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Ⅳ ―魔剣『回』―
4-8 人造魔剣の戦い
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「……なるほど、クロナさんを助けに」
女剣使による短い事情説明を聞き、リースは俺へと視線を向けた。
「わかりました、彼は私が預かります。キャデラ二尉とその部隊は先に本隊に戻っていただいて構いません」
「いいの? その子、かなり扱いにくいと思うけど」
「問題ありません。それに、彼とは互いに話すべき事もありますから」
「ふーん。まぁ、あなたがそう言うならいいか。じゃあ、戻るよ」
リースの言葉に従うように、女剣使は部下の三人に号令をかけ歩き出す。
どうやら軍での階級はリースよりも女剣使、キャデラの方が上のようだが、リースの判断に異を唱えるつもりはないらしい。
「……いくつか、聞きたい事があります」
四人が立ち去り、残ったのは俺とリースの二人。リロス国防軍上等兵リース・コルテットに対して、俺には投げかけるべき問いがあった。
「ああ。だが、話は動きながらにしよう」
「それはできません。俺は――」
「私も同じだ。私はこれから、クロナさんの元に向かう」
「なるほど……そうか。それなら構いません」
俺を制止するかと思われたリースの予想外の言葉に戸惑うも、考えてみればそもそもリースが単騎でここにいる事自体が不自然だった。彼女もまた、クロナの元に向かうべく動いていたという事だろう。
「まず、最初に説明しておくと、この事態は私が引き起こしたものではない」
先導するように歩を進めたリースが、会話でも先手を口にする。
「……なら、誰が? そもそも、どんな経緯で国防軍は増援を送り込んで来たんです?」
「事の全貌は私にもわからない。ただ、形式上は私のハイアット軍事都市内の調査報告と要請の結果、国防軍本部が部隊を派遣したという事になっているらしい」
だとすれば、リースはただの神輿に過ぎないという事になる。実際に部隊を動かしたのは国防軍本部の人間か、それとも――
「これは私の予想だが、ナナロ氏か……あるいは君が糸を引いていたと思っている」
「そう、でしょうね」
リースがハイアットへの侵入、そして人造魔剣破壊の計画を伝えた相手は少ない。計画の実行部隊であるナナロ、そして俺に疑いの目を向けるのは当然だ。特に俺に関しては、ナナロとクロナが強引に作戦に参加させた、リースにとっては謎の多い不確定要素。予想外の事態となればまず第一に疑うべき相手だろう。
「信じてもらえないでしょうけど、俺は何も知りません」
もっとも、真実は俺自身が一番良く知っている。俺はただ事態に振り回されているだけの剣士で、軍を動かすような策など弄した覚えはない。
「いや、信じよう。そもそも、この事態は私にとっても渡りに船だ。ここで躍起になって真相を暴き立てるつもりはない」
リースは、あえてそれ以上の追求をしては来なかった。理由はどうあれ、無意味な問答を繰り返さずに済むならそれに越した事はない。
「ナナロはどこに?」
再び、俺から問いを口にする。
「わからない。最初に二手に別れて以降、まだ一度も合流するどころかクロナさん以外からは名前を聞いてすらいない」
だとすれば、ナナロは今も単独で動いているか、それともクロナの言う通りすでに斃れており、軍の援護はあらかじめ仕組んでおいた策に過ぎないのだろうか。
「クロナへの対応は? クロナは、誰かの指示で動いてるんですか?」
「それも、わからない。ただ、国防軍としての対応は静観、少なくともすぐにクロナさんの援護に回るつもりはないとの事で……だから、私は単独で向かう事にした」
国防軍の立場としては、クロナが戦力として使える内に人造魔剣を抑え込むべきにも思えるが、戦況分析を優先しているのか、他に理由があるのか、とにかく国防軍が動かない事に変わりはないらしい。
「それに――」
流れで口にしかけた質問を、寸前で呑み込む。
