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第15話 友人の裏切りと突然の告白
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今度は付き合い始めた時期を聞いたのではなく、いつから水町玲子を狙っていたのかを尋ねたのである。
数瞬ポカンとしたあとで、平谷康憲もこちらの質問を意図を理解した。
「……最初からだ」
届けられた言葉に、悔しさを押し殺すように哲郎は机の上でグッと握り拳を作った。
やがてそれまで黙っていた貝塚美智子が、ピンときたように表情を曇らせた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。まさか……平谷?」
大抵の女子が男児へ君をつける中、貝塚美智子だけはクラス内のほぼ全員を呼び捨てにしていた。
それだけ馴れ馴れしいタイプといえるが、捉え方を変えれば誰よりも人懐っこい女性になる。
先天的な明るさと健康的な魅力から、学級内では後者の印象を多く持たれてるみたいだった。
何があっても朗らかに笑っている。そんな女性のはずなのに、今は眉毛を吊り上げて平谷康憲を睨んでいた。
ただならぬ雰囲気の中で、ようやく巻原桜子も事態の予想に成功したようである。
「そう言えば、玲子……最近になって、急によそよそしくなってた」
呟くように巻原桜子が、親友の女児の近況について報告してくれた。
哲郎と学校で仲が良いのを知っていたから、水町玲子にしても気を遣っていたのだろう。そこまで後ろめたく思っていながらも、恋人だった女性は平谷康憲を選んだ。これだけは、紛れもない現実だった。
「アンタ、梶谷と親友じゃなかったの? どうしてそんな真似したのよ」
哲郎が何か言うより先に、今にも掴みかからんばかりの勢いで、貝塚美智子が平谷康憲へ詰め寄っていた。
本気で怒っており、これには哲郎も少し驚いた。
皆が皆、他人事も同然の反応をすると思っていたのに、貝塚美智子だけでなく巻原桜子も平谷康憲へ非難の眼差しを向けている。
「……俺が悪いのかよ」
やがて重苦しい雰囲気に耐えられなくなった平谷康憲が、吐き捨てるように言葉をぶつけてきた。
睨みつける目には悪意まで込められており、とても友人へ向ける視線とは思えなかった。
当たり前だと噛みつきかねない貝塚美智子を、平谷康憲は「うるさい」のひと言で制する。
ひと回りは大きい男性が相手だけに、強く睨まれると相当な威圧感を受ける。
思わず貝塚美智子が口を噤んでしまったのも、ある意味当然だった。
「悪いのは取った俺じゃなくて、取られたお前だろ。隙を見せてるから、こうなるんだ」
「な……! あんまりじゃない!」
叫んだのは、やはり貝塚美智子だった。巻原桜子は、どうするべきか対応を悩んでるようにも見えた。
平谷康憲は中学で出会っただけでも、水町玲子は小学校時代からの大親友になる。巻原桜子が表立って騒がないのも、哲郎には納得できた。
巻原桜子にとっては哲郎や平谷康憲より、水谷玲子との関係の方が大事なのである。
とにもかくにも、貝塚美智子が騒いだせいで、哲郎の席にいる面々はクラス中の注目を集める結果になる。
日頃から仲の良いグループ内でのいざこざだけに、誰も彼もが興味津々といった様子で聞き耳を立てていた。
周囲からの視線を敏感に察知した平谷康憲が「チッ」と舌打ちをする。
「そんなに取られたくないなら、もっと気を遣っておけばよかったんだ。俺を選んだのは玲子なんだから、お前にも責任があるだろ」
「何よ、その言い方。ちょっと、待ちなさいよ!」
言いたいことだけ言って背中を向けた平谷康憲を貝塚美智子が追いかけ、残された巻原桜子が「大丈夫?」と哲郎へ声をかけてくる。
