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第二部
第49話 翳り
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誰にでも陰りはある。
しかし、この世界で私――優綺美麗にだけは当てはまらない。
確固たる立場を築き上げて数年が経過したが、枕営業でのし上がろうとした憐れな女とは違う。私はいまだ業界のトップを張っている。
本来のモデルだけではなく、女優業も忙しい。世間では名前もない役を貰うためにオーディションに励む女性もいるみたいだが、私には多少の関係もなかった。
演技の勉強などしなくとも、本来の私を表現すれば世界各国から絶賛される。プラスアルファの力を求めなければならないのは、持たざる者だけだ。
朝に超高級かつ高層マンションの部屋で優美に起床する。目覚まし時計などはない。日々に予定があろうとも、起きるまで眠りたいように眠るのが私のスタイルだ。
素肌にレースのネグリジェだけをつけた恰好で、室内にある姿鏡の前に立つ。今日も私は綺麗だ。
爪先から頭のてっぺんまで、時間をかけてじっくりと観察する。
名前も実家も両親でさえも捨てて、手に入れた究極の美だ。僅かでも乱れがあるのは許せなかった。
「頬のしわが気になるわね」
呟くとベッド横に置いていたサイドテーブルからスマホを取る。電話をかける相手は付き人の満だ。
「今日の仕事はすべてキャンセルよ」
返事を聞かずに通話を終了する。何を言われても、譲るつもりはない。
身支度を整えて部屋を出る。
エントランスホールを抜けると、マンション前で呼びつけた高級タクシーが待っていた。
*
目的地とやや離れた場所で止め、チップ分も含めた代金を多めに渡す。サングラスやマスク、それに帽子で顔を隠しているが、万が一の可能性もある。優綺美麗だと気付いた運転手に、あの女はケチだったなどと言いふらされたらたまらない。それに口封じの意味もある。上客で自分にとって金になるとわかれば、そうそう貶めるような真似はしない。
タクシーを使ってでも訪れたかったのは、私の人生を変えてくれた整形外科だった。医師を信頼しているのもあって、メンテナンスをお願いしていた。
過去の東雲杏里を知っている女性が、まだ受付に座っている。不愛想だが口は堅く、私の情報が漏れた形跡はまったくなかった。それがこの病院への信頼を高める事にも繋がった。
「いつものメンテナンスをお願いするわ」
稼いだお金はすべて自分の美を維持するために使ってきた。私にとって美しさこそすべてであり、それに比べたらお金の価値などないも同然だ。
些細な衰えさえ許さず、優綺美麗になって以降も幾度となく整形手術を行った。前ほど大がかりではなく、綺麗な姿を保つためのものだ。
「モデルとしてもいまだにトップだなんて凄いわよね」
メンテナンスを終えた私に、受付の女性が話しかけてきた。
「そのためにお世話になっているのだもの。感謝しているわ。欲しい物があれば遠慮なく言って頂戴。何でも用意するわ」
「そんなのいらないわ。私はね、貴女の活躍を見ているのだけが楽しみなの。氷の女帝、美の女神。普通なら恥ずかしい感じの二つ名だけど、貴女が纏うと神々しさすらあるから不思議よね」
「ありがとう。嬉しいわ」
「頑張ってね。
最近では新しい子も出てきてるみたいだけど、貴女なら負けないから」
「もちろんよ」
言って微笑む。会話を終えた受付女性に会計を済ませ、病院を出る。通う際は特別に裏口を使わせてもらっていた。整形の事実を知っている人間ならいざ知らず、一般人やマスコミの関係者に知られたら事である。
事務所でも極々一部を除き、優綺美麗が整形から生まれた存在だと知らない者の方が多い。だからこそ我儘を装い、仕事をキャンセルしてまで一人で外出したのだ。
*
建物の陰に身を隠しては移動を繰り返し、そろそろいいだろうという場所で出発の際にも利用した高級タクシーを呼び出す。
声色は低く変え、必要以上に喋らない。優綺美麗の声自体がそもそも作っているものなので、地声で応対すれば誰にも気付かれずに済む。
自宅へ戻ると同時に、変装用に使った衣類を全自動の洗濯機へ放り込む。このためだけに購入し、目立たない場所へ置いてある。
シャワーを浴び、一糸纏わぬ姿を鏡で確認する。誰にも後ろ指を指されたりしない、完璧な女性がそこにはいた。
「大丈夫。私は綺麗だわ。何物にも負けない。脅かされない」
呪文のように繰り返してから、バスローブをだけを纏って寝室のベッドで横になる。目を閉じて、病院での受付の言葉を思い出す。
――新しい子が出てきてるみたいだけど。
忌々しい。憎悪にも似た感情が、心の中に芽生える。
これまではそんなものとは無縁だった。どんな時でも強者として平然とできていた。なのに最近になって、少しずつ焦りが生まれ始めている。
美貌の衰えを自覚できるようになったせい?
