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Ⅳ ―魔剣『回』―
4-11 突入、そして――
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「……たしかに、地図にはない教会だな」
ハイアット軍事都市西部司令部棟の脇の細い小道を抜けた先、周囲を建造物に囲まれた空間に、その小さな教会はあった。
一目見て、違和感はない。だが、良く周囲を見て、そして考えれば、その教会が隠されたものである事、なぜ教会を隠す必要があるのかという疑問に気が付くかもしれない。
「シモン、一応私の後ろに隠れてて。あれを防ぐ手段があるなら別だけど」
教会への開けた道を進もうとしたその時、クロナが俺の前へと一歩を踏み出した。
「……いや、俺じゃ多分無理だ」
俺は、すでにクロナの前で魔剣『不可断』の力を使っている。その力の全てを説明したわけではないが、俺の剣がクーリアの、人造魔剣『回』の力を防げるようなものではないというクロナの予想は当たっていた。
「お前はあれを防げるのか?」
「いや、私も無理。ただ、要はあの力って動かすだけでしょ? だから、自分が動かされる事は防げなくても、周りのものを吹き飛ばして衝突を避ければなんとかなるかも……って言うか、一度目はそれで助かったからね」
クーリアとクロナ、一度目の遭遇についての一端をクロナが語る。
「クロナ、伝えておく事がある」
そう、ここに至って俺達の間の情報交換はまだ十分には程遠かった。
「クーリアの剣は、俺の知る限りでは魔剣『回』、自分を中心として周囲を回す力だ。ただし、人造魔剣『回』の場合、回転の中心を自分以外の位置に移す事ができる可能性が高い」
「なるほどね。回す、か。予想はしてたけど、やっぱりそういう事だったんだ」
俺の言葉にも、クロナの反応は淡白。クーリアと一度対峙し、そして円形の破壊跡を見ていたクロナにとって、その力の性質は十分に予想できるものだったのだろう。
「それと、俺の魔剣『不可断』の力は、触れたものを消し去る流体の生成と操作。生成できる流体の量は剣の刀身程度、細く薄くして最大まで伸ばしても剣二本分程度が限界だ。ちなみに、流体は剣じゃなく鞘から出る」
「……へぇ」
今度は、クロナの目に関心の色が浮かんだ。
「それは、シモンが私の事を信じてくれたって事でいいのかな?」
もっとも、それは剣の力自体よりも俺が告げたという事実自体に対するものだったが。
「そういうわけじゃない。ただ、教えておいた方がいいと思っただけだ」
すでに、いや、おそらくは最初から、クロナは俺が奥の手を隠し持っている事に気付いていた。ならば、目の前の問題が片付いた後、クロナが俺の敵に回る可能性を考えて剣の力を隠しておくよりも、情報を共有し共闘を効率的に進める方が利点は大きい。
「またまたぁ、照れなくってもいいのにぃ」
「お前は本当に、こんな時まで鬱陶しいな」
「まぁ、そう言わないでよ。こうしてられるのは、これが最後なんだから」
たしかに、教会はすでに目の前、クーリアがその中のどこにいるにしても、悠長に言葉を交わしていられるのは扉を開けるまでだ。情報交換も軽口も、言いたい事は今の内に言っておくべきだろう。
「ナナロが生きてたら、どうする?」
だとすれば、俺が口にすべきはその問いだ。
俺の目的はクーリアの無力化、そして奪還だ。だが、クロナの目的がそれと一致しているとは限らない。表面上は俺に同調している素振りこそ見せているが、心を読む事はできない以上、実際のところはわからない。
特に、気に掛かるのはクロナの兄、ナナロについてだ。例えばナナロを人質に取られるような状況になった時、クロナはそれでも俺の望む通りの行動を取ってくれるのか。
「邪魔するなら処理するし、使えそうなら使う。それ以外なら……まぁ、放置かな」
