上 下
4 / 32

第4話 拠点襲撃

しおりを挟む
 反撃されないように、御者の後頭部に銃を突きつけながら歩くこと数時間。

 すっかり日も暮れた頃になって、森の中にある洞窟に到着した。

 ひとけのないところに連れ込んで悪さをするつもりかと疑ったりもしたが、どうやらきちんと案内してくれたらしい。

「とはいえ、セオリー道理なら……」

 小声で呟いていると、御者が身を低くして走りだした。

「大変だ、お頭がやられた! 皆、きてくれ!」

 御者の呼びかけによって、どやどやと強面の盗賊たちが顔をだす。

 なので、もぐら叩きのごとくハンドガンをぶちかましていく。

 無限ハンドガンの特性なのか、銃撃音は聞こえるものの、火薬のにおいはしない。仕組みがどうなっているのか気になるところである。

 分解して壊したら元も子もないので、中身を調べたりはしないが。

「あ……あ……あ……」

 瞬く間に数を減らしていく仲間を目の当たりにして、どうにも弱々しさとずるさに同族意識を覚える御者が尻もちをついた。

 ようやく乾いたばかりのズボンに新しい染みを作っているが、どこにも需要がない光景なので気持ち悪いだけだ。

 ついでに御者も撃ってしまいたい衝動を堪え、盗賊の残党相手に引き金を引き続けていると、アホみたいに外へ出てきていたのが止まった。

 全滅してくれていれば嬉しいが、こちらの攻撃に恐れをなして隠れた危険性もある。

 本物のベアトリーチェ曰く、俺には復活機能つきらしいが、あくまで彼女の予想でしかない。

 実際に地下牢では回復していたが、あれもただの偶然かもしれないのだ。

 そう考えるとむやみに特攻もできず、俺は御者を立たせて先に歩かせる。

「大きな声で仲間をお呼びしてもいいですよ」

 本来なら背中のひとつくらい蹴ってやりたいが、哀愁の漂わせ方がどうにも本来の自分を思いださせる。

(俺はあの女どもと違う)

