いきなりマイシスターズ!~突然、訪ねてきた姉妹が父親の隠し子だと言いだしたんですが~

桐条京介

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第20話 彼女の秘密

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 奏と一緒に外へ出て、彼女の車に乗せてもらう。

「緊張しますね。女性の部屋に入るのは初めてです」

「そうか……って、ちょっと待て。君は私の部屋に上がるつもりなのか? それは駄目だ。か。片付けというものがあるし、何事も遠慮は必要だぞ!」

「で、ですよね。すみません」

 全力で拒絶されたのでもの悲しくなるも、無理強いをして嫌われたら意味がないし、何より部屋に上がるものと思い込んでいた透が悪い。

 奇妙な緊張感に包まれた車内。

 話しかけようとするタイミングで声が重なり、互いに譲りあって会話に発展せず沈黙が舞い戻る。

 夜の闇が降りた町にぽつぽつと家の明かりが浮かぶ。点在するそれらは、まるで地上の星みたいだった。

「夜にじっくり外の風景を見るなんて、久しぶりな気がします」

「まあ、夜は大抵会社にいるからな。自宅との往復では気にするところもないだろうし、当然といえば当然だ」

 ポツリと漏らした呟きにも、律儀に言葉を返す奏。運転席でハンドルを握る彼女の横顔はとても綺麗だった。

「どうした。私の顔をジッと見て」

「あ、すみません。綺麗だと思ったらつい」

「――っ!? き、君はいつも唐突すぎるんだ! 私を狼狽させるのを生きがいにでもしているのか!」

 そんなつもりはないと謝罪する透。彼女は隣でコホンと軽い咳払いをする。

「だが、嬉しくは、ある。とりあえずお礼は言っておこう」

 朱に染まった顔を隠すように横を向いた奏は、瑞沢家のリビングで待つように透へ告げた。

 畳の立花家とは違い、実に綺麗なフローリングで間取りも広い。築年数はそれなりに経過しているが、羨ましいくらいの一軒家である。

 二階建てだが奏はリビングの奥に移動した。どうやらそちらに彼女の部屋があるらしい。

 となれば二階部分には綾乃の部屋があるのだろう。気にはなるが、さすがに覗きに行く勇気はない。

 出された麦茶を飲みながら待つが、他人の家というのはどうにも落ち着かず、透はそわそわしてしまう。

 それでなくとも最近は男だけの生活を送っていたのだ。子供にはない女性の香りが漂う室内に取り残されて、リラックスしろというのが無理な話だった。

 だからといって勝手に部屋まで行けば奏の逆鱗に触れる。せっかく仲を深めつつあるのに、自ら壊すような愚行は冒せない。

「――ヒャアア!」

 大きな物音と一緒に聞こえた悲鳴。

 何かあったのかと弾かれたように立ち上がり、声が聞こえた方へ向かう。

 足音が迫るのを察した奏は「来なくていい!」と声を張り上げるが、そういうわけにもいかない。

「奏さん、大丈夫ですか!」

 リビングの先にあったドアの一つを開けると、そこは奏の部屋だった。

 冷や汗をかいている彼女が、クローゼットを背にして立っている。

「た、立花君は心配性だな。私は平気だ。さあ、もう少しだけ居間で待っていてくれ」

 強めの口調で部屋から追い出そうとするも、何故か奏は同じ体勢をキープし続ける。

 クローゼットに何かしらの理由があるのは明白だが、執拗に聞けば怒られる。

 仕方なしに透がわかりましたと身を翻そうとした瞬間だった。

「――ヒャアア!」

 先ほどと同じ悲鳴がして、クローゼットのドアが勢いよく開いた。

 力任せに押し込められていた部屋の住人たちが反発し、自由を求めて透の前に姿を現す。

「これは……」

「み、見るな。見ないでくれ!」

 透の前に散らばったもの。それは大小様々なぬいぐるみだった。

 熊から兎から見てもよくわからない動物やキャラクターのが揃っている。中には奏ほどの身長のものもあった。

「なるほど。念のために必死に片づけた結果、大惨事となったわけですね」

「こ、声に出して言わないでくれ!」

 奏は泣きそうだ。

「だから見られたくなかったんだ。うう。幻滅しただろう?」

「どうしてですか?」

 本心からそう思ったので透は聞き返した。

「いつも職場で偉そうにしておきながら、ぬいぐるみが大好きなんだぞ。あまつさえ夜は一緒に寝てるし。笑いたければ笑え! むしろその方が楽だ!」

 何故か逆切れする奏を前に、透は首を傾げる。

「別に笑ったりしませんよ。趣味は自由だし、それに可愛らしいです」

「うぐっ!? き、君は……自覚がないのがたちが悪いな」

「何の自覚ですか?」

「いや、いい。それにしても、フフっ」

 事情気味に笑う奏。

「私は君に恰好悪いところばかり見られているな。まったく……参ったよ」

「そうですかね。俺は逆に奏さんの女性らしい面が見えて印象が変わりましたよ」

「それまでは怖い女上司だったか?」

「答え辛い質問はNGです」

「ハハハ。違いないな」

 大きな声で笑い、奏は立ち上がる。

 散乱したぬいぐるみが、クローゼットではなく本来の居場所らしいベッドなどへ、彼女の手で戻されていく。

「なあ、立花君」

「何でしょう」

「職場ならともかく、その、何だ。こういう時というか、私生活で会う場合は堅苦しい口調をやめないか? 親しき仲にも礼儀ありとはいうが、気の遣いすぎは疲れると今回の奈流君のケースでも学んだだろう」