リースは、人造魔剣の研究がローアン中枢連邦の陰謀に対するための手段だと知っているのか。それを止める事が、リロス共和国の崩壊に繋がりかねない事を知っているのか。
その問いを呑み込んだのは、アンデラの口にした事情に確信がないからではなかった。
仮にそれが事実で、人造魔剣の研究を止める事がリロス共和国を滅ぼすとしても、黙っている事がリースを騙す事になったとしても、俺にとってはクーリアの方が大切だ。ハイアット軍事都市を掻き乱してくれる部隊の足を止める可能性のある事は口に出来ない。
「……まだ、戦闘は続いてるみたいですね」
話題を切り替え、前へと進み続けていく中で、前方の様子はどうしても目と耳から入ってきていた。目の前には天まで伸びた黒の檻、そしてその向こうからは今も爆音と破砕音が鳴り響き続けている。クロナは宙から落ちて以降は地上で戦っているのか、その姿は瓦礫などに阻まれ見えないが、何よりも音が戦闘の継続を告げていた。
「ああ。だが、私達が行かずとも、クロナさんの方が優位に立っているのかもしれない」
そして響いた一際大きな音は、巨人の倒壊によるものだった。人造魔剣の力であろう事以外は不明ではあるが、クロナにとっての敵であるそれが崩れ落ちていった事実は、彼女の善戦を意味している可能性が高い。俺やリースが救援に向かうまでもなく、クロナならば単騎で人造魔剣を捻じ伏せてしまえるのかもしれない。
「だとしても、今更引き返すわけにもいかないですけどね」
「そうだな。だが……それ以前に問題は先に進めるかどうかだ」
リースの懸念は、目の前に広がる巨大な檻だろう。遠目には黒く網目状にしか見えなかったそれは、黒い荊棘が幾重にも絡み合いながら天へと伸びていた。
「これも人造魔剣の力だろう。おそらく、クロナさんを逃さないための包囲か」
「それに、外からの援護を防ぐためでしょうね」
「そうだな。これを抜けるのは……私の『メギナの訪れ』では難しいか」
植物だとは言え、人間大の太さの蔦で構成されたそれは、容易に破れるものではない。加えて、魔剣の生み出した植物が通常のそれと同じであるとも限らない。異常な強度や超常の性質を兼ね備えていれば、なお檻としては厄介だろう。
「切ります」
もっとも、俺と魔剣『不可断』の前には強度など意味はない。
「だが、君の剣は今は……まさか、その鞘で切るつもりか?」
「はい。これが、俺の魔剣ですから」
魔剣『不可断』の力は俺の切り札、本来ならできるだけ晒すべきではない。
だが、今は出し惜しみをしている場合ではない。それに、不思議と自分の中で躊躇らしきものを感じる事はなかった。
『不可断』の力は触れたものの触れた部分を切断する流体の生成と操作。つまり、荊棘の檻を切るのに俺はそれを振るう必要すらない。握った鞘の穴、本来なら剣を収めるべき空間から溢れ出した流体は、四角形の軌道を描くと、次の瞬間には目の前の荊棘にそれと同じ形の穴が開いていた。
「なるほど、君は何か隠しているとは思っていたが、鞘が本体だったのか」
「はい。ただ――」
『不可断』の力に目を見開くリースと共に荊棘の檻を潜り、瞬間、銀が視界を掠めた。
動いたのは、純粋な反射。左から胸部へ向かって奔ってきたそれに『不可断』の腹を合わせ、鋭い衝撃を手首の傾きで逸らす。
「……おいおい、今のを躱すのか。面倒なんてもんじゃないな」
突然の銀閃の正体は、異様に長く伸びた刃だった。その縮んでいった先、剣を握っていた剣使の顔には見覚えがある。
「お前は――カイネ!?」
長髪の剣使、カイネ・ペッツ。しかし、俺の隣で叫ばれなければ、その名前までは思い出せなかっただろう。クーリアの監視役に着いていた剣使の事を知っていたのか、リースは驚愕を口にしながらも即座に白の槍を生成すると、それを高速で撃ち出した。
「なんだ、リースか。鬱陶しいが……まぁ、結局はどうでもいい」
対するカイネは直立。剣を伸ばす事もなく、だが彼の左から現れた黒球の群れが白槍を跡形もなく消し飛ばした。
