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男と女の婚活物語(3)

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 この日、泰宏は朝から張りきっていた。
 今日は、わざわざ小石川祐子が訪ねてきてくれることになっている。
 家へ来るといっても他意はなく、単純に泰宏との食事に応じてくれただけである。

 調理をするのは泰宏自身で、メニューは手打ち蕎麦だ。正月に妹の家族へ振舞った。大好評とまではいかなくとも、苦情は出なかった。
 妹は可愛いのだが、いわゆるツンデレというタイプだ。しかし兄の泰宏に対してはデレがなく、ひたすらツンツンしている。なので美味しかったとしても、素直な感想は期待できない。

 早朝に起床したあと、手打ち蕎麦を作るために必要な前準備を整えている。だが、自宅として用意したのは、都会よりやや郊外の一軒家だった。
 もちろん本物ではなく、この日のために空き家を借りたのである。
 というのも、結婚相談所に偽りの年収を記載しているため、正直に自宅を教えれば、嘘がバレる可能性が出てくる。

 自身の資産状況を公表すれば、それこそ結婚相談所など必要ないくらい、求婚者が殺到する。
 けれど、それでは意味がない。
 財産ではなく、泰宏自身を愛してくれる女性を欲していた。今までは結婚に興味はなかったが、妹家族と接してるうちに考えがガラリと変わった。

 先日会った感じでは、祐子の印象はそれほど悪くなかった。最高という評価にならなかったのは、時折見せる悪女的な笑みが関係していた。
 しかし、泰宏にはどうしても相手女性が悪い人間には見えなかった。
 だからこそ、こうして食事にも誘い、親睦を深めようとしている。
 結果がどうなろうとも、今回のイベントは良い経験になるはずだった。

 準備も大体終わったところで、ズボンのポケットに入れていた携帯電話が鳴り出す。途中で会社からの業務連絡が入らないよう、電話も専用のを用意していた。
 結婚相談所にも登録してある番号だが、普段プライベートで使用してるものとは違った。

「もしもし。はい、わかりました。楽しみにしています」

 もうすぐ到着しそうだという連絡を受けて、泰宏は駅まで迎えに行く旨を相手に告げた。
 本来なら愛車で送迎したかったが、前準備があるために無理を言って電車にしてもらった。といっても、相手女性が出費をしなくて済むように、目的の駅までの切符を事前に教えてもらっていた住所へ郵送していた。

 それを使用して、祐子は指定の駅まで来てくれようとしているのだ。単純に金持ちを探しているような女性ならば、このような条件には応じてくれなかっただろう。
 手間隙をかけてくれたのをみても、やはり根が純粋な女性なのだと思える。

 蕎麦を打つ準備も完了しているので、泰宏は身に着けていたエプロンを外して外へ出る。
 庭には愛車のミニバンが停めてある。ドアを開けて運転席へ乗り込むと、キーを差し込んでエンジンをかける。

 妹の夫の愛車みたいに派手な排気音は出ないが、これはこれで独特な味がある。高級車ではないが、泰宏はこの車を気に入っていた。
 アクセルをゆっくり踏み込んで、もうすぐ祐子が到着するであろう最寄り駅へ車を走らせるのだった。

   *

 食事日と指定された数日前に、祐子宅へ戸高泰宏からの招待状が届いた。

 どんな素敵なメッセージが入っているのかと思いきや、綺麗な封筒に納入されていたのは、とある駅への往復切符だった。
 その後に電話がかかってきて、相手男性の意図を説明された。電車でお越しくださいというのは、さすがの祐子も想像できないまさかの展開だった。

 普通ならこれが原因となって、縁が切れてもおかしくない。
 にもかかわらず、祐子に相手男性の誘いを断るつもりはまったくなかった。
 軽はずみと言われようが、本能で決定したのだからどうしようもない。何か不思議な縁でもあるかのように、泰宏へ引き寄せられる。

「……あれ」

 電車が停まり、降り立ったホームで祐子はきょとんとする。自分の常識では考えられない光景が広がっていたからだ。なんと駅員がいないのである。
 完全なる無人駅で、一体セキュリティはどうなっているのだろうと思わず心配になる。本当にいいのかなと思いつつ、祐子は歩いて駅を通過する。
 するとミニバンから、見覚えのある男性が出てきた。戸高泰宏である。

