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第27話 ボードレー伯爵邸(3)
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「みんな大丈夫か?」
信長はほこりまみれになりながら立ち上がる。
「はい、信長様。それより切り落とされた左腕をなんとかしなければ・・」
「おお、そうだな。ガラシャ、くっつけてくれ」
「糊で貼り付けるわけじゃ無いんだから、そんな簡単に言わないでよね!」
信長の切り落とされた左腕は、ガラシャが両手で抱えながら冷やしている。ガラシャは力丸の出血を止める事が出来、治癒魔法に手応えを感じていた。
「じゃあまず水で洗い流した後にアルコール消毒ね」
そう言って空中から水を凝結させて傷口を洗った。
「ん?アルコール消毒って、そんな物、持ってるのか?」
「持ってないわよ。これから作るの。アルコールの分子ってCH3CH2OHでしょ?材料は空気中にあるから、原子がその形に結合するようにイメージをすると、ほら」
ガラシャはカバンの中から木の器を出して、その中にアルコールを生成する事に成功した。
「すごいな。まるで錬金術だ」
それを見た信長達は、心底感心した。ガラシャがいなければ、こういった化学物質の生成に気づくまでに、相当の時間を要したかもしれない。これは、使える。
「他にも何か作れるか?たとえば、C3H5(ONO2)3とか」
「えっと、ニトログリセリンね。ちょっと待ってね」
ガラシャは新しい器を取り出して、分子のイメージを送る。すると、少量だが透明な液体が器の中に現れた。
「たぶん、出来たんじゃ無いかな?」
そう言ってガラシャは器をみんなに見せる。しかし、これがニトログリセリンなのかどうか見ただけでは誰もわからない。
ガラシャは50センチくらいの大きさの石の上に砂を少し置いて、その液体を少量垂らしてみる。すると、普通の水のように砂にしみこんだ。そして、10センチくらいの石を手に持って叩いてみた。
パンッ!
その液体をしみこませた砂は、石によって叩かれた衝撃で小さな爆発を起こしたのだ。
「これは、間違いなくニトログリセリンだな。でかしたぞ!ガラシャ!」
「ちょっと信長君、それはいいから腕をくっつけようよ」
「おお、そうだったな。じゃあよろしく頼む」
ガラシャは水とアルコールで傷口を消毒し、信長の腕を切られたところに当てる。そして、力丸の出血を止めたように、血小板や細胞分裂をイメージした。さらに、切断された箇所の神経細胞のシナプスが伸びて絡まり合う様子や、腕の骨のカルシウムが成長する様子もイメージする。
10分間ほどガラシャが魔力を注いでいると、なんとなく腕がつながってきたような気がする。まだ完全では無いが、指先も少し動くようになってきた。
「切り落とされた腕も繋がるのか・・・・。我ながら人間離れしたように感じるな」
「治癒魔法の力もあると思いますが、転生時に与えられた強靱な肉体のおかげかもしれませんね。致命傷以外の怪我は、だいたい治ると言う事なのでしょう」
蘭丸が信長の腕の傷をまじまじと見ている。
「どこまで出来るか実験してみたいな。俺たちと一般人で違いがあるのか無いのかも確認したい。今度生きたエルフがいれば捕まえて実験してみるか」
信長は少し動くようになった左手の指を見ながら悪人顔になっている。
「信長君!そんな人体実験みたいな事、絶対に許さないからね!」
「チッ」
「あ、今舌打ちしたでしょ!」
「冗談だよ、冗談。しかし、分子の組み替えが出来ると言う事なら、材料さえあればほとんどの化学物質を作れると言う事か」
信長は戦国時代に戻ったときのために、化学肥料の作り方や高性能な爆薬の作り方を覚えていた。当然その分子式も頭の中に入っている。
もっとも、大規模農業や大戦争に使えるほどの量を作れるかどうかは別問題だ。魔法を使いすぎると異様な疲れ方をするので、やはり大量生産する際は科学的な工程が必要となってくるだろう。しかし、現時点で様々な化学物質が少量でも作れると言う事は、非常にありがたい事だった。
「この屋敷を占領したら、覚えている化学式を全て書き出しておこう。これだけの屋敷なら、紙やペンくらいあるだろう」
「え?占領するの?」
----
信長達はボードレー伯爵邸に遠慮無く入っていく。入り口前の広場にはエルフの死体が倒れているが、ガラシャもだんだんとこの世界になれてきたのかあまり気にならなくなったようだ。
「これがその剥製か・・・」
