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第26話 誕生日会

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 およそ一週間後の夜。

 立花家の居間で、一人の少女が涙ぐむほどの喜びを見せる。

「うわー、うわー」

 それしか言わない奈流の前、食卓には所狭しと数多くの料理が並んでいた。

 綾乃と奏、さらには里奈もお手伝いして作ったお好み焼きやちらし寿司など、奈流が好きなものばかりだ。

「お母さんの味には負けるかもしれないけどね」

 綾乃が最後に台所からジュースを運んでくる。

 里奈の働きたいという一言から急に誕生日を知ることになったので、休みを取れず日中に行うのが不可能だった代わりにこうして夜、奈流の誕生日会を開催したのである。

 話を聞かされていなかった当人にはサプライズであり、事実を知らされるなり顔面が崩壊しそうなほどの笑顔になった。

「綾乃おばちゃんの料理も、奏お姉ちゃんの料理も大好きー」

 綾乃だけでなく、奏もわざわざ仕事終わりに参加してくれた。口ではあれこれ言っていても、こうした行事には可能な限り顔を出す。

「もう、奈流ってば。私もお手伝いしたんだからね」

 若干むくれているのは里奈だ。

「えへへ。もちろん、お姉ちゃんのりょうりもすきだよー」

 嬉しさを表現するポーズなのか、いつかみたいに奈流は膝を抱えて横になると、右へ左へと転がり出した。

 そこへ満を持して透が登場する。

 すでに帰宅していたのだが、乱入するタイミングを玄関で窺っていた。

「お待ちかねのものを持ってきたぞ」

 右手で高々と掲げたのは、勤務先にテナントとして入っているケーキ屋さんに頼んでいたホールのショートケーキだった。

 食卓の真ん中にスペースが用意されており、そこに置くと早速箱を開ける。

 真ん中にチョコレートのボードがあり、そこに奈流ちゃん誕生日おめでとうと金色のデコレーションで書かれている。

「ケーキだ。うわーい。おいしそうだねー」

「ちょっと、奈流。涎、涎」

 ケーキを覗き込む奈流の口元を、大慌てで里奈が横からティッシュで拭く。

「喜んでもらえてよかったよ」

「お兄ちゃん、ありがとー。だいすきっ」

 抱きつく奈流の頭を撫で、透は集まってくれた面々に告げる。

「さあ、奈流の誕生日会を始めよう」

 奈流を真ん中に座り、各自が好きな料理を食べる。滅多にないご馳走に、主役の少女は頬を蕩けそうにしてフォークを伸ばし続ける。

 料理を粗方食べ終えると、お待ちかねの時間になる。この日のために勉強を頑張り、見事にお小遣いを獲得した里奈が一番手だ。

 向き直った里奈が、隣に座る奈流にスカートのポケットから綺麗にラッピングされた細長い箱を取り出した。

「はい、プレゼント」

「うわー。ありがとー」

 開けていいと聞いてから、小さな手で奈流は包み紙をはがす。白い箱の蓋を開けると、中にはキャラクターものの時計が入っていた。

 大喜びの奈流は、早速綾乃に教えてもらいながら自分の手首に巻く。

「おおー! おおー! うわー」

 大はしゃぎする妹の姿に、里奈も嬉しそうだ。

「これは私と母からだ」

 奏が手渡した紙袋の中には、やはりアニメキャラのぬいぐるみが入っていた。それもそこそこ大きいのだ。

 頬擦りして喜ぶ奈流を眺めながら、透は一人納得する。

「奏さんはこういうの――」

「――何だ? その口は何を言おうとしている。余計な発言をする前に、透もプレゼントを渡した方がいいのではないか?」

 台詞を完成させる前に、右手で頬を挟まれてアヒルみたいな口にされた透は黙って頷くしかなかった。

 解放されてもヒリヒリする頬を軽く撫でつつも、食卓の下に隠していたプレゼントを取り出す。勤務先の店内にあるファンシーショップで選んだものだ。

「おおー!」

「……え?」

 大喜びする奈流。困惑する他の三人。

 透がプレゼントしたのは、茶色いくまの着ぐるみパジャマだった。

「うん。似合ってるじゃないか」

 服の上から早速着てくれた奈流に拍手を送ったのは透一人。ここで周囲の異変にようやく気づく。

「ま、まさか、私もいずれあれを着せられるのでしょうか」

「里奈ちゃんはきっと似合うわよ。でも女の子にあのプレゼントを選ぶとはね。無難にキャラクターグッズをプレゼントすると思っていたわ」

 ひそひそと話す里奈と綾乃の横では、奏が難しい顔で腕組みをしている。

「あんなに嬉しそうにするのか。……私でも着られるだろうか」

「え?」

「い、いや、何でもない。何でもないぞ。それより、よかったな、里奈。プレゼントができて」

 誤魔化すように話題を変えた奏だったが、特にツッコミも入れずに里奈は頷く。

「はい。皆さんのおかげです。こんなによくしてもらえて、奈流も私も幸せ者です」

 涙ぐむ里奈を、着ぐるみパジャマを纏った奈流がいい子いい子する。

 ほのぼのとした光景に透の頬も緩んだ。

 一人でゲームをして過ごす気楽な毎日も悪くはないが、こうして誰かに囲まれるのもいいものだと心の底から思った。

 プレゼントを渡し終えると、姉妹は明日も学校があるので誕生会はお開きになる。心から楽しんだ分だけ、主役だった奈流は名残惜しそうだった。

 後片付けを終えた綾乃と奏が帰宅し、静かになった居間ではいつの間にか畳の上で丸まって奈流が眠っていた。

「着ぐるみパジャマを着てますから風邪をひく心配はなさそうですけど、これから夏になるとさすがに暑いのではないでしょうか」

「……確かにそうだな。奈流が喜びそうだと思って買ったんだが、選択を間違ったか」

 悩む透を、里奈がクスクスと笑う。

「そんなことはありません。プレゼントを買ってもらえたこと。それが奈流には何より嬉しい贈り物となったはずです。そして私にも」

 ぺこりと里奈は小さな頭を下げる。

「今日はありがとうございました」

「家族のためにしたことだ。お礼を言う必要はないだろ」

「いいえ。家族だからこそ感謝の気持ちは大切なんです」

「そんなものか」

 苦笑する透が眠ったままの奈流を二階へ運ぼうと手を伸ばす。

 しゃがみ込んだ時、後ろから真剣な声が届いた。

「あの、これからも、私たちをお兄ちゃんの妹でいさせてくれますか?」

「……当たり前だろ。お前たちは俺の妹なんだからな。安心したなら、奈流を運ぶのを手伝ってくれ。意外と重いんだ」

「はいっ。わかりました」

 普段の奈流にも負けない少女らしい笑みを浮かべ、小走りで里奈は透の横に立った。
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