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第14話 サークル勧誘
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「ま、間に合ってます!」
肩に置かれた男性の手を振り解き、私は脱兎のごとく、その場から駆け出した。何がなんだかわからないまま走り続け、気がつけば繁華街から抜けていた。膝に手をついて、はぁはぁと激しく肩を上下に揺らす。こんなに全力で走ったのは、ずいぶんと久しぶりだった。
「あ、あの人……本気だったのかな」
周囲に誰がいるかも確認せず、わりと大きめの声で呟く。普通の立ち姿勢へ戻っても、まだ息が切れている。疲労はもちろんあるけれど、精神的な動揺の影響が大きかった。
ナンパ――。
生まれてこの方、とんと縁のなかった単語だった。ゆえに現在でもまだ、先ほどの男性の真意を測りかねていた。
とはいえ、逃げ出してしまった現状では、今さら相手の心情を知ろうとしても後の祭りだった。いつまでも悩んでいたところで、急激に事態が変わるわけでもない。気を取り直して、私は再び繁華街へ戻る事に決めた。
先ほどの男性とまた遭遇しないか、ドキドキしながら街中を歩く。まさかナンパされるとは夢にも思ってなかったので、予想外のハプニングにあったも同然だった。
洋服店だけでなく、靴やバッグ等も色々と見てまわる。無意識のうちにハイテンションになっていたのか、気づけば相当量の荷物を両手で抱える有様だった。さすがに少し買いすぎたかなと自戒の念を覚えるものの、これだけショッピングが楽しかったのは、ずいぶんと久しぶりに感じられた。子供の頃、お母さんに連れられて、初めてデパートへ行った時を思い出す。当時はかなりはしゃいでいたのを、今も記憶している。
何事も調子に乗りすぎはよくないと痛感しながら、やっとの思いで新しい自宅であるマンションへ戻ってきた。まだ実家みたいな居心地の良さはないけれど、これからじっくりと自分に馴染ませていけばいいのだ。
いつの間にやらたくさんに増えていた買物袋を並べて置き、ひとつずつ品定めしていく。まさしく女の子らしい行動であり、改めて自分もごくごく普通の乙女なのだと実感する。同時に、そんなのも忘れるくらい寂しい高校生活だったのかと考えて、少しだけ切なくなった。
過去のおさらいはさておき、今回購入したのは私服ばかりだった。入学式用のスーツは、地元で購入して持参済みだ。ごく普通のリクルートスーツだけれど、きっちりした格好といえばこれまでは制服姿に限定されていたので、それだけでも大人になった気分になる。まだ未成年とはいえ、高校は卒業しているので、もう子供とは呼べない年齢でもあった。
「よし。これで、ある程度は片付いたかな」
荷物の整理を終えたあとで、とりあえずひと息ついた。
*
やってきた入学式当日。今度から通う大学へやってきた。当然のごとくお母さんは熱烈に参加したがったけれど、あれこれと理由をつけて阻止をした。ひとり暮らしを始めた早々、整形手術を行ったなんて知られたら、何を言われるかわからなかった。いずれバレるだろうけど、できるならしばらくは秘密にしておきたい。そんなわけで、今日の入学式は私ひとりだった。
この日のために用意したリクルートスーツへ身を包み、独特の雰囲気の式に参加する。仲の良い友人同士で合格した学生は楽しげに会話をしているけど、生憎と私にはそのような相手がいない。やや退屈を覚えながらも、なんとか居眠りせずに式を終えられた。会場から出て、なんとなしにキャンパス内を見学していると、待ってましたとばかりにサークルへ勧誘しようとする先輩たちが雪崩れ込んできた。
こういう華やかなイベント事に、もっとも似合わないのが何を隠そうこの私だった。基本的に地味で、容姿も下から数えた方が早いランクに位置する。そんな女性を、自分たちのサークルへ誘いたがる人間なんているはずがなかった。
――というのは、私の勝手な思い込みだった。昔と事情が変わっていたのだ。要因となったのが整形手術であり、私の人生は文字どおり別のものになった。まだまだ自分の顔に不満が残るものの、とりあえずは思い描いた未来に近づきつつある。