冷淡にすら感じさせない、ただ世間話をするような口調でクロナはそう語った。
「一応言っておくけど、強がりとか照れとかじゃないよ」
俺の視線の意味をどう解釈したのか、クロナは笑って続ける。
「ナナロとの関係は、何ていうか、打算なんだよね。だから、もし兄貴がそこにいたとしても、多分シモンと同じくらいには冷静に判断できると思う」
その言葉は、おそらく本当なのだろうと思う。だが、今は『おそらく』では駄目だ。
「それなら、どうしてお前はここに来た?」
今のこの状況は、俺の知らなかったナナロの動き、リロス国防軍への根回しと増援の要請により生まれたものだ。一度はハイアット軍事都市を掌握しかけ、クーリアの元に辿り着いたものの、結局はクーリアの力に屈したナナロの顛末は、しかし俺にとっては僥倖だったと言えるのかもしれない。
全てがナナロの計画通りに進んでいた場合、今クーリアの身柄を握っているのはナナロだったはずだ。表向きの目的通り、人造魔剣であるクーリアを破壊するか、あるいはそれは建前でクーリアを自らの支配下におくか。あり得る展開は大まかにその二つだろうが、そのどちらに転んでいたとしても俺にとって望ましい結果とは言い難い。特に、前者は最悪だ。
だから、俺にとって今の状況は、幸運にも残されたチャンスなのだ。
だが、何度も幸運に縋るわけにはいかない。今度こそ出し抜かれる事などあってはならない。そして今の俺を出し抜く者がいるとすれば、それは他でもない傍らに立つクロナだ。
クロナの考えを全て把握するのは不可能だとしても、せめてその目的くらいは聞き出しておきたい。たとえ、彼女の口にする事が嘘だったとしても。
「どうして、かぁ。あらためてそう言われると、ちょっと難しいね」
はぐらかすようでもなく、クロナは眉間に指を添えて考える素振りを見せた。
「……多分、君の事が好きだからじゃないかな?」
そして、やがて口にした答えは、およそ真剣とは思えないものだった。
「答える気はないって事か」
「なんでそう、君はひねくれてるかな。別に私は誤魔化してるとかじゃなくて、正直に本音を言っただけなのに」
「俺のどこにお前に好かれる理由があるって言うんだ」
「えー、シモンって自分でそういうの聞いちゃうタイプ?」
「必要ならいくらでも聞いてやる」
普段なら付き合う事のないだろうクロナの軽口だが、この場でのそれは俺を煙に巻くためのものだろう。流れで話を誤魔化されるわけにはいかない以上、下らないとは思っても愚直に問い詰めていく必要がある。
「……まぁ、ちょうどいいかな。私がシモンを好きになったのは、負けてからだよ」
少しだけ口籠る様子を見せながら、しかしクロナは俺の問いにそう答えを返した。
「元々、顔とかは好みな方だったんだけど、剣術場で負けてから、一気に君の事が好きになった。多分、それまであんまり負けた事が無かったからじゃないかな」
クロナが語るのは、彼女の中の感情の変化だった。そして、それを聞いたところで、俺にはその真偽を確かめる手段がない事に気付いた。
余計な事を聞いてしまった。クロナが俺に好意を抱いた理由など、聞かされたところでどうする事もできない。本当の目的を語らせるための追求にまともに答えを返されてしまっては、俺の中に余計な雑念が生まれるだけだった。
「どう? 納得してもらえた?」
「……いや。そもそも、それは理由にならない。俺が知りたいのは、一度はハイアットから逃げようとしたお前が、今クーリアの元に向かおうとする理由だ」
小首を傾げたクロナの言葉を撥ね付け、率直に核心を問う。最初から、駆け引きなど考えずにこうしておくべきだった。
「それは――答えたくない、って言ったら?」
「無理矢理吐かせるつもりはない。やろうとしても多分無理だしな。ただ、俺がお前を警戒し続ける事になるだけだ」