メンテナンスに通うまでの期間が短くなったせい?
自問を繰り返しても答えは見つからない。薄い唇を噛み、痛みを強く感じた時には血が滲んでいた。
「私は優綺美麗。モデルでも女優でもトップに君臨する女帝であり女神よ。何人たりとも近づけない」
言葉にして自分自身を強く保とうとするのも、最近になってからだった。
発した通り、優綺美麗はいまだに頂点へ君臨している。
ただし、以前ほどの影響力はなくなりつつある。
海外メディアからの取材は目に見えて減り、出演すれば常に最高観客動員数を塗り替えてきた映画に関しても最近は停滞気味だ。
それでもかなりの利益を叩き出し、レギュラーで出演中のテレビのトーク番組の視聴率も高水準を維持している。
だがそちらもやはり一時期よりは落ちている。深夜帯で十五パーセントを超え、ゴールデンでは二十パーセントより上で推移していた。それが直近では十三パーセントまで落ちた。
何年も続いているから番組事態にマンネリ感が出たたけで、私の責任ではない。誰もがそう言い、その通りだと思ってきた。しかし――。
「これでは圧倒的とは言えない。私の実力は、美貌はこんなものじゃないはずよ……!」
サイドテーブルのスマホが鳴る。目を開けつつ手に取って画面を見る。表示されているのは、付き人の糸原満の名前だ。
「どうしたの。今日の予定はキャンセルと伝えたはずよ」
「すみません。
緊急で知らせたいお話がありましたので、電話をさせていただきました」
これが他の人間なら怒鳴りつけているところだが。過去の件はどうあれ、私は付き人としての満を信頼していた。彼が急ぎだというのなら、聞いておいた方がいいだろう。
「何? 手短にお願いするわ」
「はい。美麗さんの出演していたドラマが、最終話の十話を待たず、八話で打ち切られることになりました」
「なっ――!? どういうことか説明しなさい! この私が主演を務めているのよ。打ち切りなどありえないわ!」
「申し訳ありません。何度も考え直すよう伝えたのですが、一社スポンサーのため、先方の強い意向には逆らえないとの話でした」
一社スポンサーをしていたのは、今もCM契約を継続する会社だ。数年前にCM撮影の現場で、そこの社長をからかって遊んだ記憶が残っている。
「……私のマンションの前に車を回して。スポンサーの会社にもアポを取りなさい。話をつけにいくわ」
*
肩で風を着るように歩き、スポンサーの社内にヒールの音を響かせる。同一ブランドのジャケットとパンツ姿で、首にはスカーフを巻いている。
社長室のドアを開けた案内役の女性社員を押し退けるように入ると、客人用のソファに腰掛けてサングラスを外す。
「どういうことか、説明してもらえるかしら」
「いきなり訪ねていらしたのでどうしたかと思ったら、ははあ、さては打ち切りを決めたドラマの件ですな」
肯定する代わりに、ニヤけ面のハゲ社長に鋭い眼光を送る。
数年前ならこれだけでヘコヘコしていたが、社長は席を立ちもせず椅子にふんぞり返る。
「我が社としてもね、浮上が見込めないドラマに出資するのは避けたいのですよ。何せこのご時世です。無駄遣いは株主からも怒られてしまいますからね」
案内役の女性社員が、今度は付き人の満の分も合わせた紅茶を運んでくる。私がコーヒーではなく紅茶を好むと知っているからだろう。
三人だけとなったところで、社長が改めてといった感じで口を開く。
「美麗さんはあくまでもビジネスパートナー。私はパトロンではない。結果が出ないのであれば打ち切りは当然でしょう」
「……よくもこの私にそんな口がきけるわね。
CMも含めて、全部降りてもいいのよ?」
「ではそうしましょう」
「なん……ですって……?」
私の正面のソファに座った社長が、自身の太腿に肘をついて乗り出すように上半身を丸める。