これだけの失恋を経験すれば、大丈夫と頷いたところで、意地を張ってるのは丸わかりだった。
かといって、もっと心配して的な態度をとるのもどうかと思われる。
「多分ね」
哲郎はそれだけしか言えず、どんな励ましをすればいいのかわからない巻原桜子は、やがてそそくさと自分の席へ戻った。
そうこうしてるうちに授業開始のチャイムがなり、教室へ担当の教師が入ってくるのだった。
*
その日は一日中上の空で、授業の内容などほとんど耳に入っていなかった。
もっともすでに教わるべき項目を習得している哲郎に、学校での勉学はほとんど意味がない。よりよい大学を目指すのであれば話は別だが、その場合は図書館などで個人的に自習すれば事足りた。
あまり頭脳明晰なのをひけらかしても、教室内で孤立するだけだ。とはいえ現状でも哲郎は、テストの点数で学年一位を他の人間に譲った経験はない。普通にしてても、充分だという証明だった。
学校で行われるべき授業が終了すると、大半の生徒が所属するクラブへ向かった。
基本的に生徒は、どこかしらの部活に所属する必要があった。
運動部という柄でもない哲郎は、文化部でも隅にひっそりと存在していた読書部へ所属している。
以前は無理して、それこそ運動部へ入っていたが、二度目の中学生活でわざわざ苦難な道を選ぶ必要はない。そこで参加しなくても、たいして咎められない部活を選んだのである。
何せ校内に設置されている図書館で、各々が好きな本を読むだけなのである。
中には小説や詩などを創作してる者もいるが、熱心に活動してるのはひとかけらの部員だけで、大半が籍だけ置いて帰宅している生徒だった。
もちろん哲郎も含まれており、今日もこうして帰宅するための準備をしている。
「あ、あのさ……梶谷。ちょっと、いいかな」
平谷康憲は哲郎と目を合わせないようにして、そそくさと教室から退出していた。
同じ読書部に所属しているが、入部した目的が同じため図書館で鉢合わせする可能性は限りなく低い。ちなみに巻原桜子も一緒である。
読書部三人に対して、貝塚美智子だけがひとり陸上部に所属していた。
運動神経が良いだけあって、入学早々に顧問の先生から直々にスカウトされたと以前教えてくれた。
その貝塚美智子が、部活へ参加する前に、帰宅部も同然の春道に声をかけてきた。
聞くまでもなく、内容は大体わかっていた。
恐らくは平谷康憲と、水町玲子のことだ。本当ならひとりにしておいてほしかったが、励まそうとしてくれてる友人を無碍にもできない。哲郎は「どうしたの」と応じる。
「少し……話があるんだけど、いいかな」
緊張の面持ちながらも、どこか照れ臭そうにしている。
友人になって以来、初めて見る少女の表情や仕草に、思わず哲郎はドキッとした。
哲郎まで妙に緊張してしまい、わずかに震えながら頷いた。
「じゃあ……着いてきて」
そう言って貝塚美智子が、スタスタと歩き始める。
膝下までのスカートを軽くなびかせながら、どこか急ぎ足で校内をひたすら歩く。やがて到着したのは、校舎の影となる裏庭だった。
運動部が活動しているグラウンドからも死角になっており、ひと気はあまり感じられない。むしろ不気味な静けさが存在していた。
暗闇を照らすライトも設置されてないので、日中でも薄暗いくらいだ。二回にわたる哲郎の中学生活でも、訪れた経験は皆無だった。
今さらながらに、こんな場所があったのかと驚いている。
それにしても、貝塚美智子は一体何を話すつもりなのか。立ち止まった少女の背中を眺めながら、哲郎はあれこれと想像していた。
すると程なくして、当人がこちらを振り返った。
真っ赤な頬に、かすかに潤んだ瞳。ギュッと真横に結ばれた唇が、余計に哲郎の鼓動を加速させる。
