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第28話 突然の電話
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ただならぬ雰囲気を察した透は、慌てて言い訳を開始する、
「知っていたといっても、親父の日記に二人の両親の話があったから、血は繋がってないなと思ってただけだ。奏さんから言われて、確信を得たくらいなんだよ。だから落ち着いてくれ」
「さすがね、奏。眼光一つで大人の男性をここまで怯えさせるなんて」
「私は鬼か悪魔か! そもそも! 事実を知ったなら、すぐに教えない母さんも悪い!」
悪役に指名された綾乃は、悲しそうに目を伏せた。
「教えたあとのことを考えれば怖かったのよ。大人のエゴとはわかっていたけれど、可能なら自らの意思で今後の人生を選択した幼い姉妹を応援してあげたかった。もちろん透君が拒絶の意思を示していれば無理強いするつもりはなかったわ。でも、彼は大きな器と心で里奈ちゃんと奈流ちゃんを受け入れた。だから余計に悩んだ。事実を教えた結果、悪い未来に繋がったりしないかと」
だけど、と綾乃は言葉を続ける。
「それも私の勝手な考えでしかなかった。すべてを決めるのは当事者でなければならない。判断が間違っていたのを認めるわ。ごめんなさい」
素直に謝罪されたからか、毒気を抜かれたように息を吐いて奏は「もういい」と言った。
「確かに透と里奈たちの問題だからな。しかし、嘘をついたのはいただけない。最初から正直に話すべきだったのではないか?」
奏が答えを求めたのは、ようやく泣き止むも、半乾きの髪を上下に揺らして呼吸を整えようとしている里奈だった。
奈流がまだしゃくりあげているのもあって、彼女が透の前に座ってまずはおもいきり頭を下げた。
「ごめんなさい。全部、私が決めたんです」
目を見るのが怖いのか、その体勢のままで里奈は嘘をついたいきさつを説明する。
「ママが亡くなったあと、奈流と離れたくなくて家を出たまでの説明は変わりません。それに最初は嘘をつくつもりもなかったんです」
何かあった時は武春を頼れと、母親から言われていたのは本当だった。
純粋に事情を話して力になってもらうつもりが、最後の砦ともいえる男はすでに死んでいた。
「絶望で目の前が真っ暗になる中、お兄ちゃんの――武春おじさんの子供の話を聞きました。私、どうしても神崎のおばさんのところには戻りたくなかった」
「奈流もー。あのおばさん、いじわるしかしないんだもん!」
ぷんすかと怒る奈流の頭を優しく撫でながら、俯き加減の里奈が頭を軽く縦に揺する。前髪が額の上をさらりと流れた。
「ママのお墓のそばにいたかったけど、神崎のおばさんの世話にはなりたくなかった。大人になってから、ママの近くに住めばいいって考えました。でも、そのためには生活しないといけません。武春おじさんが死んだと知って、教えてもらったお兄ちゃんの家へ歩きながら考えました。どうすれば一緒に暮らしてくれるだろうって」
「必死に悩んで絞り出した答えが、妹と偽ることか。だが、それにしても危険は伴うぞ。透がその神崎のおばさんとやら以上の悪者の可能性もあっただろう」
「優しい武春おじさんの子供だから、大丈夫だと信じてました」
言い切った里奈に、どこか疲れたように奏は声をこぼした。
「咄嗟についた嘘といい、そういった面ではやはりまだ子供だな」
食卓を囲むではなく、居間の真ん中で円になって皆が座っている中、首を伸ばした奏が里奈の顔を間近から覗き込む。
「いいか? 今後はあまり人を信じるな。世の中には悪い人間もたくさんいるんだ。優秀な親の子供であろうともな」
神妙な顔で、里奈は忠告を受け入れる。そして改めて、一同に謝罪する。
「本当にすみませんでした。全部、私の考えです。追い返されるのが怖くて、奈流に妹だと演技するようにも言いました。でも、信じてもらえないかもしれませんが、近いうちに全部話すつもりだったんです」
「そうなのか?」透は聞いた。
