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第28話 私もカイルも絶対にナナちゃんを見捨てたりはしません
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「辛い思い出しかないであろう里に、二度と立ち入るなと言われておきながら戻ってきたのだ。よほど強い思い入れがお前たちにあるのだろう。であれば、再び里を追放されたナナの行く先はひとつしかない。そう思って、お前たちと過ごしたという町まで来たのだ。あまり近寄りすぎると、人の姿になっているとはいえ、アレに気づかれてしまうので、こうして町の外で様子を窺っていたのだがな」
「ナナちゃんはどこにいるかわからないんですか?」
「近くまで来ればわかるが、離れていればその限りではない。人間の姿になっているせいで、本来持つ力も弱まっているしな」
もしかしたらじーじがカイルたちと接触を試みたのも、ナナと出会うためだったのかもしれない。だとしたら同じ目的を持ち、ナナが近づけばわかるというじーじと一緒にいるべきだ。
そう判断しつつ、カイルは気になっていた点を質問する。出会ってからずっと謎だったナナの正体についてだ。
「マスタードラゴンと呼ばれる貴方が人間の姿に変身できるということは、ナナの正体もドラゴンで、着ぐるみ姿なのは変身の技術が拙いから……ということか?」
「いや。ナナは人間に近い。着ぐるみは私が授けた」
真顔でじーじがとんでもない暴露をした。頬を赤らめられるよりはいいかもしれないが、堂々と言われても困惑する。そもそも何故、着ぐるみが必要だったのか。
表情からカイルの疑問を察したのか、その点についてもじーじが説明をする。
「周りに少しでも馴染ませるためだ。自分で言うのもなんだが、ドラゴンというのは誇り高いがゆえに排他的な種族でもある。ゆえに、他種族との混血は滅多に誕生しない。極めて稀だと言ってもいいだろう」
「けど、ナナはその混血なんだろ? さっき、じーじはナナを人間に近いと表現したからな」
「その通りだ。ナナの母親は人間の娘だった。長年里で暮らすうちに、人間の文化に興味を持つドラゴンが現れた。他の者にバレないようにしながら、近くにあった人間の村を訪れた。そこで心の清らかな人間の娘と出会った。その娘だけは、欲望にまみれた人間どもとは何かが違っていた」
里のとあるドラゴンの話だと言いながら、じーじは当時を思い出すように遠くを見る。
「澄んだ心の持ち主である娘と接する機会が増えた人間に化けたドラゴンは、人間世界の知識を得ると同時に娘へ情を覚えた。相手も憎からず思っていたようだった」
話し始めた当初はどこか懐かしげだったが、徐々にじーじの顔つきが険しくなっていく。
「ある年、村に飢饉が襲った。元々の蓄えがさほど多くなく、外部との関わりを必要以上に持ってこなかった村は壊滅寸前の打撃を受けた。人間とは愚かなものだな。原因を自らが信仰する精霊の怒りを買ったからと考えたのだ。怒りを鎮めてもらうために、村人は祭壇に生贄を捧げた。村でもっとも清い心を持つ娘を」
話を聞き続けるカイルの心が痛くなった。背後のサレッタも泣きそうだ。
「事情を知ったドラゴンは娘を助けた。生贄など捧げても、無駄だとわかっていたからな。助けられた娘は人間に化けたドラゴンが逃げろと提案しても、首を縦に振らなかった。村の役に立てるのならばと繰り返すばかりだ。勝手にしろと言い放ったドラゴンに、娘はひとつだけ願いを申し出た。女としての幸せをくれないかと。要するに契りを結んだのだ」
そこまで言って、じーじは軽く息を吐きだした。これで話は終わりかと思えたが、まだ続きがあるらしく、再び話し始める。
「娘は生贄の役目を全うしようとした。しかし、誰かが娘が乙女の証を失った事実を村に伝えた。生贄の資格が失われたと村人は怒り、娘を座敷牢へ閉じ込めた。ドラゴンは娘を助け出そうとしたが、やはり拒まれた。村のためにと身を差し出しながら、女としての幸せを求めた自分への罰なのだと。心の清らかな娘ではあったが、なんとも……愚かだった」
「……それで、その娘はどうなったんだ。村も。代わりの生贄を捧げたりしたのか?」