黒球の発生源は、少年と少女、二人の子供。そして、二人が手を添え握った一本の巨大な直剣。本来、一つの超常の剣を二人以上の剣使が扱うのは無意味に近いが、アンデラの言葉を信じれば彼らは人造魔剣だ。ならば、そのように『造られた』と考えるべきだろう。
「一応、一度だけ言っておく。武器を捨てて投降すれば生かしてやる。逆らえば殺す」
「それはこちらの台詞だ、カイネ。国防軍本部はハイアット軍事都市と人造魔剣の研究を否定した。仮にこの場を切り抜けたところで、待っているのは反乱軍としてリロス国防軍全体を敵に回す未来だけ。お前こそ、大人しく投降するべきだ」
直接的な脅しを口にするカイネに対し、リースは長期的な視点で諭す。
「わかってないな、リース」
「何を――」
「ここに送られたのは、あくまで秘密裏の部隊だ。本部と最高司令官は認知も関与もしてはいるが、公式に人造魔剣への見解は出さない。出すとすれば、事が全て終わってからだ」
なるほど、ハイアットに部隊が送られたと聞いた時点で国防軍の派閥争いは決着したと思っていたが、カイネの言うような事もあり得ない話ではない。
国防軍全ての賛同を得ずとも、部隊の派遣はできる。国防軍穏健派は、そこで押収した人造魔剣の研究結果を元にハイアット軍事都市と過激派への糾弾を行うのが目的であり、現状では国防軍は人造魔剣の是非を決していない可能性もある。
もっとも、本来それは可能性でしかないはずだ。なのに、ハイアット側の人間であり、事態を把握できているはずのないカイネは、全てを把握しているかのように断言していた。
「国防軍最高司令官、ノクス・ヒルクスならそうする。これでも、あれの直属兵だからな」
俺の疑問に答えるように、カイネはそう小さく呟く。
「……だが、人造魔剣の研究、人間を実験台にした兵器研究は国内法でも国際法でも禁止されている。いずれお前達の計画は――」
「問答はもうとっくに終わってる。お前達は選ぶだけだ」
カイネは剣の先端をこちらへと向け、人造魔剣の少年少女は無数の黒球を彼らの手前に展開させる。純粋な脅し、交渉の余地はないという事か。
「……私が子供二人を止める。君はカイネ、長髪の男を――」
リースが言い切る前に、銀線が彼女へと伸びた。
刀身の伸縮。それが、カイネの剣の力なのだろう。伸びる速度は高速、だが注意していれば反応できない速さではない。よって、不意打ちの一撃にもリースの『メギナの訪れ』による白の盾の生成は間に合い、そして一瞬の均衡の後に貫かれていた。
カイネの剣はそのまま伸び続けると、やがて衝突。俺の魔剣『不可断』の腹で逸らした刺突を、縮む前に横から思い切り『不可断』でぶん殴る。衝撃で手元から叩き落とせれば文句は無かったが、上手く衝撃を殺したのかカイネの手は未だ剣の柄を握っていた。
もっとも、軌道は逸らした。そして、その隙をついて、リースが人造魔剣、二人の子供へと接近していく。
「分担か。まぁ、無駄だな」
同時にカイネへの距離を詰めていた俺へと、伸ばされたままの剣の横薙ぎが襲う。真っ向から受け止めるも、一撃は思ったよりも軽く俺の前進は止まらない。
懐に入られるのを嫌ってか、カイネは後退。同時に剣を縮めるも、遅い。再びの伸びる刺突は横跳びで回避、そこからの横薙ぎも止めるのは容易。
カイネ・ペッツとその剣は、俺にとっては相性が良い。
伸びる剣、その本領は超常の剣と相対した時に発揮される。
ほとんどの超常の剣は、刀身に触れた自身以外の超常の剣の力を触れた箇所だけ打ち消す性質を持っている。刀身の面積が限られている事から、多くの剣では活用される事の少ない性質だが、自らの刀身自体に働きかける剣の場合は事情が異なってくる。
ナナロの奇剣『ラ・トナ』然り、そしてカイネの伸びる剣も、『超常の力を無効化する刀身』自体を攻撃手段とする以上、ありとあらゆる超常の力による防御を無に帰す事ができる事になる。
だが、俺の基本戦闘手段は超常の力ではなく、剣術によるものだ。剣で――今の俺の場合は鞘だが――直接受け止める場合、伸びる剣の利点は大きく削がれる。もちろん異様な間合いと伸縮の速度は俺にない利点だが、基本的な対処法は剣士の戦闘の延長に近い。
