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第7話 剣闘士

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 格好をつけてみたはいいが、多勢に無勢すぎた。

 一騎当千の強者でもどうにもできない現状では、勝つのも逃げるのも不可能だった。

 しかし十分にガーディッシュ軍を引きつけられたので、上手くすれば団員たちは逃げおおせているかもしれない。

 それだけを救いに、捕縛された俺はガーディッシュ帝国の地方都市マリクの闘技場に立っていた。

 軍による襲撃直前に全滅させてしまっていたのもあり、俺たちが国境の砦を奪った黒爪盗賊団だと認識され、マリクを治める辺境伯に討伐された。

 命が助かったのは僥倖だが、理由は俺が見目麗しい女で、かなり戦えるというのが理由だった。

 ベアトリーチェは王妃だった頃に仕事するのを嫌い、あまり公の場に出ていなかったので、ガーディッシュ側にはあまり顔を知られていないようだ。

 与えられた記憶によれば、ガーディッシュの前皇帝も現肯定も不細工で、ベアトリーチェは子供の頃から毛嫌いしていた。

 王妃となって以降は、顔を合わせないようにするために、隣国とのパーティなどにも参加を見合わせていたほどだ。

 特に現皇帝は帝位に着く前からベアトリーチェにご執心だったが、アラフォーとなった現在ではほとんど興味を失っている。

 その代わりに標的となったのが、ベアトリーチェの記憶にも産んだシーンのない娘である。

 そういえばベアトリーチェと会った時も、娘に関してはなにやら含みがあったような気がする。

「ウオオーッ!」

 巨大な斧を片手で構える大男の登場で、考え事を中断する。

 闘技場の試合では、相手を殺してもお構いなし。それどころか、残虐なシーンを繰り広げるほど観客が喜ぶという有様だ。

 控えめに言っても狂っているが、恐らくはこれで国民の皇族への不満をガス抜きしているのだろう。

 しかも試合をするひとりは、アラフォーとはいえ類稀な美女だ。そしてスタイルも抜群。俺の対戦相手はどいつもこいつも目を血走らせる。

 勝利したあとの暴虐を想像して、対戦相手も観客も勝手に盛り上がるのだろうが、生憎とこちらには何故か没収されなかった無限ハンドガンがある。

 そして正面に立った大男は、己の筋肉を誇示するためなのか、上半身裸で下はパンツ一丁。どう見ても変態です。ありがとうございます。

 中身が男の俺にとって、同じ男に組み敷かれるなど拷問でしかない。絶対に負けられなかった。

 闘技場の真ん中に審判が立ち、大声で俺と大男の紹介をする。

 試合は今回で三度目なのだが、いまだリュードンの元王妃だとは帝国民にバレておらず、挙句に勝ち方を見ているはずなのに対戦相手は鎧を着てこない。

 審判が右手を上げ、試合開始を宣言した。

 こちらに攻撃させる時間を与えずに、いきなり突っ込んでくるかと思いきや、大男はニイッと笑って、親指で自分の胸を示した。

「ずいぶんと不思議な武器を使うそうじゃねえか。だがこれまでの連中と違って、俺様の筋肉はそう簡単に貫けねえぞ」

 前回の対戦相手だった太っちょとほぼ同じ台詞である。

 俺に先制攻撃をさせて無駄なのを思い知らせ、絶望を与えて抵抗の意欲を萎えさせる。そうすれば楽に楽しめるとでも思っているのだろう。

「それは先に攻撃してもいいということでしょうか?」

 黙っていても引き千切れそうな布を乳房と股間に巻いただけの格好なので、少し動くだけでアラフォーながらも垂れていない豊満なバストが揺れる。

 しかし凄いな、これ。Gカップとかあってもおかしくないぞ。

 何度も揉みたい衝動に駆られ、そのたびに必死で耐えてきた紳士な俺。人の体でハーレムを作るやつとは違うのだよ!