「代わりの生贄は新たに選ばれた。だからといって、自然が村に恵みを与えたりしなかったがな。新たな生贄となった娘の親は激怒した。生贄を捧げても上手くいかなかったのは、最初の生贄である娘が精霊と村を裏切ったからだとな。心の清らかな娘はそれから一度も空を見ることはなかった」
じーじは一度息を吐き、首を数度横に振った。
「ドラゴンがたまにこっそり食事を与えたが、村人は決して娘に何かを食べさせるような真似はしなかった。にもかかわらず娘が生き続けていることから、悪魔の化身だと不気味がるようになった。そして一年後、心の清らかな娘は死んだ。最後の力を、命を振り絞り、自らの子供を産んで」
「まさか、その子供って……」サレッタが唇を震わせる。
「そうだ。それがナナだ。村人の手で、村の外に捨てられたナナをドラゴンが拾った。里に連れ帰り、人間の世界でひとり暮らせるようになるまでは守ってやるつもりだった。人間に変身していた時のとはいえ、自らの血も入っているのだからな」
軽く笑って、じーじが空からカイルに視線を戻した。
「ナナの故郷の村はどうなったんだ?」
「滅んだ。ドラゴンが襲ったわけではない。そうしようとしたみたいだが、清らかな娘の声が唐突に頭の中に響き、思いとどまったらしい。もっとも自然の脅威にさらされた際に、自らの力で何とかしようとするのではなく、生贄を捧げる村だ。数年後、次の飢饉が訪れた時が最後になった。何人もの娘を生贄にしながらも、回復しない天候に恨み言を言いながら全滅していったそうだ」
「……そうか。貧しい村はどこも一緒だな。俺たちの故郷では天へではなく、金持ちに若い娘が捧げられたけどな。商人に売られるって形で」
「人間を例えるのに、愚か以外の言葉は見つからないな。そこにナナを旅立たせるのが不安だったからこそ、転移用のマジックアイテムを持たせたのだが」
「なるほどな。でも、金を持たせなかったのはどういうわけだ? 所持金がなければ、ドラゴンの血を引いていても、人間の町で生きてくのは難しいぞ」
「ナナが自らの意思で、村を追い出されるような行動をしたのでな。その結果、私の主導で旅立たせるというよりも、里のドラゴンに追い出される形となった。もしもの場合のアイテムをひとつ持たせるのがやっとだったのだよ。フフ。私も滅びた村の人間をどうこう言えぬな。里のために自らの血を分けた娘を追い出すのに同意したのだからな」
半ば予想はできていたが、その発言でじーじこそがナナの実父なのだと判明した。自らドラゴンを排他的な種族と言っていたので、人間の女との間に子を設けたというのは恥みたいな感覚になるのかもしれない。
それでもじーじはナナの保護者として人間の一般常識などを教えた。きっと、周囲のドラゴンからは日々反発されていたのだろう。だからこそ、ナナが追い出されるような行動をした際に庇いきれなかった。
「ナナはじーじを好いてたよ。じーじの話をする時は、とても嬉しそうだった。ところで、どうしてじーじなんだ? ナナは両親について何も知らないのか?」
「……知らぬ。ナナを里で育てる条件として、他の者から提示されたのは私が娘と認めないことだ。認めなければ、ドラゴンが人間と交わった忌まわしい記録も残らぬと。葛藤はあったが、里の今後を考えれば、そう言われるのも致し方ない。まして、赤子のナナを外に放置すれば、一日も持たずに魔獣の餌になって終わりだっただろう」
「理解したが、やはり納得はできないな」
カイルの言葉に、ひん剥いた目をじーじが向けてくる。
「俺なら、他の人間を敵に回してもナナを守る。そのドラゴンの立場なら、きっと人間の姿で暮らすことを選んで、ナナと一緒に里を出た」
怒りと殺気を放出していたじーじから、すっと力が抜け落ちた。
「愚かは私か。今言われて初めて、そういう選択もあったと気付いたくらいだ。やはり、人間の世界に戻したのは正解だったのかもしれん。お前のような人間と出会えたのは、ナナにとって大きい。もしかしたら、ナナの母親が引き合わせてくれたのかもしれんな」
「もしそうなら、責任重大ですね。でも、私もカイルも絶対にナナちゃんを見捨てたりはしません。可愛い我が子ですから!」
宣言のようなサレッタの台詞に、じーじが顔をほころばせる。そういう表情もできるのかというくらい、温和さが満ちていた。
