上 下
8 / 32

第8話 虐めはよくないのです

しおりを挟む
「カイル!」

 悲痛な声を発したサレッタが、助けに入ろうとする。

「何をしてるんだ! さっさと逃げろ!」

 盗賊に蹴りまくられながらも、カイルは叫んだ。

「嫌よ! カイルを置いていけるわけないでしょ! 私も戦う!」

 サレッタが懐に隠し持っていたショートソードを抜き、カイルを蹴りつける盗賊に突き出す。

 動きの遅い獲物ならともかく、狙った盗賊はサレッタよりも格上。回避するどころか、逆にショートソードを向けられる。

 金属同士がぶつかるような甲高い音がしたあと、サレッタの右手から持っていたショートソードがこぼれた。

 勝敗は一撃で決した。どうあってもサレッタと慰み者にしたいらしく、盗賊は体に傷をつけないようショートソードだけを叩き落としたのである。

「お前はそこでおとなしくしてろ。あっちの衛兵を殺して、この男を動けない程度に痛めつけたら、一緒にアジトへ連れて行ってやる。そこで、この男が見てる前で盗賊団全員の相手をするんだよ。死ぬまでな」

「させるかよ!」

「なっ――!」

 盗賊の視線がサレッタを向いている間に足を取り、手で払ってバランスを崩させる。その隙に立ち上がり、カイルはお返しとばかりに奴の脇腹に蹴りを入れた。

 身軽さを優先して革鎧すら装備していないので、まともに靴底がぶつかる。さすがにダメージを負ったらしく、盗賊の男は顔を大きく歪めた。

「この野郎。手加減してやればいい気になりやがって。お前は少しの間だけ生きてりゃいいんだ。だったら、手足を切り落としてやっても問題ねえよなァ!」

 どうやら反撃を成功させたおかげで、カイルは盗賊のひとりを完全に怒らせたらしい。ますます生き残るのは難しくなった。

 押し寄せる殺意とプレッシャーに気圧されて、たまらず後退りする。

 頼みの衛兵は自分に向かってきた盗賊と、武器を合わせている最中だ。カイルを助けに来られるような状況ではない。それどころか、ニヤニヤと見物中のリーダー格の盗賊が参戦すれば敗北が確定する。