グラウンドで練習している運動部の声も聞こえなくなり、シンとした雰囲気の中で貝塚美智子が口を開いた。
「……好き……大好き!」
*
いきなりすぎる展開に、哲郎は何が起きたかすぐに理解できなかった。
目の前にいる見慣れた少女が、真っ赤な顔で見慣れない表情をしている。
相当の勇気を振り絞ったのは確認するまでもなく、とある日の哲郎を思い出す。小学校の校庭で水町玲子へ告白して、見事に過去を変えた。
以降は生まれ変わったも同然の人生を、順調にここまで歩んできた。ところが、現在は難題に直面している。
二度目ともいえる人生において、ようやくできた初めての彼女を、中学生になってできた友人男性に奪われた。
頭を悩ませている哲郎を呼び出したのが貝塚美智子であり、該当の少女はすぐ前方にて黙ってこちらを見ている。
緊張のせいか、瞳が潤んでいる。何故だかいじらしく思えてきて、急に相手が気になりだした。
いい加減にしろと、心の中で哲郎は自分自身を叱責する。
いかにショッキングな出来事があったとはいえ、ころころ心を変えていては水町玲子や平谷康憲と一緒だった。
確かに陸上部へ所属している少女は、水町玲子とは違った魅力がある。
毎日外で部活しているため、小麦色に焼けた肌が健康的な美しさを演出している。
クラス内どころか、学校内でも人気があるのが頷ける。
そんな少女が、よりにもよって恋人に振られたも同然の春道に告白してきた。
しばらく相手の真意を掴めなかったが、ようやく仲の良い少女の気持ちに気づいた。
「そうか……同情してくれてるんだな」
あまりにも哲郎が哀れすぎたので、新たな恋人として交際することで傷を癒そうとしてくれてるのだ。優しさに変わりはなくとも、残酷な仕打ちだった。
「え……? ちょ、ちょっと……どうして、そんな話になるのよ!」
「……違うの?」
本意がバレないよう嘘をついてるのかと思ったが、相手少女の驚き方は本物だった。
「あ、当たり前でしょう。同情で告白する人間が、どこにいるのよ! わ、私はその……ずっと前から、梶谷のことが好きだったの!」
言い終わってから、貝塚美智子はこれまでよりもさらに濃く赤面する。
間違いなく本気だとわかり、相手の気持ちを一瞬でも疑ってしまった自分を恥じる。
「な、何度も言わせないでよね……」
異性にモテた経験のない哲郎にとって、女性からの告白はとても嬉しかった。
けれどすぐに答えは出せず「考えさせてもらえるかな」と、まるで女性みたいな返事をする。
貝塚美智子は嫌な顔ひとつせず、恥ずかしそうにしながらも笑みを浮かべて頷いてくれたのだった。
*
自宅に戻ってきた哲郎はどこへも遊びに行かず、ひたすら自室で勉強を――するフリをして悩んでいた。
母親の小百合が作ってくれた夕食を家族全員でとり、お風呂に入ったあとで自室へ戻る。
こういう時は、自分専用の部屋の存在がとてつもなくありがたかった。
どうするべきか思案を続ける哲郎の脳裏に、急速にあるアイテムの姿形が浮かんできた。
再び幼少時に戻るきっかけとなった例のスイッチである。
人知では到底理解しきれない能力を備えているスイッチを、しまっていた机の引き出しから取り出す。そして、水町玲子に振られてからの出来事を思い返してみる。
すると手に持っていたスイッチが、いきなり眩く輝きだした。慌てて哲郎は、注意書きを確認する。
戻れる過去の場面を思い浮かべてる時は、スイッチが輝いて教えてくれる。書かれている説明は確かだった。
水町玲子との破局と、貝塚美智子による告白は、哲郎にとって重大なターニングポイントになる。直感で確信した。