「トーク番組こそかろうじて高い水準を保っていますが、他は全部下がり出しています。沈む前に、どうやって泥船から脱出しようかと思っていたところです」
「よくも言ったわね。その発言、後悔させてあげるわ!」
「まあ、待ってください。私も鬼ではない。美麗さんの態度によっては打ち切りの撤回も含めて、色々と考えてさしあげてもいい」
社長の目が舐め回すように私の肢体を移動する。衣服越しだというのに、まるで裸を見られてるようなおぞましさが生じる。
好色さと下卑た顔を隠そうともしなくなった社長は、身の程知らずな提案をする。
「私の愛人になりなさい。そうすればより濃厚な支援をしてさしあげますよ。ベッドの中でもね」
「……冗談は顔だけにするのね。アンタみたいな醜悪な汚物に抱かれるなんて死んでもごめんだわ」
唾を吐きつけてもご褒美と言われたら気色悪いだけなので、侮蔑を最後に会話を打ち切る。これ以上は時間の無駄だ。
「吐き出した言葉は飲み込めないわ。この会社とのCM契約を解除しておいて」
「わかりました」
私の言葉がすべての満は、普段と変わらない態度で承諾した。
勝手な契約解除が些細な問題になったが、女帝で女神たる私の決断に異を唱えるなんて許されない。最終的に社長が諦めてこの話は終わった。
*
不愉快な社長と縁が切れてせいせいした数日後、起床した後にリビングでつけたテレビに一人の少女が出ていた。
「こちらが最近デビューされたモデルの里亜砂さんです。なんと彼女は、あの優綺美麗さんの後輩になります」
顔も名前も知らなかったが、どうやら画面内のモデルの女性は私と同じ事務所に所属しているみたいだった。
清純さを強調するかのような艶やかな黒髪を短く切りそろえ、共演者の一言一言に大きめのリアクションを取る。
童顔で幼さを感じさせつつも、双丘のふくらみは衣服越しにもはっきりとわかる。腰や太腿も悩ましい曲線を描き、スマートさの中に妖艶な女を隠し持っている。
わざとやっているのかと思えば、里亜砂という後輩女性は自らの女を意識して売りにはしてないみたいだった。自然な振る舞いに、何気なく含まれている。
計算ずくで美貌を得て、立ち振る舞ってきた私とは何もかもが正反対。道理で事務所が売り出したがるはずである。
「私の後釜に据えようとでもいうのかしら。でも侮ってもらっては困るわ。そう簡単にトップは譲らない」
寝室へ戻り、サイドテーブルへ置きっぱなしにしていたスマホを見る。着信はない。
変ね。いつもなら仕事のスケジュールを確認するために電話があるのに。まさか忘れているのかしら。
仕方なしにこちらから付き人の満に連絡を取る。
「今日の仕事はどうなってるの?」
挨拶もなく本題を切り出した私に、満は申し訳なさを滲ませて答えた。
「本日のスケジュールはありません。オフとしてお過ごしください」
「……え?」
しかし、この世界で私――優綺美麗にだけは当てはまらない。
確固たる立場を築き上げて数年が経過したが、枕営業でのし上がろうとした憐れな女とは違う。私はいまだ業界のトップを張っている。
本来のモデルだけではなく、女優業も忙しい。世間では名前もない役を貰うためにオーディションに励む女性もいるみたいだが、私には多少の関係もなかった。
演技の勉強などしなくとも、本来の私を表現すれば世界各国から絶賛される。プラスアルファの力を求めなければならないのは、持たざる者だけだ。
朝に超高級かつ高層マンションの部屋で優美に起床する。目覚まし時計などはない。日々に予定があろうとも、起きるまで眠りたいように眠るのが私のスタイルだ。
素肌にレースのネグリジェだけをつけた恰好で、室内にある姿鏡の前に立つ。今日も私は綺麗だ。
