リセット

桐条京介

文字の大きさ
上 下
44 / 96

第44話 入学した高校に貴女がいる

しおりを挟む
 新しい生活を夢見て、胸躍らさせる高校の入学式。新入生全員が緊張しながらも、見知った顔と笑顔で会話をしている。

 中には早くも他の中学校出身者と仲良くなっている者も存在する。ドキドキしすぎているのか、それぞれのテンションはかなり高い。

 そうした周囲の様子を、哲郎は何の感動もなく眺めていた。本来は周りの学生たちと同じリアクションをしていたのだが、何度も同じイベントを繰り返していれば新鮮味も薄れる。

 なにせこのあと行なわれる担任の紹介から、校長の長話の内容まですでに知っているのだ。期待と不安で鼓動の速度を上げろと言われても、ほぼ不可能に近かった。

 これまで幾度となくやり直してきた人生と違う点があるとすれば、それは恋人の少女の存在だった。

 小学校の時に勇気がなく、告白できないままで音信不通になり、脆くそしてはかなく砕け散った初恋。昔から成就しないといわれていた意味を、六十歳を過ぎてから実感したりもした。

 そんな哲朗がどういう理屈かは不明だが、変なスイッチのおかげで人生をリセットできた。小学校時代に戻って意中の女児に告白し、見事に承諾の返事をもらう。

 中学校に進んでからも交際は続いたが、予期せぬ難題ばかりが降りかかってきた。せっかくできた同じ中学の男友達に恋人を奪われそうになったり、少女の家庭が崩壊しそうになったりで、凄まじく濃密な時間を過ごしてきた。

 苦難を乗り越えて、ようやく辿り着いた高校生活。せめて今回の三年間は、楽しめるようにと願わずにはいられなかった。

 チラリと哲朗が後方へ視線を向ければ、目が合った美しい少女が微笑みかけてくれる。運良く同じクラスになれた水町玲子である。

 恋人の少女はやはり誰の目から見ても可愛いらしく、朝の時点ですでに同級生の男子生徒たちがザワつき、色々と噂をしていた。

 一応は彼氏であるだけに、誇らしくも思えたが、その一方で再び誰かに狙われないか心配にもなった。

 哲郎自身に水町玲子と別れるつもりはなく、何か問題が発生すれば、再び例のスイッチの力を借りるつもりだった。

 なんともしても幸せな人生を送るんだ。心の中で強く呟いては、己に気合を入れる。

 そんなことを考えている間にも参加中の入学式は粛々と進み、各クラスの担任が体育館の壇上で紹介されている。

 哲郎と玲子が入学したのは、県内でもトップレベルの進学校で、専門的な高校とは違って普通科しか存在しない。所属する誰もが、できれば大学までいきたいと思ってるに違いなかった。

 もちろん哲郎はそのつもりだったし、家庭の経済状況を考えても、学力さえ満たせれば水町玲子も進学するだろう。本人にはまだ直接聞いていなくとも、返ってくる答えはある程度想像できていた。

 視線を壇上へ戻せば、各学級の担任紹介を終えた校長が、長々と新入生たちへ高校生としての心構えなどを話している。

 初めて聞く他の新入生でも、退屈そうにしてるのが大半なのだ。すでに聞きなれている哲郎には、まるで子守唄みたいに聞こえる。

 欠伸しそうになるのをなんとか堪えつつ、顔だけを壇上に向けたままで考え事に没頭する。これからの人生設計についてが、主な議題だった。

 いまだかつてないくらい楽しかった中学卒業後の春休みを経て、哲郎の水町玲子に対する想いは圧倒的に強まっていた。

 なんとしても一緒に人生を添い遂げたいと、より強烈に願うようになっている。ともに過ごす時間が増えるほどに、醒めるどころか愛情は格段に増した。

 幸いにして相手方の両親の受けもいいので、現在のところ、哲郎の前途は限りなく明るく照らされてるように思える。

 このペースを崩さないようにして、あとは無事にゴールするだけ。そうはわかっていても、人生は長い。まだまだ気は抜けそうになかった。

   *

 真面目な人間であれば、厳かな気分で望んだであろうが、新しい出会いなどに期待している新入生には退屈極まりない儀式。それが入学式である。

 卒業式こそ三年間の思い出が頭をよぎり、泣いたりする生徒もたくさん出てくるが、こと入学式に至っては号泣する者はそうそういない。だからこそ、余計に入学式を面倒に感じたりもする。