 それがわかっているからこそカイルたちは焦り、盗賊たちは余裕を持っている。

「いつまで遊んでるんだよ。さっさとぶちのめして、女を捕らえろって」

 苦笑気味のリーダーに言われた、カイルの目の前にいる盗賊は「わかってるよ」と声を荒げた。

「遊びはここまでだ。殺しはしねえが、全身をズタズタに切り刻んでやるぜ!」

 雄叫びを上げるようにして飛びかかってきた盗賊に剣を向ける。先ほどは予想以上の速度だったので後れを取ったが、今回は把握している。

 隣に立っていたサレッタを突き飛ばし、サイドステップしながら死角に回り込まれないように移動する。

「その程度の対策で、どうにかなるかよ。雑魚の冒険者さんよォ!」

「くっ!」

 実際にそのとおりなので、雑魚と言われようとも否定はできない。けれど、冒険者としての意地はある。

 なんとしてもサレッタと、知り合ったばかりの少女を守ってやろうとカイルは全力で奮闘する。

 しかし、長くは持たない。元々、少なくない実力差があったのだ。本気になった相手に、いつまでもカイルが抵抗できるはずがなかった。

 腕や足に傷を負い、地面に転がったあとで顔面に蹴りを見舞われる。

「もうやめてっ!」

 涙を流しながら、サレッタがカイルに覆い被さった。自身の背中を蹴られようとも、動こうとしない。

「何を……してるんだ。早く……逃げて、くれよ……お前、だけでも……」

「嫌に決まってるでしょ! カイルがいたから、私は一緒に村を出たし、冒険者にもなったの! こんなところでお別れなんて絶対に嫌よ!」

 泣き叫ぶサレッタの台詞に反応したのは、カイルではなく盗賊のリーダーだった。

「愛ゆえにってやつか? 泣かせるねぇ。ますます、その男が見てる前でもてあそんでやりたくなったぜ」

 カイルの頭を抱きかかえたまま、両膝を地面につけているサレッタは顔だけを盗賊のリーダーへ向ける。

「お断りよ! そんな目にあうくらいなら、この場で舌を噛んで死んでやるわ!」

「そいつは困る。おい、その女が自害できないようにしろ」

 カイルを散々痛めつけた盗賊が、指示を受けて持っていた布を強引にサレッタへ噛ませた。

 苦しそうに悶えるサレッタを見て、それまできょとんとした感じで現場を眺めていたナナがとことこと歩み寄る。

「おかーさん、苦しそうなのです。いくら遊びでも、さすがにやりすぎだと思うのです」

 ナナの言葉に、サレッタの口を封じた盗賊が「はあ?」と不愉快そうに目を吊り上げる。

「売られる予定のガキは黙ってろよ。じゃねえと、テメエも痛めつけんぞ。顔や体に傷をつけたくねえが、生意気言うと本気でやるからな」

 普通の子供なら恐怖におののき、号泣してもおかしくない脅しにも、ナナは敵の期待どおりの反応はしない。ただただ不思議そうに首を傾げる。

「もしかして……遊んでるのではないのです?」

 ナナの顔が、くるりと倒れているカイルを向いた。

 一体何をどう見れば、これが遊んでるように見えるのか。声を大にしてツッコミたいが、そんな気力もない。震える声で、小さく逃げろと言うのがやっとだった。

「もしかして……虐められてるのです?」

 再度の質問にも、カイルは逃げろとしか言えない。代わりに応じたのは、サレッタを拘束しようとしている盗賊の男だ。

「そうだよ。虐めてんだよ。だったら、どうすんだ。お前が助けてやんのか? 早くしねえと、俺らのアジトでもっと酷い虐めをしちまうぞ」

 上半身を折り曲げ、身長の低いナナに男が顔を近づける。挑発するように、出した舌を左右に動かす仕草は変態そのものだ。

「虐めはよくないのです。すぐにやめるのです」

 むっとしたナナが睨みつけても、可愛らしく見えるだけ。案の定、盗賊の男は愉快そうに笑う。

「悪いが、やめられねえんだよ。わかったら、おとなしくしてな。お尻ぺんぺんしちまうぞ」

 男が手を伸ばした瞬間、大きな悲鳴が闇夜に響いた。

 伸びてきた手に、ナナが勢いよく噛みついたのである。尖った犬歯が、容赦なく男の手の甲に突き刺さっている。

「痛え! 何しやがる、このガキっ!」

 怒り狂う男とは対照的に、盗賊のリーダーは楽しそうに手を叩く。少女のナナに、部下のひとりが不覚を取ったのを面白がっていた。

 笑われた男が顔を真っ赤にして、もう片方の手でナナの頭を掴んだ。

「離れろって!」

 強引に力でナナを引き離したものの、噛みつかれた手の甲からはかなりの血が流れていた。

「よくもやってくれやがったな! お仕置きだ。ガキが調子に乗ると、酷い目にあうと教えてやらねえとな!」

「や、やめて! ナナちゃんはまだ子供なのよ!」

 男を食い止めようとしたサレッタが、おもいきり頬を叩かれる。続けざまに腹部に蹴りを見舞われ、細い体が宙に浮く。

 真後ろに吹き飛ばされ、地面に背中から倒れたサレッタの姿を見たナナが激怒する。

「よくも、なのです。おにーさんの方はともかく、おねーさんを虐めるのは許さないのです!」

 おかーさんやおとーさんといった呼称をあえて使わないのではなく、親子の芝居どうこうが頭から消え去るほど怒っていた。

 顔を真っ赤にしたナナが、口を四角くパカッと開ける。

「よくもは俺の台詞だよ、クソガキが!」

 盗賊の男が殴りかかろうとしたその時、ナナの口から真っ赤な火炎が放たれた。

 カイルやサレッタは宿屋で見て火を吐けるのを知っていたが、そうではない盗賊たち――プラス衛兵は戦うのを忘れて唖然とする。

「ぐわあああ!」

 全身に炎を浴び、文字どおり火だるまになった盗賊の男が、苦悶の叫びを上げて地面を転がる。

 致命傷にはならなかったみたいだが、強烈なダメージを負ったのは傍目からでもわかる。

「な、何だ!? ほ、炎!? あのガキがやったのか!? どうなってやがる!」

 先ほどまで冷静だった盗賊のリーダーが驚愕を露わにする。

 無理もない。初めて見た時は、カイルやサレッタも驚いた。宿屋の壁が消失したせいで、すぐにそれどころではなくなったが。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

人形娘沙羅・いま遊園地勤務してます!

ジャン・幸田
ファンタジー
 派遣社員をしていた沙羅は契約打ち切りに合い失業してしまった。次の仕事までのつなぎのつもりで、友人の紹介でとある派遣会社にいったら、いきなり人形の”中の人”にされたしまった!  遊園地で働く事になったが、中の人なのでまったく自分の思うどおりに出来なくなった沙羅の驚異に満ちた遊園地勤務が始る!  その人形は生身の人間をコントロールして稼動する機能があり文字通り”中の人”として強制的に働かされてしまうことになった。 *小説家になろうで『代わりに着ぐるみバイトに行ったら人形娘の姿に閉じ込められた』として投降している作品のリテイクです。思いつきで書いていたので遊園地のエピソードを丁寧にやっていくつもりです。

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

鳴宮野々花@初書籍発売中【二度婚約破棄】
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。 十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。 そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり────── ※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。 ※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

ブラッドナンバー

永山もか
ファンタジー
勇者の血を引く凡人が、双子の妹とともに英雄になるまでの軌跡。

冒険野郎ども。

月芝
ファンタジー
女神さまからの祝福も、生まれ持った才能もありゃしない。 あるのは鍛え上げた肉体と、こつこつ積んだ経験、叩き上げた技術のみ。 でもそれが当たり前。そもそも冒険者の大半はそういうモノ。 世界には凡人が溢れかえっており、社会はそいつらで回っている。 これはそんな世界で足掻き続ける、おっさんたちの物語。 諸事情によって所属していたパーティーが解散。 路頭に迷うことになった三人のおっさんが、最後にひと花咲かせようぜと手を組んだ。 ずっと中堅どころで燻ぶっていた男たちの逆襲が、いま始まる! ※本作についての注意事項。 かわいいヒロイン? いません。いてもおっさんには縁がありません。 かわいいマスコット? いません。冒険に忙しいのでペットは飼えません。 じゃあいったい何があるのさ? 飛び散る男汁、漂う漢臭とか。あとは冒険、トラブル、熱き血潮と友情、ときおり女難。 そんなわけで、ここから先は男だらけの世界につき、 ハーレムだのチートだのと、夢見るボウヤは回れ右して、とっとと帰んな。 ただし、覚悟があるのならば一歩を踏み出せ。 さぁ、冒険の時間だ。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

処理中です...