「迷いませんでしたか?」

 こんにちわとお互いに挨拶をしたあとで、相手男性が尋ねてくる。
 迷うも何も、切符と一緒に丁寧な乗り順を書いたメモを入れていたのは、他ならぬ泰宏だ。
 祐子は何も考えず、そのとおりにやってきた。
 そして今、この場に立っている。

「ええ、おかげ様で」

 にこりと微笑めば、相手も笑ってくれる。

「それじゃ、ご案内します」

 レディファーストとばかりに、相手男性が車の助手席のドアを開けてくれた。好意に甘えて乗り込んだあと、優しくドアが閉められる。
 あくまで紳士的な態度の泰宏が運転席へ座る。ミニバンが発進すると、祐子は頭に残っていた疑問を、隣にいる男性へぶつけた。

 どうして、駅員がいないのか。

 戸高泰宏は当たり前のように「ああ、この辺では普通ですよ」と答えた。
 どうやら別段、珍しい状態ではなさそうである。あまり神経質なタイプでもないので、祐子もこれ以上は気にしないことにする。

「田舎には、あまり来たことがありませんか?」

「そうですね……」

 赴任している小学校が充分に田舎だと思っていた。
 けれど現在位置と比べれば、驚くぐらいの都会だというのがわかった。

 正直、未だビックリしている最中だが、相手の気を悪くさせる必要はないので、あえてその点には触れないでおく。この分では、高級レストラン等はありそうもなかった。

 もっとも、最初からランチのメニューは蕎麦とわかっていたので、とりたてて失望はしない。
 それよりも祐子の興味を惹いたのは、豊かな自然だった。

「何もないでしょう」

 会話するより、車窓から流れる景色を見ていた祐子に、泰宏が声をかけてきた。

「はい。でも……意外といいものですね」

 あれこれ言葉を探すより先に、正直な感想を口にしていた。
 まずいかなと思ったが、不機嫌になるどころか、泰宏はどこか嬉しそうだった。

「近代的な建物はなくとも、自然がある。若い頃は不満に思ったものですが、歳を重ねる度に味わいが増してきます」

 なんとなくだが、相手男性の言っていることが、祐子にはわかるような気がした。これも自分が歳をとった証拠だろうか。内心で苦笑する。

「思っていたとおり、小石川さんは純粋な女性ですね」

 泰宏の発言に、祐子は「はい?」と、なんとも間の抜けた声をあげてしまった。
 もらってきた賞賛の中に、果たして純粋なんて単語はあっただろうか。
 いくら記憶の中を漁ってみても、そのような思い出は見つからなかった。

   *

 あまり経験がないのか、泰宏に「純粋だ」と言われた小石川祐子は心から意外そうな顔をしている。

 泰宏の想像どおりだとしたら、周囲の人間はあまり見る目がないのだろう。
 そう言えるぐらいに、泰宏は自分の印象に自信を持っていた。

「あまり、うまく嘘をつけないのではありませんか」

 今回の問いかけにも、そうなのかなと自信なさげに小首を傾げる。容姿が目を引くだけに、内面の感想はあまり言われないのかもしれない。
 普通に話した感じでは、常に何かを企んでいそうなタイプにも思える。
 けれど、本当は心が綺麗な女性なのではないか。そんな評価をしていた。

 やがて車は、泰宏が用意した仮の住居へ到着する。
 もちろん相手女性は、ここが泰宏の本当の住所だと信じきっている。

「なかなか……趣のある家ですね」

「ハハハ。いいんですよ、正直にボロい家だと言っても」

「……すみません」

 態度から心の声が露見したと判断したのか、求めてもいないのに祐子は謝罪の言葉を口にする。
 別に怒っているわけでもないので、気にしないでくださいと告げる。
 ミスをあまり引きずらないタイプらしく、相手は素直に頷いた。

「上がってください」

 言いながらドアを開ける泰宏を、不思議そうな目で招待客の女性が見ている。

「どうかしましたか?」

 尋ねた泰宏に、逆に相手からの質問が返ってくる。

「あの……鍵はどうやって開けたんですか」

「鍵? ああ……そういえば、かけてませんでしたね」

 何かを狙ったとかではなく、ごく当たり前の行為として鍵をかけていなかったのである。別に借家だから、適当に扱っているわけではない。戸高の実家でも同様にしている。

 そういえばと、泰宏は正月の出来事を思い出す。遊びに来ていた妹の夫も、現在の祐子と一緒の疑問を抱いていた。
 危険だと注意してくれたので、忠告だけはありがたく受け取った。泰宏も結構な歳なので、何が危険なのかは重々承知している。
 初めて他県へ行った際も、鍵をかけない泰宏に、知人が仰天していたのを今も覚えている。

