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第21話 強情

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 夜も更けて姉妹は眠った。

 先ほど奏が様子を見に行った時も、奈流の熱は下がったままだった。

 その奏と、透は居間で二人きりになっていた。

 姉妹の側で休んでいると緊張感を与えるかもしれないからと、一階で待機することに決めたらしかった。

「奈流はもう大丈夫だろう。念のために朝まで待機はしておくがな」

「迷惑をかけるな」

「気にするな。困った時はお互い様だ」

 軽く瞼を閉じて笑う奏。

「私が倒れた時は、透に看病してもらうからな」

「え!? か、看病……」

「ちょっと待て。何故その二文字で、君は顔を赤くしてもじもじする!? まさか、また変なことを考えているのではないだろうな!」

 叫ぶように言うと、透の目から逃れるように奏は両手で自分の胸を隠した。

 彼女の家での一件を考えれば仕方のない面もあるが、どうやらそちら方面の信用を透はすっかり失っていた。

「いかがわしい想像をしても無駄だ。私はそんなに安い女ではない。力ずくなんてもってのほかだぞ!」

「だからしないって」

「しないのか」

「ええ!?」

 わけのわからないやりとりを続けたあと、愉快そうに奏はお腹に両手を沿えた。どうやら透をからかって遊んだらしい。

 仕事場では冗談をほとんど言わない人間なので、こうした姿を見られるのもプライベートならではだ。新鮮な驚きと同時に嬉しさがこみ上げてくる。

 そのことを透が言うと、彼女の笑みが苦みを帯びたものに変わる。

「君は私を……まあ、仕事場での態度を考えると当然か。だが、何度も言っているが私だって普通の人間だ。笑いもすれば、子供を可愛いと思ったりもする」

 姉妹に厳しく接するのも、透との共倒れにならないかを心配してのこと。

 先を見通せる人間は誰もいないのだから正解かどうかはともかくとして、現実的な指摘が多いのも特徴だ。

 シングルマザーの家庭で育ったからこそ厳しさを知っており、とても楽天的な思考になれないのかもしれない。

「実は俺は子供が少し苦手なんだけどな。友達にはよく自分の子供ができれば変わると言われるけど、そんなものなのかね」

「さてな。私も自分の子供を授かってないのでわからん」

 二階で就寝中の姉妹を思い出したのか、奏は天井を見上げた。

 そんな彼女に透は問う。

「やっぱり自分の子供が欲しい?」

「もの凄い質問をするな」

 奏が照れとも呆れともとれる笑みを浮かべる。

「どちらかといえばイエスだ」

 質問にきちんと答えたあとで、彼女は透に視線を戻す。

「だが、それは心から信頼できる伴侶を得られた場合の話だ」

「その言い方だと、ずいぶん理想が高そうだ」

「そんなことはないさ。ただ育った家庭環境のせいかな。離婚だけはしたくないんだ。ずっと仲良くいるのは不可能かもしれない。だけど多くの時間を笑顔でともに過ごせる。そんな男性と一緒になりたいと思っているよ」

 初めて見る優しい目つきの奏に、思わず透はドキっとする。顔全体が熱を持ち、鏡を見なくとも自分が赤面してるのがわかる。

「君はどうだ。透は……異性に対する理想などはないのか?」

 緊張が声に出ないよう注意しながら、透は彼女の質問に答える。

「お、俺は、両親がわりと仲良かったから、そういうふうになりたいというか。親友であり恋人みたいな? 喧嘩もするけどそばにいてくれる。そんな女性がいい、かな」

「そうか。意外と私たちが求める異性像は似ているのかもしれないな」

 足を崩した奏が透を見上げる形になる。潤んだ瞳に見つめられるうちに、思考が停止していく。

 沈黙がお互いの距離を縮め、蛍光灯に照らされた影が重なり――

 ――かけた時に奏のスマホが鳴った。

 ビクっと肩を揺らした彼女は、正気へ戻ったように慌てて離れて電話に出る。

「も、もしもし。母さんか、用件は……何? 良い雰囲気になるための秘訣? 大きなお世話だ!」

 これが固定電話であれば、受話器を叩きつけていたであろうと思われる勢いで奏が通話を切った。

 奏がコホンと軽く咳払いをする。

 どちらも照れ笑いを浮かべるばかりで、先ほどみたいな艶っぽい空気が二人の間に漂うことはなかった。





 翌朝になると、元気に奈流が駆け下りてきた。

 朝食を用意した奏が健康チェックを行い、学校へ行っても大丈夫だと許可を出す。

 里奈がよかったわねと頬を緩める。

 喧嘩中だったのを忘れたかのように、姉妹に親密さが戻っていた。

 下手に蒸し返してぎくしゃくされると困るので、透はこのまま見守ることにする。

 四人で朝ご飯を食べ、いざ登校しようとする姉妹――正確には里奈を透が呼び止める。

「ちょっと待て。里奈、お前何か変じゃないか?」

 どこがと言われても詳しく説明できないが、どことなく違和感を覚えていた。

「そんなことはありません」

 笑顔で里奈が首を左右に振る。

 その反応で透は確信を得た。

「やっぱり変だな。普段ならどこがですかと聞くはずだ。即座に否定するのは、自分でも異変を察しているからだ。それに今朝は普段以上に笑顔が多かった。奈流が元気になったのを喜んでいるとばかり思っていたが、もしかして体調不良を隠すためだったんじゃないか?」

「違います」

 あくまでも否定して学校へ向かおうとする里奈。

 どこか逃げるような細肩を掴んだのは奏だった。

 嫌がる里奈の額に手を与えると、彼女はふうと息を吐いて「ビンゴだ」と透に告げた。

「どうして熱があるのを隠そうとした」

 責めるように問う奏に、里奈は何も答えない。

 押し問答が始まらないうちに、透は自分の予想を里奈にぶつける。

「奈流に続いて自分もとなれば迷惑をかけると思ったんだろ。だがな、里奈。無理して学校へ行って、余計に体調を悪化させればより迷惑をかける結果になるんだぞ」

 小学生とは思えないほど言葉遣いや態度が大人びている里奈だけに、透が何を言いたいのかもすぐに理解したみたいだった。

 悔しそうな、それでいて申し訳なさそうに唇を噛む。今にも泣き出しそうにも見えた。

「わかったら、今日は大人しくしてろ」

 熱があるのを見破られたからには、さすがの里奈も従うだろう。

 そう考えた透だったが、少女は勢いよく首を動かして否定の意思を示した。

「私なら大丈夫です。これくらい学校へ行きながらでも治せます。さあ、奈流。遅刻しないうちに出るわよ」

 戸惑う妹の手を引っ張り玄関へ向かおうとする里奈。

 けれど急に頭を動かした影響か、彼女は足元から崩れ落ちるように床へ尻もちをついてしまった。

「熱があるのに無理をするから、眩暈を覚えたのだろう。家でこの有様では、学校で倒れるのはほぼ確実だな」

 しゃがみ込んで、奏が里奈を助け起こす。

「里奈は私が二階へ連れて行こう。透は奈流を学校へ送って行ってくれ」

 通学路は覚えただろうが、奈流はまだ小学一年生。一人で行かせるには不安もある。

 わかったと返事をした透が奈流の手を引く。そうでもしなければ、ずっと心配そうに姉を追いかけていきそうだったからだ。

「お姉ちゃん、だいじょうぶだよね?」

 降り注ぐ陽光とは対照的な曇った表情の奈流。

 学校へ着くまで繰り返された質問に、透は丁寧に「もちろんだ」と同じ答えを言い続けた。
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