「はい。実は夜に部屋で二人になるたび、奈流からお兄ちゃんに嘘をつくのが辛いと言われてて……。毎晩慰めてましたけど、最近では正直に言いたいと泣く妹を抑えきれなくなっていたので、機会を見て私から話すと約束しました。それが数日前です。でも……」
里奈が再び涙をこぼす。
「いざ事実を告白しようとしても勇気が出なくて……。お兄ちゃんなら知っても受け入れてくれると思っても、妹でないなら出ていけと言われたらどうしようとそればかりで。そうして話せないまま過ごすうちに、今日になりました。ごめんなさいっ」
先ほどから里奈も奈流も謝りっぱなしである。本当に申し訳なく思っている証拠であり、声を荒げて責めるつもりは透にはなかった。
「話し辛かったろうしな。気にしなくていい……と言いたいところだが、奏さんも言っていた通り、きちんと事情を説明するべきだった。反省もしているみたいだから、これ以上は言うつもりはないけどな。でも、俺の妹ならしっかりしろ」
顔を上げる里奈と奈流。妹と呼ばれたことで、二人の涙腺はさらに崩壊する。
「おぢいぢゃあん」
「俺に孫はいないぞ」
笑い、透は号泣しながら抱きついてくる奈流を受け止める。里奈も一緒になってわんわん泣く。
「ウフフ。すっかり本当の家族になったわね」
「それはそうかもしれないが、問題はないのか?」
体を寄せ合う三人を見守りながら、奏は自身の母親に小声で尋ねた。
「当人たちは家族だと言っても、実際は血の繋がりがない他人だ。他の者が知ったら、面倒な事態になるのではないか?」
「大丈夫でしょ。あの子たちの親戚は引き取りを拒否していたし、問題を起こしそうなのは例の神崎律子氏だけど、透君から預かったお金で借金を返済した際に二度と関わらないと誓約書を交わしたからね」
「だといいが……」
「心配しすぎよ。それより、せっかくだから皆でご飯を買いに行きましょう。今から作ると時間がかかるでしょうしね」
綾乃の提案で、途端に泣いていたはずの奈流が笑顔になる。
「やれやれ、現金な奴だな。誰に似たんだか」
「お兄ちゃん!」
「俺かよ!」
里奈も含めて全員で笑い合う。今日、初めて二人と家族になれた。透はそんな気がしていた。
■
梅雨も半ばに差し掛かり、相変わらずじめじめしているが気分は晴れやかだったりする。
「いってきます!」
朝に笑顔で家を飛び出す奈流。そのあとを姉の里奈が慌てて追いかける。
「ちょっと待ってってば! 私もいってきます」
「ああ。いってらっしゃい」
すでに癖になっているらしく、だいぶ柔らかくはなったが、里奈はまだ時折丁寧な動作を見せる。
しかしそれも彼女の個性と割り切り、特に矯正させるつもりもなかった。
透も出勤準備をしようとしたところで、けたたましく携帯電話の呼び出し音が鳴った。見慣れない番号だ。
「もしもし」
電話に出た透の耳に届いたのは、つんざくような金切声だった。
「ちょっと! 神崎だけど、貴方一体どういうつもり!?」
電話をかけてきたのは神崎律子だった。
「里奈ちゃんたちと貴方、血が繋がってないというじゃない! これでは安心して二人を任せられないわ! 今すぐにでも返してもらいます!」
「返すって、彼女たちは物ではないでしょう。それにもう貴女は二人と関わらないはずでは?」
要求された通りに高額の借金返済をしたのだから、神崎は透にとって何ら関係のない自分になったはずだった。
しかし神崎はフンと鼻で笑い、小ばかにするように告げる。
「それは貴方が彼女たちの血縁者だと思っていたからよ。そうでなければ話は変わるわ。赤の他人が少女二人を引き取るなんて、犯罪のにおいがするわね」
「犯罪!? 見もしないで勝手に決めつけないでほしいですね」
確かに傍から見ればおかしなことをしているかもしれないが、頼られたから助けただけである。
さらに今では血が繋がっていなくとも、透は二人を本物の妹だと思っていた。
「それに交渉なら、他の人が貴女としていたでしょう」
綾乃の性格上、然るべき代理人を立てて誓約書などをまとめたに違いない。その点を指摘するも、神崎に動揺はない。
「約束は守っているでしょう。私はあの二人に関わっていない。貴方と話をしているのだもの」