「君、もうどこに入るか決めた? まだならウチなんてどうかな」
見るからにノリのよさそうな男性が、親しげというよりは馴れ馴れしいくらいの態度で声をかけてきた。一般的に表現すればフレンドリーとなるのかもしれないけど、こうした経験がないに等しい私は戸惑うばかりだった。すぐに返事ができないでいると、畳みかけるように誘いの言葉を並べてくる。
「す、すみません。行く場所がありますので……」
そう言って逃げようとするも、チャラいと呼ぶに相応しい格好をした男性は、なかなか諦めてくれない。私が行く場所へ、付き合うよとまで口にする。虐められる以外で異性に構われたパターンが皆無なため、嬉しさも覚えた。このままついていってみようかなという好奇心を抱きつつも、これまでの人生での体験がどうしても疑念を抱かせる。
喜ばせるだけ喜ばせたあとで、どん底に突き落として笑い者にするのではないか。ひねくれすぎた想像とわかっていても、長年脳に蓄積された情報が邪魔をする。ここらで悲しみの鎖を引き千切る必要がある。今、その一歩を踏み出そう。頭ではそう思っているのだけど、最後まで私は勇気を振り絞ることができなかった。
*
外見が変われば、性格も自然と変化する。そんなふうに思っていたけれど、現実はそんなに簡単ではなかった。なんとかサークル勧誘の男性を振り切ったあとで、私は「はぁ……」とため息をつく。安堵はもちろんだけど、こぼした吐息の中には喜びも含まれていた。
あそこまで熱心に誘われるなんて初めてだった。しかも同年代の若い異性にだ。先ほどまでの光景を思い返せば、自然に笑みを浮かべてしまう。傍から見てればただの不審人物だった。これではいけないと口元を引き締めつつ、再び活気溢れるキャンパス内へ戻る。大学の敷地は意外と広く、緑も豊かだったりする。
私がひと休みしていた場所も、その中のワンスペースだった。大勢やってきた入学生をひとりでも多く獲得しようと、新入生よりもたくさんの在学生が躍起になってスカウトを続けている。
「サークルかぁ」
ひとり言のように呟いてから、賑やかなキャンパス内を改めて眺める。サークル名が書かれたプラカードを掲げたたくさんの上級生たちが、右に左に忙しく駆け回る。どこも有望な新人を獲得しようと躍起だった。新入生の中には、もちろん私も含まれる。ただ、どこかのサークルへ入ろうという明確な意思は持ってなかった。
高校時代も本格的な部活動は行ってないし、なにより私の運動神経はなかなかに壊滅的だった。体育祭等では常に足手まといとして扱われ、応援係という競技とはまったく関係のない役割ばかり与えられた。もっとも、私自身に体育祭で活躍したい願望がなかったので、競技に参加しなくて済むのは正直ありがたかった。ダイエットで体重の減少には成功した。しかし、だからといって急激に運動能力が上昇するなんてありえなかった。
なので運動系のサークルのプラカードには、近寄らないようにして歩く。どうせ入るなら文系のサークルがいい。とはいえ、無理にどこかへ在籍する必要はない。そんなことを考えながら歩いていると、図書サークルという名称が視界に飛び込んできた。様々な所属先があるのが大学の魅力なものの、あまり聞きなれない名前だった。
なんとなしに興味を惹かれた私は、ゆっくりと目当てのプラカードがある地点へ近づいてみる。図書サークルの勧誘をしていたのは、痩せ型で眼鏡をかけた人畜無害そうな男性だった。少し古い呼称かもしれないけど、いわゆる草食系というタイプに見える。
大勢いる新入生に声をかけようとしては、人波に弾かれるみたいに元の位置まで戻ってくる。男性は諦めずに、繰り返し勧誘を試みるけれど、やはり同じ結果に終わる。その様子がなんだか微笑ましくて、私は男性から目が離せなくなった。
「あ……」
しばらくして、私と図書サークルの男性の目が合った。どうしようと思っているうちに、嬉しそうな顔をして男性がこちらへ向かってきた。
「君、新入生だよね」
「は、はい」
質問を無視するのはさすがに申し訳ないし、加えて私は図書サークルについて尋ねるつもりだった。突然の展開にドキドキしているものの、丁度良かったと考えて男性との会話に応じる。