 ……実際はどこぞのエロゲーみたいに、女の体で味わう快感に慣れた結果、さらなる悦楽を求めようとする展開を恐れているだけなのだが。

 ヘタレとも言う。

 そんな俺の顔、乳房、下腹部を布越しに視姦しながら大男が頷く。舌舐めずりをする姿がなんとも気持ち悪い。

 これ以上ゲスな視線に晒されていたくなかったので、遠慮なく心臓目掛けてハンドガンをぶちかます。

 いかに発達した筋肉とはいえ、漫画じゃあるまいし、弾丸が途中で止まったり、力を込めた瞬間にポロポロ零れたりはしない。

 しかもゲーム風にいえば威力をマックスにでもしてあるのか、およそ普通のハンドガンとは思えない勢いで大男を血祭りに上げていく。

 さすがに三度目なので、観客は盛り上がるよりもガッカリしている。

 そんなにアラフォー美女の悲惨な姿を見たいのか。いや、もちろん見たいよな。俺が観客席にいたら、絶対に見たいと首を縦に振りまくる。

 とはいえサービスしてやる気もないので、あお向けに倒れた大男へ近寄り、眉間にとどめの一発を撃って終わらせようとする。

「引っ掛かったな!」

 閉じられていた瞼が開き、大男が俺の右足首を左手で掴んだ。

 舞台で転がされ、脚をガバッと開かされる。たちまち熱狂する観客席。

「たいした威力だが、俺にも意地がある。死ぬ前に、テメエにとことん恥をかかせてやる!」

 血が結構流れているし、己の死を悟った上で、その前に俺を辱めるつもりなのだろう。

「往生際が悪すぎる!」

 地球にいた頃なら、似た状況になれば慌てふためくだけで終わったろうが、この体は抜群の反射神経を発揮して、俺の指に引き金を引かせた。

 圧し掛かろうと近づいた大きな顔は狙いやすく、眉間や目に弾丸が次々とめり込んでいく。

 足首を掴む力が弱まると、左足で大男の顔面を蹴り、こちらに倒れてくるのを防ぐ。すでに瀕死らしく、巨体はあっさり後ろへ倒れた。

 やっぱりこの体、かなり力が強いな。筋肉なさそうなのに。

 不思議がるのはあと回しにして、素早く横へ転がって距離を取る。

 油断せずに敵へ銃口を向けたまま立ち上がり、十、二十と数えて、それでも動かないのを確認した上で、おまけとばかりに三発見舞う。

 体が跳ねるような反応もなく、男が息絶えているのを確信する。

 ここでようやく、ふうと息を吐き、俺は審判をチラリと見た。

 舞台を降りていた審判が近づいてきて、大男の死亡を確認し、俺の勝利を大声て告げた。

 巻き起こる怒号とブーイング。観客席には女性の姿もちらほら見えるのだが、お淑やかさをかなぐり捨てて、俺へ罵声をぶつけてくる。

 まあ、闘技場なんかに好んで足を運ぶようなご婦人だ。まともな感性をしているはずもないか。

 待機部屋を素通りし、闘技場の地下にある選手のための部屋へ戻る。

 俺だけでなく選手全員に個室が与えられていた。大部屋へ押し込んで、勝手に殺し合いをされたら、見世物にする人間が減って困るという理由だった。

 選手には常に監視役の兵士がひとり付き、俺の場合も二畳程度の小さな部屋へ押し込むと鉄の扉に鍵をかけて立ち去る。

 こちらの世界では食事は朝と夜の一日二回で、意外にも選手にはしっかりとしたメニューが出される。

 食事を抜いて痩せた選手を出しても盛り上がらないということなのだろうが、ケースによってはそういった選手をわざと出場させて楽しんだりもするらしい。ますますもって趣味の悪い連中である。

 することもないので、俺は木製のベッドで体を休ませる。粗末な布を敷かれただけの簡易的なものだが、床で寝るよりはマシだった。

「皆は無事に逃げられたのだろうか」

 ポツリと呟くも、答えはどこからも返ってこない。闘技場で会ったり、話を聞いたりはしていないので、逃げられたと思いたい。

「それにしても、あまりにも間が悪すぎるだろう」

 新たな拠点の確保を最優先にしてしまったが、その前に傭兵団結成の届け出を町に出しておくべきだった。そうすれば砦を奪ってもなんとか……ならなかったかもしれないな。

 俺は自嘲しながら首を横に振った。

 捕まった時のことだが、俺は兵士に連れられて、軍を指揮していた辺境伯と会っている。

 五十代後半に近い印象を受けたが、白髪と白髭だったにもかかわらず、活力にみなぎっていて筋骨も隆々としていた。

 その辺境伯は、どうにもだいたいの事情を察しているように見受けられた。その上で俺を盗賊団の首領として捉え、闘技場で見世物にしたように思える。

 死んでも構わないというよりは、死んでほしいのだろうな。

 辺境伯にすれば、国境の砦を盗賊に占拠された不名誉に加え、自らの力で取りもどす前に、該当の盗賊団を名もなき一味に討伐されてしまった。

 俺たちが傭兵として名を上げれば、今回の一件も有名になりかねない。それは辺境伯、そして帝国にとっては不名誉なことでしかない。

 なので俺たちの事情は知らないふりを決め込んで、盗賊団として討伐するのを決めて名誉を回復させた。

 汚い政治の世界というのを知って、げんなりとしてくる。

 もっともベアトリーチェの記憶によれば、宮廷ではこんな感じのやり取りが日常茶飯事らしい。そりゃ、王族も貴族も性格が歪むわ。

 いや、性根が腐ってるから王族や貴族にふさわしいのか?

 まあ、追放済みの俺にとってはどうでもいいことか。

 生き残り、尊厳を守るためには闘技場で勝ち抜くしかない。何十連勝かして、伝説になった剣闘士の中には解放された者もいるらしい。

 俺もそのルートを目指すしかないだろう。

 不幸中の幸いか、主催者は武器を取り上げずに、俺を負かしたいみたいなので、諦めなければチャンスはあるはずだ。
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