爪先から頭のてっぺんまで、時間をかけてじっくりと観察する。
名前も実家も両親でさえも捨てて、手に入れた究極の美だ。僅かでも乱れがあるのは許せなかった。
「頬のしわが気になるわね」
呟くとベッド横に置いていたサイドテーブルからスマホを取る。電話をかける相手は付き人の満だ。
「今日の仕事はすべてキャンセルよ」
返事を聞かずに通話を終了する。何を言われても、譲るつもりはない。
身支度を整えて部屋を出る。
エントランスホールを抜けると、マンション前で呼びつけた高級タクシーが待っていた。
*
目的地とやや離れた場所で止め、チップ分も含めた代金を多めに渡す。サングラスやマスク、それに帽子で顔を隠しているが、万が一の可能性もある。優綺美麗だと気付いた運転手に、あの女はケチだったなどと言いふらされたらたまらない。それに口封じの意味もある。上客で自分にとって金になるとわかれば、そうそう貶めるような真似はしない。
タクシーを使ってでも訪れたかったのは、私の人生を変えてくれた整形外科だった。医師を信頼しているのもあって、メンテナンスをお願いしていた。
過去の東雲杏里を知っている女性が、まだ受付に座っている。不愛想だが口は堅く、私の情報が漏れた形跡はまったくなかった。それがこの病院への信頼を高める事にも繋がった。
「いつものメンテナンスをお願いするわ」
稼いだお金はすべて自分の美を維持するために使ってきた。私にとって美しさこそすべてであり、それに比べたらお金の価値などないも同然だ。
些細な衰えさえ許さず、優綺美麗になって以降も幾度となく整形手術を行った。前ほど大がかりではなく、綺麗な姿を保つためのものだ。
「モデルとしてもいまだにトップだなんて凄いわよね」
メンテナンスを終えた私に、受付の女性が話しかけてきた。
「そのためにお世話になっているのだもの。感謝しているわ。欲しい物があれば遠慮なく言って頂戴。何でも用意するわ」
「そんなのいらないわ。私はね、貴女の活躍を見ているのだけが楽しみなの。氷の女帝、美の女神。普通なら恥ずかしい感じの二つ名だけど、貴女が纏うと神々しさすらあるから不思議よね」
「ありがとう。嬉しいわ」
「頑張ってね。
最近では新しい子も出てきてるみたいだけど、貴女なら負けないから」
「もちろんよ」
言って微笑む。会話を終えた受付女性に会計を済ませ、病院を出る。通う際は特別に裏口を使わせてもらっていた。整形の事実を知っている人間ならいざ知らず、一般人やマスコミの関係者に知られたら事である。
事務所でも極々一部を除き、優綺美麗が整形から生まれた存在だと知らない者の方が多い。だからこそ我儘を装い、仕事をキャンセルしてまで一人で外出したのだ。
*
建物の陰に身を隠しては移動を繰り返し、そろそろいいだろうという場所で出発の際にも利用した高級タクシーを呼び出す。
声色は低く変え、必要以上に喋らない。優綺美麗の声自体がそもそも作っているものなので、地声で応対すれば誰にも気付かれずに済む。
自宅へ戻ると同時に、変装用に使った衣類を全自動の洗濯機へ放り込む。このためだけに購入し、目立たない場所へ置いてある。
シャワーを浴び、一糸纏わぬ姿を鏡で確認する。誰にも後ろ指を指されたりしない、完璧な女性がそこにはいた。
「大丈夫。私は綺麗だわ。何物にも負けない。脅かされない」
呪文のように繰り返してから、バスローブをだけを纏って寝室のベッドで横になる。目を閉じて、病院での受付の言葉を思い出す。
――新しい子が出てきてるみたいだけど。
忌々しい。憎悪にも似た感情が、心の中に芽生える。
これまではそんなものとは無縁だった。どんな時でも強者として平然とできていた。なのに最近になって、少しずつ焦りが生まれ始めている。
美貌の衰えを自覚できるようになったせい?