下手な駆け引きで話を聞き出そうとしたのは、単純に問いを口にし答えを拒まれれば、それ以上打てる手がないからだ。力づくで聞き出そうにも俺よりもクロナの方が強く、仮に組み伏せる事が出来たとしても時間と体力の消耗が大きすぎる。クロナが答えたくないと言ったところで、俺にはそれを受け入れる事しかできない。
「――元々、私がここに来たのは、人造魔剣ってのが見てみたかったから。出来れば戦ってみたり、自分のものにしたりとかも考えてたけど、前者はもう達成したし、後者は色々と面倒そうだから諦めた。その時点で、私がハイアットに残る目的はなくなって、リースの依頼も達成できなさそうだから逃げる事にした」
だが、クロナは自ら言葉を紡ぎ始めていた。
「その後もハイアットに残ったのは君を探すためで……ただ、その途中で人造魔剣の剣使について知っちゃったんだよね」
「人造魔剣の剣使?」
アンデラから人造魔剣について直接聞かされた俺とは違い、クロナはおそらく人造魔剣の全容を、人造魔剣が人と剣の融合体である事を知らない。人造魔剣の剣使などという言い方をしているのがそれを裏付けていた。
だとすれば、クロナは何を知ったというのか。
「人造魔剣の剣使は、私の見た限り、クーリアを除いて全員が幼い子供だった。多分、それが理由なのかな」
人造魔剣の構成要素として俺が直接目にしたのは、クーリアを除けば二人で一対少年と少女だけだが、アンデラの語ったように幼い子供が人造魔剣の構成要素に適しているとすれば、他の構成要素もまた子供である可能性が高い。四つの人造魔剣から同時に狙われていたクロナは、実際にその姿を目にしてしまったという事なのだろう。
「子供を救いたい、って事か?」
「そうそう、そう言うと偽善者っぽいから嫌だったんだよね。君も信じないだろうし」
だが、たしかにそれはクロナが口にする理由としては善意が過ぎた。俺もクロナの全てを知っているわけではないが、正義のために命を賭けるような人種には見えない。
「ただ、私は子供が可哀想だから助けたいってわけじゃないんだよ。あえて言うなら感情移入し過ぎちゃって気分が悪いから、って感じかな」
きっと、それはクロナの抱える彼女だけの事情なのだろう。俺には半分もその意味を理解できている自信はなかったが、その言葉は真実であるように感じられた。
「……わかった、信じよう」
クロナの事情にも興味はあるが、それを暴き立てるには今は時間が足りない。クーリアが移動してしまえば、ハイアット軍事都市内ですらその後の消息を追う事は難しくなる。
だから、今はクロナの言葉を信じる。頭に置いておくべき事はクロナは人造魔剣計画を止めるために動いているという事、そしてそのためにクロナがクーリアを切り捨てる事ができる可能性だ。
「それより、君の方は? クーリアをどうするか、もう決まった?」
俺から聞くべき事は終わり、教会への突入の合図を口にしようとしたその時、反対にクロナから俺への問いが投げかけられた。
「ああ、決まった」
クロナが俺の問いに答えた以上、こちらがはぐらかすべきではないだろう。
「そっか。うん、それなら良かった」
だが、俺の肯定だけを聞くと、その内容を聞く前にクロナは満足そうに笑った。
「じゃあ、そろそろ行こっか」
そしてごく自然に教会突入の合図を口にするクロナに、俺も拍子抜けした気分を立て直し警戒の態勢を取る。クロナが答えを最後まで聞かなかった理由はわからないが、時間を使ってまで自分から切り出す話ではない。
俺の様子を横目で確認すると、クロナは普段よりもわずかに引き締まった表情で剣を握り直し、もう片方の手で静かに扉を押した。
「――っ」
最初に目についたのは、紅。
身体が反射的に警戒を取るも、その実、目の前の光景はすでに終わっていた。
「三人が急所を一突き、残りは両断に破裂、それと圧死かな」
「ナナロか?」
「だろうね。他にも何人か連れてたみたいだけど」