 趣味で敬語を使っているわけでもないので、申し出を断る理由はなかった。むしろ透からすれば、ありがたいくらいである。

「ありがとうございます……じゃなくて、ありがとうか。それなら奏さんも、俺を透と呼んでほしい。そうすれば口調を崩して話すのが自然になっていくだろうし」

「そ、そうか。わ、わかった。ええと……と、透……」

 好意を持ち始めている女性に、下の名前を呼び捨てにされると妙にドキっとする。

「そんなに顔を赤くするな。わ、私まで照れてしまうだろ。こ、こうなると姉妹への君付けもやめないとな」

 穏やかになる奏の顔を見て、自然と透の頬も緩む。

 あの姉妹が来なければ、きっとただの上司だった女性と近づくことはなかっただろう。

 そう考えると不思議だった。

「ん? 足元に何か落ちてるな」

 小さな白い布生地を拾う。

 レースのついたハンカチかと思い、何気に広げてみる。

 すると奏が正面で、かつてないほど顔を真っ赤にしてこちらを指差した。

 一体どうしたというのか。

 透は首を捻りながら、改めて両手にしている布生地を見る。

 左右に伸び、宙にぷらんと垂れる細い直線。その全体像は例えるなら英字のTだった。

「あれ? これってまさか……例のTフロント……?」

 はっとして前方の奏を見る。

 先ほどまでの良好な雰囲気が一変。照れを怒りで隠した彼女は鬼となった。

「君は何をしているんだ! この変態が!」

 バチンと頬に響く強い衝撃。

 ふらついた直後に背中を蹴られ、透はあっという間に部屋から追い出された。





 何度も謝罪はしたのだが、奏は帰りの車中でも憤っていた。

「信じられん。女性の下着を漁るとは、恥を知れ!」

 怒鳴られて小さくなる透。

 勝手に落ちていただけだと正直な反論もできない。火に油をかけるだけの結果になるのは明らかだからだ。

「黙って居間で待っていろと言ったはずだ。それを勝手に家の中をうろつき、母の下着を持ってくるとは」

「え? 綾乃さんの?」

 透は反射的に顔を上げた。

「白々しい反応はやめろ。さては私に取り入ろうとしたのも、母さんを狙いたいがためか」

「ま、待ってくれ。俺はあれが綾乃さんのだとは知らなかったし、そもそも悲鳴が聞こえるまではきちんと居間にいたんだ」

「信じられないな」

 険しい顔つきの奏にひたすら責められながらも、車は立花家に到着する。

 玄関を抜けると居間で綾乃が待っていた。

「お帰りなさい。きちんと見つけられたかしら?」

 彼女の視線は、実の娘である奏を向いている。

「見つけられた? 何を?」

「決まってるじゃない。透君を悩殺するための秘密兵器よ。こんなこともあろうかと先日、貴女の下着類の中に新品で買ったTフロントを混ぜておいたの」

 笑顔での告白を受け、見事なまでに透と奏の声が重なる。

「「あんたの仕業か」」

 透の目の前で、奏が一時的に母親への愛情も尊敬も消失させ、綾乃を引きずるように車の中へ連れて行った。

 ――数分後。

 車の走り去る音が聞こえ、奏が一人で家の中へ戻って来た。

「……あんな母で申し訳ない。彼女には先に帰ってもらったよ。これ以上、変な企みをされても困るのでな」

「綾乃さんのあのノリに助けられてる部分もあるし、俺は構わないさ。ただ、一人で家に置いておいた方が何かをやらかしそうだけどな」

 透の指摘に、奏がハッとする。

「素直に引き下がったのは、そういうことか! くっ! 家に帰ったら部屋の中を隅々までチェックしないと……!」

「……何かあったんですか?」

 憤る奏の声が聞こえたのか、里奈が階段から姿を現す。

「綾乃さんが帰っただけだ。それより、奈流は大丈夫なのか?」

 透の問いに里奈が頷く。

 熱も下がったままで、逆にテレビを見たがったりなど、元気さが手に負えなくなりつつあるとため息をついた。

「そうか。なら、今のうちに銭湯へ行ってこいよ。奈流の体は綾乃さんが拭いてくれたんだろ?」

 里奈と奏を銭湯へ送り出し、透は二階へ上がる。

 布団から這い出し、こっそりテレビを見ようとしていた奈流を目撃する。

「お兄ちゃん、おはよー」

「奈流。おはようじゃなくて、おやすみだ」

 晴れやかな笑顔を見せる妹に、負けないくらいの笑みを返して布団の中へ連れ戻す。

 唇を尖らせるも、奈流はどこか楽しげだった。

 里奈がいない間にテレビを見ようとする程度には、奈流の健康状態も良くなっているみたいである。

「なんだか嬉しそうだな」

「うん。ねつがあがってるときはつらかったけど、お姉ちゃんのこえがきこえてたんだ。えへへ。なかなおり、できるよね?」

「姉妹なんだから、当たり前だ」

 透の言葉に、枕の上で奈流が頭を上下に動かした。
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