後退と前進の速度の差で、瞬く間に彼我の距離は消失。残った間合いでは伸びる刺突は後一度撃てるかどうかだが、その一度を躱せばそのまま接近して腕を落とせる。カイネにとっては危機的状況のはずだが、その態度からは焦りが一切感じられなかった。
「躱せ! シモン君!」
飛んできたのは悲鳴にも似た叫びと、黒球の群れ。一つ一つは拳程度の大きさの球、しかしそれらが同じ程度の間隔を空けて人間を優に呑み込めるほどの範囲に拡がった黒雲が、俺の右から迫ってきていた。
「――無理だ」
黒球の群れを避けるべく、急停止から左に跳ぶも、黒球は陣形を拡散。密度を下げながらも範囲を拡げたそれらを避けきる術はない。
活路を見出すとすれば、黒球全てを切り落とす方向性。魔剣『不可断』の力と、超常の剣の刀身の持つ能力無効化性質。おそらく、そのどちらも黒球の対抗手段になり得る。問題があるとすれば、性質的なものではなく単純な手数。無数の黒球全てを切断するような芸当を行うには、控えめに言っても腕が後二本は必要だろう。
それでも、無抵抗で黒球を受ける理由はない。振り抜いた鞘と流体が向かうのは最も近くに位置する球体郡。一つ、二つ、三つ目まで切断した段階で、向かって左に位置していた球体の群れが突出し急襲して来るが、鞘も流体もそちらに割く余裕はない。回避で一瞬は稼げるだろうが、その後の手はない。
詰みの見えた迎撃と回避の最中、ふいに身体が飛んだ。
「リース――」
足首に絡みついた白線、それに引かれ動いた身体は、当然ながら無茶苦茶な軌道で振り回され移動していく。腕や肩、背が地面に跳ね、頭と首を辛うじて庇いながら白線を切断、できるだけ勢いを殺しながら転がっていく。あまりに強引な機動で身体は痛むが、結果として黒球の群れから抜け出す事ができた事への礼を言おうとして、声が止まった。
「逃げ……っ、これは、無理だ――」
白線の射出点、『メギナの訪れ』は地に転がり、それを握る手も同様。更に離れた位置には倒れた女剣使、リースの姿があった。剣を握っていた腕は根本から切断――というよりも消失。更に右の足が膝下から消失したその姿は凄惨で、明確に敗北を意味していた。
「だから言ったんだ。大人しく投降しろ、と」
長髪の剣使、カイネ・ペッツは、勝ち誇るでもなく、むしろどこか嘆くように人造魔剣の二人とリースに交互に視線を向ける。
まともに戦闘を見る事はできていなかったが、カイネが俺の相手をしていた以上、リースを無力化したのは、二人の人造魔剣の他にあり得ない。
あくまで俺の経験上、ハイアット軍事都市の剣使と比べてだが、リースと『メギナの訪れ』の力は、多様性に富んだ強力なものだ。それを一瞬で突破した人造魔剣の力は、たしかに通常の剣使の領域を超えているのかもしれない。
「……なるほど、その力があればこの場は抜けられるかもしれない。だが……それでも、ローアン中枢連邦を……相手にできるとは思えない。そうである以上、リロス国防軍も……ハイアット市と人造魔剣の研究を……認めはしないだろう。どう転んだところで……お前達はいずれ……破滅する事になる」
四肢の内半分を奪われながら、それでもリースは気丈に説得の言葉を口にしていた。
だが、そこには前提が欠けていた。
リースはローアン中枢連邦の陰謀を、人造魔剣を抜きにしても、ローアンがそもそもリロス共和国を侵略しようとしている事を知らない。
「言っただろ、議論は終わった。お前の意見を聞くつもりはない」
カイネがそれを告げないのは、何か理由があるのか。それとも、アンデラの口にしたローアン中枢連邦についての事情は単なる出まかせだったのか。
思案の間もなく、カイネの剣の切先が倒れたリースへと向けられる。剣と片足を失ったリースには、伸びる刺突に抗しうる手段はない。
必殺の刺突は、しかし放たれる事はなかった。
「――見っけ」
吹き飛んだのは空間。目の前の景色が歪み、直後に防風が吹き荒れる。
「これはラッキー、って言った方がいいのかな? まぁ、手間が省けたのはたしかだけど」
