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過去からの来客~墓参り~

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「やあ、よく来たな。歓迎するよ」

 相変わらず、人のよさそうな顔をした泰宏が、わざわざ家の前まで春道たちを出迎えてくれた。
 実妹である和葉への挨拶はそこそこに、泰宏は春道の横にちょこんと立っている葉月へ視線を向ける。

「葉月ちゃん、いらっしゃい」

 しゃがみこんで目線の高さを合わせたあと、笑顔で葉月の来訪も歓迎する。

「うんー。ありがとう、泰宏伯父ちゃん」

「ハハハ……そうか。俺……伯父ちゃんだったな」

 車の中で、泰宏のことを何と呼べばいいのか愛娘に尋ねられた和葉は、躊躇なく「伯父ちゃんでいいわ」と教えていた。
 春道の記憶が確かであれば、泰宏はまだ三十歳前だったはずだ。伯父さんと呼ばれるより、お兄さんと呼ばれたい年齢である。

 和葉もそこらへんは重々承知していると思っていたのが、今回の仕打ちである。
 悪意があるのか、単なる悪戯心だったのか。どちらかは不明だが、とにかく兄の精神へダメージを与えるのには成功したみたいだった。

「だってねー。ママが伯父ちゃんって呼びなさいって」

「……ママが?」

 泰宏の目がキラリと光る。
 鋭い視線が自分へ注がれてるのを知ったのか、そそくさと和葉が玄関から家の中へ入ろうとしていた。

「ほら。葉月も早く入りなさい。寒いから、風邪を引いてしまうわよ」

 さすがに12月だけあって、和葉の言うとおり外の空気はずいぶん冷え込んでいた。

 春道たちが住んでいる地域も充分に田舎だが、ここはさらに輪をかけたいわばド田舎である。
 辺りを見渡せば緑豊かな山々が視界に映り、大きく息を吸えば新鮮で美味しい空気を堪能できる。

「まあ、待て。和葉の愚行については、あとで緊急家族会議を開くとして、まずは親父に挨拶をしてやってくれ」

 伯父さん事件がよほどショックだったらしく、言葉の隅々に和葉への敵意が感じ取れる。
 げに恐ろしき兄妹喧嘩には巻き込まれたくなかったが、一応は春道も家族の一員である。そうそう無視はできないと、わかりきっていた。

「……だから、今から挨拶しようと思っているのよ。兄さん、大丈夫? もしかしてボケたのかしら」

「ママー。ボケるってなあに?」

「ボケるというのはね。伯父さんがお爺さんへ変わる時に――」

 わざとらしく聞こえるように説明を開始した和葉の言葉を、強制的に泰宏が遮っていた。

 春道たちの前では冷静で真面目な女性だが、実兄の前だとお茶目な一面も見せる。
 本人たちにしかわからないスキンシップなのだとしたら、春道がいちいち心配するだけ無駄そうだった。

「仏壇じゃなくて、お墓の方だよ。お前、なかなか実家に帰ってこないだろ」

 春道は途中で帰ったが、和葉や葉月はきちんと故人のお葬式に参加したはずだった。
 当時を思い出したのか、ほんの少しだけ和葉がしんみりする。

「……そうね。兄さんの申し出に甘えさせていただくわ。葉月も……よければ春道さんも、一緒に行きましょう」

「もちろんだ。俺にとっても、お義父さんなんだからな」

 快くお墓参りを了承すると、妻は小さな声で「ありがとうございます」とお礼を言ってきた。

 先ほどまでの若干ギスギスした空気も消え、泰宏が「こっちだ」と春道たちを案内してくれる。
 昔からこの地域の名家として君臨してるだけあって、家だけでなく敷地内の面積も相当のものだった。

 古めかしい建物や土地柄を見れば、世間一般の金持ちという定義とは少し違うかもしれないが、それでも裕福な家庭であるのは疑いようがなかった。
 家の裏側へ回り、彼方にそびえる山へ向かって数分歩いた場所に戸高家の墓地が存在していた。
 さらに先へ進めば、ずっと昔から戸高家が懇意にしているお寺があるとのことだった。