 頭の中では大事なものだと理解しているのだが、どうにも感情が追いつかない。それほど高校生活というものに夢を見て、ワクワクしている証拠だった。

 そのうちのひとりには、当然のごとく哲郎も含まれる。入学式の最中は冷めた感じで参列していたが、体育館から所属する学級へ戻ってくれば気分も一変する。

 出席番号順に最初は席が決まっているため、哲郎と水町玲子は少し離れた場所に座っている。

 多少の寂しさを覚えるものの、この程度であれこれ言っていたら、器の小さな男だと思われるのは間違いない。高校生活へ突入したばかりで、いきなりそんな展開になるのだけは避けたかった。

 なにより下手な真似をして最愛の女性に不信感を覚えさせた挙句に、嫌われでもしたら目も開けていられない。ここはグッと我慢するのが一番である。

 入学式の舞台だった体育館から、指定された教室へ戻って数分後。雑談で騒がしくなってる教室へ、ひとりの大人がやってくる。

 老齢の男性で、体育館へ案内してくれた人物でもある。加えて、入学式の最中に、哲郎たちの学級の担任になると紹介された教員だった。

 温厚で優しそうな外見をしているが、見た目どおりの性格をしているとは限らない。世の中には、様々な人間がいる。

 強面でありながら小動物を愛する心優しい人物もいれば、平和主義者的に見えても争いを好む者もいる。人間は外見ではない。複数の人生で、嫌というほど哲郎はそれを学ばされた。

 だが、すでに大人になった経験のある哲郎だからこその人生訓であり、ごくごく普通の幼少期を送ってきた周囲の学生が、そこまで達観していたらむしろ怖い気がする。

 周りの反応を窺えば、哲郎みたいに物事を深く考える人間は見当たらず、優しそうな先生で良かったなんて感想がそこかしこから聞こえてくる。

 世間知らずがなどと、心の中で嘲笑ったりはできない。世界には様々な人間がいるという言葉どおり、外見と性格がピッタリ一致するような人物も少なからず存在しているのだ。

 ちなみに恋人の少女の反応を確認してみると、普段と変わりなく姿勢をしゃんと伸ばしながら、教卓に立った老齢の男性教諭を見ている。

 特別な感情が視線に含まれてたりすることもなく、ただ教師が黒板前にいるからという感じである。

 教師と女性とのラブロマンスも決してないとは言い切れないが、現在の担任については安心できそうだった。

「私が皆さんを、とりあえずは一年間、担当することになります。よろしくお願いします」

 丁寧な言葉で担任の老齢男性が自己紹介を終えたあと、今度は哲郎たち新入生がひとりひとり、自分の名前や出身の中学校などを話すことになった。

 担任教師にだけでなく、他の同級生たちにも紹介する目的があるのだろう。哲郎の番も無事に終了し、あとは聞いてるだけの身になる。

 そして水町玲子が自己紹介しようと席から立ち上がる。その瞬間に、男子生徒を中心に軽いザワめきが起こった。教室内にも若干とはいえ、落ち着かない雰囲気が漂っている。

 凛とした声で自己紹介をする水町玲子へ、必然的に注目が集まる。すらすらと名前や出身中学校を言い終えて着席すると、今度は感嘆のため息がどこからか漏れ聞こえてきた。

   *

 入学式当日からいきなり授業とはならず、午前中で解散となる。入学式に参列した保護者と帰宅する者や、友人同士で遊びに出かけようとする者。思い思いに好き勝手な行動をとる。

 別に何かを禁止されているわけでもないので、式後にどのようなことをしようとも、法を犯さない限りは各人の自由だった。

 入学式には水町玲子の母親だけでなく、哲郎の母親もやってきている。水町家で過ごす時間が増えているため、最近は小百合と会話をする機会が減っている。

 本来の人生ではわりと早めに他界してしまっただけに、過去へ戻ってきた当初は、それこそひっきりなしに話しかけたりした。

 今にして思えば、その光景を見た他者にマザコンだと指摘されても仕方ないくらいだった。けれど、それも小学校を卒業するまでだった。

 二度目の人生にして、初めての恋人ができた哲郎はこれ以上ないほど舞い上がり、水町玲子という存在へのめりこんだ。

 次第に母親の存在に慣れてきたのもあり、恋人の方へ時間を使うような生活へシフトしていった。

 特に何も言われていないので、母親の小百合も哲朗が親離れしてくれたと喜んでいるのかもしれない。そうでなかったにしても、いつまでも息子がべったりとくっついているよりはよほど健康的だろう。