的確に心臓部を貫かれた三つの死体は、ナナロの奇剣『ラ・トナ』、離れた空間に刃を繋げる力による刺突を受けたものだろう。他に見られる『ラ・トナ』の力によるものとは考えにくい死体は、ナナロが率いていた剣使の力だと考えるのが自然か。
「ただ、これはあくまで見張りで、本体は別だろうね」
もっとも、この場にはナナロ自身の姿も、クーリアの姿もない。ここでの交戦はあくまで前哨戦のようなものであったのだろう。
「なら、進もう」
すでに終わった交戦について、深く考察している状況ではない。死体を踏み越え、教会の更に奥へと進む。
「クーリアはどこにいると思う?」
とは言え、教会の造りは簡素、入った時点で全体が把握できる程度だ。この時点でクーリアの姿が見えないという事は、普通に探したところでそれ以上何かが見つかる事はない。
「地下」
クロナの答えは、俺の予想と一致していた。そして間髪入れず、祭壇上に位置する白磁の像がゆっくりと浮き上がる。像とその下の床が除けられた位置には、地下へと続く階段が覗いていた。
「当たり。じゃあ、行こっか」
神剣『Ⅵ』で隠し階段の位置を暴いたクロナは、そのまま流れるように地下への一歩を踏み出す。俺もその後ろに遅れないよう、静かについていく。
そして、世界が反転した。
すでに一度、味わった事のある感覚。自分ではなく周囲が、世界が動くような、抗いようのない力。その終わりは、唐突に、そして静かに訪れた。
「これは――」
一見して、どの程度の距離を移動したのかもわからないくらいの一面の更地。ただし、視界の端、唯一原型を留めた教会の残骸の位置を見るに、意外と言うべきかそれほど遠くに飛ばされたわけではないらしい。
「やぁ、また会ったね」
そして、それよりも大きな違いは、傍らに立つ存在がクロナではなく、俺が片腕を切り落とした国防軍最高司令官直属の特務兵、アンデラ・セニアへと変わっていた事だった。
ハイアット軍事都市西部司令部棟の脇の細い小道を抜けた先、周囲を建造物に囲まれた空間に、その小さな教会はあった。
一目見て、違和感はない。だが、良く周囲を見て、そして考えれば、その教会が隠されたものである事、なぜ教会を隠す必要があるのかという疑問に気が付くかもしれない。
「シモン、一応私の後ろに隠れてて。あれを防ぐ手段があるなら別だけど」
教会への開けた道を進もうとしたその時、クロナが俺の前へと一歩を踏み出した。
「……いや、俺じゃ多分無理だ」
俺は、すでにクロナの前で魔剣『不可断』の力を使っている。その力の全てを説明したわけではないが、俺の剣がクーリアの、人造魔剣『回』の力を防げるようなものではないというクロナの予想は当たっていた。
「お前はあれを防げるのか?」
「いや、私も無理。ただ、要はあの力って動かすだけでしょ? だから、自分が動かされる事は防げなくても、周りのものを吹き飛ばして衝突を避ければなんとかなるかも……って言うか、一度目はそれで助かったからね」
クーリアとクロナ、一度目の遭遇についての一端をクロナが語る。
「クロナ、伝えておく事がある」
そう、ここに至って俺達の間の情報交換はまだ十分には程遠かった。
「クーリアの剣は、俺の知る限りでは魔剣『回』、自分を中心として周囲を回す力だ。ただし、人造魔剣『回』の場合、回転の中心を自分以外の位置に移す事ができる可能性が高い」
「なるほどね。回す、か。予想はしてたけど、やっぱりそういう事だったんだ」
俺の言葉にも、クロナの反応は淡白。クーリアと一度対峙し、そして円形の破壊跡を見ていたクロナにとって、その力の性質は十分に予想できるものだったのだろう。
「それと、俺の魔剣『不可断』の力は、触れたものを消し去る流体の生成と操作。生成できる流体の量は剣の刀身程度、細く薄くして最大まで伸ばしても剣二本分程度が限界だ。ちなみに、流体は剣じゃなく鞘から出る」
「……へぇ」