玄関を入ったところの大広間には、様々な“動物”の剥製が飾ってあった。そして正面の壁の中央に15歳くらいの人族少女の剥製が誇らしげに飾ってあったのだ。
何の先入観も無しにそれを見たならば、とても美しく神々しささえ感じる事が出来ただろう。しかし、そこにあるのは少女の亡骸なのだ。おそらく“狩り”によって殺され剥製にされたのだろう。
「信じられない・・・」
ガラシャが両手で口を押さえてわなわなと震えている。その表情は驚きと悲しみと、そして秘めた怒りを映し出していた。
「悪趣味だな。人の亡骸をあのように飾るとは」
しかし、エルフにとって人狩りは、戦国時代の鷹狩りのようなものなのだろう。おそらくエルフ達はそれをおかしな事だとは思っていないはずだ。
もし、信長達が鷹狩りで狩った狐や狸に知能があったなら、今の自分たちと同じような感情を抱いたのかもしれないと信長は思った。
「の、信長様。たしかに悪趣味ですが、信長様も久政や長政の髑髏を漆塗りにして皆に披露したではありませんか」
蘭丸がそっと耳打ちをしてきた。
「う、お、おう、そんな事もあったか・・・」
信長は討ち取った浅井久政・長政の頭蓋骨を漆塗りにして、宴会の余興に家臣に披露した事があったのだ。蘭丸はその場には居なかったのだが、信長の武勇伝として聞いてた。
信長達は一部屋一部屋扉を開けていく。かなり大きな館で、部屋数は100以上ありそうだった。
「誰も居ませんね、信長様」
「ああ、しかしさっき戦った連中は、この館を守ろうとしていたようだったし、まだ誰か居るだろう。この屋敷を占領するためには、面倒だが一通り確認していかないとな」
そんな事を言いながら扉を開けて回っていると、鍵のかかっている部屋に行き着いた。一階の奥の方にある部屋で、厨房か物置のような雰囲気のある区域だった。
「誰か居そうだな。ガラシャ、この器にニトログリセリンを出してくれ」
そう言われたガラシャは、信長の出した小さな器にニトログリセリンを作り出す。強く念じて50ccくらいの生成に成功した。
そして、その器をドアの前に置く。
信長達は少し距離をとって、その器に魔力を流して温度を急激に上昇させた。瞬時に215度に達したニトログリセリンは爆発し扉を吹き飛ばす。
この程度の扉なら蹴破って入る事も簡単だったのだろうが、信長はニトログリセリンの威力を試してみたかったのだ。
「ほほう、女のエルフか」
そこは厨房のような部屋で、様々な食器や調理器具が置いてあった。そして、その部屋の奥で、10人くらいのエルフの女が身を寄せ合ってこちらを見ていた。
「おい、力丸。こいつらの着ている服は“メイド服”というやつか?」
二次元オタクの力丸に信長が問いかける。力丸はその右目を“キラッ”と輝かせてエルフ達を見た。
エルフ達の着ている服は、黒のワンピースの上に白色のフリルの付いたエプロンを重ねているものだった。
「信長様。ここの屋敷の主人は、非常に理解力のある御仁に違いありません。ここまで完璧なメイド服を仕立てる事は、素人ではなかなか出来ないでしょう。さぞ名のあるお方かと」
「であるか」
おびえているエルフのメイド達の一人が立ち上がり、包丁を手に持って信長に相対してきた。
気丈に信長をにらんでいるが、その足はガクガクと震えている。
「こ、この狼藉者!それ以上近づいたら、わ、私が許しませんよ!」
おそらくここの責任者なのだろう。身を挺してでも仲間を守ろうとするその精神には気高いものを感じてしまう。
しかし、美しい。
エルフ族というものは、皆、こんなにも美しいものなのかと信長は思った。
「おい、力丸、坊丸。こいつらを縛っておけ。後でこいつらを連れて行くぞ」
「え、あ、はい。しかし、連れて行ってどうされるのですか?」
「ふふふ、はあっはっはっは!愚問だな。決まっているだろう。後宮だよ!大奥だよ!ハーレムだよ!異世界チート転生なら絶対アリだよな!そうだよなぁ!力丸!・・!?」
そんな事を言いながら大笑いしていた信長は、周囲の異変を感じてしまった。周りの空気がおかしい。虫の知らせとかそういう感覚的なものではなくて、物理的におかしくなっている事に気づいた。
空気中にキラキラと光る小さな粒子が浮遊している。
「ガ、ガラシャ・・・な、何をした?」
「あら、信長くん、気づいた?あなたの周りの空気を絶対零度※近くまで冷やしたから、うかつに動かない方がいいわよ。治癒魔法でも凍って粉々に砕けた体を元に戻せるかどうかはわからないから」
信長を見ているガラシャの視線は、冷やされた絶対零度の空気よりも冷たかった。