クスクス笑う女の言葉一つ一つに、全身の血が沸騰しそうなくらいの怒りを覚えた。
「知っていたといっても、親父の日記に二人の両親の話があったから、血は繋がってないなと思ってただけだ。奏さんから言われて、確信を得たくらいなんだよ。だから落ち着いてくれ」
「さすがね、奏。眼光一つで大人の男性をここまで怯えさせるなんて」
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悪役に指名された綾乃は、悲しそうに目を伏せた。
「教えたあとのことを考えれば怖かったのよ。大人のエゴとはわかっていたけれど、可能なら自らの意思で今後の人生を選択した幼い姉妹を応援してあげたかった。もちろん透君が拒絶の意思を示していれば無理強いするつもりはなかったわ。でも、彼は大きな器と心で里奈ちゃんと奈流ちゃんを受け入れた。だから余計に悩んだ。事実を教えた結果、悪い未来に繋がったりしないかと」
だけど、と綾乃は言葉を続ける。
「それも私の勝手な考えでしかなかった。すべてを決めるのは当事者でなければならない。判断が間違っていたのを認めるわ。ごめんなさい」
素直に謝罪されたからか、毒気を抜かれたように息を吐いて奏は「もういい」と言った。
「確かに透と里奈たちの問題だからな。しかし、嘘をついたのはいただけない。最初から正直に話すべきだったのではないか?」
奏が答えを求めたのは、ようやく泣き止むも、半乾きの髪を上下に揺らして呼吸を整えようとしている里奈だった。
奈流がまだしゃくりあげているのもあって、彼女が透の前に座ってまずはおもいきり頭を下げた。
「ごめんなさい。全部、私が決めたんです」
目を見るのが怖いのか、その体勢のままで里奈は嘘をついたいきさつを説明する。
「ママが亡くなったあと、奈流と離れたくなくて家を出たまでの説明は変わりません。それに最初は嘘をつくつもりもなかったんです」
何かあった時は武春を頼れと、母親から言われていたのは本当だった。
純粋に事情を話して力になってもらうつもりが、最後の砦ともいえる男はすでに死んでいた。
「絶望で目の前が真っ暗になる中、お兄ちゃんの――武春おじさんの子供の話を聞きました。私、どうしても神崎のおばさんのところには戻りたくなかった」
「奈流もー。あのおばさん、いじわるしかしないんだもん!」
ぷんすかと怒る奈流の頭を優しく撫でながら、俯き加減の里奈が頭を軽く縦に揺する。前髪が額の上をさらりと流れた。
「ママのお墓のそばにいたかったけど、神崎のおばさんの世話にはなりたくなかった。大人になってから、ママの近くに住めばいいって考えました。でも、そのためには生活しないといけません。武春おじさんが死んだと知って、教えてもらったお兄ちゃんの家へ歩きながら考えました。どうすれば一緒に暮らしてくれるだろうって」
「必死に悩んで絞り出した答えが、妹と偽ることか。だが、それにしても危険は伴うぞ。透がその神崎のおばさんとやら以上の悪者の可能性もあっただろう」
「優しい武春おじさんの子供だから、大丈夫だと信じてました」
言い切った里奈に、どこか疲れたように奏は声をこぼした。
「咄嗟についた嘘といい、そういった面ではやはりまだ子供だな」
食卓を囲むではなく、居間の真ん中で円になって皆が座っている中、首を伸ばした奏が里奈の顔を間近から覗き込む。
「いいか? 今後はあまり人を信じるな。世の中には悪い人間もたくさんいるんだ。優秀な親の子供であろうともな」
神妙な顔で、里奈は忠告を受け入れる。そして改めて、一同に謝罪する。
「本当にすみませんでした。全部、私の考えです。追い返されるのが怖くて、奈流に妹だと演技するようにも言いました。でも、信じてもらえないかもしれませんが、近いうちに全部話すつもりだったんです」
「そうなのか?」透は聞いた。
「はい。実は夜に部屋で二人になるたび、奈流からお兄ちゃんに嘘をつくのが辛いと言われてて……。毎晩慰めてましたけど、最近では正直に言いたいと泣く妹を抑えきれなくなっていたので、機会を見て私から話すと約束しました。それが数日前です。でも……」
