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第2話 事情説明

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「え? 俺? なんで? あれ?」

「落ち着かぬか。わらわの体で、無様に取り乱すでないわ」

 やたらと偉そうな言葉遣いと態度で、もしやと指を差す。

「まさか、この体の持ち主……?」

「うむ。どうやらお互いに死んだ瞬間、偶然にも意識が繋がって、それぞれ別の体に入り込んでしまったらしいぞ」

「そうなんですか?」

「この世界の女神が言っておったわ。どうにも稀な出来事のようだが、入れ替わり自体は過去にもあったそうだ。急に人格が変わるゆえ、従来の家族はなにかに憑かれたと大騒ぎするのだとか」

「なるほど……」

 他に言いたいことや疑問があるはずなのに、現状への理解を深めるのが精一杯で上手く口が動かない。

「神は基本的には手出しができぬらしいな。各人の持つ運命を歪める恐れがあるというのが理由だそうだ」

「ええと、それはどういう……?」

「なかなかに鈍いな、そなた。死に瀕した者を助けたとして、その者が将来殺人を犯せば、本来なら平和に過ごせていた者の命を代わりに奪う結果になる」

 例えがしっくりきて頷いていると、目の前にいる俺が口角を歪めた。

「だが今回の事態は予想外だったらしくての。平和なこちら側と違い、物騒なあちら側へ渡ったそなたにチート能力を与えようと考えておったわ」

「チート!? それは素敵な響きですね。でも、チートどころか、入れ替わった瞬間から断罪されてたんですけど……」

「うむ。あの男、婿養子の分際で、王国の乗っ取りを企てたらしいの」

「つまり、濡れ衣を着せられて断罪させられたと?」

「いや、税金を湯水のごとく使ったのは間違いないの。口うるさく無駄遣いを諫めてくるので、なにが悪いと跳ねのけてやったらあの有様よ」

「……自業自得じゃないですか」

 犯罪なんてしたこともない小市民だったのに、転生というか入れ替わり先が悪役を地でいく、それも令嬢ではなくてアラフォー王妃なんてあんまりだ。

 肩を落としていると、こちらの思考を読んだのか、俺の姿をした王妃様がフンと鼻を鳴らした。

「貴族なぞ、多かれ少なかれそういうものだ。それに王族が金を使わねば、都が活性化せぬではないか」

 王族や貴族が率先して流行を作り、民がそれを追いかけることで、雇用や需要が生まれて経済が回っていく。

 言われてみればその通りなので、確かにと返してしまう。

「まあ、無駄遣いのことなど建前で、わらわを追いだしたかったのが本音であろう。娘もさっさと政略結婚の駒に使ったしな」

「それはまた……何とも思わなかったので?」

「思うわけあるまい。大体アレは……おっと、どうやら会話をしていられる時間が少ないみたいだな」

「そうなんですか?」

「そなたの姿がぼやけてきておる。恐らくはわらわの体に帰るのであろう。ちなみに元の体へ戻るのは不可能だそうだぞ」

 肉体が一度死んだからこそ魂が離れたのであり、一度そうなると戻すのは不可能だと、本物のベアトリーチェが女神様に聞いた話を教えてくれた。

「従来ならそのまま天へ昇るはずが、死にたくないと同時に強く願ったことによってお互いが惹かれ、それぞれの魂が入ったのをきっかけに、肉体が復活を果たしたということだ。単なる入れ替わりと違い、これは初めてらしいぞ」

「じゃあ、俺はどうして今ここにいるんですかね?」

「再度、死にかけたことによって、魂が本来の肉体へ戻りたがったのであろうよ。もっともこの肉体はすでにわらわのものゆえ、行き場を失っている間に仮死状態から復帰したか……もしくは死を意識したことによって魂が離れ、完全なる死を防いだか。後者だとすれば、神々が関与しているのやもしれぬな」

 俺が目をパチクリさせていると、ベアトリーチェが俺の姿で薄く笑った。

「瀕死になったら魂を離れさせて肉体を回復させ、元に戻す。要するにその場で復活ありのイージーモードなわけだな」

「なんだか、ずいぶんとそっちの世界に慣れてるようで」

「まあな。楽しいものが多すぎて、そちらには二度と戻りたくないわ。わらわの体はくれてやるゆえ、好きに使うがよいぞ。わらわもそうさせてもらおう」

「いや、娼館送り決定済みの悪役王妃になんてなりたくないんですが!?」

「ほう? そうであれば、娼館への移送の最中に、盗賊にでも襲わせて亡き者にするつもりか。手加減なしの蹴りでわらわを殺したくせにようやるわ、あの考えなし」

「え……?」

 物騒な予測に慄いていると、今度はベアトリーチェがからから笑いだした。

「そんなに不安がるでないわ。わらわがそなたにこれを授けてやろう」

 そう言ってベアトリーチェが手に持ったのは、どことなくモデルガンっぽくも見える銃だった。

「これは?」

「無限ハンドガンじゃ」

「は?」

 ポカンとする俺に、ベアトリーチェがサムズアップする。従来の姿ではなく、小太りの……って、なんか、俺、痩せてないか?