どの場面へ戻るかまではわからないが、恐らくは水町玲子とやり直せる可能性は高い。けれどこのまま進んで、貝塚美智子と交際する選択肢もある。
すべてはスイッチを使う哲郎次第。どうするべきか悩み続けるうちに、気づけば夜が明けようとしていた。
数瞬ポカンとしたあとで、平谷康憲もこちらの質問を意図を理解した。
「……最初からだ」
届けられた言葉に、悔しさを押し殺すように哲郎は机の上でグッと握り拳を作った。
やがてそれまで黙っていた貝塚美智子が、ピンときたように表情を曇らせた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。まさか……平谷?」
大抵の女子が男児へ君をつける中、貝塚美智子だけはクラス内のほぼ全員を呼び捨てにしていた。
それだけ馴れ馴れしいタイプといえるが、捉え方を変えれば誰よりも人懐っこい女性になる。
先天的な明るさと健康的な魅力から、学級内では後者の印象を多く持たれてるみたいだった。
何があっても朗らかに笑っている。そんな女性のはずなのに、今は眉毛を吊り上げて平谷康憲を睨んでいた。
ただならぬ雰囲気の中で、ようやく巻原桜子も事態の予想に成功したようである。
「そう言えば、玲子……最近になって、急によそよそしくなってた」
呟くように巻原桜子が、親友の女児の近況について報告してくれた。
哲郎と学校で仲が良いのを知っていたから、水町玲子にしても気を遣っていたのだろう。そこまで後ろめたく思っていながらも、恋人だった女性は平谷康憲を選んだ。これだけは、紛れもない現実だった。
「アンタ、梶谷と親友じゃなかったの? どうしてそんな真似したのよ」
哲郎が何か言うより先に、今にも掴みかからんばかりの勢いで、貝塚美智子が平谷康憲へ詰め寄っていた。
本気で怒っており、これには哲郎も少し驚いた。
皆が皆、他人事も同然の反応をすると思っていたのに、貝塚美智子だけでなく巻原桜子も平谷康憲へ非難の眼差しを向けている。
「……俺が悪いのかよ」
やがて重苦しい雰囲気に耐えられなくなった平谷康憲が、吐き捨てるように言葉をぶつけてきた。
睨みつける目には悪意まで込められており、とても友人へ向ける視線とは思えなかった。
当たり前だと噛みつきかねない貝塚美智子を、平谷康憲は「うるさい」のひと言で制する。
ひと回りは大きい男性が相手だけに、強く睨まれると相当な威圧感を受ける。
思わず貝塚美智子が口を噤んでしまったのも、ある意味当然だった。
「悪いのは取った俺じゃなくて、取られたお前だろ。隙を見せてるから、こうなるんだ」
「な……! あんまりじゃない!」
叫んだのは、やはり貝塚美智子だった。巻原桜子は、どうするべきか対応を悩んでるようにも見えた。
平谷康憲は中学で出会っただけでも、水町玲子は小学校時代からの大親友になる。巻原桜子が表立って騒がないのも、哲郎には納得できた。
巻原桜子にとっては哲郎や平谷康憲より、水谷玲子との関係の方が大事なのである。
とにもかくにも、貝塚美智子が騒いだせいで、哲郎の席にいる面々はクラス中の注目を集める結果になる。
日頃から仲の良いグループ内でのいざこざだけに、誰も彼もが興味津々といった様子で聞き耳を立てていた。
周囲からの視線を敏感に察知した平谷康憲が「チッ」と舌打ちをする。
「そんなに取られたくないなら、もっと気を遣っておけばよかったんだ。俺を選んだのは玲子なんだから、お前にも責任があるだろ」
「何よ、その言い方。ちょっと、待ちなさいよ!」
言いたいことだけ言って背中を向けた平谷康憲を貝塚美智子が追いかけ、残された巻原桜子が「大丈夫?」と哲郎へ声をかけてくる。
これだけの失恋を経験すれば、大丈夫と頷いたところで、意地を張ってるのは丸わかりだった。
かといって、もっと心配して的な態度をとるのもどうかと思われる。