「ありがたく思うぞ。ではナナを見つけたら、すぐに町を離れろ。逃げるのだ」
「やはり、それしかないのか」
カイルの言葉に、じーじが重々しく頷いた。
「お前たちにはすまないが、人間のためにブラックドラゴンと戦うことはできん。全面的な争いとなれば、里のドラゴンが命を落とすかもしれんのだ」
「貴方にも立場はある。仕方ない。だが、ブラックドラゴンはどうすればいい。どこに逃げても、奴の脅威に怯えるはめになりそうだ」
「私には逃げろとしか言えぬ。人間を殺すのに飽きれば、また洞窟の奥で眠りにつく。それが何年後、いや何十年後になるかわからぬが、人間が武器を持って挑むよりは被害が少なく済む」
カイルは皆で力を合わせればと言いたいが、それでどうにかなる相手でないのは理解済みだった。
「問題はナナが暴走した場合だ。お前たちのことを大切に思っているがゆえに、人間の町を守ろうとブラックドラゴンに戦いを挑むかもしれぬ」
「それは確かに問題だ。ナナに勝ち目はないんだろ?」
「ない。ドラゴンの血を引いてはいるものの、人間に変身して作った子なのもあり、人間の血の方がずっと強いのだ」
「あの着ぐるみに何か秘密があったりしないのか?」
「残念ながらない。外見が他のドラゴンと違うのを気にしていたナナのために、私が人間の町で調達してきたのだ。ずっと着続けるほどナナは喜んでくれたが、やはり他のドラゴンに仲間と認められるには至らなかった。その結果、ナナは自らをどらごんと呼ぶようになった。その顔だと、詳しい話は聞いていたか」
カイルは黙って頷いた。
「脱ごうと思えば着ぐるみは脱げる。人間の世界で生きていくために、脱いで捨ててしまえと里から出す際に言っておいたのだがな」
「そんなことできませんよ」
この場にいないナナに代わって、答えたのはサレッタだった。
「着ぐるみを脱いでしまえば、じーじとの繋がりがなくなってしまうような気がしたんでしょう。ナナちゃんにとって、辛い思い出があろうともドラゴンの里は故郷なんです」
「……そうか。人間が皆、お前たちのような者であれば、里のドラゴンも人間への見方を少しは変えるかもしれぬのだがな」
「いや、それは無理だ」
顔の前で右手を横に振りながら、そう言ったのはカイルだ。
「簡単な依頼で日銭を稼いで、その日暮らしをするのがやっとの冒険者を見て、人間に対する認識を変えるなんてありえない」
「――ふっ、くっははは!」
大きな声を上げて、じーじが愉快そうに笑った。
「ナナちゃんはどこにいるかわからないんですか?」
「近くまで来ればわかるが、離れていればその限りではない。人間の姿になっているせいで、本来持つ力も弱まっているしな」
もしかしたらじーじがカイルたちと接触を試みたのも、ナナと出会うためだったのかもしれない。だとしたら同じ目的を持ち、ナナが近づけばわかるというじーじと一緒にいるべきだ。
そう判断しつつ、カイルは気になっていた点を質問する。出会ってからずっと謎だったナナの正体についてだ。
「マスタードラゴンと呼ばれる貴方が人間の姿に変身できるということは、ナナの正体もドラゴンで、着ぐるみ姿なのは変身の技術が拙いから……ということか?」
「いや。ナナは人間に近い。着ぐるみは私が授けた」
真顔でじーじがとんでもない暴露をした。頬を赤らめられるよりはいいかもしれないが、堂々と言われても困惑する。そもそも何故、着ぐるみが必要だったのか。
表情からカイルの疑問を察したのか、その点についてもじーじが説明をする。
「周りに少しでも馴染ませるためだ。自分で言うのもなんだが、ドラゴンというのは誇り高いがゆえに排他的な種族でもある。ゆえに、他種族との混血は滅多に誕生しない。極めて稀だと言ってもいいだろう」
「けど、ナナはその混血なんだろ? さっき、じーじはナナを人間に近いと表現したからな」
「その通りだ。ナナの母親は人間の娘だった。長年里で暮らすうちに、人間の文化に興味を持つドラゴンが現れた。他の者にバレないようにしながら、近くにあった人間の村を訪れた。そこで心の清らかな人間の娘と出会った。その娘だけは、欲望にまみれた人間どもとは何かが違っていた」
里のとあるドラゴンの話だと言いながら、じーじは当時を思い出すように遠くを見る。