「どこのサークルに入ろうとか、もう決めているのかな」
この間ナンパされた男性や、ついさっき勧誘してきた上級生と違い、口調はとても柔らかい。声質も落ち着いた感じで、なんだかまったりした気分になる。優しげな雰囲気も相まって、どんどん緊張が薄れていく。異性を前にすると、からかわれるのではないかと不安になったり、動悸を覚えたりするのにそれもなかった。
「いえ、特には決めてないです」
おかげで、わりと平常どおりに言葉を紡げた。私という話を聞いてくれた人間が現れたからか、向こうにもどことなく安心してるような感じがあった。
「それなら、ウチなんかどうかな。読書とか……興味ある?」
台詞の最後の方へ向かっていくにつれて、自信なさそうに声が小さくなる。もしかして勧誘した新入生に、今時の若い学生は読書なんてしないとでも言われたのだろうか。それとも、単純にそういう喋り方なのか。どちらかは不明だけど、内向的な私はなんだか親近感を覚えた。
「本を読むのは、昔から好きですよ」
私がそう言うと、目の前にいる男性が子供みたいな無邪気な笑顔で喜んだ。同好の仲間を見つけたと思ったのか、本当に楽しそうによく読む本の話をしてくる。
そういえば、高校生の頃に親友だった轟和美ともこういう話をしていたな。当時を思い出して、少しだけしんみりする。
「あ、ごめん。僕だけ話してても退屈だったよね」
私が若干沈んだ気持ちになってしまったのを、図書サークルの男性は自分のせいだと思ったみたいだった。
「そ、そういうわけではないんですけど……」
慌てて男性をフォローしようとするも、後に続けるべき言葉が見つからない。黙った理由を素直に説明すれば、必然的に自分の過去を曝露することになる。それだけは避けたかっただけに、うまく言い訳して現状を打破できなかった。私にとって整形前は、すでに消し去りたい黒歴史なのだ。
相手男性も若干の気まずさを感じてるのか、お互いが黙りあう状況になる。思わず逃げたくなってしまうけれど、それでは今までと何も変わらない。勇気をもって口を開こうとしたところ、先に相手の言葉が届いてきた。
肩に置かれた男性の手を振り解き、私は脱兎のごとく、その場から駆け出した。何がなんだかわからないまま走り続け、気がつけば繁華街から抜けていた。膝に手をついて、はぁはぁと激しく肩を上下に揺らす。こんなに全力で走ったのは、ずいぶんと久しぶりだった。
「あ、あの人……本気だったのかな」
周囲に誰がいるかも確認せず、わりと大きめの声で呟く。普通の立ち姿勢へ戻っても、まだ息が切れている。疲労はもちろんあるけれど、精神的な動揺の影響が大きかった。
ナンパ――。
生まれてこの方、とんと縁のなかった単語だった。ゆえに現在でもまだ、先ほどの男性の真意を測りかねていた。
とはいえ、逃げ出してしまった現状では、今さら相手の心情を知ろうとしても後の祭りだった。いつまでも悩んでいたところで、急激に事態が変わるわけでもない。気を取り直して、私は再び繁華街へ戻る事に決めた。
先ほどの男性とまた遭遇しないか、ドキドキしながら街中を歩く。まさかナンパされるとは夢にも思ってなかったので、予想外のハプニングにあったも同然だった。
洋服店だけでなく、靴やバッグ等も色々と見てまわる。無意識のうちにハイテンションになっていたのか、気づけば相当量の荷物を両手で抱える有様だった。さすがに少し買いすぎたかなと自戒の念を覚えるものの、これだけショッピングが楽しかったのは、ずいぶんと久しぶりに感じられた。子供の頃、お母さんに連れられて、初めてデパートへ行った時を思い出す。当時はかなりはしゃいでいたのを、今も記憶している。
何事も調子に乗りすぎはよくないと痛感しながら、やっとの思いで新しい自宅であるマンションへ戻ってきた。まだ実家みたいな居心地の良さはないけれど、これからじっくりと自分に馴染ませていけばいいのだ。
いつの間にやらたくさんに増えていた買物袋を並べて置き、ひとつずつ品定めしていく。まさしく女の子らしい行動であり、改めて自分もごくごく普通の乙女なのだと実感する。同時に、そんなのも忘れるくらい寂しい高校生活だったのかと考えて、少しだけ切なくなった。