 悪党とはいえ、盗賊を散々銃殺しておいてなんだが、そんなことを考えつつ洞窟を改造したアジトを歩く。

 たまに不意をついて攻撃をしてくる輩もいたが、この体は反射神経も動体視力も抜群らしく、致命傷を負う前に気づいて対処できた。

 やがて御者は完全に諦めたのか、自分の命を優先して、お仲間が潜んでいそうな場所を自分から暴露し始めた。

 おかげでたいした苦労もせずに制圧していき、御者が一味は全滅したと言ったところで終了となった。

「結構な人数がいたみたいですけど、有名な盗賊団だったんですか?」

 俺が問うと、御者が少しばかり得意げな顔をする。

「何回か国による討伐も切り抜けて、近隣に恐れられてたんだぜ!」

 だが、彼に元気があったのもそこまでだった。

「それなのに、元王妃ひとりに全滅させられるとか、一体どうなってんだよ」

「心中お察しします」

 反射的に返したら、いやそうな顔をされた。

「ですが、それだけ有名な盗賊団だったなら、被害も多かったでしょうし、討伐されても文句は言えないでしょう。私も被害にあいかけましたし」

 食堂と思われる広いスペースで、木で作られた円形の椅子に座る。

 男の時の癖で足を開いて座ろうとしたため、スカートが引っ掛かって悪戦苦闘する。それを御者がなんとも微妙そうに見ていた。

「なあ、アンタ本当に王妃様だったのか?」

「そうらしいですよ。あ、そうだ。あなたたへの依頼者は国王ですか?」

 頷いたあとで逆に質問をすると、御者は苦いものでも食べたみたいに顔をしかめたが、やがて大きく息を吐いた。

「今さら隠しても仕方ねえか。実際に依頼してきたのは違うが、城の関係者には間違いねえよ。チンピラを装ってたが、姿勢の良さからして騎士様だ」

「うわあ、とことん腐ってますね、この国」

 そもそも正統な血筋の王妃が地下牢へぶち込まれたのに、誰かが助けにくるどころか、面会者すらいなかった。

「アンタら王族や貴族が腐らせてんだろうが」

 どうやらこちらでも貧富の差が激しいらしく、その日生きるので精いっぱいな社畜をせっせと量産中みたいだった。

「だからと言って、盗賊行為が正当化されるわけでもないでしょう」

 長い脚を組み、低い天井を見上げてため息をつく。ランタンは天井に引っ掛ける場所がないので、木製の大きな丸テーブルにいくつか乗せられていた。

「さて、これからどうしよう」

 王妃という身分だったにもかかわらず、無駄遣いが原因で追放されてしまった身だ。使ったのは、正確には俺ではないんだが。

「戻れば今度こそ殺されるだろうし……」

 どこか適当な町を探して住むにも、市民権を得るには領主の許可が必要になる。日本ほどしっかりした戸籍制度はなくとも、元王妃だと露見する可能性は高い。

「ガーディッシュへ亡命しようにも、娘に引き取りを拒否されてたんだっけ」

 この体に入り込んでパニクっていた時に、確か元夫が得意げに話していた。

「アンタ、腹を痛めて産んだ子にも捨てられたのかよ」

 ひとり言を聞いていたらしい御者が、同情的な視線を向けてきた。

「そうみたいですね」

「……そのわりには悲壮感がねえな」

「お腹を痛めた記憶がないせいでしょうね。どうにも他人という感じが強くて」

「そんな……ものなのか? 王族の価値観は俺にはわからねえな」

 お手上げポーズでおどけつつ、くたびれた男は少しずつ出入口へ向かって後じさりしている。隙をついて逃げるつもりらしい。

「あ、指が滑った」

 パアンと音が鳴り、御者のネズミじみた顔のすぐ横を弾丸が走り抜ける。

 壁に着弾した音が、やや薄暗い洞窟に反響した。

「それ以上逃げようとすると、もっと滑るかもしれません」

「なんだよ! もういいじゃねえか! アジトだって教えたろ!」

「解放されたいなら、貯めているお宝をください。ありますよね?」

 言い逃れできないくらいに完璧な脅迫だが、先立つものがないので仕方ない。幸いなのは相手が一般人ではなく、悪党なので罪悪感を覚えずに済むことだ。

「出したら逃がしてくれんのか?」

「ええ、もう用はないですし」

 洞窟へ案内させた時みたいに、後頭部に銃口を押しつけて先を歩かせる。

 一番奥の部屋に木の扉つきのスペースがあり、室内は絨毯が敷かれているだけでなく、少ないとはいえ壺などの調度品も飾られていた。

 御者は壺に手を突っ込んで、数枚の紙幣を取りだす。

 こちら側では紙幣経済が発達しており、小銭はないみたいだった。なのに単位はびっくりの円である。得た知識で判明した時はかなり驚いた。

 単位は一円、十円、百円、千円、一万円となっている。地球とは違って五の単位のお金がない。

 紙幣は国が木版印刷で刷っているらしく、偽札は死罪となる。それでも日本と違って精巧な印刷技術がないので、偽造事件はそれなりにあるようだ。

「俺が知ってるのはこれで全部だ」

 想像よりも多くの紙幣が、頭目が使用していたと思われる机に積みあげられた。三下かと思いきや、意外に頭目と近しい立場だったのかもしれない。

 考えてみれば、使用する者のいない裏口とはいえ、王城へ王妃の身柄を預かりにいく役目を任されているのだ。

「全部合わせて五十万ないくらいか。庶民の食事ってどれくらいでしたっけ?」

「黒パンひときれなら、ものによっては一円でも買える。お貴族様が食ってそうな白パン一斤なら百円を超える。庶民が気軽に毎日食えるものじゃねえよ」

「なるほど」

 御者からさらに話を聞いてみると、普通の国民は一ヶ月二千円もあれば暮らせるらしいので、下手をすれば物価は日本の百分の一程度だ。

 それなのに白パンは日本と変わらない値段がするのだから、こちらの世界ではかなりの高級品になるのだろう。

「そんなことも知らねえなんて、やっぱり王族だよな」

 面白くもなさそうに、小柄でくたびれた男が吐き捨てる。

「じゃ、俺は消えさえてもらうぜ」

 ひとりで部屋を出ようとするので、追いかけてホールへ戻ったところで、女性のすすり泣きみたいなものが聞こえた。

 御者が排泄物を溜めておくところで、女性を案内するような場所じゃないと言っていた方からだった。