今度は、クロナの目に関心の色が浮かんだ。
「それは、シモンが私の事を信じてくれたって事でいいのかな?」
もっとも、それは剣の力自体よりも俺が告げたという事実自体に対するものだったが。
「そういうわけじゃない。ただ、教えておいた方がいいと思っただけだ」
すでに、いや、おそらくは最初から、クロナは俺が奥の手を隠し持っている事に気付いていた。ならば、目の前の問題が片付いた後、クロナが俺の敵に回る可能性を考えて剣の力を隠しておくよりも、情報を共有し共闘を効率的に進める方が利点は大きい。
「またまたぁ、照れなくってもいいのにぃ」
「お前は本当に、こんな時まで鬱陶しいな」
「まぁ、そう言わないでよ。こうしてられるのは、これが最後なんだから」
たしかに、教会はすでに目の前、クーリアがその中のどこにいるにしても、悠長に言葉を交わしていられるのは扉を開けるまでだ。情報交換も軽口も、言いたい事は今の内に言っておくべきだろう。
「ナナロが生きてたら、どうする?」
だとすれば、俺が口にすべきはその問いだ。
俺の目的はクーリアの無力化、そして奪還だ。だが、クロナの目的がそれと一致しているとは限らない。表面上は俺に同調している素振りこそ見せているが、心を読む事はできない以上、実際のところはわからない。
特に、気に掛かるのはクロナの兄、ナナロについてだ。例えばナナロを人質に取られるような状況になった時、クロナはそれでも俺の望む通りの行動を取ってくれるのか。
「邪魔するなら処理するし、使えそうなら使う。それ以外なら……まぁ、放置かな」
冷淡にすら感じさせない、ただ世間話をするような口調でクロナはそう語った。
「一応言っておくけど、強がりとか照れとかじゃないよ」
俺の視線の意味をどう解釈したのか、クロナは笑って続ける。
「ナナロとの関係は、何ていうか、打算なんだよね。だから、もし兄貴がそこにいたとしても、多分シモンと同じくらいには冷静に判断できると思う」
その言葉は、おそらく本当なのだろうと思う。だが、今は『おそらく』では駄目だ。
「それなら、どうしてお前はここに来た?」
今のこの状況は、俺の知らなかったナナロの動き、リロス国防軍への根回しと増援の要請により生まれたものだ。一度はハイアット軍事都市を掌握しかけ、クーリアの元に辿り着いたものの、結局はクーリアの力に屈したナナロの顛末は、しかし俺にとっては僥倖だったと言えるのかもしれない。
全てがナナロの計画通りに進んでいた場合、今クーリアの身柄を握っているのはナナロだったはずだ。表向きの目的通り、人造魔剣であるクーリアを破壊するか、あるいはそれは建前でクーリアを自らの支配下におくか。あり得る展開は大まかにその二つだろうが、そのどちらに転んでいたとしても俺にとって望ましい結果とは言い難い。特に、前者は最悪だ。
だから、俺にとって今の状況は、幸運にも残されたチャンスなのだ。
だが、何度も幸運に縋るわけにはいかない。今度こそ出し抜かれる事などあってはならない。そして今の俺を出し抜く者がいるとすれば、それは他でもない傍らに立つクロナだ。
クロナの考えを全て把握するのは不可能だとしても、せめてその目的くらいは聞き出しておきたい。たとえ、彼女の口にする事が嘘だったとしても。
「どうして、かぁ。あらためてそう言われると、ちょっと難しいね」
はぐらかすようでもなく、クロナは眉間に指を添えて考える素振りを見せた。
「……多分、君の事が好きだからじゃないかな?」
そして、やがて口にした答えは、およそ真剣とは思えないものだった。
「答える気はないって事か」
「なんでそう、君はひねくれてるかな。別に私は誤魔化してるとかじゃなくて、正直に本音を言っただけなのに」
「俺のどこにお前に好かれる理由があるって言うんだ」
「えー、シモンって自分でそういうの聞いちゃうタイプ?」
「必要ならいくらでも聞いてやる」