 帰宅が許可されて、圧倒的に騒々しさを増した教室内で、哲郎も考え事をほどほどにして下校しようと準備を始める。

 その際に少し離れた席にいる水町玲子を見てみると、いつの間にやら結構な数の人だかりができていた。

 何かあったのかと思いきや、クラスメートが単純に話をしたくて殺到しているみたいだった。

 よく人は顔ではないと言われるが、やはり性格と同じくらいに外見は重要な一因だとわかる。美少女とも呼称できる水町玲子の周りには人が集まり、あまり顔立ちのよろしくない哲郎は教室内でポツンとひとりきりだ。

 せっかく知り合ったばかりの旧友たちと会話をしているのだから、邪魔をするのも申し訳ない。母親の小百合も来ているだろうし、今日のところはそちらと合流しようと考える。

 ついさっきまで保護者も、自分の子供が所属する教室の後ろで見守っていた。今はだいぶ少なくなっているが、まだそれほど遠くへは行ってないはずなので、捜せばすぐに見つけられるだろう。

 そう考えて哲郎は、ほとんど何も入っていない学生鞄を担いだ。教科書等を入れて、友好的に活用するのは、授業が始まる明日以降になる。

 その点だけを考慮すれば、入学式にわざわざ学生鞄を持ってくる必要はないように思えたが、学校側からの指定だったので、従わないわけにはいかなかったのである。

「あ、哲郎君。今から帰るの?」

 哲朗が自分の席から立ち上がると、待っていたかのように、たくさんのクラスメートの中心にいた恋人の少女が声をかけてきた。

 一斉にこちらへも注目が集まり、様々な種類の視線を浴びせられる。実に居心地悪い状況となり、一刻も早く教室から退出したくなる。

 哲朗が「そうだよ」と教えた途端、水町玲子も席を立って、人だかりをかきわけてこちらへ駆け寄ってきた。

「なら、一緒に帰ろう。今日も私のお家に来るんでしょう」

 周囲の反応など一切構いもせず、堂々と親密な雰囲気をかもし出す。度胸というべきなのかはわからないが、男性の哲郎の方が引っ張られる形になっている。

 おしとやかそうでいて、実は気の強い一面もあるのかもしれない。小学校の卒業近くから交際を続けてきているが、いまだにわからない部分が多い。

 だからこそ楽しいと感じ、相手女性をより愛しく思えるのだろう。こうなったら、自分も覚悟を決めようと、哲郎は「そうさせてもらうよ」と返事をして、側にいる恋人の少女の手をしっかりと握った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
 幾度繰り返そうとも、匣庭は――。 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 その裏では、医療センターによる謎めいた計画『WAWプログラム』が粛々と進行し、そして避け得ぬ惨劇が街を襲った。 舞台は繰り返す。 三度、二週間の物語は幕を開け、定められた終焉へと砂時計の砂は落ちていく。 変わらない世界の中で、真実を知悉する者は誰か。この世界の意図とは何か。 科学研究所、GHOST、ゴーレム計画。 人工地震、マイクロチップ、レッドアウト。 信号領域、残留思念、ブレイン・マシン・インターフェース……。 鬼の祟りに隠れ、暗躍する機関の影。 手遅れの中にある私たちの日々がほら――また、始まった。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

これからの僕の非日常な生活

喜望の岬
青春
何の変哲もない高校2年生、佐野佑(たすく)。 そんな彼の平凡な生活に終止符を打つかのような出来事が起きる……!

あなたのサイコパス度が分かる話(短編まとめ)

ミィタソ
ホラー
簡単にサイコパス診断をしてみましょう

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

久野市さんは忍びたい

白い彗星
青春
一人暮らしの瀬戸原 木葉の下に現れた女の子。忍びの家系である久野市 忍はある使命のため、木葉と一緒に暮らすことに。同年代の女子との生活に戸惑う木葉だが……? 木葉を「主様」と慕う忍は、しかし現代生活に慣れておらず、結局木葉が忍の世話をすることに? 日常やトラブルを乗り越え、お互いに生活していく中で、二人の中でその関係性に変化が生まれていく。 「胸がぽかぽかする……この気持ちは、いったいなんでしょう」 これは使命感? それとも…… 現代世界に現れた古き忍びくノ一は、果たして己の使命をまっとうできるのか!? 木葉の周囲の人々とも徐々に関わりを持っていく……ドタバタ生活が始まる! 小説家になろう、ノベルピア、カクヨムでも連載しています!

