魔剣使われに告ぐ

玄城 克博

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Ⅲ    ―神剣『Ⅵ』―

3-5 探索と遭遇

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「……だるい」
 クロナ・ホールギスは、地道な作業が嫌いだ。
「まぁ、たしかに。この探索で当たりを引く確率は低い。そういう意味では退屈だろうね」
 同行する兄、ナナロ・ホールギスは同意を口にしながらも、目の前の白い壁を念入りに眺め、あるいは触り、違和感がないか確認を続けていた。
「――ここも外れ、か。流石にそうそう見つかるものじゃないね」
 クロナとナナロの目的は、事前に地図で確認していた軍事施設内の疑わしい場所に足を運ぶ事。つまり空き部屋や空き倉庫、現在は使われていない区画、あるいは名目上の役割こそあれど、本当に必要かどうか疑わしく、実際は全くの別物として使われている可能性のある施設。そういった場所にあるかもしれない隠された何かを探すための探索だった。
 研究員からの情報収集を目的とするシモン、リースとは異なり、ホールギス兄妹には明確な手掛かりや指針があるわけではなく、成功はともかく自分達が失敗したかどうかは正確にはわからない。今調べたばかりの西部第三司令棟内の空き部屋にも、何か見逃しがあった可能性もある。
「でも、今回はクロナも耐えている方じゃないかな? 普段なら、そろそろ痺れを切らして手当たり次第に尋問でもしようと言い出す頃合いだろう」
 探索場所を移る最中、先程の話を掘り返したのはナナロだった。
「流石に軍の施設内でやる事じゃないでしょ。下手したら、軍との全面戦争になるし」
「その方が好みじゃないのかい?」
 たしかに、クロナは戦う事が好きだ。剣使としても、剣術使いとしても、クロナは相対する敵を倒す事自体を好んでいる。
「まさか、流石にあんなのは一度で懲りたってば」
 もっとも、一度でも軍と事を構えれば、その場の戦いだけでは済まない事はクロナもナナロも経験済みだった。一度など、その為に国を移る羽目になった経験もある。
「懲りた……ね」
「何? 何か文句でもあるの?」
「文句ならもう飽きるほど言ったよ。ただ、僕に言わせれば――」
 ナナロが自然に声を殺し、クロナもそれに従い黙って耳を澄ます。
「――だから、あれは形だけのガラクタだったわけだ。人造魔剣なんて響きは大層なもんだけど、実際に研究が進んでるんだかどうだか……」
「どっちでもいいだろ。何の研究をしてようが、俺達の仕事が変わるわけでも……」
 すれ違う二人組の兵士の会話を拾うも、クロナとナナロは遠ざかっていく彼らを追う事はせずそのまま離れていく。
「……やっぱり、そういう事?」
「ああ、そういう事だろうね」
 二人がこの街で人造魔剣の名を聞くのは、これが最初ではなかった。情報収集のため周囲の会話に気を配っていた事もあるが、それにしてもハイアット軍事都市では人造魔剣についての話はあまりに軽く出回り過ぎている。更にその内容も、事前の情報と比べれば軽い。
「人造魔剣には表と裏、二種類ある。僕達の目的は裏だ」
 ナナロの口にした結論には、クロナもすでに辿り着いていた。そして、だとすれば、人造魔剣の単語に片端から喰い付いていくのは賢明とは言えない。
 だが、同時にだからこそ推測できる事もあった。
「裏があるって事は、つまり私達が見つけるのが先って事だよね?」
「必ずしもそうとは限らないけれど、可能性は高いだろうね。シモン君とリース上等が真っ当な手段で辿り着けるのは、おそらく表の人造魔剣が限界だろう」
 目的である裏の人造魔剣の情報は、表の人造魔剣の存在に隠されている。そして、隠されているモノを見つけるのが今のクロナとナナロの役割だ。
「――裏の人造魔剣の研究を表と完全に切り離してるとすれば、専用の研究施設が必要だよね。でも、ハイアット市にある研究所は全部稼働中で開放もされてる。仮にその中に専用の区画があるとしても、その場合はシモンが辿り着くから――」