里奈が再び涙をこぼす。
「いざ事実を告白しようとしても勇気が出なくて……。お兄ちゃんなら知っても受け入れてくれると思っても、妹でないなら出ていけと言われたらどうしようとそればかりで。そうして話せないまま過ごすうちに、今日になりました。ごめんなさいっ」
先ほどから里奈も奈流も謝りっぱなしである。本当に申し訳なく思っている証拠であり、声を荒げて責めるつもりは透にはなかった。
「話し辛かったろうしな。気にしなくていい……と言いたいところだが、奏さんも言っていた通り、きちんと事情を説明するべきだった。反省もしているみたいだから、これ以上は言うつもりはないけどな。でも、俺の妹ならしっかりしろ」
顔を上げる里奈と奈流。妹と呼ばれたことで、二人の涙腺はさらに崩壊する。
「おぢいぢゃあん」
「俺に孫はいないぞ」
笑い、透は号泣しながら抱きついてくる奈流を受け止める。里奈も一緒になってわんわん泣く。
「ウフフ。すっかり本当の家族になったわね」
「それはそうかもしれないが、問題はないのか?」
体を寄せ合う三人を見守りながら、奏は自身の母親に小声で尋ねた。
「当人たちは家族だと言っても、実際は血の繋がりがない他人だ。他の者が知ったら、面倒な事態になるのではないか?」
「大丈夫でしょ。あの子たちの親戚は引き取りを拒否していたし、問題を起こしそうなのは例の神崎律子氏だけど、透君から預かったお金で借金を返済した際に二度と関わらないと誓約書を交わしたからね」
「だといいが……」
「心配しすぎよ。それより、せっかくだから皆でご飯を買いに行きましょう。今から作ると時間がかかるでしょうしね」
綾乃の提案で、途端に泣いていたはずの奈流が笑顔になる。
「やれやれ、現金な奴だな。誰に似たんだか」
「お兄ちゃん!」
「俺かよ!」
里奈も含めて全員で笑い合う。今日、初めて二人と家族になれた。透はそんな気がしていた。
■
梅雨も半ばに差し掛かり、相変わらずじめじめしているが気分は晴れやかだったりする。
「いってきます!」
朝に笑顔で家を飛び出す奈流。そのあとを姉の里奈が慌てて追いかける。
「ちょっと待ってってば! 私もいってきます」
「ああ。いってらっしゃい」
すでに癖になっているらしく、だいぶ柔らかくはなったが、里奈はまだ時折丁寧な動作を見せる。
しかしそれも彼女の個性と割り切り、特に矯正させるつもりもなかった。
透も出勤準備をしようとしたところで、けたたましく携帯電話の呼び出し音が鳴った。見慣れない番号だ。
「もしもし」
電話に出た透の耳に届いたのは、つんざくような金切声だった。
「ちょっと! 神崎だけど、貴方一体どういうつもり!?」
電話をかけてきたのは神崎律子だった。
「里奈ちゃんたちと貴方、血が繋がってないというじゃない! これでは安心して二人を任せられないわ! 今すぐにでも返してもらいます!」
「返すって、彼女たちは物ではないでしょう。それにもう貴女は二人と関わらないはずでは?」
要求された通りに高額の借金返済をしたのだから、神崎は透にとって何ら関係のない自分になったはずだった。
しかし神崎はフンと鼻で笑い、小ばかにするように告げる。
「それは貴方が彼女たちの血縁者だと思っていたからよ。そうでなければ話は変わるわ。赤の他人が少女二人を引き取るなんて、犯罪のにおいがするわね」
「犯罪!? 見もしないで勝手に決めつけないでほしいですね」
確かに傍から見ればおかしなことをしているかもしれないが、頼られたから助けただけである。
さらに今では血が繋がっていなくとも、透は二人を本物の妹だと思っていた。
「それに交渉なら、他の人が貴女としていたでしょう」
綾乃の性格上、然るべき代理人を立てて誓約書などをまとめたに違いない。その点を指摘するも、神崎に動揺はない。
「約束は守っているでしょう。私はあの二人に関わっていない。貴方と話をしているのだもの」
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