メンテナンスに通うまでの期間が短くなったせい?
自問を繰り返しても答えは見つからない。薄い唇を噛み、痛みを強く感じた時には血が滲んでいた。
「私は優綺美麗。モデルでも女優でもトップに君臨する女帝であり女神よ。何人たりとも近づけない」
言葉にして自分自身を強く保とうとするのも、最近になってからだった。
発した通り、優綺美麗はいまだに頂点へ君臨している。
ただし、以前ほどの影響力はなくなりつつある。
海外メディアからの取材は目に見えて減り、出演すれば常に最高観客動員数を塗り替えてきた映画に関しても最近は停滞気味だ。
それでもかなりの利益を叩き出し、レギュラーで出演中のテレビのトーク番組の視聴率も高水準を維持している。
だがそちらもやはり一時期よりは落ちている。深夜帯で十五パーセントを超え、ゴールデンでは二十パーセントより上で推移していた。それが直近では十三パーセントまで落ちた。
何年も続いているから番組事態にマンネリ感が出たたけで、私の責任ではない。誰もがそう言い、その通りだと思ってきた。しかし――。
「これでは圧倒的とは言えない。私の実力は、美貌はこんなものじゃないはずよ……!」
サイドテーブルのスマホが鳴る。目を開けつつ手に取って画面を見る。表示されているのは、付き人の糸原満の名前だ。
「どうしたの。今日の予定はキャンセルと伝えたはずよ」
「すみません。
緊急で知らせたいお話がありましたので、電話をさせていただきました」
これが他の人間なら怒鳴りつけているところだが。過去の件はどうあれ、私は付き人としての満を信頼していた。彼が急ぎだというのなら、聞いておいた方がいいだろう。
「何? 手短にお願いするわ」
「はい。美麗さんの出演していたドラマが、最終話の十話を待たず、八話で打ち切られることになりました」
「なっ――!? どういうことか説明しなさい! この私が主演を務めているのよ。打ち切りなどありえないわ!」
「申し訳ありません。何度も考え直すよう伝えたのですが、一社スポンサーのため、先方の強い意向には逆らえないとの話でした」
一社スポンサーをしていたのは、今もCM契約を継続する会社だ。数年前にCM撮影の現場で、そこの社長をからかって遊んだ記憶が残っている。
「……私のマンションの前に車を回して。スポンサーの会社にもアポを取りなさい。話をつけにいくわ」
*
肩で風を着るように歩き、スポンサーの社内にヒールの音を響かせる。同一ブランドのジャケットとパンツ姿で、首にはスカーフを巻いている。
社長室のドアを開けた案内役の女性社員を押し退けるように入ると、客人用のソファに腰掛けてサングラスを外す。
「どういうことか、説明してもらえるかしら」
「いきなり訪ねていらしたのでどうしたかと思ったら、ははあ、さては打ち切りを決めたドラマの件ですな」
肯定する代わりに、ニヤけ面のハゲ社長に鋭い眼光を送る。
数年前ならこれだけでヘコヘコしていたが、社長は席を立ちもせず椅子にふんぞり返る。
「我が社としてもね、浮上が見込めないドラマに出資するのは避けたいのですよ。何せこのご時世です。無駄遣いは株主からも怒られてしまいますからね」
案内役の女性社員が、今度は付き人の満の分も合わせた紅茶を運んでくる。私がコーヒーではなく紅茶を好むと知っているからだろう。
三人だけとなったところで、社長が改めてといった感じで口を開く。