学生恋愛♡短編集

五菜みやみ
青春
収録内容 ➀先生、好きです。 ☆柚乃は恋愛も勉強も充実させるために今日も奮闘していた──。 受験が控える冬、卒業する春。 女子生徒と養護教諭の淡い恋が実りを告げる……。 ②蜂蜜と王子さま ☆蜜蜂は至って普通の家に生まれてながらも、低身長にハニーブロンドの髪と云う容姿に犬や人から良く絡まていた。 ある日、大型犬三匹に吠えられ困っていると、一学年年上の先輩が助けてくれる。 けれど、王子の中身は思ったより可笑しくて……? ➂一匹狼くんの誘惑の仕方 ☆全校。学年。クラス。 集団の中に一人くらいはいる浮いた存在の人。 ──私、花城 梨鈴も、低身長で悪目立ちをしている一人。 ④掛川くんは今日もいる。 ☆優等生の天宮百合は、ある秘密を抱えながら学園生活を送っていた。 放課後はお気に入りの図書室で過ごしていると、学年トップのイケメン不良_掛川理人が現れて──。

私は最後まで君に嘘をつく

井藤 美樹
青春
【本編完結済みです】 ――好きです、愛してます。 告げたくても、告げることができなかった言葉。 その代わりに、私は君にこの言葉を告げるわ。最高の笑顔でね。 「ありがとう」って。 心の中では、飲み込んだ言葉を告げながら。 ありきたりなことしか言えないけど、君に会えて、本当に私は幸せだった。 これは、最後まで君に嘘を突き通すことを選んだ、私の物語。 そして、私の嘘を知らずに、世間知らずの女の子に付き合ってくれた、心優しい君の物語。

彗星と遭う

皆川大輔
青春
【✨青春カテゴリ最高4位✨】 中学野球世界大会で〝世界一〟という称号を手にした。 その時、投手だった空野彗は中学生ながら152キロを記録し、怪物と呼ばれた。 その時、捕手だった武山一星は全試合でマスクを被ってリードを、打っては四番とマルチの才能を発揮し、天才と呼ばれた。 突出した実力を持っていながら世界一という実績をも手に入れた二人は、瞬く間にお茶の間を賑わせる存在となった。 もちろん、新しいスターを常に欲している強豪校がその卵たる二人を放っておく訳もなく。 二人の元には、多数の高校からオファーが届いた――しかし二人が選んだのは、地元埼玉の県立高校、彩星高校だった。 部員数は70名弱だが、その実は三年連続一回戦負けの弱小校一歩手前な崖っぷち中堅高校。 怪物は、ある困難を乗り越えるためにその高校へ。 天才は、ある理由で野球を諦めるためにその高校へ入学した。 各々の別の意思を持って選んだ高校で、本来会うはずのなかった運命が交差する。 衝突もしながら協力もし、共に高校野球の頂へ挑む二人。 圧倒的な実績と衝撃的な結果で、二人は〝彗星バッテリー〟と呼ばれるようになり、高校野球だけではなく野球界を賑わせることとなる。 彗星――怪しげな尾と共に現れるそれは、ある人には願いを叶える吉兆となり、ある人には夢を奪う凶兆となる。 この物語は、そんな彗星と呼ばれた二人の少年と、人を惑わす光と遭ってしまった人達の物語。        ☆ 第一部表紙絵制作者様→紫苑*Shion様《https://pixiv.net/users/43889070》 第二部表紙絵制作者様→和輝こころ様《https://twitter.com/honeybanana1》 第三部表紙絵制作者様→NYAZU様《https://skima.jp/profile?id=156412》 登場人物集です→https://jiechuandazhu.webnode.jp/%e5%bd%97%e6%98%9f%e3%81%a8%e9%81%ad%e3%81%86%e3%80%90%e7%99%bb%e5%a0%b4%e4%ba%ba%e7%89%a9%e3%80%91/

処理中です...