力の発生源、右手から現れたのは聞き覚えのある声、見覚えのある整いすぎた容姿。
他でもないクロナ・ホールギスの姿がそこにはあった。
女剣使による短い事情説明を聞き、リースは俺へと視線を向けた。
「わかりました、彼は私が預かります。キャデラ二尉とその部隊は先に本隊に戻っていただいて構いません」
「いいの? その子、かなり扱いにくいと思うけど」
「問題ありません。それに、彼とは互いに話すべき事もありますから」
「ふーん。まぁ、あなたがそう言うならいいか。じゃあ、戻るよ」
リースの言葉に従うように、女剣使は部下の三人に号令をかけ歩き出す。
どうやら軍での階級はリースよりも女剣使、キャデラの方が上のようだが、リースの判断に異を唱えるつもりはないらしい。
「……いくつか、聞きたい事があります」
四人が立ち去り、残ったのは俺とリースの二人。リロス国防軍上等兵リース・コルテットに対して、俺には投げかけるべき問いがあった。
「ああ。だが、話は動きながらにしよう」
「それはできません。俺は――」
「私も同じだ。私はこれから、クロナさんの元に向かう」
「なるほど……そうか。それなら構いません」
俺を制止するかと思われたリースの予想外の言葉に戸惑うも、考えてみればそもそもリースが単騎でここにいる事自体が不自然だった。彼女もまた、クロナの元に向かうべく動いていたという事だろう。
「まず、最初に説明しておくと、この事態は私が引き起こしたものではない」
先導するように歩を進めたリースが、会話でも先手を口にする。
「……なら、誰が? そもそも、どんな経緯で国防軍は増援を送り込んで来たんです?」
「事の全貌は私にもわからない。ただ、形式上は私のハイアット軍事都市内の調査報告と要請の結果、国防軍本部が部隊を派遣したという事になっているらしい」
だとすれば、リースはただの神輿に過ぎないという事になる。実際に部隊を動かしたのは国防軍本部の人間か、それとも――
「これは私の予想だが、ナナロ氏か……あるいは君が糸を引いていたと思っている」
「そう、でしょうね」
リースがハイアットへの侵入、そして人造魔剣破壊の計画を伝えた相手は少ない。計画の実行部隊であるナナロ、そして俺に疑いの目を向けるのは当然だ。特に俺に関しては、ナナロとクロナが強引に作戦に参加させた、リースにとっては謎の多い不確定要素。予想外の事態となればまず第一に疑うべき相手だろう。
「信じてもらえないでしょうけど、俺は何も知りません」
もっとも、真実は俺自身が一番良く知っている。俺はただ事態に振り回されているだけの剣士で、軍を動かすような策など弄した覚えはない。
「いや、信じよう。そもそも、この事態は私にとっても渡りに船だ。ここで躍起になって真相を暴き立てるつもりはない」
リースは、あえてそれ以上の追求をしては来なかった。理由はどうあれ、無意味な問答を繰り返さずに済むならそれに越した事はない。
「ナナロはどこに?」
再び、俺から問いを口にする。
「わからない。最初に二手に別れて以降、まだ一度も合流するどころかクロナさん以外からは名前を聞いてすらいない」
だとすれば、ナナロは今も単独で動いているか、それともクロナの言う通りすでに斃れており、軍の援護はあらかじめ仕組んでおいた策に過ぎないのだろうか。
「クロナへの対応は? クロナは、誰かの指示で動いてるんですか?」
「それも、わからない。ただ、国防軍としての対応は静観、少なくともすぐにクロナさんの援護に回るつもりはないとの事で……だから、私は単独で向かう事にした」
国防軍の立場としては、クロナが戦力として使える内に人造魔剣を抑え込むべきにも思えるが、戦況分析を優先しているのか、他に理由があるのか、とにかく国防軍が動かない事に変わりはないらしい。
「それに――」
流れで口にしかけた質問を、寸前で呑み込む。
リースは、人造魔剣の研究がローアン中枢連邦の陰謀に対するための手段だと知っているのか。それを止める事が、リロス共和国の崩壊に繋がりかねない事を知っているのか。
その問いを呑み込んだのは、アンデラの口にした事情に確信がないからではなかった。