「澄んだ心の持ち主である娘と接する機会が増えた人間に化けたドラゴンは、人間世界の知識を得ると同時に娘へ情を覚えた。相手も憎からず思っていたようだった」
話し始めた当初はどこか懐かしげだったが、徐々にじーじの顔つきが険しくなっていく。
「ある年、村に飢饉が襲った。元々の蓄えがさほど多くなく、外部との関わりを必要以上に持ってこなかった村は壊滅寸前の打撃を受けた。人間とは愚かなものだな。原因を自らが信仰する精霊の怒りを買ったからと考えたのだ。怒りを鎮めてもらうために、村人は祭壇に生贄を捧げた。村でもっとも清い心を持つ娘を」
話を聞き続けるカイルの心が痛くなった。背後のサレッタも泣きそうだ。
「事情を知ったドラゴンは娘を助けた。生贄など捧げても、無駄だとわかっていたからな。助けられた娘は人間に化けたドラゴンが逃げろと提案しても、首を縦に振らなかった。村の役に立てるのならばと繰り返すばかりだ。勝手にしろと言い放ったドラゴンに、娘はひとつだけ願いを申し出た。女としての幸せをくれないかと。要するに契りを結んだのだ」
そこまで言って、じーじは軽く息を吐きだした。これで話は終わりかと思えたが、まだ続きがあるらしく、再び話し始める。
「娘は生贄の役目を全うしようとした。しかし、誰かが娘が乙女の証を失った事実を村に伝えた。生贄の資格が失われたと村人は怒り、娘を座敷牢へ閉じ込めた。ドラゴンは娘を助け出そうとしたが、やはり拒まれた。村のためにと身を差し出しながら、女としての幸せを求めた自分への罰なのだと。心の清らかな娘ではあったが、なんとも……愚かだった」
「……それで、その娘はどうなったんだ。村も。代わりの生贄を捧げたりしたのか?」
「代わりの生贄は新たに選ばれた。だからといって、自然が村に恵みを与えたりしなかったがな。新たな生贄となった娘の親は激怒した。生贄を捧げても上手くいかなかったのは、最初の生贄である娘が精霊と村を裏切ったからだとな。心の清らかな娘はそれから一度も空を見ることはなかった」
じーじは一度息を吐き、首を数度横に振った。
「ドラゴンがたまにこっそり食事を与えたが、村人は決して娘に何かを食べさせるような真似はしなかった。にもかかわらず娘が生き続けていることから、悪魔の化身だと不気味がるようになった。そして一年後、心の清らかな娘は死んだ。最後の力を、命を振り絞り、自らの子供を産んで」
「まさか、その子供って……」サレッタが唇を震わせる。
「そうだ。それがナナだ。村人の手で、村の外に捨てられたナナをドラゴンが拾った。里に連れ帰り、人間の世界でひとり暮らせるようになるまでは守ってやるつもりだった。人間に変身していた時のとはいえ、自らの血も入っているのだからな」
軽く笑って、じーじが空からカイルに視線を戻した。
「ナナの故郷の村はどうなったんだ?」
「滅んだ。ドラゴンが襲ったわけではない。そうしようとしたみたいだが、清らかな娘の声が唐突に頭の中に響き、思いとどまったらしい。もっとも自然の脅威にさらされた際に、自らの力で何とかしようとするのではなく、生贄を捧げる村だ。数年後、次の飢饉が訪れた時が最後になった。何人もの娘を生贄にしながらも、回復しない天候に恨み言を言いながら全滅していったそうだ」
「……そうか。貧しい村はどこも一緒だな。俺たちの故郷では天へではなく、金持ちに若い娘が捧げられたけどな。商人に売られるって形で」
「人間を例えるのに、愚か以外の言葉は見つからないな。そこにナナを旅立たせるのが不安だったからこそ、転移用のマジックアイテムを持たせたのだが」
「なるほどな。でも、金を持たせなかったのはどういうわけだ? 所持金がなければ、ドラゴンの血を引いていても、人間の町で生きてくのは難しいぞ」
「ナナが自らの意思で、村を追い出されるような行動をしたのでな。その結果、私の主導で旅立たせるというよりも、里のドラゴンに追い出される形となった。もしもの場合のアイテムをひとつ持たせるのがやっとだったのだよ。フフ。私も滅びた村の人間をどうこう言えぬな。里のために自らの血を分けた娘を追い出すのに同意したのだからな」
半ば予想はできていたが、その発言でじーじこそがナナの実父なのだと判明した。自らドラゴンを排他的な種族と言っていたので、人間の女との間に子を設けたというのは恥みたいな感覚になるのかもしれない。