 まじまじと見ているのに気づいたのか、外見は俺の王妃様が前髪をかきあげた。

「フフフ、なかなか男前になったであろう。わらわはこちらの世界へくるなり女神に説明を受けたゆえ、そなたほど戸惑わずに済んだからの。まずは自分磨きをしたのだ。まあ、食事を抜いて室内で運動を行っただけだがな」

「でも、まだ一週間くらいしか経ってないのに……」

「それだけあれば十分よ。なにせ、わらわは願ったものを手にできる素晴らしきチートを授かっておるゆえな」

「え!? なにそれ! ずるい!」

「はっはっは、女神を言いくるめて手に入れたのだ。もっとも、人間に与えるには過ぎたものらしく、しばらく天界で謹慎の身となったそうじゃ」

「なんてことしてんですか、あなた……」

「そう言うな。女神はわらわとそなたの世界を管理しておったらしく、謹慎中は見守るしかできなくなっておる。そこで、わらわがそなたに助力してやるべく、そこな武器も用意してやったのだ」

「やったのだ、じゃないでしょ。女神様が説明のために現れてくれなかったのは、あなたのせいってことじゃないですか」

「小さいことにこだわる男はモテぬぞ。せっかくの並行世界。二度目の人生で、文化の違いも楽しむとよかろう」

「並行世界?」

「そうじゃ。世界のなりゆきが異なっておるだけで、どちらも地球なのだそうだ。放置すると無限に分裂していくゆえ、数多の神々が手分けして管理しておるのよ。ご苦労なことじゃな、フフフ」

「いや、もっとねぎらってさしあげましょうよ」

 それに俺の姿で悪役っぽい笑い方をされても、気持ち悪いとしか思えない。

 自分を第三者の視点で見られるようになって初めて、他人に気持ち悪いと言われていた理由がなんとなくわかったのは皮肉だった。

「む? どうやら本格的に時間が足りなくなってきておるようだな。よし、これを飲め。グレープフルーツ味だぞ」

 願ったものを作りだせるという反則的な能力で、ベアトリーチェが水なしで飲める錠剤を自分の手のひらに乗せた。

「それでそちらの世界の情報を、ある程度把握できるようになる。瀕死になった際の処置や無限ハンドガンも合わせれば、ベリーイージーモードだが、そなたがうっかり死ねば、わらわもどうなるかわからん。気をつけるのだぞ」

「そんなこと言われても、銃なんて扱ったことないんですけど!?」

「構えれば着弾先に赤いポインタが表示される。あとは引き金を引けばよい」

「……まんま某ゾンビゲームですね」

「うむ。わらわはあれが好きでな。参考にさせてもらったわ。ああ、そうそう。こちらから向こうに持っていけるアイテムは一度にひとつのようだ。なので回復アイテムはない。向こうの世界で草を食っても不味いだけだから試すでないぞ」

 なんて言っていいかわからなかったので、俺は黙って頷いた。

 体が引っ張られるような感覚があり、ベアトリーチェが焦ったように錠剤を早く飲めと手を伸ばしてきた。

「くそ、なんだってこんな目に……」

 錠剤を噛み砕いて飲み込み、両手でハンドガンをしっかり握る。

「それもこれも全部、あいつらが……」

 憎い女たちの存在が浮かびかけた矢先、その張本人がひょっこりと顔をだした。

「ダーリン、ごはんできたよ」

 語尾にハートマークがついていそうな蕩け声だった。瞳も奥にハートマークが幻視できそうに蕩けている。

「は? ……まさか、中島愛理!?」

 俺の声は聞こえていないみたいで、こちらをチラ見することもなく、愛理は外見が俺のベアトーチェの手を両手で握って腰をくねらせだした。

「今日は、愛理がたっぷり愛情込めたビーフシチュー」

 会社では聞いたことのない声音だった。しかも愛理はエプロン姿なのだが、どう見ても他に何か着ているようには見えなかった。

「なんで中島愛理が俺の家で裸エプロンなんてしてんの……?」

 声がかすれ、地下牢で焦燥の日々を送っていた時よりも多い冷や汗をかく。

 すると、そこへもうひとりが加わった。

「愛理ちゃん、抜け駆けはだめよ。ああん、太郎様、加奈だって美味しいポテトサラダを作りました。褒めてください」

 倉橋加奈がやはり裸エプロンで、わざとらしい前屈みでFカップの谷間を見せつける。

「なんだ、これ……」

 俺が口をあんぐり開けていると、女たちの尻を叩いて台所へ追い返した王妃様が、こちらを見て不敵に笑った。

「飲み物に偽装した、好意と悪意が反転する薬を飲ませてやったのだ。フフフ、王城での政争を生き抜いてきたわらわにとって、罠にかけるのは赤子の手を捻るようなものであったぞ」

「うそだろ……あれ、でも、婿養子に負けて死んだんじゃ……」

「ええい! 細かいことにこだわってないでもっと喜べ。そなたの大好物のざまあ展開じゃぞ。よかったな」

「いや、俺の姿だけど、実際には俺じゃないし! しかもこっちはざまあされてる側だし! っていうか、そこまで言うなら元に戻してくださいよ!」

「だから、それは無理だと説明したであろうが。それより、少し前にも言ったが、そなたもわらわの体を楽しむがよいぞ。わらわは十分に堪能しておる」

「堪能って、まさか……」

「うむ。すでにそなたの体は童貞を卒業済みじゃ」

「なにしてくれてんの!? 自由にやりすぎでしょ! あっ、体が引っ張られる! いやだ、あっちに戻りたくないッ!」

 泣き叫んでもどうにもならず、俺は自分の身体がにこやかに手を振るのを見ながら、ベアトリーチェの体へと戻った。
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