仮にそれが事実で、人造魔剣の研究を止める事がリロス共和国を滅ぼすとしても、黙っている事がリースを騙す事になったとしても、俺にとってはクーリアの方が大切だ。ハイアット軍事都市を掻き乱してくれる部隊の足を止める可能性のある事は口に出来ない。
「……まだ、戦闘は続いてるみたいですね」
話題を切り替え、前へと進み続けていく中で、前方の様子はどうしても目と耳から入ってきていた。目の前には天まで伸びた黒の檻、そしてその向こうからは今も爆音と破砕音が鳴り響き続けている。クロナは宙から落ちて以降は地上で戦っているのか、その姿は瓦礫などに阻まれ見えないが、何よりも音が戦闘の継続を告げていた。
「ああ。だが、私達が行かずとも、クロナさんの方が優位に立っているのかもしれない」
そして響いた一際大きな音は、巨人の倒壊によるものだった。人造魔剣の力であろう事以外は不明ではあるが、クロナにとっての敵であるそれが崩れ落ちていった事実は、彼女の善戦を意味している可能性が高い。俺やリースが救援に向かうまでもなく、クロナならば単騎で人造魔剣を捻じ伏せてしまえるのかもしれない。
「だとしても、今更引き返すわけにもいかないですけどね」
「そうだな。だが……それ以前に問題は先に進めるかどうかだ」
リースの懸念は、目の前に広がる巨大な檻だろう。遠目には黒く網目状にしか見えなかったそれは、黒い荊棘が幾重にも絡み合いながら天へと伸びていた。
「これも人造魔剣の力だろう。おそらく、クロナさんを逃さないための包囲か」
「それに、外からの援護を防ぐためでしょうね」
「そうだな。これを抜けるのは……私の『メギナの訪れ』では難しいか」
植物だとは言え、人間大の太さの蔦で構成されたそれは、容易に破れるものではない。加えて、魔剣の生み出した植物が通常のそれと同じであるとも限らない。異常な強度や超常の性質を兼ね備えていれば、なお檻としては厄介だろう。
「切ります」
もっとも、俺と魔剣『不可断』の前には強度など意味はない。
「だが、君の剣は今は……まさか、その鞘で切るつもりか?」
「はい。これが、俺の魔剣ですから」
魔剣『不可断』の力は俺の切り札、本来ならできるだけ晒すべきではない。
だが、今は出し惜しみをしている場合ではない。それに、不思議と自分の中で躊躇らしきものを感じる事はなかった。
『不可断』の力は触れたものの触れた部分を切断する流体の生成と操作。つまり、荊棘の檻を切るのに俺はそれを振るう必要すらない。握った鞘の穴、本来なら剣を収めるべき空間から溢れ出した流体は、四角形の軌道を描くと、次の瞬間には目の前の荊棘にそれと同じ形の穴が開いていた。
「なるほど、君は何か隠しているとは思っていたが、鞘が本体だったのか」
「はい。ただ――」
『不可断』の力に目を見開くリースと共に荊棘の檻を潜り、瞬間、銀が視界を掠めた。
動いたのは、純粋な反射。左から胸部へ向かって奔ってきたそれに『不可断』の腹を合わせ、鋭い衝撃を手首の傾きで逸らす。
「……おいおい、今のを躱すのか。面倒なんてもんじゃないな」
突然の銀閃の正体は、異様に長く伸びた刃だった。その縮んでいった先、剣を握っていた剣使の顔には見覚えがある。
「お前は――カイネ!?」
長髪の剣使、カイネ・ペッツ。しかし、俺の隣で叫ばれなければ、その名前までは思い出せなかっただろう。クーリアの監視役に着いていた剣使の事を知っていたのか、リースは驚愕を口にしながらも即座に白の槍を生成すると、それを高速で撃ち出した。
「なんだ、リースか。鬱陶しいが……まぁ、結局はどうでもいい」
対するカイネは直立。剣を伸ばす事もなく、だが彼の左から現れた黒球の群れが白槍を跡形もなく消し飛ばした。
黒球の発生源は、少年と少女、二人の子供。そして、二人が手を添え握った一本の巨大な直剣。本来、一つの超常の剣を二人以上の剣使が扱うのは無意味に近いが、アンデラの言葉を信じれば彼らは人造魔剣だ。ならば、そのように『造られた』と考えるべきだろう。