過去のおさらいはさておき、今回購入したのは私服ばかりだった。入学式用のスーツは、地元で購入して持参済みだ。ごく普通のリクルートスーツだけれど、きっちりした格好といえばこれまでは制服姿に限定されていたので、それだけでも大人になった気分になる。まだ未成年とはいえ、高校は卒業しているので、もう子供とは呼べない年齢でもあった。
「よし。これで、ある程度は片付いたかな」
荷物の整理を終えたあとで、とりあえずひと息ついた。
*
やってきた入学式当日。今度から通う大学へやってきた。当然のごとくお母さんは熱烈に参加したがったけれど、あれこれと理由をつけて阻止をした。ひとり暮らしを始めた早々、整形手術を行ったなんて知られたら、何を言われるかわからなかった。いずれバレるだろうけど、できるならしばらくは秘密にしておきたい。そんなわけで、今日の入学式は私ひとりだった。
この日のために用意したリクルートスーツへ身を包み、独特の雰囲気の式に参加する。仲の良い友人同士で合格した学生は楽しげに会話をしているけど、生憎と私にはそのような相手がいない。やや退屈を覚えながらも、なんとか居眠りせずに式を終えられた。会場から出て、なんとなしにキャンパス内を見学していると、待ってましたとばかりにサークルへ勧誘しようとする先輩たちが雪崩れ込んできた。
こういう華やかなイベント事に、もっとも似合わないのが何を隠そうこの私だった。基本的に地味で、容姿も下から数えた方が早いランクに位置する。そんな女性を、自分たちのサークルへ誘いたがる人間なんているはずがなかった。
――というのは、私の勝手な思い込みだった。昔と事情が変わっていたのだ。要因となったのが整形手術であり、私の人生は文字どおり別のものになった。まだまだ自分の顔に不満が残るものの、とりあえずは思い描いた未来に近づきつつある。
「君、もうどこに入るか決めた? まだならウチなんてどうかな」
見るからにノリのよさそうな男性が、親しげというよりは馴れ馴れしいくらいの態度で声をかけてきた。一般的に表現すればフレンドリーとなるのかもしれないけど、こうした経験がないに等しい私は戸惑うばかりだった。すぐに返事ができないでいると、畳みかけるように誘いの言葉を並べてくる。
「す、すみません。行く場所がありますので……」
そう言って逃げようとするも、チャラいと呼ぶに相応しい格好をした男性は、なかなか諦めてくれない。私が行く場所へ、付き合うよとまで口にする。虐められる以外で異性に構われたパターンが皆無なため、嬉しさも覚えた。このままついていってみようかなという好奇心を抱きつつも、これまでの人生での体験がどうしても疑念を抱かせる。
喜ばせるだけ喜ばせたあとで、どん底に突き落として笑い者にするのではないか。ひねくれすぎた想像とわかっていても、長年脳に蓄積された情報が邪魔をする。ここらで悲しみの鎖を引き千切る必要がある。今、その一歩を踏み出そう。頭ではそう思っているのだけど、最後まで私は勇気を振り絞ることができなかった。
*
外見が変われば、性格も自然と変化する。そんなふうに思っていたけれど、現実はそんなに簡単ではなかった。なんとかサークル勧誘の男性を振り切ったあとで、私は「はぁ……」とため息をつく。安堵はもちろんだけど、こぼした吐息の中には喜びも含まれていた。
あそこまで熱心に誘われるなんて初めてだった。しかも同年代の若い異性にだ。先ほどまでの光景を思い返せば、自然に笑みを浮かべてしまう。傍から見てればただの不審人物だった。これではいけないと口元を引き締めつつ、再び活気溢れるキャンパス内へ戻る。大学の敷地は意外と広く、緑も豊かだったりする。
私がひと休みしていた場所も、その中のワンスペースだった。大勢やってきた入学生をひとりでも多く獲得しようと、新入生よりもたくさんの在学生が躍起になってスカウトを続けている。
「サークルかぁ」
ひとり言のように呟いてから、賑やかなキャンパス内を改めて眺める。サークル名が書かれたプラカードを掲げたたくさんの上級生たちが、右に左に忙しく駆け回る。どこも有望な新人を獲得しようと躍起だった。新入生の中には、もちろん私も含まれる。ただ、どこかのサークルへ入ろうという明確な意思は持ってなかった。
