧みに加担してよかったと思えるよ」
「はい……その節は大変お世話になりました」
元院長と和葉が握手をしてる間に、春道のもとへは母親がやってきていた。
「家族写真でも撮ってきたの? どうせウエディングドレス姿をお披露目するのなら、式も挙げたらよかったじゃない」
母親の言葉に罰が悪くなる。けれど嘘をついてもいずれは露見するので、バレる前にバラしておくことにする。
「挙げてきたぞ、結婚式」
さらりと言った春道の台詞に、再び会場内がシンとする。
母親もあんぐりと口を開けており、何がなんだかわからないと言いたげだった。
「格安で済ませるために、家族だけで教会で午前中にやってきた。ほら、写真」
教会のスタッフが気を利かせて、ポラロイドのカメラで写真を撮ってくれていた。
和葉と葉月が一緒に入場してるシーンや、春道たちが家族全員で誓いを立てている場面がばっちり撮影されている。
費用を払おうとした春道に、スタッフは笑いながら「サービスです」と言って写真をくれた。
相手の好意に甘え、こうして今現在、大事な記念写真は春道の手元にある。
それら一枚一枚を手に取って見ては、母親が悔しそうな顔をする。
「アンタねー、家族ぐらいは呼びなさいよ」
「だから呼んだだろ。披露宴に」
「……はぁ……結婚しても、アンタはアンタね……」
呆れたように呟きながらも、あくまで春道の意思を尊重してくれる。
春道自身、両親を式に呼ばなくても、こうなると半ば確信していた。
「記念写真なら、披露宴でも撮れるだろ。全員、式と同じ恰好なんだから」
「まあ、そうね。そういえば、登場の時の和葉さんは――」
「……お義母様。その話はご勘弁していただけないでしょうか」
元院長の相手を終えたばかりの和葉が、申し訳なさそうに会話へ割り込んだ。
「あら、そう? でも、もう写真に撮っちゃったわよ」
「――え?」
ほら、と手にしているデジタルカメラで、撮影したばかりの写真を見せる。
そこには、確かに春道にお姫様抱っこされている和葉の姿が映っていた。
一同揃って唖然としてるかと思いきや、春道の母親だけはデジタルカメラで決定的瞬間を捉えていたのである。
「あとで焼き増しして、送るわね」
「是非、頼む」
「う、うう……」
後々までからかわれそうになる写真など、本当はいらないのだろうが、義理の母親が相手ではいつもの調子で却下もできなかった。
春道たちが到着したことで、ようやく高木家の招待客も安堵した様子で食事を取り始める。
遅れてきた春道たちをネタに、戸高家や小石川家との間でも会話が成立するようになっていた。
会場内はより和やかな雰囲気に包まれており、春道の両親が孤立化することもなかった。
もっともあの母親の性格であれば、どのような事態へ陥っても楽しみそうな気がする。
ともかく、たいした問題もないままで、合同の披露宴が進行していく。お決まりの出し物や、奇想天外なイベントまで様々である。
当初は兄の泰宏に迷惑をかけたのではないかと気にしていた和葉も、春道が事前に計画を説明して了承を得ていたと教えると、素直に披露宴を楽しむようになっていた。
普段はほとんど飲まないお酒も、この時ばかりは飲んで頬をほんのりと朱に染めている。
艶っぽい横顔を見ても、邪な気分を抱かずに済んだのは、隣に座っている愛娘のおかげかもしれない。
「お料理、美味しいねー」
春道が見てるのに気づくと、フォークを片手に、にぱっと笑う。口周りにクリームみたいなのがついていたので、持っていたハンカチで拭いてやる。
するといつの間にか近くへきていた母親が、目を細めて呟いた。
「春道も、もう立派なお父さんね」
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