「一応、一度だけ言っておく。武器を捨てて投降すれば生かしてやる。逆らえば殺す」
「それはこちらの台詞だ、カイネ。国防軍本部はハイアット軍事都市と人造魔剣の研究を否定した。仮にこの場を切り抜けたところで、待っているのは反乱軍としてリロス国防軍全体を敵に回す未来だけ。お前こそ、大人しく投降するべきだ」
直接的な脅しを口にするカイネに対し、リースは長期的な視点で諭す。
「わかってないな、リース」
「何を――」
「ここに送られたのは、あくまで秘密裏の部隊だ。本部と最高司令官は認知も関与もしてはいるが、公式に人造魔剣への見解は出さない。出すとすれば、事が全て終わってからだ」
なるほど、ハイアットに部隊が送られたと聞いた時点で国防軍の派閥争いは決着したと思っていたが、カイネの言うような事もあり得ない話ではない。
国防軍全ての賛同を得ずとも、部隊の派遣はできる。国防軍穏健派は、そこで押収した人造魔剣の研究結果を元にハイアット軍事都市と過激派への糾弾を行うのが目的であり、現状では国防軍は人造魔剣の是非を決していない可能性もある。
もっとも、本来それは可能性でしかないはずだ。なのに、ハイアット側の人間であり、事態を把握できているはずのないカイネは、全てを把握しているかのように断言していた。
「国防軍最高司令官、ノクス・ヒルクスならそうする。これでも、あれの直属兵だからな」
俺の疑問に答えるように、カイネはそう小さく呟く。
「……だが、人造魔剣の研究、人間を実験台にした兵器研究は国内法でも国際法でも禁止されている。いずれお前達の計画は――」
「問答はもうとっくに終わってる。お前達は選ぶだけだ」
カイネは剣の先端をこちらへと向け、人造魔剣の少年少女は無数の黒球を彼らの手前に展開させる。純粋な脅し、交渉の余地はないという事か。
「……私が子供二人を止める。君はカイネ、長髪の男を――」
リースが言い切る前に、銀線が彼女へと伸びた。
刀身の伸縮。それが、カイネの剣の力なのだろう。伸びる速度は高速、だが注意していれば反応できない速さではない。よって、不意打ちの一撃にもリースの『メギナの訪れ』による白の盾の生成は間に合い、そして一瞬の均衡の後に貫かれていた。
カイネの剣はそのまま伸び続けると、やがて衝突。俺の魔剣『不可断』の腹で逸らした刺突を、縮む前に横から思い切り『不可断』でぶん殴る。衝撃で手元から叩き落とせれば文句は無かったが、上手く衝撃を殺したのかカイネの手は未だ剣の柄を握っていた。
もっとも、軌道は逸らした。そして、その隙をついて、リースが人造魔剣、二人の子供へと接近していく。
「分担か。まぁ、無駄だな」
同時にカイネへの距離を詰めていた俺へと、伸ばされたままの剣の横薙ぎが襲う。真っ向から受け止めるも、一撃は思ったよりも軽く俺の前進は止まらない。
懐に入られるのを嫌ってか、カイネは後退。同時に剣を縮めるも、遅い。再びの伸びる刺突は横跳びで回避、そこからの横薙ぎも止めるのは容易。
カイネ・ペッツとその剣は、俺にとっては相性が良い。
伸びる剣、その本領は超常の剣と相対した時に発揮される。
ほとんどの超常の剣は、刀身に触れた自身以外の超常の剣の力を触れた箇所だけ打ち消す性質を持っている。刀身の面積が限られている事から、多くの剣では活用される事の少ない性質だが、自らの刀身自体に働きかける剣の場合は事情が異なってくる。
ナナロの奇剣『ラ・トナ』然り、そしてカイネの伸びる剣も、『超常の力を無効化する刀身』自体を攻撃手段とする以上、ありとあらゆる超常の力による防御を無に帰す事ができる事になる。
だが、俺の基本戦闘手段は超常の力ではなく、剣術によるものだ。剣で――今の俺の場合は鞘だが――直接受け止める場合、伸びる剣の利点は大きく削がれる。もちろん異様な間合いと伸縮の速度は俺にない利点だが、基本的な対処法は剣士の戦闘の延長に近い。
後退と前進の速度の差で、瞬く間に彼我の距離は消失。残った間合いでは伸びる刺突は後一度撃てるかどうかだが、その一度を躱せばそのまま接近して腕を落とせる。カイネにとっては危機的状況のはずだが、その態度からは焦りが一切感じられなかった。