※正確にはマイナス220度近辺。これ以上低温にすると、酸素と窒素が液化するため。
※絶対零度はマイナス273度
信長はほこりまみれになりながら立ち上がる。
「はい、信長様。それより切り落とされた左腕をなんとかしなければ・・」
「おお、そうだな。ガラシャ、くっつけてくれ」
「糊で貼り付けるわけじゃ無いんだから、そんな簡単に言わないでよね!」
信長の切り落とされた左腕は、ガラシャが両手で抱えながら冷やしている。ガラシャは力丸の出血を止める事が出来、治癒魔法に手応えを感じていた。
「じゃあまず水で洗い流した後にアルコール消毒ね」
そう言って空中から水を凝結させて傷口を洗った。
「ん?アルコール消毒って、そんな物、持ってるのか?」
「持ってないわよ。これから作るの。アルコールの分子ってCH3CH2OHでしょ?材料は空気中にあるから、原子がその形に結合するようにイメージをすると、ほら」
ガラシャはカバンの中から木の器を出して、その中にアルコールを生成する事に成功した。
「すごいな。まるで錬金術だ」
それを見た信長達は、心底感心した。ガラシャがいなければ、こういった化学物質の生成に気づくまでに、相当の時間を要したかもしれない。これは、使える。
「他にも何か作れるか?たとえば、C3H5(ONO2)3とか」
「えっと、ニトログリセリンね。ちょっと待ってね」
ガラシャは新しい器を取り出して、分子のイメージを送る。すると、少量だが透明な液体が器の中に現れた。
「たぶん、出来たんじゃ無いかな?」
そう言ってガラシャは器をみんなに見せる。しかし、これがニトログリセリンなのかどうか見ただけでは誰もわからない。
ガラシャは50センチくらいの大きさの石の上に砂を少し置いて、その液体を少量垂らしてみる。すると、普通の水のように砂にしみこんだ。そして、10センチくらいの石を手に持って叩いてみた。
パンッ!
その液体をしみこませた砂は、石によって叩かれた衝撃で小さな爆発を起こしたのだ。
「これは、間違いなくニトログリセリンだな。でかしたぞ!ガラシャ!」
「ちょっと信長君、それはいいから腕をくっつけようよ」
「おお、そうだったな。じゃあよろしく頼む」
ガラシャは水とアルコールで傷口を消毒し、信長の腕を切られたところに当てる。そして、力丸の出血を止めたように、血小板や細胞分裂をイメージした。さらに、切断された箇所の神経細胞のシナプスが伸びて絡まり合う様子や、腕の骨のカルシウムが成長する様子もイメージする。
10分間ほどガラシャが魔力を注いでいると、なんとなく腕がつながってきたような気がする。まだ完全では無いが、指先も少し動くようになってきた。
「切り落とされた腕も繋がるのか・・・・。我ながら人間離れしたように感じるな」
「治癒魔法の力もあると思いますが、転生時に与えられた強靱な肉体のおかげかもしれませんね。致命傷以外の怪我は、だいたい治ると言う事なのでしょう」
蘭丸が信長の腕の傷をまじまじと見ている。
「どこまで出来るか実験してみたいな。俺たちと一般人で違いがあるのか無いのかも確認したい。今度生きたエルフがいれば捕まえて実験してみるか」
信長は少し動くようになった左手の指を見ながら悪人顔になっている。
「信長君!そんな人体実験みたいな事、絶対に許さないからね!」
「チッ」
「あ、今舌打ちしたでしょ!」
「冗談だよ、冗談。しかし、分子の組み替えが出来ると言う事なら、材料さえあればほとんどの化学物質を作れると言う事か」
信長は戦国時代に戻ったときのために、化学肥料の作り方や高性能な爆薬の作り方を覚えていた。当然その分子式も頭の中に入っている。
もっとも、大規模農業や大戦争に使えるほどの量を作れるかどうかは別問題だ。魔法を使いすぎると異様な疲れ方をするので、やはり大量生産する際は科学的な工程が必要となってくるだろう。しかし、現時点で様々な化学物質が少量でも作れると言う事は、非常にありがたい事だった。
「この屋敷を占領したら、覚えている化学式を全て書き出しておこう。これだけの屋敷なら、紙やペンくらいあるだろう」
「え?占領するの?」
----
信長達はボードレー伯爵邸に遠慮無く入っていく。入り口前の広場にはエルフの死体が倒れているが、ガラシャもだんだんとこの世界になれてきたのかあまり気にならなくなったようだ。
「これがその剥製か・・・」
玄関を入ったところの大広間には、様々な“動物”の剥製が飾ってあった。そして正面の壁の中央に15歳くらいの人族少女の剥製が誇らしげに飾ってあったのだ。