「美麗さんはあくまでもビジネスパートナー。私はパトロンではない。結果が出ないのであれば打ち切りは当然でしょう」
「……よくもこの私にそんな口がきけるわね。
CMも含めて、全部降りてもいいのよ?」
「ではそうしましょう」
「なん……ですって……?」
私の正面のソファに座った社長が、自身の太腿に肘をついて乗り出すように上半身を丸める。
「トーク番組こそかろうじて高い水準を保っていますが、他は全部下がり出しています。沈む前に、どうやって泥船から脱出しようかと思っていたところです」
「よくも言ったわね。その発言、後悔させてあげるわ!」
「まあ、待ってください。私も鬼ではない。美麗さんの態度によっては打ち切りの撤回も含めて、色々と考えてさしあげてもいい」
社長の目が舐め回すように私の肢体を移動する。衣服越しだというのに、まるで裸を見られてるようなおぞましさが生じる。
好色さと下卑た顔を隠そうともしなくなった社長は、身の程知らずな提案をする。
「私の愛人になりなさい。そうすればより濃厚な支援をしてさしあげますよ。ベッドの中でもね」
「……冗談は顔だけにするのね。アンタみたいな醜悪な汚物に抱かれるなんて死んでもごめんだわ」
唾を吐きつけてもご褒美と言われたら気色悪いだけなので、侮蔑を最後に会話を打ち切る。これ以上は時間の無駄だ。
「吐き出した言葉は飲み込めないわ。この会社とのCM契約を解除しておいて」
「わかりました」
私の言葉がすべての満は、普段と変わらない態度で承諾した。
勝手な契約解除が些細な問題になったが、女帝で女神たる私の決断に異を唱えるなんて許されない。最終的に社長が諦めてこの話は終わった。
*
不愉快な社長と縁が切れてせいせいした数日後、起床した後にリビングでつけたテレビに一人の少女が出ていた。
「こちらが最近デビューされたモデルの里亜砂さんです。なんと彼女は、あの優綺美麗さんの後輩になります」
顔も名前も知らなかったが、どうやら画面内のモデルの女性は私と同じ事務所に所属しているみたいだった。
清純さを強調するかのような艶やかな黒髪を短く切りそろえ、共演者の一言一言に大きめのリアクションを取る。
童顔で幼さを感じさせつつも、双丘のふくらみは衣服越しにもはっきりとわかる。腰や太腿も悩ましい曲線を描き、スマートさの中に妖艶な女を隠し持っている。
わざとやっているのかと思えば、里亜砂という後輩女性は自らの女を意識して売りにはしてないみたいだった。自然な振る舞いに、何気なく含まれている。
計算ずくで美貌を得て、立ち振る舞ってきた私とは何もかもが正反対。道理で事務所が売り出したがるはずである。
「私の後釜に据えようとでもいうのかしら。でも侮ってもらっては困るわ。そう簡単にトップは譲らない」
寝室へ戻り、サイドテーブルへ置きっぱなしにしていたスマホを見る。着信はない。
変ね。いつもなら仕事のスケジュールを確認するために電話があるのに。まさか忘れているのかしら。
仕方なしにこちらから付き人の満に連絡を取る。
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挨拶もなく本題を切り出した私に、満は申し訳なさを滲ませて答えた。
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