 戸高泰宏の案内で、代々続く戸高家の立派な墓石の前に辿りついた春道たちは、揃って手を合わせた。
 故人への挨拶も終えたところで、来た道とはわずかに違うルートを使って戸高家へ戻ろうとする。

 こちらの地方では墓への行きと帰りでは、違う道を通るのが当たり前らしかった。
 妻の和葉の説明によれば、ご先祖様が現世へついてこないようにするためだと言う。春道が幼少時過ごしたところでは、そうしたしきたりはなかった。
 だが各地に取材へ赴けば、そうした言い伝えは大小の違いがあれども、どこにでも存在していた。

 なるほどと妻の言葉をそのまま受け入れ、帰りも泰宏の先導で戻ろうした途中で、春道は隅の方にひっそり建てられているひとつの小さなお墓を発見した。

「なあ、あの墓は?」

「どれですか?
 ……私にも覚えがありませんね。兄さんは知っていますか」

 春道が尋ねた和葉にもわからなかったらしく、実兄の泰宏へ質問した。
 ちらりと該当の墓へ視線を向けた泰宏は「ああ……あの墓は……」と口にしたところで、言葉を詰まらせてしまった。

「……いや、何でもない。気にしないでくれ」

 口ごもったあとに出てきたのが、その台詞である。これでは、気にしてくれと言っているようなものだった。
 妻も春道と同様の印象を持ったのか、余計に気になると再度例のお墓についての質問をした。

「俺の対応が不味かったみたいだな。本当に、説明するほどのことじゃないんだ。それより、途中で何か食べてきたのか?」

 半ば強引に泰宏が話題を変えたため、実の妹である和葉はもちろん義理の弟にあたる春道も何も聞けなくなった。
 まだ幼い葉月だけは、話題についてこれないのか、珍しく口をつぐんだまま歩き続けている。
 無理もなかった。つい先ほど、お墓の意味について、母親の和葉から説明を受けたばかりなのである。

 ――じゃあ、この中にお祖父さんが住んでるの? 狭くて、大変なんじゃないかな。

 などと真顔で質問してたぐらいなので、きちんとした墓の役割を理解できてるとは言い難かった。
 むしろ、何か食べてきたのかという泰宏の質問に食いついた。

「ママが作ってくれたお弁当を車の中で、皆で一緒に食べてきたのー」

「そうか。ママは料理が上手……だったかな?」

 首を傾げる泰宏の脇腹に、実妹の肘がまともに入る。

 この様子では、今はともかく戸高家に住んでいた学生時代の和葉は、料理をまともにできなかったのだろう。これは春道にとって、少し驚きだった。
 初めて手料理を食べさせてもらった時から、そこらの料理人にも匹敵する腕だと感服していたのだ。ゆえに、幼少時から調理などが好きで、嗜《たしな》んでいたものとばかり思っていた。

 血の繋がった兄が、妹の料理レベルの上達をにわかには信じられないといった顔をしている。
 肘打ちを食らったせいもあり、余計な発言は破滅を招くと自覚した泰宏が、またまた話題を変えた。

「葉月はママのお手伝いをして、料理を作ったりしないのかな」

 禁断の発言をした泰宏の身を案じ、春道の頬にひと筋の汗が流れる。

「うんー。葉月ね、もう免許皆伝なんだよー」

 愛娘に包丁を持たせたくないがゆえにでっち上げた言葉を、自慢げに使用している。
 その姿を見ているだけで、春道は涙を堪えずにはいられなかった。

「それは驚いたな。じゃあ、家にいる間に、葉月にも何か一品作ってもらおうかな」

 ここでまた事情を知らない泰宏が、とんでもない提案をぶちまける。
 再び和葉のクラッシュエルボーが脇腹へ炸裂するかと思いきや、何故か妻はにこにこしていた。

「そうね。葉月には腕を振るってもらって、兄さんのためだけの料理を作ってもらいましょう」

 うんーと元気よく返事をする葉月と、楽しみだと笑顔になる泰宏。
 これだけを見れば、微笑ましいワンシーンにすぎないが、実情を知ってる春道からすればホラーショウへの幕開けみたいなものだった。
 げに恐ろしきは、妹の兄に対する恨みの深さか。若干背筋を寒くしながらも、春道は近づいた和葉に耳打ちする。