「――わかりやすい隠し研究所では、兵士達もすぐに存在に気付く。そのようなものがあるとすれば、何かに擬態させているか、あるいは完全に隠れているか――」
 互いに思考を声にしながら、各々にそれを聞いて自らの思考に組み込む。
「――山か地下、か」
「――訓練場、かな」
 同時に出した結論は、しかしそれぞれ別のものだった。
「訓練場?」
「ここの訓練場って、他の建物の密集具合と比べてやけに広いでしょ。適当に仕切りでも作れば場所はできるかと思って」
 疑問形で問うのはナナロで、クロナはそれに答える。
「……なるほど、実際に見てみない事にはわからないけれど、造りによってはあり得ない話でもないね。多少の作業音も、訓練場なら掻き消されるだろう」
「まぁ、山か地下も可能性としてはあるとは思うけど」
「ただ、今から調べるなら訓練場が早い、か」
 クロナの思考を即座に理解し、ナナロは頷く。
 隠し研究所を作る場所としては、ハイアット市を取り囲む山々の中か、あるいは地下の方が隠密性は高いが、前者は候補範囲が著しく広く、向かうにはまず一度軍事都市を出る必要もある。後者であっても、地上、少なくともハイアット市全域から地下への入口を探す必要があり、実質的には在り処に目星が付いていないのと等しい。強いて言うなら、入口はまさに訓練場の一角にある可能性が高いくらいだ。シモン達との合流も控えている現状、仮の目的地として設定するには訓練場が最も適していると言えるだろう。
「ここからなら西部の第一訓練場が近い。まずはそこに向かおう」
「兄貴に言われなくても、最初からそのつもりだって」
 ナナロの指示を疎むように、クロナは自ら西部第一訓練場への一歩を踏み出す。現在地から最も近いとはいえ、単純な距離では決して短くない。他の訓練場も見て回るつもりであれば、ゆっくりとしている時間はなかった。
「……ちなみに、二手に別れる気は?」
「もちろん、無いよ」
 早足の道中、口にした問いへの答えは予想通りだった。
 単純に探索を早めるならそれぞれ別の訓練場へ向かった方が効率はいいが、単独行動はそれだけ危険が増す。特に、ナナロは基本的にクロナの単独行動に反対する立場だった。それが妹の身を案じてのものか、あるいは妹の行動を警戒してのものかは本人のみ知るところだが、クロナはその両方が大体均等の割合だろうと予想している。
 もっとも、クロナにとっては仮にそのどちらであっても気分のいいものではない。それでも強引にナナロと離れようとはしないのは、単純にその行動が面倒な事態を引き起こす事が目に見えているからというだけの理由だった。
「――なんか、この辺り人が少なくない?」
 互いに無言のままいくらか歩いた頃、周囲の様子の変化にクロナが首を傾げる。
「まぁ、墓地区画だからね。普段はそれほど人が多い場所でもないんじゃないかな」
 正確にはクロナとナナロの歩いているのは墓地の外、外周部分に位置する場所ではあるものの、墓地への来訪者がいなければ必然的に周囲の人通りも減ってくる。
「……ただ、だとしても人通りが少ないという事実に変わりはないか」
 先に足を止めていたクロナの背後、地図を取り出したナナロもそこで立ち止まる。
「この周辺を通る動線は、墓地自体を出発点か目的地とするものを除けば、西部の第三司令棟と第一訓練場の間の移動以外に存在しない。その両者の間を直接移動するルーティンが存在しなければ、人の出入りは極端に少なくなるかもしれない」
 ナナロが口にしたのはあくまで推測の上の仮定だが、現状だけを見れば実際に近辺の人払いは成立している。であれば、それが意図的なものである可能性は否定できない。
「……ナナロ、これ」
 地図ではなく周囲の把握に努めていたクロナは、その最中に目に入ってきた墓地外壁のタイルを指差して示す。
「ハイアット公営墓地……なるほど、そうか!」
 外壁のタイルに書かれていたのは、墓地の名前とその建設年度だった。
「まだ出来たばかりの軍事都市、それも前線から遠く離れた都市で死者なんてそうそう出るはずはない。仮に何らかの事故で出たとしても、故郷の墓地に入るのが普通なはずだ」