「誰かが泣いてるみたいなのですが」

「空耳だろ。洞窟内は風が反響したりもするからな」

「いえ、そうではないみたいですね。最後に向こうを案内してください」

 男が前と同じ説明をしていやがるので、足もとへ銃弾を放っておとなしくさせる。

 俺の気が変わりそうもないと判断したのか、やがて諦めたように俯き、ひどく重そうな足取りで、頭目の部屋を北とするなら西の細い通路を進んでいく。

 奥には鉄の扉がはめこまれており、掴むところには鎖が巻きつけられた上に南京錠を取りつけられていた。

「悪いが鍵の場所は知らねえ。この奥がどうなってるのかもだ」

「それはおかしいです。汚物を溜めておく場所だと言っていたはずです」

 鎖と錠をハンドガンで壊そうと銃口をずらした瞬間、男が動いた。

 素早くしゃがみ、俺を転ばせようと両脚でこちらの足首を挟もうとする。

 地球で社畜をしていた頃ならあっさり倒れていただろうが、現在のベアトリーチェの体は特別なのか、余裕を持って回避できた。

 呆気にとられる男の足を踏みつけ、悲鳴をあげている間に鍵を破壊する。

「早く扉を開けてください」

 銃口を額へ向けると、御者が観念して立ち上がる。

「なあ、信じてくれよ、俺は無関係なんだって」

 早口で言い訳じみた台詞を並べる男を急かし、扉を開けさせる。ランタンがひとつだけ壁に取りつけられた室内では、数人の女性が身を寄せ合っていた。

「なるほど……何があったかは想像したくもないですね」

 童貞卒業を夢見ていた自分だが、マニアックな趣味はない。女性と肌を重ねる時はラブラブイチャイチャが至福だ。その機会は得られなくなってしまったが。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~

ファンタジー
 高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。 見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。 確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!? ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・ 気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。 誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!? 女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話 保険でR15 タイトル変更の可能性あり

田舎で師匠にボコされ続けた結果、気づいたら世界最強になっていました

七星点灯
ファンタジー
俺は屋上から飛び降りた。いつからか始まった、凄惨たるイジメの被害者だったから。 天国でゆっくり休もう。そう思って飛び降りたのだが── 俺は赤子に転生した。そしてとあるお爺さんに拾われるのだった。 ──数年後 自由に動けるようになった俺に対して、お爺さんは『指導』を行うようになる。 それは過酷で、辛くて、もしかしたらイジメられていた頃の方が楽だったかもと思ってしまうくらい。 だけど、俺は強くなりたかった。 イジメられて、それに負けて自殺した自分を変えたかった。 だから死にたくなっても踏ん張った。 俺は次第に、拾ってくれたおじいさんのことを『師匠』と呼ぶようになり、厳しい指導にも喰らいつけるようになってゆく。 ドラゴンとの戦いや、クロコダイルとの戦いは日常茶飯事だった。 ──更に数年後 師匠は死んだ。寿命だった。 結局俺は、師匠が生きているうちに、師匠に勝つことができなかった。 師匠は最後に、こんな言葉を遺した。 「──外の世界には、ワシより強い奴がうじゃうじゃいる。どれ、ワシが居なくなっても、お前はまだまだ強くなれるぞ」 俺はまだ、強くなれる! 外の世界には、師匠よりも強い人がうじゃうじゃいる! ──俺はその言葉を聞いて、外の世界へ出る決意を固めた。 だけど、この時の俺は知らなかった。 まさか師匠が、『かつて最強と呼ばれた冒険者』だったなんて。

絶対防御とイメージ転送で異世界を乗り切ります

真理亜
ファンタジー
有栖佑樹はアラフォーの会社員、結城亜理須は女子高生、ある日豪雨に見舞われた二人は偶然にも大きな木の下で雨宿りする。 その木に落雷があり、ショックで気を失う。気がついた時、二人は見知らぬ山の中にいた。ここはどこだろう? と考えていたら、突如猪が襲ってきた。危ない! 咄嗟に亜理須を庇う佑樹。だがいつまで待っても衝撃は襲ってこない。 なんと猪は佑樹達の手前で壁に当たったように気絶していた。実は佑樹の絶対防御が発動していたのだ。 そんな事とは気付かず、当て所もなく山の中を歩く二人は、やがて空腹で動けなくなる。そんな時、亜理須がバイトしていたマッグのハンバーガーを食べたいとイメージする。 すると、なんと亜理須のイメージしたものが現れた。これは亜理須のイメージ転送が発動したのだ。それに気付いた佑樹は、亜理須の住んでいた家をイメージしてもらい、まずは衣食住の確保に成功する。 ホッとしたのもつかの間、今度は佑樹の体に変化が起きて... 異世界に飛ばされたオッサンと女子高生のお話。 ☆誤って消してしまった作品を再掲しています。ブックマークをして下さっていた皆さん、大変申し訳ございません。

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

いらないスキル買い取ります!スキル「買取」で異世界最強!

町島航太
ファンタジー
 ひょんな事から異世界に召喚された木村哲郎は、救世主として期待されたが、手に入れたスキルはまさかの「買取」。  ハズレと看做され、城を追い出された哲郎だったが、スキル「買取」は他人のスキルを買い取れるという優れ物であった。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

処理中です...