「……どうして、そんなにお義兄さんを敵視するんだ」

「春道さんには、関係ありません。これは私たち兄妹の問題です」

 こうした態度をとるあたり、やはり実兄に対して何らかの不満を抱いてるのは間違いなかった。
 けれど戸高家に着いた当初は普通だったので、お墓参りをした際に和葉にとって不愉快な事象が起こったのである。
 春道が原因として思いつくのは、和葉が実家にいた頃はそれほど料理が上手くないと、曝露されたも同然のひとこまだけだった。

「もしかして……昔、料理下手なのを恰好悪いと思ってるのか?
 それなら心配ないぞ。和葉にもそういう一面があるとわかって、逆に惚れ直したぐらいだ」

「――っ!? ごほっ……ごほっ、こほっ!」

 まったく予期していなかった台詞を浴びせられたためか、まともに動揺した和葉が派手に咳き込んでしまった。

「どうしたの、ママー。お風邪ー?」

 無邪気な愛娘の問いかけに、咳の連発で涙目になっている和葉が「ええ、強力なウイルスよ」と呟いた。

「大丈夫ー?」

「最近は風邪が流行ってるみたいだからな。健康には気をつけろよ」

 愛娘と実兄からの相次ぐ心配の言葉に、ようやく咳のおさまった和葉が「大丈夫よ。二人ともありがとう」と口にした。
 そのあとで、春道を横目で睨みつけつつ、小声で何事か話しかけてくる。

「い、いきなり、突拍子もない発言をするのは、春道さんの悪い癖ですよ」

「そ、そうか。ま、まあ、そうだな。俺も言ったあとで、顔が熱くなったわ」

「……まだお顔が紅いですよ。慣れない発言をするからです。
 でも……嬉しかったです」

 あまりに声が小さすぎて、聞き取りにくかった台詞の最後の方を春道が尋ねるより先に、愛妻は葉月の方へ行って手を握っていた。

「さあ。早く帰って、色々とお料理をしましょう。葉月にも手伝ってもらうわよ」

「うんー。ママと一緒にお料理するー」

 ひと目で機嫌が良くなったとわかるぐらいに、先ほどまでとは和葉の笑顔の質が違っていた。
 それを泰宏も気づいたのか、どことなくホッとした様子を見せた。
 自分の台詞を思い返しては若干恥ずかしくなったが、とにかく壮絶な兄妹喧嘩へ発展しそうな気配はなくなっていた。

「それにしても……」

 とひとり言を呟きながら苦笑していると、訝しげな顔をした和葉が「どうしたのですか」と尋ねてきた。

「いや……和葉が小さい頃に料理があまり得意でなかったと聞いてさ。葉月の料理の腕も、遺伝なんじゃないかと思ったんだよ」

 すると珍しく和葉が破顔して、春道の言葉に同調した。

「遺伝もするでしょう。私たちは親子なのですから」

「そうだな。間違いなく親子だよ」

 笑いあう春道と和葉を、今度は愛娘の葉月が不思議そうな顔で振り返っていた。
 そうこうしているうちに春道たち一行は、戸高家の玄関まで戻ってきた。

 すると、お墓へ出発した時は見かけなかった人影が、家の門の前でうろうろしていた。
 何か用がありそうな雰囲気だったので、家主である泰宏が「我が家に何かご用ですか」と声をかけた。

「きっと、お父さんの知り合いではないかしら」

 お正月に備えて帰省した際、どこかで和葉の父親の訃報を聞き、線香を上げるために駆けつけた。
 その見方が一般的であり、もっとも可能性が高いように感じられた。

 けれど次の瞬間、スーツ姿の男性の口から放たれたのは、想像とは違う言葉だった。

「私、こういう者なのですが……実は、この男性をご存じないかと思いまして……」
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