「多分ね」
哲郎はそれだけしか言えず、どんな励ましをすればいいのかわからない巻原桜子は、やがてそそくさと自分の席へ戻った。
そうこうしてるうちに授業開始のチャイムがなり、教室へ担当の教師が入ってくるのだった。
*
その日は一日中上の空で、授業の内容などほとんど耳に入っていなかった。
もっともすでに教わるべき項目を習得している哲郎に、学校での勉学はほとんど意味がない。よりよい大学を目指すのであれば話は別だが、その場合は図書館などで個人的に自習すれば事足りた。
あまり頭脳明晰なのをひけらかしても、教室内で孤立するだけだ。とはいえ現状でも哲郎は、テストの点数で学年一位を他の人間に譲った経験はない。普通にしてても、充分だという証明だった。
学校で行われるべき授業が終了すると、大半の生徒が所属するクラブへ向かった。
基本的に生徒は、どこかしらの部活に所属する必要があった。
運動部という柄でもない哲郎は、文化部でも隅にひっそりと存在していた読書部へ所属している。
以前は無理して、それこそ運動部へ入っていたが、二度目の中学生活でわざわざ苦難な道を選ぶ必要はない。そこで参加しなくても、たいして咎められない部活を選んだのである。
何せ校内に設置されている図書館で、各々が好きな本を読むだけなのである。
中には小説や詩などを創作してる者もいるが、熱心に活動してるのはひとかけらの部員だけで、大半が籍だけ置いて帰宅している生徒だった。
もちろん哲郎も含まれており、今日もこうして帰宅するための準備をしている。
「あ、あのさ……梶谷。ちょっと、いいかな」
平谷康憲は哲郎と目を合わせないようにして、そそくさと教室から退出していた。
同じ読書部に所属しているが、入部した目的が同じため図書館で鉢合わせする可能性は限りなく低い。ちなみに巻原桜子も一緒である。
読書部三人に対して、貝塚美智子だけがひとり陸上部に所属していた。
運動神経が良いだけあって、入学早々に顧問の先生から直々にスカウトされたと以前教えてくれた。
その貝塚美智子が、部活へ参加する前に、帰宅部も同然の春道に声をかけてきた。
聞くまでもなく、内容は大体わかっていた。
恐らくは平谷康憲と、水町玲子のことだ。本当ならひとりにしておいてほしかったが、励まそうとしてくれてる友人を無碍にもできない。哲郎は「どうしたの」と応じる。
「少し……話があるんだけど、いいかな」
緊張の面持ちながらも、どこか照れ臭そうにしている。
友人になって以来、初めて見る少女の表情や仕草に、思わず哲郎はドキッとした。
哲郎まで妙に緊張してしまい、わずかに震えながら頷いた。
「じゃあ……着いてきて」
そう言って貝塚美智子が、スタスタと歩き始める。
膝下までのスカートを軽くなびかせながら、どこか急ぎ足で校内をひたすら歩く。やがて到着したのは、校舎の影となる裏庭だった。
運動部が活動しているグラウンドからも死角になっており、ひと気はあまり感じられない。むしろ不気味な静けさが存在していた。
暗闇を照らすライトも設置されてないので、日中でも薄暗いくらいだ。二回にわたる哲郎の中学生活でも、訪れた経験は皆無だった。
今さらながらに、こんな場所があったのかと驚いている。
それにしても、貝塚美智子は一体何を話すつもりなのか。立ち止まった少女の背中を眺めながら、哲郎はあれこれと想像していた。
すると程なくして、当人がこちらを振り返った。
真っ赤な頬に、かすかに潤んだ瞳。ギュッと真横に結ばれた唇が、余計に哲郎の鼓動を加速させる。
グラウンドで練習している運動部の声も聞こえなくなり、シンとした雰囲気の中で貝塚美智子が口を開いた。
「……好き……大好き!」
*