何の先入観も無しにそれを見たならば、とても美しく神々しささえ感じる事が出来ただろう。しかし、そこにあるのは少女の亡骸なのだ。おそらく“狩り”によって殺され剥製にされたのだろう。
「信じられない・・・」
ガラシャが両手で口を押さえてわなわなと震えている。その表情は驚きと悲しみと、そして秘めた怒りを映し出していた。
「悪趣味だな。人の亡骸をあのように飾るとは」
しかし、エルフにとって人狩りは、戦国時代の鷹狩りのようなものなのだろう。おそらくエルフ達はそれをおかしな事だとは思っていないはずだ。
もし、信長達が鷹狩りで狩った狐や狸に知能があったなら、今の自分たちと同じような感情を抱いたのかもしれないと信長は思った。
「の、信長様。たしかに悪趣味ですが、信長様も久政や長政の髑髏を漆塗りにして皆に披露したではありませんか」
蘭丸がそっと耳打ちをしてきた。
「う、お、おう、そんな事もあったか・・・」
信長は討ち取った浅井久政・長政の頭蓋骨を漆塗りにして、宴会の余興に家臣に披露した事があったのだ。蘭丸はその場には居なかったのだが、信長の武勇伝として聞いてた。
信長達は一部屋一部屋扉を開けていく。かなり大きな館で、部屋数は100以上ありそうだった。
「誰も居ませんね、信長様」
「ああ、しかしさっき戦った連中は、この館を守ろうとしていたようだったし、まだ誰か居るだろう。この屋敷を占領するためには、面倒だが一通り確認していかないとな」
そんな事を言いながら扉を開けて回っていると、鍵のかかっている部屋に行き着いた。一階の奥の方にある部屋で、厨房か物置のような雰囲気のある区域だった。
「誰か居そうだな。ガラシャ、この器にニトログリセリンを出してくれ」
そう言われたガラシャは、信長の出した小さな器にニトログリセリンを作り出す。強く念じて50ccくらいの生成に成功した。
そして、その器をドアの前に置く。
信長達は少し距離をとって、その器に魔力を流して温度を急激に上昇させた。瞬時に215度に達したニトログリセリンは爆発し扉を吹き飛ばす。
この程度の扉なら蹴破って入る事も簡単だったのだろうが、信長はニトログリセリンの威力を試してみたかったのだ。
「ほほう、女のエルフか」
そこは厨房のような部屋で、様々な食器や調理器具が置いてあった。そして、その部屋の奥で、10人くらいのエルフの女が身を寄せ合ってこちらを見ていた。
「おい、力丸。こいつらの着ている服は“メイド服”というやつか?」
二次元オタクの力丸に信長が問いかける。力丸はその右目を“キラッ”と輝かせてエルフ達を見た。
エルフ達の着ている服は、黒のワンピースの上に白色のフリルの付いたエプロンを重ねているものだった。
「信長様。ここの屋敷の主人は、非常に理解力のある御仁に違いありません。ここまで完璧なメイド服を仕立てる事は、素人ではなかなか出来ないでしょう。さぞ名のあるお方かと」
「であるか」
おびえているエルフのメイド達の一人が立ち上がり、包丁を手に持って信長に相対してきた。
気丈に信長をにらんでいるが、その足はガクガクと震えている。
「こ、この狼藉者!それ以上近づいたら、わ、私が許しませんよ!」
おそらくここの責任者なのだろう。身を挺してでも仲間を守ろうとするその精神には気高いものを感じてしまう。
しかし、美しい。
エルフ族というものは、皆、こんなにも美しいものなのかと信長は思った。
「おい、力丸、坊丸。こいつらを縛っておけ。後でこいつらを連れて行くぞ」
「え、あ、はい。しかし、連れて行ってどうされるのですか?」
「ふふふ、はあっはっはっは!愚問だな。決まっているだろう。後宮だよ!大奥だよ!ハーレムだよ!異世界チート転生なら絶対アリだよな!そうだよなぁ!力丸!・・!?」
そんな事を言いながら大笑いしていた信長は、周囲の異変を感じてしまった。周りの空気がおかしい。虫の知らせとかそういう感覚的なものではなくて、物理的におかしくなっている事に気づいた。
空気中にキラキラと光る小さな粒子が浮遊している。
「ガ、ガラシャ・・・な、何をした?」
「あら、信長くん、気づいた?あなたの周りの空気を絶対零度※近くまで冷やしたから、うかつに動かない方がいいわよ。治癒魔法でも凍って粉々に砕けた体を元に戻せるかどうかはわからないから」
信長を見ているガラシャの視線は、冷やされた絶対零度の空気よりも冷たかった。
※正確にはマイナス220度近辺。これ以上低温にすると、酸素と窒素が液化するため。
※絶対零度はマイナス273度
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