 田舎であるだけに、盗みに入った入られたはすぐに広まる。加えて、そんな真似をする人間もいなかった。
 勝手に「いるかー?」と家へ上がりこんできても、嫌がるどころか平然と応じる。そんな学生時代の思い出話をすれば、さらに祐子が驚くのは間違いなかった。

「まあ、田舎町ならではの風習みたいなものです。鍵をかけてはいけないわけでもないですしね」

 泰宏の言葉どおり、鍵をきちんとかけている家もある。理由は、昔ほど安全でなくなってきたからだ。

 他所からきた人間が侵入するかもしれないと危惧する人間が現れた。
 生前、泰宏の父親が寂しそうに呟いていた。田舎町であるがゆえに、住んでいる人間は全員仲間だと思っていたのだろう。

 もっとも、純粋な都会っ子らしい小石川祐子には、そうした気持ちが簡単に理解できるはずもなかった。
 案の定「はあ……」とわかったような、わからないような返事をする。
 無理に納得してもらう必要もないので、泰宏もこれ以上の説明はしない。他にすべき事がある。

 居間に案内したあとで、畳の上に置いてある座椅子を勧める。泰宏の本当の家ならソファなどもあるが、ここは完全な和の内装になっている。
 独特の畳の香りを鼻腔で味わいながら、居間と繋がっている台所で蕎麦打ちの作業を開始する。

「約束どおり、美味しい手打ち蕎麦をご馳走しますよ」

   *

「楽しみにしていますね」
 手打ち蕎麦を作り始めた男性へ、祐子はとびきりの笑顔とともに応じた。
 別段楽しくもないのだが、退屈だという態度を出すのは失礼になる。

 もっとも、退屈というほどの状況でもなかった。
 ランチに誘ってくれた男性――戸高泰宏が、ほとんど目の前で蕎麦を打ってくれている。こうして見るのは初めてなので、珍しさから興味を惹かれる。

 作業工程を眺めながら、先ほどのやりとりを考える。当人へ質問を直接ぶつけたが、満足のいく回答は得られなかった。それだけ家に鍵をかけないでの外出は衝撃的だった。

 とはいえ、文句をつけるほどでもない。その土地ならではの風習というものが、どこにでもあるものだ。だからこそ、郷に入れば郷に従えなんて言葉もある。
 あまり気にしないようにしつつ、泰宏の調理に注目する。打ち慣れているのか、着々と蕎麦を作っている。
 生地をのばしたりなど、テレビの料理番組で見たことのある光景が広がっていた。

「お蕎麦はお好きだったのですか?」

 手打ちするくらいなのだから、相当の好物に違いない。
 だが祐子の憶測は、ものの見事に外れた。

「それが、そうでもないのです」

 泰宏の話によると、取引先の人から勧められたのがきっかけらしかった。打ってみたら意外と楽しく、知り合いに蕎麦を振舞えば喜んでもらえた。
 そのうちによく作るようになり、気づけば得意料理になっていた。会話をしながらも、着々と手を動かしている戸高泰宏がそう教えてくれた。

 専用の包丁で手際よく生地を切り、いよいよ作業工程も佳境へ入る。その間に、祐子は改めて家の中を見渡してみる。
 建築年数を聞くのも恐ろしくなるぐらいの古さを誇っている。夏なら隙間風が心地良さそうだが、冬はとても我慢できそうになかった。

 庭付き一戸建てといえば聞こえはいいものの、都心辺りの物件とは比べものにならない。万が一、祐子が泰宏と結婚すれば、この家へ住むことになるのだろうか。よく住めば都なんて言うが、今回ばかりは当てはまらないように思えた。

 そこまで考えて、祐子はひとり顔を赤くする。知らず知らずのうちに、結婚するのを前提にしていた。いくら何でも早すぎる。そう思うと同時に、自分で意識してる以上に相手男性へ惹かれているのだと気づいた。