いきなりすぎる展開に、哲郎は何が起きたかすぐに理解できなかった。
目の前にいる見慣れた少女が、真っ赤な顔で見慣れない表情をしている。
相当の勇気を振り絞ったのは確認するまでもなく、とある日の哲郎を思い出す。小学校の校庭で水町玲子へ告白して、見事に過去を変えた。
以降は生まれ変わったも同然の人生を、順調にここまで歩んできた。ところが、現在は難題に直面している。
二度目ともいえる人生において、ようやくできた初めての彼女を、中学生になってできた友人男性に奪われた。
頭を悩ませている哲郎を呼び出したのが貝塚美智子であり、該当の少女はすぐ前方にて黙ってこちらを見ている。
緊張のせいか、瞳が潤んでいる。何故だかいじらしく思えてきて、急に相手が気になりだした。
いい加減にしろと、心の中で哲郎は自分自身を叱責する。
いかにショッキングな出来事があったとはいえ、ころころ心を変えていては水町玲子や平谷康憲と一緒だった。
確かに陸上部へ所属している少女は、水町玲子とは違った魅力がある。
毎日外で部活しているため、小麦色に焼けた肌が健康的な美しさを演出している。
クラス内どころか、学校内でも人気があるのが頷ける。
そんな少女が、よりにもよって恋人に振られたも同然の春道に告白してきた。
しばらく相手の真意を掴めなかったが、ようやく仲の良い少女の気持ちに気づいた。
「そうか……同情してくれてるんだな」
あまりにも哲郎が哀れすぎたので、新たな恋人として交際することで傷を癒そうとしてくれてるのだ。優しさに変わりはなくとも、残酷な仕打ちだった。
「え……? ちょ、ちょっと……どうして、そんな話になるのよ!」
「……違うの?」
本意がバレないよう嘘をついてるのかと思ったが、相手少女の驚き方は本物だった。
「あ、当たり前でしょう。同情で告白する人間が、どこにいるのよ! わ、私はその……ずっと前から、梶谷のことが好きだったの!」
言い終わってから、貝塚美智子はこれまでよりもさらに濃く赤面する。
間違いなく本気だとわかり、相手の気持ちを一瞬でも疑ってしまった自分を恥じる。
「な、何度も言わせないでよね……」
異性にモテた経験のない哲郎にとって、女性からの告白はとても嬉しかった。
けれどすぐに答えは出せず「考えさせてもらえるかな」と、まるで女性みたいな返事をする。
貝塚美智子は嫌な顔ひとつせず、恥ずかしそうにしながらも笑みを浮かべて頷いてくれたのだった。
*
自宅に戻ってきた哲郎はどこへも遊びに行かず、ひたすら自室で勉強を――するフリをして悩んでいた。
母親の小百合が作ってくれた夕食を家族全員でとり、お風呂に入ったあとで自室へ戻る。
こういう時は、自分専用の部屋の存在がとてつもなくありがたかった。
どうするべきか思案を続ける哲郎の脳裏に、急速にあるアイテムの姿形が浮かんできた。
再び幼少時に戻るきっかけとなった例のスイッチである。
人知では到底理解しきれない能力を備えているスイッチを、しまっていた机の引き出しから取り出す。そして、水町玲子に振られてからの出来事を思い返してみる。
すると手に持っていたスイッチが、いきなり眩く輝きだした。慌てて哲郎は、注意書きを確認する。
戻れる過去の場面を思い浮かべてる時は、スイッチが輝いて教えてくれる。書かれている説明は確かだった。
水町玲子との破局と、貝塚美智子による告白は、哲郎にとって重大なターニングポイントになる。直感で確信した。
どの場面へ戻るかまではわからないが、恐らくは水町玲子とやり直せる可能性は高い。けれどこのまま進んで、貝塚美智子と交際する選択肢もある。
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