それでもじーじはナナの保護者として人間の一般常識などを教えた。きっと、周囲のドラゴンからは日々反発されていたのだろう。だからこそ、ナナが追い出されるような行動をした際に庇いきれなかった。
「ナナはじーじを好いてたよ。じーじの話をする時は、とても嬉しそうだった。ところで、どうしてじーじなんだ? ナナは両親について何も知らないのか?」
「……知らぬ。ナナを里で育てる条件として、他の者から提示されたのは私が娘と認めないことだ。認めなければ、ドラゴンが人間と交わった忌まわしい記録も残らぬと。葛藤はあったが、里の今後を考えれば、そう言われるのも致し方ない。まして、赤子のナナを外に放置すれば、一日も持たずに魔獣の餌になって終わりだっただろう」
「理解したが、やはり納得はできないな」
カイルの言葉に、ひん剥いた目をじーじが向けてくる。
「俺なら、他の人間を敵に回してもナナを守る。そのドラゴンの立場なら、きっと人間の姿で暮らすことを選んで、ナナと一緒に里を出た」
怒りと殺気を放出していたじーじから、すっと力が抜け落ちた。
「愚かは私か。今言われて初めて、そういう選択もあったと気付いたくらいだ。やはり、人間の世界に戻したのは正解だったのかもしれん。お前のような人間と出会えたのは、ナナにとって大きい。もしかしたら、ナナの母親が引き合わせてくれたのかもしれんな」
「もしそうなら、責任重大ですね。でも、私もカイルも絶対にナナちゃんを見捨てたりはしません。可愛い我が子ですから!」
宣言のようなサレッタの台詞に、じーじが顔をほころばせる。そういう表情もできるのかというくらい、温和さが満ちていた。
「ありがたく思うぞ。ではナナを見つけたら、すぐに町を離れろ。逃げるのだ」
「やはり、それしかないのか」
カイルの言葉に、じーじが重々しく頷いた。
「お前たちにはすまないが、人間のためにブラックドラゴンと戦うことはできん。全面的な争いとなれば、里のドラゴンが命を落とすかもしれんのだ」
「貴方にも立場はある。仕方ない。だが、ブラックドラゴンはどうすればいい。どこに逃げても、奴の脅威に怯えるはめになりそうだ」
「私には逃げろとしか言えぬ。人間を殺すのに飽きれば、また洞窟の奥で眠りにつく。それが何年後、いや何十年後になるかわからぬが、人間が武器を持って挑むよりは被害が少なく済む」
カイルは皆で力を合わせればと言いたいが、それでどうにかなる相手でないのは理解済みだった。
「問題はナナが暴走した場合だ。お前たちのことを大切に思っているがゆえに、人間の町を守ろうとブラックドラゴンに戦いを挑むかもしれぬ」
「それは確かに問題だ。ナナに勝ち目はないんだろ?」
「ない。ドラゴンの血を引いてはいるものの、人間に変身して作った子なのもあり、人間の血の方がずっと強いのだ」
「あの着ぐるみに何か秘密があったりしないのか?」
「残念ながらない。外見が他のドラゴンと違うのを気にしていたナナのために、私が人間の町で調達してきたのだ。ずっと着続けるほどナナは喜んでくれたが、やはり他のドラゴンに仲間と認められるには至らなかった。その結果、ナナは自らをどらごんと呼ぶようになった。その顔だと、詳しい話は聞いていたか」
カイルは黙って頷いた。
「脱ごうと思えば着ぐるみは脱げる。人間の世界で生きていくために、脱いで捨ててしまえと里から出す際に言っておいたのだがな」
「そんなことできませんよ」
この場にいないナナに代わって、答えたのはサレッタだった。
「着ぐるみを脱いでしまえば、じーじとの繋がりがなくなってしまうような気がしたんでしょう。ナナちゃんにとって、辛い思い出があろうともドラゴンの里は故郷なんです」
「……そうか。人間が皆、お前たちのような者であれば、里のドラゴンも人間への見方を少しは変えるかもしれぬのだがな」
「いや、それは無理だ」
顔の前で右手を横に振りながら、そう言ったのはカイルだ。
「簡単な依頼で日銭を稼いで、その日暮らしをするのがやっとの冒険者を見て、人間に対する認識を変えるなんてありえない」
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