「お待たせしました」

 祐子が自分の世界で悶々としてる間に、泰宏による手打ち蕎麦が完成した。
 この日のためにわざわざ用意してくれたのか、蕎麦は専用の容器に盛り付けられていた。

 いわゆるざる蕎麦であり、泰宏曰く特製めんつゆにつけていただくだけということだったが、蕎麦通ではない祐子が正しい食べ方を知っているはずもない。
 素直に尋ねてみたが、相手男性は笑いながら「自由に食べて結構ですよ」と返してきた。それならばと、普段どおりにいただく。
 しっかりとコシもあり、お店で食べた時よりも美味しく感じた。

「美味しいです」

 どうですかと感想を求められた瞬間に、祐子は大きな声で応じていた。お世辞ではなく、心からの言葉だった。

 泰宏は嬉しそうに「それはよかった」と笑った。
 自然と祐子も笑顔になり、久しぶりに楽しい昼食の時間を過ごせた。

 ランチを終えれば即解散ではなく、食後のティータイムへ突入する。蕎麦のあとにコーヒーもないだろうということで、食卓には緑茶の入った湯のみが置かれていた。

 家の様相ともの凄くマッチしており、まさに日本のお昼といった感じである。
 人によっては古い家が苦手だったりするが、祐子はわりと平気なタイプなので、純粋に普段とは違う状況を楽しんでいた。

   *

 無事に手打ち蕎麦をご馳走し終わり、泰宏はとりあえずホっとしていた。
 昼食に招待した女性――小石川祐子が、満足そうにしてくれているのも安堵する要因のひとつになっている。

 良く言えば趣がある。悪く言えばオンボロになる。
 年頃の若い女性だけに、自宅と偽っている借家に罪悪感を抱かれないか心配だったが、杞憂に終わっていた。
 そうした様子は見受けられず、充分にリラックスしてくれているみたいだった。基本的に我が道を行くというよりかは、他人へ苦もなく合わせられるタイプなのだろう。ますますもって泰宏の好みである。

「そういえば、小石川さんは小学校の教師をしているのでしたね。やっぱり、子供が好きなのですか?」

 共通の趣味があるわけではないので、どうしても無難な話題になる。差し障りがあれば口ごもるなり、コメントを控えるなりするはずだ。

「そうですね……嫌いではないです」

 本当に正直な女性だな。
 改めて泰宏は、相手女性にそんな印象を抱いた。嫌いではないを言い換えると、もの凄く好きというわけでもないに変わる。

 小学校の教員資格を取得したぐらいなのだから、嫌っているとは考えにくい。教師になったはいいものの、理想と現実の差に苦しんで挫折する人間も珍しくない。教師だけに限らず、すべての職種でいえることだが、世の中にはそんなに甘くないのである。

 だが理想を失えば、現実がとても味気のない世界になってしまう。決して理想を見失わずに、しっかりと現実に足をつけて生きていく。
 口にするのは簡単だが、実行するのはとても難しい。だからこそ誰もが迷い、悩み、苦しむのだ。かくいう泰宏もその中のひとりだった。

「小学生ぐらいの年頃だと、色々難しそうですね」

「ええ……私が担当しているのは二年生なんですけど、思うようにはいきません」

 取得できる情報量が増えた分だけ、子供たちも昔より多感になっている。インターネットの普及により、膨大な知識が簡単に手に入れられる。
 良くも悪くもそうした時代なのだから、情報源を無理に規制しようとするより、必要な知識だけを正しく入手する術を教えるべきだ。
 様々な情報に触れた上で、取捨選択させた方がずっと豊かな感受性を養える。そうして善悪を判断する力も身につく。これは泰宏の持論だった。

 だが自らの価値観を延々と語るほど、愚かではない。妹にはよく「空気が読めない」と言われるが、決してそうではない――
 ――と信じている。

「なんとなくわかりますよ。私に子供はいませんが、妹に娘がいるのです」

「まあ、そうなんですか」

「はい。お正月に我が家へ来て、一緒に過ごしました。賑やかで楽しかったですが、どのように接するべきか、少々悩みました」

 悩んだ末に辿り着いた結論は、自らも童心に戻って相手をするというものだった。結果として、妹に様々な場面で白い目を向けられた。

「うふふ。その時の光景を、想像できるような気がします」

 クスリとした祐子が、とても綺麗に見えた。
 特段意識したわけではなく、気づけばそのような印象を抱いていた。

「ははは。普段はひとりでいる機会が多いので、たまにはいいものです」

 職場では人に囲まれるケースも多いが、プライベートでは真逆になる。
 泰宏自身がひとりを好んでいたので、ある意味で当然だった。

 心変わりをして、結婚相談所にまで登録した要因が夫婦の絆である。急激に家族が欲しいと願い、こうして祐子とランチという名のデートをしている。
 泰宏がここまで積極的なのは、人生で初めてといってもいいくらいだった。