 墓地に死者がいないなら、それを弔う者もいるはずはない。
「多分、あの事故での死者を入れるために作った――って事にしてあるのかな。実際そうなのかもしれないけど、結果的には誰も墓参りに来ない墓地ができたってわけか」
 墓地の作られた経緯は、旧ハイアット市が崩壊した際の死者を埋葬するため。そういった事情は不自然なものではなく、だがそんな墓地は知人の墓があるわけでもない兵士が足繁く通うような場所ではなくなる。結果として、閑散とした現状は必然となっていた。
「入ってみよう。何か、あるいは誰か見つかるかもしれない」
 正面の入口に向かうでもなく、二人共に墓地を囲う低い柵を軽々と乗り越える。
「墓地……って事は、あるとすれば地下だよね」
 入り込んだ墓地区画には、一見して研究所どころか建物すら見当たらず、一面に墓石が立ち並ぶのみ。何かがあるとすれば、地下への入口くらいだろう。
「一つ一つ墓を調べるのは流石に手間だし――まとめてやっちゃう?」
 ナナロに視線で問うクロナの右手は、神剣『Ⅵ』の柄へと触れていた。
「いや、せめてもう少し様子を見てからにするべきだろうね」
「……はい、はい」
 不平を零しながらも、クロナ自身もこの場で『Ⅵ』の力を使うのが早計である事はわかっていた。クロナの扱う神剣『Ⅵ』であれば、墓石を全てこの場から取り除き墓穴を一つ残らず顕にする事も可能だが、墓地に見張りの類がいないとも限らない今それをすれば、一気に事態が緊迫したものに変わりかねない。
「じゃあ、とりあえず一度回って……ん? あれは……」
「人……だろうね」
 探索の為に墓地の中を歩いていたホールギス兄妹は、一つの墓石の前に佇む人影を目にすると同時に物陰に身を隠す。人影は一応は軍服姿でこそあるものの、それを纏う本人は軍人と呼ぶには違和感のある儚げで華奢な少女だった
「どっちだと思う?」
「難しいところだね。単なる墓参りか、もしくは見張りか」
 軍服の少女は一見して屈強な兵士には見えないが、その腰には鍔のない剣が携えられている。そして、剣使にとって外見はそれほど当てにはならない。触れれば折れてしまいそうな華奢な少女が、重要機密を守る門番役を務めている可能性も十分にあり得る。
「ただ、どちらにしても素通りする選択肢はない。となると、友好的に探りを入れるか、もしくは強引に仕掛けるか、だけど……」
 クロナの返答を聞くより早く、ナナロは奇剣『ラ・トナ』の柄を握っていた。
「――ねぇ、ちょっといいかな?」
「クロナ……っ?」
 そんなナナロを尻目に、クロナは軍服の少女へと歩み寄り声を掛ける。タイミングを逸したナナロは、止める事も着いていく事もできず物陰に隠れ続けるしかない。
「……なんでしょうか?」
 軍服の少女は、クロナの声に僅かに怪訝そうな表情を浮かべて振り向く。
「いや、ここでお墓参りしてる人って珍しいなぁ、と思って」
「そうですね。ここは、旧ハイアット市の住人のための墓地ですから」
 クロナの言葉に、少女は無機的に返す。
「でも、君はお墓参りに来てるわけだ。誰の? 昔からの知り合い?」
「……あなたこそ、どうしてここに? 暇潰しなら他にいい場所があると思いますよ」
 不躾な詮索を嫌うように、軍服の少女の表情が少しだけ歪んだ。
「そうしたいのも山々だけど、一応ここには私の知り合いもいるみたいだから」
「本当ですか?」
「んー、どうなんだろうね?」
「……では、私に用事はないようなので、失礼します」
 とぼけたようなクロナの様子に、少女は冷たく踵を返す。
「私も、シモン・ケトラトスの墓がここにあるのは意外だったんだよね」
 去り行く少女の背へと、低く抑えた声でクロナは小さくそう呟く。
「……っ」
「あれ、当たった? じゃあ、やっぱり君がクーリア・パトスか」
 墓地の中でも一際大きな墓石、ケトラトスの名が刻まれたそれの前で振り向いた少女の表情を見て、クロナは自分の中の推測を確信に変えた。
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