普段なら付き合う事のないだろうクロナの軽口だが、この場でのそれは俺を煙に巻くためのものだろう。流れで話を誤魔化されるわけにはいかない以上、下らないとは思っても愚直に問い詰めていく必要がある。
「……まぁ、ちょうどいいかな。私がシモンを好きになったのは、負けてからだよ」
少しだけ口籠る様子を見せながら、しかしクロナは俺の問いにそう答えを返した。
「元々、顔とかは好みな方だったんだけど、剣術場で負けてから、一気に君の事が好きになった。多分、それまであんまり負けた事が無かったからじゃないかな」
クロナが語るのは、彼女の中の感情の変化だった。そして、それを聞いたところで、俺にはその真偽を確かめる手段がない事に気付いた。
余計な事を聞いてしまった。クロナが俺に好意を抱いた理由など、聞かされたところでどうする事もできない。本当の目的を語らせるための追求にまともに答えを返されてしまっては、俺の中に余計な雑念が生まれるだけだった。
「どう? 納得してもらえた?」
「……いや。そもそも、それは理由にならない。俺が知りたいのは、一度はハイアットから逃げようとしたお前が、今クーリアの元に向かおうとする理由だ」
小首を傾げたクロナの言葉を撥ね付け、率直に核心を問う。最初から、駆け引きなど考えずにこうしておくべきだった。
「それは――答えたくない、って言ったら?」
「無理矢理吐かせるつもりはない。やろうとしても多分無理だしな。ただ、俺がお前を警戒し続ける事になるだけだ」
下手な駆け引きで話を聞き出そうとしたのは、単純に問いを口にし答えを拒まれれば、それ以上打てる手がないからだ。力づくで聞き出そうにも俺よりもクロナの方が強く、仮に組み伏せる事が出来たとしても時間と体力の消耗が大きすぎる。クロナが答えたくないと言ったところで、俺にはそれを受け入れる事しかできない。
「――元々、私がここに来たのは、人造魔剣ってのが見てみたかったから。出来れば戦ってみたり、自分のものにしたりとかも考えてたけど、前者はもう達成したし、後者は色々と面倒そうだから諦めた。その時点で、私がハイアットに残る目的はなくなって、リースの依頼も達成できなさそうだから逃げる事にした」
だが、クロナは自ら言葉を紡ぎ始めていた。
「その後もハイアットに残ったのは君を探すためで……ただ、その途中で人造魔剣の剣使について知っちゃったんだよね」
「人造魔剣の剣使?」
アンデラから人造魔剣について直接聞かされた俺とは違い、クロナはおそらく人造魔剣の全容を、人造魔剣が人と剣の融合体である事を知らない。人造魔剣の剣使などという言い方をしているのがそれを裏付けていた。
だとすれば、クロナは何を知ったというのか。
「人造魔剣の剣使は、私の見た限り、クーリアを除いて全員が幼い子供だった。多分、それが理由なのかな」
人造魔剣の構成要素として俺が直接目にしたのは、クーリアを除けば二人で一対少年と少女だけだが、アンデラの語ったように幼い子供が人造魔剣の構成要素に適しているとすれば、他の構成要素もまた子供である可能性が高い。四つの人造魔剣から同時に狙われていたクロナは、実際にその姿を目にしてしまったという事なのだろう。
「子供を救いたい、って事か?」
「そうそう、そう言うと偽善者っぽいから嫌だったんだよね。君も信じないだろうし」
だが、たしかにそれはクロナが口にする理由としては善意が過ぎた。俺もクロナの全てを知っているわけではないが、正義のために命を賭けるような人種には見えない。
「ただ、私は子供が可哀想だから助けたいってわけじゃないんだよ。あえて言うなら感情移入し過ぎちゃって気分が悪いから、って感じかな」
きっと、それはクロナの抱える彼女だけの事情なのだろう。俺には半分もその意味を理解できている自信はなかったが、その言葉は真実であるように感じられた。
「……わかった、信じよう」