「妹の子供の名前は、葉月というのですけどね」

 泰宏が葉月の名前を出した瞬間、祐子の表情が凍りついたような気がした。

   *

 ただの偶然よね。
 祐子は焦る内心を抑えながら、気を落ち着かせようとする。
 原因は数秒前に、目の前にいる男性――戸高泰宏が放ったひと言にあった。
 より詳細にいえば、台詞内に含まれていた名前に反応した。

 葉月――。

 確かに泰宏はそう言った。
 祐子が受け持つクラス内にも、同じ名前の女子がいる。色々な出来事があっただけに、他の児童よりもある意味で思い入れがある。
 それゆえに慌ててしまったのだが、冷静になって考えれば、取り乱す必要などないのがわかる。

 日本だけでも数多くの人間が生活している。探せば多かれ少なかれ、自分と同じ名前を持つ人間が存在する。
 ただの偶然の一致にしかすぎないと自分を納得させてから、祐子は何事もなかったかのように、泰宏との会話を継続させた。

「そうですか。素敵な名前ですね」

「ええ。妹が名づけたのです。葉に月と書いて、葉月になります」

 ドクンと心臓が一度だけ大きく跳ねた。
 これまた祐子の知っている女児と、共通していたからである。

 もしかしてという思いが強くなり、額の髪際にかすかに汗をかく。心を落ち着かせようと努力する祐子へ、さらなる追い討ちがかけられる。

 聞いてもいないのに、泰宏がその女子の通っている小学校を教えてくれたのだ。
 ものの見事に祐子が勤務している小学校であり、高木葉月という少女の顔が頭の中に浮かんでくる。

「もしかして……高木葉月さんのことでしょうか」

 祐子が尋ねると、どうしてそれをとばかりに目の前の男性が驚いた。

「実は、私が担任を務めているクラスの生徒なんです」

「担任……ですか」

「え、ええ……」

 言ったあとで、祐子はしまったと後悔した。
 葉月は以前にいじめられており、その際に祐子は母親の高木和葉に注意及び叱責された。
 いじめを承知していながらも、祐子がとった対応はとても適切だとは言えなかった。自分自身でも充分わかっていただけに、葉月の母親の言葉は胸に刺さった。

 しっかりしなければと思っても、ついつい感情的になってしまう。そのせいで、いじめられている最中の女児に、意地悪に近い真似をしたこともあった。
 子供は、悪ふざけがそのままいじめへ直結するパターンが多い。加えて親が権力者だったりすると手に負えなくなる。学校が何も言えないのをいいことに、好き勝手な文句をぶつけてくる親の背中を見てれば当然ともいえる。

 そうなれば教師の注意をきかなくなるどころか、徒党を組んで反撃してくるケースも考えられた。反撃が発展して学級崩壊を起こせば、完全に処置のしようがなくなる。
 主犯格である生徒を強めに叱ったりするものなら、すぐにでも親が飛んでくる。放つ言葉は想像に易い。

 お前――つまりは担任の祐子が悪いで終わる。

 そのようなパターンに連続で直面すれば、大きくやる気を削がれる。
 結果としてふさぎごみがちになり、心の病で教職を辞することになる。何人もの同僚のそんな姿を見てきた。

 だがそれはあくまで祐子側の都合であり、生徒及び保護者にはまったく関係ない。高木家の母娘にしてみれば、担任の祐子に不親切にされたと思っているに違いなかった。

 和葉の実兄であるなら、一連の出来事も知っている可能性が高い。普段であれば、それならそれで構わないと考える。

 けれど現在の状態は違った。
 動悸がして息苦しい。
 泣きたくなるほど、悲しみが溢れてくる。
 どうして自分がこのような状態になっているのか、祐子にはまるで理解できなかった。

「どうかしましたか?」

「い、いえ……すみませんが、用事を思い出しましたので、今日はこの辺で……」

「そうですか……わかりました。それならお送りしますよ」
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