高校時代も本格的な部活動は行ってないし、なにより私の運動神経はなかなかに壊滅的だった。体育祭等では常に足手まといとして扱われ、応援係という競技とはまったく関係のない役割ばかり与えられた。もっとも、私自身に体育祭で活躍したい願望がなかったので、競技に参加しなくて済むのは正直ありがたかった。ダイエットで体重の減少には成功した。しかし、だからといって急激に運動能力が上昇するなんてありえなかった。
なので運動系のサークルのプラカードには、近寄らないようにして歩く。どうせ入るなら文系のサークルがいい。とはいえ、無理にどこかへ在籍する必要はない。そんなことを考えながら歩いていると、図書サークルという名称が視界に飛び込んできた。様々な所属先があるのが大学の魅力なものの、あまり聞きなれない名前だった。
なんとなしに興味を惹かれた私は、ゆっくりと目当てのプラカードがある地点へ近づいてみる。図書サークルの勧誘をしていたのは、痩せ型で眼鏡をかけた人畜無害そうな男性だった。少し古い呼称かもしれないけど、いわゆる草食系というタイプに見える。
大勢いる新入生に声をかけようとしては、人波に弾かれるみたいに元の位置まで戻ってくる。男性は諦めずに、繰り返し勧誘を試みるけれど、やはり同じ結果に終わる。その様子がなんだか微笑ましくて、私は男性から目が離せなくなった。
「あ……」
しばらくして、私と図書サークルの男性の目が合った。どうしようと思っているうちに、嬉しそうな顔をして男性がこちらへ向かってきた。
「君、新入生だよね」
「は、はい」
質問を無視するのはさすがに申し訳ないし、加えて私は図書サークルについて尋ねるつもりだった。突然の展開にドキドキしているものの、丁度良かったと考えて男性との会話に応じる。
「どこのサークルに入ろうとか、もう決めているのかな」
この間ナンパされた男性や、ついさっき勧誘してきた上級生と違い、口調はとても柔らかい。声質も落ち着いた感じで、なんだかまったりした気分になる。優しげな雰囲気も相まって、どんどん緊張が薄れていく。異性を前にすると、からかわれるのではないかと不安になったり、動悸を覚えたりするのにそれもなかった。
「いえ、特には決めてないです」
おかげで、わりと平常どおりに言葉を紡げた。私という話を聞いてくれた人間が現れたからか、向こうにもどことなく安心してるような感じがあった。
「それなら、ウチなんかどうかな。読書とか……興味ある?」
台詞の最後の方へ向かっていくにつれて、自信なさそうに声が小さくなる。もしかして勧誘した新入生に、今時の若い学生は読書なんてしないとでも言われたのだろうか。それとも、単純にそういう喋り方なのか。どちらかは不明だけど、内向的な私はなんだか親近感を覚えた。
「本を読むのは、昔から好きですよ」
私がそう言うと、目の前にいる男性が子供みたいな無邪気な笑顔で喜んだ。同好の仲間を見つけたと思ったのか、本当に楽しそうによく読む本の話をしてくる。
そういえば、高校生の頃に親友だった轟和美ともこういう話をしていたな。当時を思い出して、少しだけしんみりする。
「あ、ごめん。僕だけ話してても退屈だったよね」
私が若干沈んだ気持ちになってしまったのを、図書サークルの男性は自分のせいだと思ったみたいだった。
「そ、そういうわけではないんですけど……」
慌てて男性をフォローしようとするも、後に続けるべき言葉が見つからない。黙った理由を素直に説明すれば、必然的に自分の過去を曝露することになる。それだけは避けたかっただけに、うまく言い訳して現状を打破できなかった。私にとって整形前は、すでに消し去りたい黒歴史なのだ。
相手男性も若干の気まずさを感じてるのか、お互いが黙りあう状況になる。思わず逃げたくなってしまうけれど、それでは今までと何も変わらない。勇気をもって口を開こうとしたところ、先に相手の言葉が届いてきた。
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