「躱せ! シモン君!」
飛んできたのは悲鳴にも似た叫びと、黒球の群れ。一つ一つは拳程度の大きさの球、しかしそれらが同じ程度の間隔を空けて人間を優に呑み込めるほどの範囲に拡がった黒雲が、俺の右から迫ってきていた。
「――無理だ」
黒球の群れを避けるべく、急停止から左に跳ぶも、黒球は陣形を拡散。密度を下げながらも範囲を拡げたそれらを避けきる術はない。
活路を見出すとすれば、黒球全てを切り落とす方向性。魔剣『不可断』の力と、超常の剣の刀身の持つ能力無効化性質。おそらく、そのどちらも黒球の対抗手段になり得る。問題があるとすれば、性質的なものではなく単純な手数。無数の黒球全てを切断するような芸当を行うには、控えめに言っても腕が後二本は必要だろう。
それでも、無抵抗で黒球を受ける理由はない。振り抜いた鞘と流体が向かうのは最も近くに位置する球体郡。一つ、二つ、三つ目まで切断した段階で、向かって左に位置していた球体の群れが突出し急襲して来るが、鞘も流体もそちらに割く余裕はない。回避で一瞬は稼げるだろうが、その後の手はない。
詰みの見えた迎撃と回避の最中、ふいに身体が飛んだ。
「リース――」
足首に絡みついた白線、それに引かれ動いた身体は、当然ながら無茶苦茶な軌道で振り回され移動していく。腕や肩、背が地面に跳ね、頭と首を辛うじて庇いながら白線を切断、できるだけ勢いを殺しながら転がっていく。あまりに強引な機動で身体は痛むが、結果として黒球の群れから抜け出す事ができた事への礼を言おうとして、声が止まった。
「逃げ……っ、これは、無理だ――」
白線の射出点、『メギナの訪れ』は地に転がり、それを握る手も同様。更に離れた位置には倒れた女剣使、リースの姿があった。剣を握っていた腕は根本から切断――というよりも消失。更に右の足が膝下から消失したその姿は凄惨で、明確に敗北を意味していた。
「だから言ったんだ。大人しく投降しろ、と」
長髪の剣使、カイネ・ペッツは、勝ち誇るでもなく、むしろどこか嘆くように人造魔剣の二人とリースに交互に視線を向ける。
まともに戦闘を見る事はできていなかったが、カイネが俺の相手をしていた以上、リースを無力化したのは、二人の人造魔剣の他にあり得ない。
あくまで俺の経験上、ハイアット軍事都市の剣使と比べてだが、リースと『メギナの訪れ』の力は、多様性に富んだ強力なものだ。それを一瞬で突破した人造魔剣の力は、たしかに通常の剣使の領域を超えているのかもしれない。
「……なるほど、その力があればこの場は抜けられるかもしれない。だが……それでも、ローアン中枢連邦を……相手にできるとは思えない。そうである以上、リロス国防軍も……ハイアット市と人造魔剣の研究を……認めはしないだろう。どう転んだところで……お前達はいずれ……破滅する事になる」
四肢の内半分を奪われながら、それでもリースは気丈に説得の言葉を口にしていた。
だが、そこには前提が欠けていた。
リースはローアン中枢連邦の陰謀を、人造魔剣を抜きにしても、ローアンがそもそもリロス共和国を侵略しようとしている事を知らない。
「言っただろ、議論は終わった。お前の意見を聞くつもりはない」
カイネがそれを告げないのは、何か理由があるのか。それとも、アンデラの口にしたローアン中枢連邦についての事情は単なる出まかせだったのか。
思案の間もなく、カイネの剣の切先が倒れたリースへと向けられる。剣と片足を失ったリースには、伸びる刺突に抗しうる手段はない。
必殺の刺突は、しかし放たれる事はなかった。
「――見っけ」
吹き飛んだのは空間。目の前の景色が歪み、直後に防風が吹き荒れる。
「これはラッキー、って言った方がいいのかな? まぁ、手間が省けたのはたしかだけど」
力の発生源、右手から現れたのは聞き覚えのある声、見覚えのある整いすぎた容姿。
他でもないクロナ・ホールギスの姿がそこにはあった。
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