クロナの事情にも興味はあるが、それを暴き立てるには今は時間が足りない。クーリアが移動してしまえば、ハイアット軍事都市内ですらその後の消息を追う事は難しくなる。
だから、今はクロナの言葉を信じる。頭に置いておくべき事はクロナは人造魔剣計画を止めるために動いているという事、そしてそのためにクロナがクーリアを切り捨てる事ができる可能性だ。
「それより、君の方は? クーリアをどうするか、もう決まった?」
俺から聞くべき事は終わり、教会への突入の合図を口にしようとしたその時、反対にクロナから俺への問いが投げかけられた。
「ああ、決まった」
クロナが俺の問いに答えた以上、こちらがはぐらかすべきではないだろう。
「そっか。うん、それなら良かった」
だが、俺の肯定だけを聞くと、その内容を聞く前にクロナは満足そうに笑った。
「じゃあ、そろそろ行こっか」
そしてごく自然に教会突入の合図を口にするクロナに、俺も拍子抜けした気分を立て直し警戒の態勢を取る。クロナが答えを最後まで聞かなかった理由はわからないが、時間を使ってまで自分から切り出す話ではない。
俺の様子を横目で確認すると、クロナは普段よりもわずかに引き締まった表情で剣を握り直し、もう片方の手で静かに扉を押した。
「――っ」
最初に目についたのは、紅。
身体が反射的に警戒を取るも、その実、目の前の光景はすでに終わっていた。
「三人が急所を一突き、残りは両断に破裂、それと圧死かな」
「ナナロか?」
「だろうね。他にも何人か連れてたみたいだけど」
的確に心臓部を貫かれた三つの死体は、ナナロの奇剣『ラ・トナ』、離れた空間に刃を繋げる力による刺突を受けたものだろう。他に見られる『ラ・トナ』の力によるものとは考えにくい死体は、ナナロが率いていた剣使の力だと考えるのが自然か。
「ただ、これはあくまで見張りで、本体は別だろうね」
もっとも、この場にはナナロ自身の姿も、クーリアの姿もない。ここでの交戦はあくまで前哨戦のようなものであったのだろう。
「なら、進もう」
すでに終わった交戦について、深く考察している状況ではない。死体を踏み越え、教会の更に奥へと進む。
「クーリアはどこにいると思う?」
とは言え、教会の造りは簡素、入った時点で全体が把握できる程度だ。この時点でクーリアの姿が見えないという事は、普通に探したところでそれ以上何かが見つかる事はない。
「地下」
クロナの答えは、俺の予想と一致していた。そして間髪入れず、祭壇上に位置する白磁の像がゆっくりと浮き上がる。像とその下の床が除けられた位置には、地下へと続く階段が覗いていた。
「当たり。じゃあ、行こっか」
神剣『Ⅵ』で隠し階段の位置を暴いたクロナは、そのまま流れるように地下への一歩を踏み出す。俺もその後ろに遅れないよう、静かについていく。
そして、世界が反転した。
すでに一度、味わった事のある感覚。自分ではなく周囲が、世界が動くような、抗いようのない力。その終わりは、唐突に、そして静かに訪れた。
「これは――」
一見して、どの程度の距離を移動したのかもわからないくらいの一面の更地。ただし、視界の端、唯一原型を留めた教会の残骸の位置を見るに、意外と言うべきかそれほど遠くに飛ばされたわけではないらしい。
「やぁ、また会ったね」
そして、それよりも大きな違いは、傍らに立つ存在がクロナではなく、俺が片腕を切り落とした国防軍最高司令官直属の特務兵、アンデラ・セニアへと変わっていた事だった。
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レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
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